モニターに自分の顔が大映しになっているのを前に、頭を抱える。
「……ていうか、まさか相手チームって」
嫌な予感しかしない問いかけに、思わず固まる。
「うん。そうだよ!」
背後から聞こえた明るい声に、俺は振り向いた。
そこにいたのは――なのは、はやて、そしてフェイト。
「私たちと……それからクロノくんが、ユウトくん達の相手チームだよっ!」
「ユウトくん会うのは久しぶりやなぁ……な、フェイトちゃん」
「う、うん……そうだね、はやて」
笑顔のなのはと対照的に、とんでもなく黒いオーラをまとったはやてがフェイトに話を振る。
フェイトは少し困ったように、苦い微笑みを浮かべていた。
(よりによって、クロノを足したこいつら四人が相手なのか…)
ヴィータが横でニヤリと笑っていた。
「ほらな? 言ったろ、会ってみれば分かるって」
「ちょっとタイム…… ヴィータ、こっち来い」
俺は慌ててヴィータの腕を引っ張り、廊下に連れ出した。
ドアが閉まった瞬間、思わず問い詰める。
「明日、勝たないといけないんだよな……? よりによって、なのは達三人とクロノを相手にしないといけないのか!?」
「落ち着けって」
ヴィータは肩をすくめる。
「あいつらはともかく、クロノはこっちの事情もなんとなく分かってるはずだし、そこら辺の調整はしてくれるだろ。」
「……なのは達には、事情話さないのか?」
「あー、話そうと思ったけどな。やっぱやめた」
「なんでだよ!」
「手加減なんか期待すんなってことだ」
ヴィータの瞳は、いつになく真剣だった。
なにか裏がありそうな表情。とりあえず事情を聴いてみることにした。
「……理由を聞いても?」
「せっかくの公開演習・・・塩試合にしたくねぇんだ。なのは達の本気を引き出した上で――それでもお前らに勝ってもらいたい」
「なんで……?」
「そもそも、はやてたちが本局側チームに選ばれたのは色々理由がある。悪い意味でも、いい意味でもな」
ヴィータは苦虫を噛み潰したような顔をして続けた。
「さっき会場にいたデブのおっさんいただろ? あいつが今回の主催で出場メンバーを決めた張本人だ。あたしら守護騎士を特務隊枠として出場させたくなかったんだろうな。主であるはやてを“相手チーム”に置いて牽制したんだ」
「牽制?」
「模擬戦とはいえ守護騎士が主に刃を向けたとあれば、上の連中はこぞって元闇の書のプログラムであるあたしらの危険性を指摘するだろうな。それに、はやて自身にもあたしらを制御できてないとみなし管理責任不足として現夜天の書…といっても全盛を考えたら今あるのは残りカスみたいなもんだが…封印指定がされて没収ってとこか?」
「……なるほどな。嫌らしいやり方だな。お前らが出ないで俺たちが出る羽目になった理由は分かったけど、なのは達に理由を話さないのは?」
「なのは達があたしらが隊長や補佐を務めるいわゆる“身内”に手加減して負けたら……“やっぱりベルカの連中に忖度したんだろ”って後で難癖つけられるかもしれない。守護騎士を家族として公言してるはやてに対しては印象操作としてはとくに効果的だな。」
「……あまり聞いてて気分のいい話じゃないな」
「だろ?」
ヴィータは深く息を吐いて、それでも口元をわずかに緩めた。
「もちろん、出場するのがいい意味で働くこともあるぜ?ーー【あの3人は数年後には管理局の看板、“エース”を背負えるポテンシャルを持ってる。今回の件で民衆や上層部に対する覚えを良くしておくのは悪くない。話題性をあつめて彼女らに視線を集めてカートリッジに対する印象を薄れさせてこっそり正式採用までこぎつけれるかもしれない】……それがレティ提督やリンディ艦長の考えだ。この案を通すためにはあいつらの全力を見せつけておく必要があるだろ。特に、はやての方は。」
「……はやては、守護騎士の牽制と当てつけに選ばれたんじゃ・・」
