イベント会場の待機室に足を踏み入れた瞬間、思わず足を止めた。
「うわ……すげぇ人だな」
ミッドチルダ・インターミドル本戦でも使われた会場。
観覧席は各地から詰めかけた観客で埋め尽くされ、空調の効いたはずの会場はガラス越しでも熱気が伝わってくる。
「まさかここまでの規模とはね……」
と、ティーダさんが驚きを隠せない様子で声を漏らす。
「これ、ほんとにただの公開演習なんだよな?」とヴァイスが眉をひそめるが、周囲の熱気はまるで祭りのそれだった。
(よく見ると一般の観客の数もそうだけど、管理局の制服も多いな…新しい魔道体系とデバイス、近代ベルカ式のお披露目ともなればそうなるか。)
クイントさんだけが変わらぬ穏やかな微笑みで緊張する俺たちに声をかけてくれながら雰囲気を整えてくれる。
――と、その時。場内の照明がふっと落ちた。いよいよオープニングセレモニーが始まる。会場の中心にスポットライトが当てられ、そこにいたのはまさか人物だった。
《それじゃあ皆さん、お待たせしました〜っ☆》
《トップバッターはこの人! 行動隊唯一の女性メンバー! クイント・ナカジマさん! 二児の母にして現役の都市防衛隊ベテラン魔導師!》
「えっ……クイントさん、お子さんいたんですか?」
「あら、言ってなかったかしら?」
《続いては! 特務行動隊のスナイパー! 私調べ、女性陣から見た人気ランキング堂々の最下位! ヴァイス・グランセニック!!》
「おいコラ待てアリシア!? 人気最下位ってどういう意味だよ!!」
「私はもちろんゲンヤさんに投票したわよ」
「誰も聞いてないって!」
《次は! 人気ランキング第1位! 航空隊所属のエリート魔導師! ティーダ・ランスター!!》
キャーッ!!と女性観客の声援が響く。
ティーダさんは苦笑しながら頭をかいていた。
「……おのれ、許さんぞティーダさん」
「いや、僕のせいじゃないでしょ」
「やっぱ若い子は顔で選ぶのかしらね。ゲンヤさんが一位じゃないなんて」
そして最後に、アリシアは満面の笑みを浮かべる。
《そして最後は……本部隊唯一の嘱託魔導師にして、カートリッジ式デバイス最初のテスター! ユウト・タカマチ!!》
「……なんか普通だな」
「面白みゼロだな」
「ユウトくん……」
「いや、いいですから! 面白みなんて要りませんから!」
「触れられないのってつらいよな…」
「ほんとに心配した顔をしないで??」
場内は笑いと熱気に包まれる。
スクリーンに映るプロフィールには、名前や所属、戦闘スタイルだけでなく――休日の過ごし方まで。
(……俺のところだけやけに細かい。これ絶対アリシアが書いたな)
そして再び照明が消えると共に移動したアリシアがマイクを高く掲げ、舞台の袖で言葉をつづけた。
《では、お待たせしましたーっ!! 相手チーム! 今回のイベントのために本局から集められた、特別部隊のご紹介でーす!!》
場内の照明が一斉に落とされる。直後、中央にスポットライトが集中。演出用の煙がふわりと立ち上る中、荘厳なBGMが鳴り響いた。
《まずは最年少執務官にして、管理局内でも指折り実力の持ち主と噂される超エリート!! クロノ・ハラオウンくんです!!》
姿を現したクロノは、いつもの執務官の黒い制服を着崩すことなくきっちりと着こなし、ステージへと歩み出る。
ただ、その目元にはうっすらと隈。なんか疲れてそうだな……昨日、眠れなかったのか?
続けざまにアリシアの声が響く。
《続いては――最後の夜天の主にして総合Sランク! 現役最強小学生!! 八神はやて!!》
「どうもー! 皆さん初めまして、八神はやて言いますー!」
客席のあちこちから「可愛いー!」という黄色い声援が飛ぶ。
……いや待て、夜天の主であることさらっと公表して大丈夫なのか!?
