○○を救う魔法。   作:黒歴史メーカー

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買い物と、これからのこと【後編】

 

【なのはの場合】

 

 ショッピングモール1階、色とりどりの小物や雑貨が並ぶファンシーショップ。

 その奥の棚の前で、なのはは真剣な表情でひとつのキーホルダーを手に取っていた。

 

 不愛想な表情のくまのぬいぐるみ。

 背中には小さな羽がついている。

 

「……なんか、機嫌悪い時のユウト君みたい」

 

 

 

 なのはは小さく呟いて、手の中でくるくるとキーホルダーを回した。

 かわいいだけじゃない、どこか“ほっとする空気”をまとったそれを眺めながら、心の中がじんわり温まっていくのを感じていた。

 

「見つけた」

 

 背後から声をかけられて振り返ると、ユウトが腕を組んで立っていた。

 

「懐かしいな、ここ。」

 

「うん。私、昔からこういうお店が好きで、一緒によく来てたね」

 

「部屋にあふれるぐらいあるもんな……」

 

なのはは棚に戻しかけたキーホルダーを、改めて握り直す。

 

「ね、ユウトくん。これ、私に似合うかな?」

 

「……ああ。似合うと思う。なんか、こういうのが好きそうって、感じがする」

 

「ふふっ、そうだね。”こういう表情”も、ちゃんと好きだね」

 

 選んだ小物は、小さな羽のキーホルダーひとつ。

 そこにもなのはの“選んだ理由”がちゃんと詰まっていた。

 

ふたりで選んだ、キーホルダーひとつを袋に入れてもらいながら、なのははユウトに「ありがと」と微笑んだ。

 

 店を出てからもふたりは並んで歩いた。モールの吹き抜けに差し込む自然光が、廊下に明るい影を落としていた。

 

「ねぇ、ユウトくん。……保護観察処分だっけ、もうすぐ終わるんだよね?」

 

「……ああ。たぶん、あと一ヶ月もすれば正式に解除されると思う」

 

「そのあとは……どうするの?」

 

 なのはの声は柔らかいけれど、真剣だった。

 ユウトは数秒だけ沈黙して、それからポケットに手を入れて答えた。

 

「管理局で働くつもり。もう、ほぼ決めてる。……色々あったけど、俺には“守りたいもの”ができたし、それを守れる力も手に入れたから」

 

 なのはは、そっと頷いた。

 

 けれど、ユウトの表情はどこか曇っていた。

 

「……ただな、正直、どこに住むかは……まだ迷ってる」

 

「どこに……?」

 

「地球か、ミッドチルダか。どっちで生きていくかって考えると、簡単に決められないんだ」

 

 ユウトの声には、ほんの少しの迷いと寂しさが滲んでいた。

 

「地球には思い出がある。高町家での日々、翠屋の手伝い、……お前との時間も。だけど、ミッドチルダは、今の俺の居場所でもある。フェイトやアリシア、リニスたちと過ごして、少しずつだけど“自分が生きていける場所”になってきた」

 

 言葉を選びながら、それでも絞り出すように続ける。

 

「……でも、なのはにはさ」

 

「うん?」

 

「……管理局で、戦ってほしいとは思ってない」

 

 その言葉に、なのはは少し驚いたようにユウトを見た。

 

「……俺のわがままってわかってる。でも、本音だ。なのはまで“戦い”の世界に飛び込む必要はないって、どうしても思っちゃうんだ」

 

「……」

 

「魔導師の力があるのは知ってるし、俺なんかより強いのもわかってる。けど……誰かを守るために、誰かを傷つける場所に、なのはがいるって、俺はきっと――受け止められない」

 

 そこまで言って、ユウトは言葉を切った。

 

 なのははしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと歩みを止めた。

 

「……もしミッドチルダに行けば、お前とは離れることになるかもしれない。なのはがこっちに残るなら、そうなる」

 

 ほんの少し、視線を落とすなのは。その横顔は、迷いの中にも芯の強さが宿っていた。

 

「ユウトくん。私はね、“どこに住むか”、”誰といたいか”よりも”なにをしたいか”で決めたいって思ってる」

 

「……なのは」

 

「今はまだ、私もはっきり答えを出せない。でも、離れても――想い合えるなら、また会えると思ってるし。逆に一緒にいるだけじゃ、気持ちがつながらないこともあるって……知ってるから」

 

 その言葉に、ユウトは少し目を細めた。

 

「強いな、お前は」

 

「そうかな。でも……ユウトくんがそうやって悩んでること、私は嬉しいよ。自分で“選ぼう”としてるんだもん」

 

 ふわりと笑うなのは。その笑顔はどこまでも真っ直ぐで、眩しかった。

 

「私はまだ、戦うかどうか決めてない。でも――誰かを守りたい気持ちは、ユウトくんと同じくらい強いって思ってる」

 

 

「……そっか」

 

「うん。でも、今日みたいに、こうやって普通に話せる時間があるって、大事だって思うよ。だから……私も、すぐにどこかへは行かないから」

 