「それもある。けど――公開演習を通じて“はやて個人の人格”や“思想”、実力を見せられるいい機会でもある。つまり、闇の書の主ではない“普通の女の子”の一面を世間に印象づけられるってことらしいぜ。闇の書事件からまだ1年と半年。はやてに対する偏見は減らしておきたい。はやてのやりたいことのためにも。」
ヴィータは腕を組み、少し視線を伏せる。
「……やりたいこと、か」
その言葉を聞いて、俺の脳裏に自然と浮かぶ顔があった。
――闇の書事件が終結した直後。
はやては少しだけ悲しそうな笑みを浮かべながらも、真っ直ぐ前を見据えていた。
リーゼ姉妹や闇の書事件の被害者から向けられる負の感情。忌避、警戒、恐怖、軽蔑……。
そのすべてを背負いながら歩むことを選び、なおも家族である“守護騎士たち”を守るため。そして何より、彼女自身が家族である彼らと生きるために。
自分の立場を固め、地位を築き上げることを宣言した――あの時の横顔。
(…ずっと先のことを見てたんだな)
胸の奥に小さな熱が生まれるのを感じながら、俺は言葉を失った。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ヴィータは少しおどけた様子で話を進める。
「ま、そういうわけで――なのは達には全力で戦って、自分たちをアピールしてもらいたいんだ。で、お前らにも当然“負けられない理由”がある。……だから必ず勝ってもらわなきゃならん」
「まったく……無茶言うなよ」
思わずため息がこぼれる。
「そのために、この一ヶ月……あたしらでお前を鍛えたんだろうが」
ヴィータが肩をすくめ、にやりと笑った。
「それはそうだけど……俺たちで本当に勝てるのか? やっぱりシャッハ師匠やお前が出た方が――」
「なんだよ。ヴァイスやティーダを信用できねぇってのか?」
「ち、違う! そんなつもりはない。ただ……」
口ごもる俺に、ヴィータは軽く拳で胸を小突いた。
「心配すんな。あいつらだって、あたしらとは別の場所でみっちり訓練してんだ。ティーダはあの性格だ、絶対手を抜いてねぇ。ヴァイスだって……ああ見えて本気になったら食らいついてくるぞ」
「……」
「それにな。この部隊にきてから、お前自身も、想定以上に強くなってるぜ」
「そ、そうか? 自分じゃ、なんとも……」
「教えてる側からすりゃ、十分なくらいだって。ちょっとは自分に自信を持てって!」
ヴィータはまっすぐな目でそう言い切った。
「……二人とも、まだ話してるの?」
控え室の扉が開き、中からひょいと顔を覗かせたのはなのはだった。
約半年ぶりに会う姿は――やっぱり、また少し背が伸びている気がする。
「おー、すまんすまん」
ヴィータがあっけらかんと肩を竦める。
「こいつがお前らと戦うのに弱音吐いててな、ちょっと時間かかったんだ」
「はっ……!? ちょ、待てヴィータ! 俺がいつ弱音を……!」
「じゅーぶん弱気だったろ、お前」
軽くあしらうヴィータに、思わず言葉を詰まらせる俺。
そんなやり取りを見て、はやては小さく笑った。
「ふふっ……ユウトくん、私たちに勝つ自信、ないんだ?」
「ばっ……そ、そういうわけじゃないが!?」
半年ぶりに再会した幼馴染。
あの日と同じ、でも少し大人びた笑顔を浮かべながら、彼女は俺を真っ直ぐに見ていた。
「心配しなくても――私とフェイトちゃんは、明日はカートリッジ使っちゃダメらしいから! だから、そこまで一方的な試合にはならないと思うよ!」
「…………」
一瞬、俺の思考が固まる。
「……なのは。それって慰めてるようで、全然慰めになってないよ…!?カートリッジ抜きでも勝つの前提条件みたいになってるよ!?」
「え、そ、そうかな?」
「……ユウト、その、がんばってね……」
「ぐっ……!」
ぐうの音も出ない。
背後でヴィータがニヤニヤしていた。
「ほらな。敵チームにまで気を遣われてんぞ、お前」
「やかましい!」
(ほんと……明日どうすんだよ、俺……!)
