次元空間——『時の庭園』
そこには、静かにベッドに眠る一人の少年。
その傍らには金色の髪の少女と、黒衣の魔女が向かい合うように立っていた。
「それで……報告の日は明日のはずだったわよね。
どうして急に戻ってきたのかしら、フェイト? ……それも、こんな子供を連れて」
プレシア・テスタロッサが冷たい瞳を向けながら問いかける。
「……あの、母さん……」
「それで? この死にかけの少年を、わざわざ連れてきて治療してほしい理由は?」
その言葉に詰まるフェイト。
その沈黙を、隣にいたアルフが破る。
「それは――そいつが、ジュエルシードを複数持ってる可能性があるからだよ」
「アルフ!?」
フェイトが慌てて振り返る。
「……あら。使い魔風情が私に口出しとはね」
プレシアの声には、あからさまな苛立ちがにじむ。
「口出しも何も、事実を言っただけさ。
あんたは信じないかもしれないけど……あのフードの魔導師と戦ったって報告、フェイトが来る前にちゃんと伝えたはずだろ」
「ええ。てっきり、ジュエルシードの暴走体に負けた言い訳かと思ってたわ。
“都合よく現れた”魔導師に負けたっていう、ね」
「……なんだとっ!?」
「アルフ、だめ……! 大きな声出したら……」
フェイトが慌ててアルフを制止する。
「……ふん。まぁいいわ。
そういうことなら、その少年を治療して、さっさとジュエルシードを回収させてもらいましょう」
「……ありがとうございます、母さん」
「とりあえず私は、この子の治療を行うわ。
フェイト、あなたはデバイスが修復されるまで待機してなさい」
「……はい。分かりました」
そう言い残してプレシアが背を向け、部屋を後にする。
その背中を見送りながら、アルフが思わず悪態をついた。
「なんだよ、あの女……
フェイトが頑張って3つ、ユウトって子供からさらに3つ、合計6個もジュエルシード持って帰ってきたのに……
労いの言葉一つもなしなんて……!」
「でも……アルフ。
私たち、“全部集めてこい”って言われてたし……」
「それでもさ……あんな態度、普通じゃないよ。
あんなの、実の娘にする態度か? そんなにジュエルシードが大事なのかよ……」
「……母さんを悪く言わないで。
母さんは……私のためを思って……」
「思ってるもんか……。
自分の都合の悪いこと、全部フェイトに押しつけてるだけじゃないか!」
「……違うよ。だって、親子だもん。
ジュエルシードは、きっと……母さんにとって、すごく大切なものなんだと思う。
ずっと……不幸で、悲しい思いをしてきた母さんだから……
私が、なんとか喜ばせてあげたいの」
「フェイト……」
「それでも、大丈夫。
私がもっと上手くやれば……母さんだって、笑ってくれる。
アルフにも、きっと優しくしてくれる」
「……フェイト……」
アルフは、それ以上何も言えなかった。
フェイトは、ベッドに眠る少年——ユウトの顔を一度見て、小さく息を吐く。
そして、静かに言った。
「だから、行こう。
……今度は、きっと、失敗しないように」
その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせるようだった。
side:プレシア
「ッ……こんなことをしている暇はないのだけど……
でも、ジュエルシードは……いずれアリシアのため……ゴホッ……!」
魔力を送り続けるたびに、喉奥から血がこみ上げる。
それでもプレシア・テスタロッサは、ベッドに横たわる少年の治療を続けていた。
その身体を覆う治療用ポッドが淡く光を放ち、かすかに彼の生命を繋ぎ止めている。
(……肺が、苦しい……私の命は……あと2年……といったところかしら)
苦痛に歪む胸の奥で、彼女の想いはひとつの名へと還る。
(……アリシア……)
すべては、あの子のため。
失われた、たった一人の愛娘——アリシア・テスタロッサ。
26年前。
エネルギー駆動炉《ヒュドラ》の暴走。
安全基準を無視した実験により、家族は焼き尽くされた。
それは、プレシアの人生すべてを狂わせた日。
あの日から私の目的は、ただ一つ。