慌てて関係者席に目をやると、レティ提督は諦め顔、リンディ艦長は楽しそう、騎士カリムとシャッハ師匠は真剣な様子で何やら話し込んでいる。昨日見かけたあの守護騎士嫌いの上級士官は、案の定苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
事情を知ってるこちら側の人間は好反応。逆におそらく別の派閥のあの上層部の人間は痛いところを突かれた顔、聖王協会はなにやら真剣に話し合う様子。
(……反応的に、問題ないってことか?)
《はやては、嘱託魔導師、捜査官として活動しながら、現在は上級キャリアの資格勉強中! 管理局の部隊指揮官としてもしかしたら近い将来、みんなの上司になっちゃうかもだよ!》
「そのときは、よろしゅうな〜!」
(渦中の中でも、相変わらず元気な奴だな……)
《続いて〜! 本局チーム3人目は……嘱託魔導師にして魔導師ランクAAA! 訓練校では首席卒業! 特務隊所属のユウトの影響で、執務官試験の教本をこっそり購入した私の妹の〜〜〜〜フェイト・テスタロッサ!!》
む、フェイトも執務官志望とはなんとなく聞いていたが、そこまでガチだったとは…。俺も負けてられないな。
「お、おおお姉ちゃん、なんで教本のことバラしちゃうの!?あ、もう音入ってる…?よ、よろしくお願いしましゅっ!ああ、噛んじゃった……」
《はい、普段はクール系を意識してるけど緊張で少し噛んじゃうとこがチャームポイントですね! 可愛いよ、フェイト!!》
「お、お姉ちゃん…やめて…」
フェイト達の紹介も終わり、そして最後がやっぱり…
《最後は嘱託魔導師で魔導師ランクはAAAクラス!訓練校次席卒業の実力派!高町なのはちゃん!!ちなみに苗字でわかる人もいるかもだけど、ユウトとは義兄弟の関係だよっ!》
「こんにちは!高町なのはです!ご褒美のため、全力で行きます!!」
《はい! というわけで本局チーム、以上のメンバーです! 続いてルール説明に移りますね〜!》
……と、アリシアがマイクを振ると、なぜかなのはたちまでマイクが渡される。
《それじゃ、ちょっとだけ手伝って!》
「え、私たちも?…《あ、あー、よろしくお願いします!》」
《フェイト達には私の司会進行てつだってね!》
《なんもきいてへんのやけど、何をすればええの?》
《私が話を振るから適当に答えてくればいいよっ!まずはーー》
「……今回のって俺たち主役じゃなかったっけなんで俺たち控え室で待機なんだ?」
ヴァイスがぼやく。いやほんと、その通りだ。俺たちは待機室で立ち尽くしてるだけなのに、あいつらはスポットライトの真ん中。
ティーダさんが苦笑しながら肩をすくめた。
「夜天の主に最年少執務官……話題性がある子たちを前に出せ、っていうのは主催側の意向だろうね」
(昨日聞いた話的にも俺たちが“カートリッジで差を覆す”って筋立てには、こういう派手な演出が必要なんだろう。けど……)
モニターに並んだ両チームの戦力表を見る。
相手チーム――総合Sランクのはやてに、AAAランクの3人。
こっちは、クイントさんがA+、ティーダさんがA-、そして俺とヴァイスがBランク。
……どう見ても、圧倒的な戦力差だ。
(闇の書事件でヴィータ達と戦った時を考えるとカートリッジの差は戦闘ではかなり大きい。そこまでバランスは悪くないと思う…たぶん)
視線の先。ステージ袖で「勝ったらご褒美!」と浮き足立ち、闇の書事件の時と同じ覇気を放っている三人娘――なのは、フェイト、はやて。
その後ろ姿からはは闇の書事件並みの覇気が溢れている