「そもそもがなぁ」
ひょっこり姿を現したはやてが、にこにこと笑いながら続ける。
「ユウトくん達の部隊が“カートリッジを大衆に向けて実践する”ってお題目で決まった演習やし。なのはちゃんたちがカートリッジ使うんは、微妙にお門違いやもんなぁ……。よかったやん、ユウトくん?」
「あ、ああ……そうだな」
頷いた瞬間、ふと違和感がこみ上げる。
「……はやて、なんか怒ってないか?」
「別に〜?」
はやてはにこにこ顔を崩さない。
「……?」
「ただ、メールの返事もなく、この前の電話も途中で逃げるように切られたことなんて……」
にっこり笑ったまま、ゆっくり顔を近づけてくる。
「根に持ってへんよ?」
(…めちゃくちゃ怒ってるじゃん)
再びどす黒いオーラをまとったはやてを横目になのはとフェイトが、苦笑しながら視線を逸らしていた。
慣れている様子からどうもここ数日間はこのテンションだったのだろうか…。
「とりあえず明日の試合は覚悟しときっ!」
はやてがにこにこと笑いながら告げるがその目はぜんぜん笑っていない。
「私だけやなくて、なのはちゃんやフェイトちゃんもあんたに思うとこあるって言うてたし……試合の流れでみんなでタコ殴りしてまうかもしれへんで?」
「……それだけは勘弁してほしいな」
思わず苦笑しながらも、胸の奥に決意を宿す。
「けど……明日は俺たちが勝つから、その心配は要らないよ」
「……へぇ」
はやてが目を細める。笑みを崩さないまま、じわりと圧をにじませて。
「随分自信があるようでなにより。明日の演習が楽しみやわぁ」
「はやて、こいつさっきまで弱音吐いてたから虚勢張ってるだけだぞ」
ヴィータが横から突っ込む。
「お前はどっちの味方なんだ、ヴィータ……」
「そんなん、はやてに決まってるだろ」
「仮にも特務隊所属だろ今……」
「ヴィータはええ子やねぇ……よしよし」
はやてが満足げにヴィータの頭を撫でる。
撫でられるまま嬉しそうにしてるヴィータに、俺は呆れつつも――なぜか胸に違和感が残る。
(……なんか忘れてる気がするんだよな……)
「あれ、そういえばシグナムは?」
「シグナムさんなら、さっきはやてちゃんがフラストレーションぶつけてて……いろいろあって今ダウンしてるよ」
なのはが苦笑しながら答える。
「この数分でダウンするほどって……何やったんだ、あいつ」
「……まぁ、男子禁制のお話になっちゃうかな。はやてちゃん、そういうとこあるし」
「そういうことって……?」
「うーん、ユウトくんにはまだ早いかな?」
「……俺の方がお前らより二歳年上なんだが」
「口答えしないの!」
なのはがぴしゃりと言う。
「そもそもはやてちゃんがフラストレーション溜まってるのもユウトくんのせいなの。シグナムさんが人柱になって抑えてくれてることに、もっと感謝するべきなの!」
「人柱って……はやては化け物かなんかなのか!?」
「……二人とも、大きな声で話してるとまたはやての矛先が向くから」
フェイトが静かに言う。その声音は落ち着いていたけど、妙に説得力があった。
「……あ、ごめんね。フェイトちゃん」
なのはが慌てて小声になる。
「フェイトまでその対応なんだ……」
俺は思わず天を仰ぐ。
「まぁ、話はこれくらいにして」
フェイトが一歩近づき、俺を真っ直ぐ見つめる。
その瞳に宿る光は――半年前と変わらない。いや、それ以上に強く澄んでいた。
「とにかく、ユウト」
「なんだ?」
「……久しぶり。会いたかったよ」
心臓が跳ねる音が、控室の喧騒の中でもはっきり聞こえた気がした。