「……ありがとな、なのは。お前がそう言ってくれるなら、俺はもう少し安心して前に進めそうだ」

 

「えへへ。じゃあ、今日のご褒美に――クレープでも食べに行こっか!」

 

「……いいな、それ」

 

 肩を並べて歩くふたりの距離は、変わらず近くて、少しだけ大人になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【フェイトの場合】

 

 ショッピングモールの和雑貨コーナーは、他の売り場と比べて落ち着いた空気が流れていた。

 木目の棚に並ぶのは、布の巾着、紙扇子、風鈴、そして――美しく繊細な髪飾りたち。

 

「フェイト、お前、こういう店も来るんだな」

 

「うん……浴衣に似合うかなって」

 

 フェイトはそう言って、そっと棚の奥に飾られた簪へと目を向けた。

 

 透明な硝子に金細工がほどこされた、ひとつの簪。

 琥珀色に光る飾り玉が、まるで夕陽を閉じ込めたように輝いていた。

 

 フェイトは何も言わず、ただじっと見つめていた。

 「……買わないのか?」

 

「……やっぱり、私には似合わないかな」

 

 その後もいくつかの店を回ったが、フェイトがさっきの簪にもう一度触れることはなかった。

 

 

 

 

 合流までの時間、フェイトが「少し休憩してくる」と席を外したのを見計らって、ユウトは和雑貨店に戻っていた。

 

「これ……まだありますか?」

 

 店員に声をかけ、あの簪を指差す。

 

 袋に丁寧に包まれたそれを手に取ったとき、ユウトは少しだけ微笑んだ。

 

 買い終えた小さな紙袋を鞄に隠しながら、ユウトは再び集合場所へと戻ってきた。

 

 遠くから、フェイトの姿が見えた。

 

 立ち止まって、きょろきょろと首を動かしながら辺りを見回している。

 少し落ち着かない様子で、心細げにその場に立っていた。

 

「……探したか?」

 

 声をかけると、フェイトはぱっと振り向いて――ほんの一瞬だけ、安心したように息を吐いた。

 

「ユウト……どこに行ってたの?」

 

「ちょっと喉乾いて、飲み物でもって思っただけ。悪い、待たせた?」

 

「ううん……大丈夫……だよ」

 

 フェイトの声が、少しだけ掠れていた。

 

「どうかしたか?」

 

 ふたりはそのままモールのベンチに腰を下ろす。

 

「……最近、時々考えちゃうんだ」

 

「なにを?」

 

「……保護観察が終わったら、この生活も、終わっちゃうんだなって」

 

 フェイトは膝の上に手を組んで、そっと指先を見つめていた。

 

「一緒に暮らして、同じ部屋で過ごして……それが、毎日続くと思ってたわけじゃないけど。でも……いざ“終わるかも”って思うと、寂しいな」

 

 その声は静かだった。でも、その想いは確かに震えていた。

 

 ユウトは黙って耳を傾ける。

 

「……ねえ、もしユウトがミッドチルダに住むことになったら……私と、また一緒に住んでくれない?」

 

 フェイトの声は、かすかに震えていたけれど、真っ直ぐだった。

 

「今までみたいに同じ部屋じゃなくてもいい。でも……そばにいてくれるだけで、私、きっと強くなれるから」

 

 言い終えたフェイトは、顔を俯けてしまう。返事を待つ間、胸の奥が締めつけられるようだった。

 

 ユウトは数秒の沈黙のあと、言葉を零す。

 

「地球か、ミッドチルダか。どっちで生きていくか、決めれてないんだ。」

 

「…そっか、ごめんね変なこと言っちゃってーー」

 

「……でも。俺もさ、終わるのがちょっと寂しいと思ってた」

 

「えっ……」

 

「フェイトと暮らして、すげぇ落ち着いたっていうか。お前がそばにいるって、こんなに安心するんだなって、初めて思ったんだよ」

 

 フェイトが驚いたように目を見開く。

 

 ユウトはポケットに手を突っ込んだまま、視線だけを彼女に向けて続けた。

 

「もし、仮にだけど!ミッドチルダに住むなら、そうだな……もう一回くらい“同居”してみてもいいかもな」

 

「……!」

 

 フェイトの目が潤んだように揺れる。

 

「ちゃんとした部屋、探さねぇとだけどな。……今度は、お前の私物も増やして、俺ばっかの空間じゃなくする」

 

「……うん……うんっ!」

 

 小さくうなずくフェイトの頬に、夕焼けのような赤が優しく差し込んでいた。

 

 そしてユウトは、鞄の中の紙袋を取り出し、そっと差し出した。

 

「ほら。さっきの店で見てた簪。……絶対似合うと思ったから、買ってきた」

 

「……え?」

 

 袋の中から顔を覗かせたのは、あの簪。夕陽のように透き通った琥珀色の輝きが、フェイトの瞳の奥に、そっと灯る。

 

