「――なのはぁぁぁぁ!!」
腕を伸ばす。ただ、それしかできなかった。
「ぐっ……!!」
爆風。目の前が霞む。
耳鳴りとともに、焼けた空気が皮膚を刺す。
それでも、必死に光が消えた方へ目を凝らす。
(……俺のせいで。俺のせいで、なのはが――)
焼けるような自己嫌悪と、全身を締め付ける無力感。
今の俺には、何もできない。
特務隊に入る前の、桃子さんとの約束が頭をよぎったーー
『だから、約束して。
――絶対、私より先に死なないこと。
親孝行とか、恩返しなんて、そんなものは必要ないから。
親より先に死ぬことだけは、絶対に許しませんよ?』
それは、なのはと二人で、桃子さんと交わした誓い。
あの日、俺は決めたんだ。なのはを、必ず守るって。
……それなのに、俺は――
「……随分と暗い顔をしてるな」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
「まぁ、実際あたしらもギリギリだったけどな!」
なのはがいた方からも、同じく声が届く。
煙の向こうから姿を現したのは――
「シグナム……! ヴィータ……!」
そしてその後ろには、変わらず静かな寝息をたてるなのはの姿があった。
「ったく、こんなボロボロになりやがって…あたし達のしごきがたりなかったか?」
「そういうな、ヴィータ。死力を尽くした戦の後にこんなことが起きるなど予測できまい。」
「…まずは来てくれて助かった!けど、どうしてここに!?」
「試合が終わっても、主はやて達のように自動転送で戻ってこなかったからな。職員たちは機材トラブルだと慌てていたがーーならばと、直接様子を見に来たのだ。」
「まさか侵入者がいるとはな思ってなかったけどな!」
「……じゃあ、会場の外は――」
「ああ…無事だ。
シグナムは険しい表情で言った。
「術を張ったシャマルと維持のために携わった本局側の結界魔導師しか知らない秘匿結界の座標位置。そこに転送魔法で侵入されたという事実が、最悪だ。」
「チッ…試合直後に結界内の様子が分からなくなる不具合と中継が途絶した機材トラブル。その上、試合で疲れたお前らに襲い掛かった対魔導師用に特化した所属不明機ーー」
ヴィータが怒気を孕ませながら前に出る。
「偶然で片付けられるかよ…ふざけんなよ、はやてにさえ手を出さなきゃあたしらの文句がでないとでも思ったのか?こいつらを見せしめにして行動を制限しようとってか。そっちがその気なら、あたしは、あたしはーーー!!!」
「……待て、ヴィータ。今ここで、憶測ばかりを口にするな」
「んだよ、シグナム!!お前はこれだけコケにされて、何とも思わねぇのかよ! なのはやユウトは……いま、本当に死にかけてたんだぞ!」
……そうか。
ヴィータは、これが試合前から言ってた管理局内の反ベルカ派閥の仕業だと感じてるんだ。
「憶測で物事を語れば、誤りを生む。その誤解はいずれ大きな波のように広がり悲劇につながる。……それは、数多の時を経てきた我らが一番よく知っていることだろう」
「でもよッ…いや、悪かった。ちょっと、熱くなった……ごめん」
「気にするな。私は、お前の将だからな。まったく…涙を拭け。」
「うるせー。」
「話がまとまったようで何より…まずは、目の前の敵をどうするかだな」
「あ?お前まだ気づいてねーのか? だっらしねーなー」
「それってどういう…」
ヴィータが無言で指さす。
「己が信ずる武器を手に害悪を貫き敵を打ち砕くのがベルカの騎士ーー」
完全に晴れた煙の先。
そこには、左右真っ二つに切断された大型の機械兵の亡骸が、無惨に突き刺さっていた。
「ーー故斬った。それだけだ」
……
その後、合流したフェイト、そして守護騎士たちによる怒涛の連携によって、
侵入してきた機体群はすべて鎮圧された。
俺たちはシャマルの治療を受けて身体を休め、少しだけ遅れて閉会式へと向かった。
中継が途切れた秘匿結界内での襲撃。