(……いや、ご褒美ってなんだよ。あいつらのやる気が十分すぎてこっちにとっては脅威でしかないんだが)
胃が痛い思いを感じながらも、アリシア達の司会進行を眺めながら体の調子を確かめる。
話だと、召喚魔法で模擬戦の結界内に飛ばされるとのことなので、いつでも準備万端にしないとな。
《はいはーいっ! それじゃみんな、注目ー!》
アリシアの元気いっぱいの声が、会場全体を包み込む。
瞬間、ざわついていた観客の声がすっと収まり、ステージ上空に広がったホログラムスクリーンへと視線が集まった。そこには都市部を模したフィールドマップが浮かび上がる。
《今回の演習ルールを説明しまーす! 使用するのはDSAA公式ルールのライフポイント制! そして――特別ルールとして“エース制度”を採用しまーす!!》
《なぁ、アリシアちゃん。エース制度ってなんや?》
《そうだね~はやてに分かりやすく言うと“王様ドッチボール”だね! チームでひとりエースを決めて、そのエースがライフ0になった時点で敗北決定!》
《なるほどなぁ…》
「ドッチボール…?」
「俺達の出身世界の玉遊びですね。」
「とりあえずエースを守りつつ相手のエースを落とせばいい話しか。」
エース制度……ありがたいようで、難しいルールだ。
俺たちは短期決戦狙い。だから“最初の一人”を落とした時点で勝負を決められる可能性があるのはかなりうれしい誤算だ。……けど、逆に自分たちのエースが誰になるか、そこを見抜かれたら一気に崩れるな。
(クイントさんは近接特化、ヴァイスは狙撃専門……どっちも集中狙いされたら厳しい。必然的に俺かティーダさんになるけど――それも読まれたらきついしなぁ)
思考を続ける俺を置いて、時間は進んでいく。
《なるほどなぁ…私は狙われたらすぐ落ちてまいそうだし、私がリーダーになるのはないなぁ。》
少しだけニヤけた顔を隠さずにつらつらと続けるはやて。
…ブラフか?
確かに向こうチームで一番落としやすいのは魔法に対する理解力や経験が浅いはやてだけど、逆に読まれてはやてがエースになると落としたい順番的に長期戦になるか…?
《ちょ、ちょっとはやてちゃん! 声、会場に流れてるから! ユウトくん達に聞かれちゃうよ!?》
《なのは、多分はやては考えあって言ってるんだと思うけど》
《……あ、そっか。ごめんね、はやてちゃん》
《いやいや、私はただ思ったこと言っただけやで? こういう時、無駄に頭働かせる子がおったら混乱するやろなぁって思っただけや》
《はやてはやることがえげつないね…ってフェイト?そんな思い詰めた顔してどーしたの?お腹痛い?》
《違うよっお姉ちゃん!?…ねぇ、はやて。私やっぱりエースやりたいな。》
《フェイトちゃん……そんな真剣な顔で言われても、ここで決めたら作戦バレバレやん。抜けてるところもかわいいけど、ちょっと黙っとき》
《あ…ごめん。》
《はいはい! じゃ気を取り直して! 今回のフィールドは大型ビル群エリア! 都市部での作戦を想定してもらいまーす!》
スクリーンに映し出されたのは高層ビル群が連なる都市型フィールド。
チームは両端からスタートし、中央でぶつかる可能性が高い。
《それじゃ、エース決めの相談が済んだら――いよいよ試合開始だよ!》
……アリシアの声とともにモニターの音声が落ち、控室の空気が重くなる。
俺は小さく息を吐き、モニターに映った三人の姿を思い浮かべた。
(フェイトの真剣な顔は――本心だろう。でも、どこまでがはやての仕込みか分からない。……相手のエースは誰なんだ?)
