ーー別室、ユウトが保護されている護送室にて。
そこには、ユウトとデバイス《ディジター》の静かな会話があった。
「……なぁ、ディジター。フェイト達……大丈夫かな」
ユウトがぽつりとつぶやく。窓のない部屋の空気はひどく重く、天井を見上げても何も変わらない。だから、言葉だけが心を少し軽くした。
『肉体的には極めて健康です。……精神的ストレスの方は、少々測りかねますが』
「……はぁ。あいつを計画に巻き込ませないためとはいえ、後ろから撃つってのは……やっぱりやりすぎたよな」
『ええ。それも、あれほど信頼してくれていた女の子を撃つなんて、正気の沙汰ではありませんね』
「お前が言うなよ……そもそも、ジュエルシード回収後の時間稼ぎのために、なのはとフェイトを同時に落とす作戦立てたの、お前だろ」
『私はマスターの願いを叶えるために、最善の手段を提示しただけです。……やれやれ、気になる女の子に嫌われそうだからって、ずいぶん女々しいですね、マスター』
「……そーいうんじゃねぇよ」
その時、扉の向こうからコンコンとノックの音が響いた。
「はーい、どーぞー。ていうか、こっちは捕まってる身だし拒否権ないしなー……」
扉が静かに開き、入ってきたのはクロノとユーノだった。クロノは険しい表情をしていたが、ユーノはどこか苦笑気味にこちらを見ている。
「……おう、二人してどうしたんだ?なんかあった?」
「いや……なんというか……記憶をなくす前と比べて、随分と変わったなと思って」
ユーノが言葉を探すように、懐かしむように答える。
「…ああ。ユーノはともかく、記憶を無くす前の俺って執務官殿には敬語でしたっけ」
「執務官殿なんて堅苦しい呼び方はやめてくれ。クロノでいい」
クロノがやや柔らかい口調で言うと、ユウトは小さく肩をすくめて答えた。
「それじゃ、クロノ…あとユーノ。どういう要件で?」
ユウトが静かに問いかけると、クロノが少しだけ表情を引き締め、まっすぐに視線を向けてきた。
「…まずは、簡単な確認をさせてくれ。君は“以前の記憶”について、どこまで覚えている?」
それに続くように、ユーノも口を開く。
「僕が着いてきたのはね、ユウトの記憶について聞きたかったから。転移する前、僕たちのことを覚えてるようなこと、言ってたでしょ?」
ユウトは少し目を細め、天井を一度見上げてから口を開いた。
「悪いけど……思い出した記憶は、まだ少ない。ジュエルシードの爆発を見たとき、断片的に思い出した。それから少しずつ……芋づる式に家族のこととか、普段何してたかとか、そういう生活の記憶が戻ってきてる。でも、お前らとの関係とか、魔導の訓練とか、戦いの記憶はまだ、ぼんやりしてる」
「…ふむ。事件が始まった当初は完全に記憶を失っていたと。了解した」
クロノはうなずきながら、書類らしきものにメモを取るような仕草を見せる。
「今後の流れだが……おそらく君は、これから我々の世界、ミッドチルダで裁判にかけられる。まずはその前提として、君の立場を整理するためにも、こうして事情聴取に来た」
ユウトは、少し言い淀んでから言葉を紡ぐ。
「……なあ。フェイトも、その裁判にかけられるのか?」
クロノはわずかに眉を動かしてから、静かに答える。
「……ああ。ただし、フェイトの罪は軽い。管理外世界での魔法の無断使用、あとは公務執行妨害程度。彼女はロストロギア探索を命じられたわけではなく、プレシアと君に利用されていた側。……情状酌量の余地は十分にある」
「……そうか。なら……良かった」
小さく胸をなでおろすユウトの様子を見て、クロノは少しだけ口調を和らげた。
「……一応、言っておくが。君自身も同じような扱いになる可能性が高い」
「……なんだって? 俺ってどっちかって言ったら“計画の実行犯”だろ?」
「それは形式的な話だ。だが、君は記憶喪失の状態で地球で暮らしていた。つまり、“ミッドチルダの人間”ではない。戸籍上も行方不明者で、事故により死亡したとされていた。そして、アルフに襲われた戦闘記録もある。事件直前まで君が我々の世界とは無関係で生活していたことは証明出来る」