アリシアを、この手で目覚めさせること。
そのために命を注いで開発した人工生命体、そして記憶転写技術。
——プロジェクトF。
だが完成したそれは、アリシアに似て非なるものだった。
声も、見た目も、完全に同じ。
……だというのに、話し方、利き腕、魔力資質、そして“人格”までもが異なっていた。
それが、フェイト。
複製も、記憶の転写も、すべて成功していた。
アリシアとしての記憶も、確かにあった。
——それなのに。
似ているからこそ、違う部分が醜く映った。
私は、フェイトを「アリシアの偽物」としか見られなくなった。
彼女は、私の“アリシアへの愛”を奪おうとする“何か”にしか見えなかった。
その瞬間から私は、フェイトをただの「道具」として扱うようになり、
プロジェクトFは凍結。
そして私は、禁忌の道へと踏み出した。
——命を操る、古代の魔法。
探し求めた先にあったのは、伝説に記された幻の都《アルハザード》。
そこに辿り着く方法はただ一つ——
次元の法則すらねじ曲げるほどの、大規模な次元震を引き起こすこと。
そのためには、ジュエルシード全てが必要。
「……ふぅ、作業は一通り終わったわね」
プレシアは手を止め、淡々と背を向ける。
「後は、適当にアルフに見張らせておけばいいでしょう。私は……アルハザードへの道を……」
その言葉を残して、魔女はゆっくりと部屋を後にする。
しかし——
その背中を、眠っていたはずの少年が、静かに目を開け、見つめていた。
彼の瞳には、まだ焦点が定まらないまま、
どこか、深く静かな意志が宿っていた——。
「……フェイト」
「っ……あっ、母さん……!」
部屋の扉が開き、プレシアが静かに歩み寄ってくる。
フェイトは思わず背筋を正し、かすかに震える声で問いかけた。
「その……あの子の様態は……?」
「……山場は越えたわ。
いつ目を覚ましてもおかしくない状態。もっとも、完全な回復には時間がかかるでしょうけど……命に別状はないわ」
「……そっか。ありがとうございます、母さん」
「別に、あなたのためにやったわけじゃないわよ」
淡々と告げたあと、プレシアはふと声のトーンを変える。
「それより、ジュエルシードだけど……」
「はい、こちらに……」
フェイトはそっと、持ち帰ったジュエルシードの入った封印ケースを差し出す。
「……間違いない。確かに、ジュエルシードね」
「……はい、母さん」
「よく頑張った、って……褒めたいところだけど——
私が、あなたに何て言ったかしら?」
ゾクリ——
空気が、凍る。
肌を刺すような冷たい気配と、鋭すぎる視線がフェイトを貫いた。
「……あ……その……」
プレシアの手に現れたのは、彼女のデバイス。
瞬く間にそれは、魔力を帯びた鞭の形状へと変化する。
「私は言ったわよね。“あの世界に存在する21個のジュエルシード、すべて回収してきて”と」
「……はい。……ごめんなさい、母さん」
「それなのに……あなたが持ち帰ったのは、たった6個。
半分の10個にすら届かない。……これはあまりに酷いわ」
「……はい……ごめんなさい……母さん……」
「あなたは、大魔導師である私の娘。
どんな困難も、必ず成し遂げなければならないの。……分かるわね?」
「……はい……」
「だから……もう二度と、私を失望させないように——」
プレシアの手に力が込められる。
鞭に魔力が集中し、鋭い音を立てながら振り上げられた。
「——躾けないとね」
その瞬間——
「待てっ!!」
空気が揺れるような声が、部屋に響いた。
振り向くプレシア。
その視線の先——ポッドの蓋は開かれ、少年がそこに立っていた。
全身に包帯を巻いた、傷だらけの身体。
だが、その目ははっきりとプレシアを見据えていた。
「……あら。もう、起きていたのね。あなた」
「ユウト……!?」
フェイトが息を呑む。
止めに入ったのは、回復ポッドに眠っていたはずの少年——ユウトだった。
アリシアが原作で眠っていた緑の液体が入った水槽の名前…何だったんでしょうか、とりあえず安直に今作では回復ポッドにしときました