「さて…エースはだれにしますか?」
「まぁ、俺は狙撃しかできないし……」
ヴァイスが肩をすくめる。
「正直、集中砲火浴びたら牽制くらいしかできねえし。エースやるのはナシだろ」
「私も同じく、ですね」
クイントさんが静かに言う。
「正直、FAの私がエースっていうのはあんまり現実的じゃないわ。格闘戦は距離を詰めてこそ。囲まれたら終わりだし、わざわざ狙われ役になるのは悪手ね」
「そもそも当初の作戦通りに僕が幻影魔法で足止めするのも、考え直した方がいいかもね。足止めした相手がエースだった場合、そこを落とさずにほかの相手に戦力を作戦になっちゃうしね。」
「ユウトはどう思う……?」
ティーダさんの視線を受け、俺は小さく息をついた。
「まぁ、消去法で考えれば……俺とティーダさんのどちらかがエースをやる。そこまでは俺も同じ意見です。でも……それは向こうも“当然の推測”として考えてるはずです」
「それはそうだけど、戦略的に正解を選ぶのは、間違ってないと思うよ。……それとも、なにか考えがあるのかい?」
「昨日も話した通り、今回の試合は4対4の少人数戦です。普通にやれば、必然的にタイマンでのマッチアップが多くなる。俺たちの当初の予定は、ティーダさんの幻影魔法で敵を分断して、人数有利を作って一気に叩くっていう作戦でしたよね」
「そうだな」
ヴァイスが腕を組む。
「でも分断して狙った相手がエースじゃなかった場合……こっちは一人落として消耗状態。向こうのエースは無傷で残る。人数こそ有利だけど、あっちは大火力持ちばっかだから一気に押し返される。……そういうことだろ?」
「うん」俺は頷いた。
「だから俺の作戦は――」
◇ ◇ ◇
「……大枠だけ理解してもらえれば十分です。あとは試合の中でアドリブ力が試されるって感じで。」
「うん、僕らのリーダーはそれで異論はないよ。」
ティーダさんは真剣な顔で頷き、クイントさんは軽く笑って「任せるわ」と肩をすくめた。
それでひと区切り。場の空気が自然と、次の議題へと移っていく。
「――じゃあ、肝心の問題だな」ヴァイスが腕を組む。
「向こうのエースは誰だと思う?」
ティーダさんが顎に手をやり、考えるように目を伏せる。
「僕的には……総合Sランクで、なおかつ後方からの火力担当。狙われやすいし、守る意義もある八神はやてちゃんかな」
「でも、単独での自衛力は低い……さっき会場で本人はそう言ってたわよね?」
クイントさんが腕を組みながら静かに言う。
「まぁ、あれは明らかに俺に向けて混乱させるための発言でしたけど……でも、間違いじゃないと思います」
俺は苦笑して頷いた。
「じゃあ、アリシアちゃんの妹さんか?」ヴァイスが口を挟む。
「彼女は得意レンジはショート、ミドルなんだろ? 他メンバーと比べると比較的にはポジションちょっと前目すぎないか?」
「あー……こっちで言うと、クイントさん的な立ち位置になるのか」
議論は自然にまとまっていく。
「俺的にも、ブラフやミスリードを無視して適正だけ考えたら……その二人はエースじゃないと思います」
俺は視線を落とし、言葉を選んだ。
「むしろ、落ちにくさやレンジのバランスを考えれば――クロノか、なのは。あの二人のどっちかの方がよっぽど現実的だと思う」
「なるほどな……――だから、あの作戦なわけね」
頷き合う仲間たち。
俺たちが思い描いた勝ち筋は、ここからようやく動き始める。
ーー30分後。
アリシアの声が、再び観客席に響き渡る。
《よーし、両チームエースが決まったということで…それでは、間もなく試合開始です!》
歓声が割れんばかりに会場を包み込む。
「もうすぐ始まるわ…準備はいいかしら?」
「僕の方は平気ですよ。」
「俺もっす!…とっておきの物持ってきましたし!」
「とっておきって何??」
疑問をぶつけるとヴァイスがニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「……なんだその顔。やっぱり嫌な予感するけど…」
そう言うとヴァイスは懐から謎の封筒を見せる。
「なぁ、反則負けとかはなしだぞ…?」
「当たり前だろ、そんなことしねーよ!?まあ、勝利のお守りってところだよ」
そんなやり取りの間に、再びアリシアがマイクを握った。
《それでは、両チームの転送準備も完了しましたし……戦闘エリアに全員送りますよー!スタートの合図は、転送直後から! 準備はいいー?》
「ティーダ・ランスター、行けます!」
「クイント・ナカジマ、行きまーす!」
「ヴァイス……本気で大丈夫だよな!?」
「心配すんなっ!信頼しとけって!ちょっとずるいかもしれないが反則負けになるような真似しなi…」
光の柱に飲まれながらヴァイスが先に転送された。
「……もうどうにでもなれ」
溜息を吐いたその瞬間、足元から転送魔法が展開され、俺も戦闘フィールドへとも引き込まれていった。
そして、戦いの火蓋が――落とされた。