クロノは表情を変えず、淡々と続けた。
「要するに、君は“我々の世界と無関係な現地人”として、偶然ロストロギアに関わってしまっただけ――そう見なされる。罪に問えるのは、局員への攻撃くらい。それも、フェイトより軽いと判断されるはずだ」
「……だったら!」
ユウトの声が少し強くなる。
「だったら、全部俺がやったことにしてくれよ。俺が——」
「……ああ」
クロノはその言葉を静かに遮る。
「そのことだが、この事件の法的責任は、すべてプレシア・テスタロッサが被ることになるだろう」
「…………っ」
言葉を失ったユウトの拳が、膝の上で小さく震えていた。
そのとき、艦内に緊急アラートが鳴り響いた。
「……!? 何が起きた! エイミィ、状況を教えてくれ!」
クロノが即座にブリッジのエイミィへと通信を送る。
『クロノくん、大変! フェイトちゃんが……脱走しちゃったの!』
「なんだって!?」
『ずっと大人しかったし、そもそも罪状が罪状だから拘束してなかったんだけど…さっき突然暴れだして…!』
「場所はどこだ!?」
『今は海岸方面、なのはちゃんと戦ったあの砂浜に向かってる!』
クロノはすぐに振り返り、ユウトたちを見た。
「すまない、ユウト。僕たちはフェイトのもとへ向かう。話の続きは後にしよう」
だが、そのとき――
「待って、クロノ」
ユーノが口を挟んだ。
「なんだ? 今は緊急だぞ」
「ユウトも一緒に連れていこう」
「…なんだって?そんなこと許可できるはずが…」
「違う。きっと僕たちが行っても、フェイトの心は救えない。彼女に必要なのは、ユウトなんだ。
それに、1人脱走者が増えても、もう変わらないでしょ?」
ユーノが真剣な眼差しで訴える。
「…ああ。頼む、クロノ…後で怒られるから…頼む!」
クロノは一瞬、ため息をついたあと――
「……わかった。ついてこい。」
三人は急いで砂浜へと向かっていった。
ーーフェイトside
夜の海は、どこまでも深く、どこまでも静かだった。
月の光が波間に揺れ、寄せては返す白波が砂浜を淡く濡らしていく。
フェイトは、ただひとり、砂浜に佇んでいた。
海風が金色の髪をそっと撫で、潮の香りを運んでいく。
彼女は裸足のまま、冷たい波の感触を確かめるように足元を見つめた。
「……私は……」
かすれた声が零れる。
その言葉の続きを、彼女自身すら見つけられなかった。
母さんは——私を愛していなかった。
それは、なんとなく分かっていたはずだった。
いまはつらい時期で、いつか私のことを見てくれる——そう思って頑張ってきた
なのに。
--アリシアの代用品
その言葉が耳にこびりついて離れない。
ただの代用品。
たったそれだけの存在。
心のどこかで、わずかでも期待していた自分が、ひどく愚かに思えた。
「……それでも……」
それでも——
母が愛してくれるなら、それでよかったのに。
偽物でも、代用品でもいいから、ただ一度でも「愛している」と言ってほしかった。
風が吹き抜け、フェイトの体を冷たく撫でた。
寒さを感じたわけじゃない。
ただ、心が空っぽになっていく。
そして——
「……ユウト……」
彼の名前を口にすると、胸の奥が痛んだ。
「……どうして……」
どうして、一言でもいいから何か言ってくれなかったの?
どうして、あのとき私を置いていったの?
どうして——
波が足元を洗い流すように引いていく。
でも、心の中に残った痛みだけは、どうしても消えてくれなかった。
愛してほしかった母に拒まれ、信じた仲間に裏切られ、
私は一体、なんのために生まれたの?
事件が終わってからの10日間ずっと頭の中で負の感情がぐるぐるとループして、
悪循環が起きていることはわかってる。
でも…分かっていても、もう…疲れちゃたな…
フェイトは、答えのない問いを抱えたまま、ひとり夜の海を見つめていた。
静かに寄せる波の音の方に、彼女の足はつられていった。