事件の詳細は明らかにされることなく、関係各所には事態の報告すらされなされなかった。
いくら結界の内側で起こった出来事とはいえ――
それが「管理局主催の公開演習」という、一般市民が立ち会う舞台で起きたという事実は重い。
事件直後、速やかに緘口令が敷かれた。(といってもなのは達は寝ていて知ることすらなかったが)
中継が途切れたことは、「予定外の魔力量による機材の不調」と説明がなされ、
メディアへの配信も、異常のなかった時間帯で編集され差し替えられた。
本局広報部は沈静化に追われ、保安部は戦闘記録の機密保持に奔走。
一週間もすれば今回の事態は「なかったもの」として扱われた。
明らかに迅速すぎる対応と証拠隠滅とすらとれる方法で行われた事態の修正。
俺の胸に重りを落としながら――色んな意味で忘れられない一日が幕を閉じた。
ー
ーー
ーーー
ーーーー
モニターに映る映像はすでに停止し、静寂が支配する部屋。
だが、その薄暗がりの中に佇む男の声だけが、反響していた。
「ええ、もちろん。言われた通り、予定時刻に新型を投入しました。」
通信の相手は苛立ちを隠さない。
『……ならば、なぜ奴らは生きている!用意した舞台も、筋書きも台無しだ!!』
その怒号に、男はまるで他人事のように肩を竦め、笑みすら浮かべる。
「やれやれ、無茶ばかり仰る。……現在のご予算では、あれが精一杯の“性能”でしてね。
それでも、惜しいところまでは行ったんですが――運が悪かった。
守護騎士の乱入さえなければ、あるいは……」
男はわざとらしく溜息をつき、
そして、付け足すように囁いた。
「せめて、今後はもう少しばかり予算をいただければ……」
『チイッ...もうよい!』
プツリと通信が切れる。
重い沈黙が部屋を満たし、残されたのは――
モニターの淡い光に照らされた、白衣の男と、黙って控える銀髪の少女だけだった。
「…ドクター、良いのか?」
「なにがだい?」
口を開いたのは、無機質な声音の少女――チンク。
「今回、侵入させたのはすべて型落ちのジャンク……
排除が目的なら、最新型を投入すれば造作もなかったはずだ。」
ドクターと呼ばれた男はあくまで軽やかに答える。
「ハッハッハ…そうだね…あえて言うならば…勿体ないからかな。」
「勿体ない…新型を破壊されるのが?あんなのは既に量産体制に入ってーー」
「ああ、そっちじゃないよ…チンク。政敵の妨害のために消せと命令されたリスト。 その中に昔トーレやドゥーエが仕損じた実験サンプルがいてね。研究前に彼を消すのは――実に勿体ない。」
男の視線が、停止したモニターに向けられる。
映っているのは、演習会場で倒れたままの――
ユウト・タカマチの姿だった。
「あぁ…あの時見せたイレギュラーな進化ともいえる姿。死の間際まで追い込み仲間を殺せばまた見れると思ったが…
残念だ。」
ドクターは不気味な笑みを浮かべ、椅子をくるりと回す。
「まあいい。他にも面白そうなものも見れたしね。」
その名を出すことはなかった。
だが、チンクはすぐに察する。フェイトと呼ばれた少女のことだと。
「……面白い、ではなく面白そうとは、曖昧だな。」
「ハッハッハ、だって確証がないからね。
けれど……どうにも、そそられる名だ。テスタロッサの性、名がフェイト。ハッハッハ…安直過ぎないかい、プレシア女史よ。私ですら子供たちには愛情をこめて名をつけているのに。」
男の目が細められ、狂気を孕んだ光が灯る。
「…ドクター、私たちの名前は製造番号をもじっただけではないか?」
「おやおや耳が痛い。さあ、チンク。愛しい五番目の家族よ。準備を整えよう!邪魔者の暗殺、聖王の再誕のための人造魔導師の研究と、それから新しい家族の開発…やることは山積みだ。」
そして、モニターに表示される名簿リストが、一つずつ消されていく。
次なる遊びが始まるのは、そう遠くない。
ただそれは、人の身では遊びにすまない混乱の幕開けになるのだった――。