「……ありがとう。……すっごく、うれしい」

 

 その声はかすれていたけれど、確かに届いていた。

 

 ふたりの影が、床に寄り添うように伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由行動を終えた一行は、モールの最上階、和装コーナーに集まっていた。

 そこには色とりどりの浴衣が天井から吊るされ、壁沿いには帯や草履、小物が綺麗に並んでいる。

 まるで異空間のような和の雰囲気に、思わず足を止めるほどだった。

 

「うわあ……こんなにあるんだ」

 

 光沢のある反物が壁一面に並び、吊るされた浴衣が風に揺れるたびに、柔らかく淡い色が視界を彩る。

 足元には草履や下駄が整然と並び、小物のコーナーでは巾着や髪飾りが所狭しと並んでいた。

 

「わぁ……!」

 

 一番に声を上げたのは、やっぱりアリシアだった。

 目を輝かせながら、色とりどりの浴衣に駆け寄っていく。

 

「これ、全部試着できるのかな? 何着てもいい? ねえねえ、フェイトも一緒に着ようよ!」

 

「う、うん……私はそんなに派手じゃないのがいいけど……」

 

 フェイトは戸惑いながらも、アリシアの勢いに押されて棚へと歩み出す。

 

「こういうのは勢いが大事なのよ、フェイト。直感で選ぶべしっ!」

 

「そんなのでいいの……?」

 

「いいのいいの! 可愛いの着て、似合ってるって言ってもらえたら勝ちなんだから!」

 

 その横で、リニスは静かに店員と会話しながら、品質の良さそうな浴衣を手に取り、アルフは「どれが一番動きやすいか」を真剣に吟味していた。

 

 ユウトは少し離れたところで、そのにぎやかな様子をぼんやりと見守っていた。

 

 隣に立つなのはが、そんなユウトの視線に気づいて、微笑む。

 

「ふふっ、なんだか不思議だね。フェイトちゃんとかいつもバリアジャケット姿しか見てなかったのに、みんながこうして浴衣選んでるなんて新鮮だね」

 

「確かにな。……でも、なのはは見なくていいのか?」

 

「私は、去年のでいいかな。…というか、アースラから事件協力のお礼でお給料もらったとはいえ、毎年買うものじゃないよ、浴衣って」

 

 静かに流れるBGMと、和紙の飾りが揺れる音。

 どこか懐かしい空気に包まれながら、それぞれが自分に似合う“夏の一着”を探している。

 

「じゃあ、そろそろ試着しよっか!」

 

 なのはがそう声をかけると、皆が一斉に振り向いて笑顔を見せる。

 

 そして、ひとりひとりが選んだ浴衣を手に、試着スペースへと足を踏み入れていった。

 

 和装店の試着スペースのカーテンが、ひとつ、またひとつと開かれていく。

 浴衣に着替えたメンバーが、順に外へと姿を現すたび、店の中はちょっとした歓声(主に店員とアルフとアリシア)に包まれた。

 

「ど、どう? 似合ってる!?」

 

 黄色の金魚柄を選んだアリシアが、くるりとその場で一回転する。

 

「はしゃぎすぎて帯ほどれんなよ。……でも、似合ってるよ」

 

「へへっ、やっぱり? さすが私のセンス~!」

 

 リニスは上品な藤色をきれいに着こなして、大人の雰囲気そのままに「たまにはこういうのも悪くないですね」と微笑み、アルフは動きやすさ重視の浴衣?で「戦っても平気そう!」と妙なことを言っていた。

 

 そして、少し遅れてカーテンの隙間からひょっこりと顔を出したのは――フェイト。

 

 紺地に夜空のような深い色彩、そしてそこに静かに咲く花火の模様。

 普段は戦闘服姿の印象が強い彼女が、和の衣装をまとう姿は、周囲の時間を一瞬だけ止めたような静けさを連れてきた。

 

「なんか浮世離れしてるね……!」

 

 思わず声を漏らしたのは、なのはだった。

 

 フェイトは少しだけうつむきながら、歩み寄ってきた。

 けれどその足取りは、どこかぎこちなく、不安げだった。

 

「……その、ユウト」

 

「ん?」

 

「……似合ってる、かな……? こういうの、着慣れてないし……」

 

 普段あまり人に服の感想を聞いたりしないフェイトが、自分からそう尋ねてきたことに、ユウトは少し驚いた。

 けれどその表情はすぐにやわらいで、素直に言葉を返す。

 

「……ああ、めっちゃ似合ってる。綺麗だよ」

 

「っ……!」

 

 フェイトの頬がふわっと赤く染まる。

 

 唇が何か言いたげに動いたが、声にはならず、彼女は視線をそらした。

 

「……そっか。……ありがとう」

 

 わずかに上がった口元。そこには、安心と、照れと、うれしさと――色んな想いが静かに滲んでいた。

 

「夏祭り、楽しみにしてるよ。……ちゃんと、この簪もつけていく」

 

「……ああ」

 

 彼女の手には、さっきユウトからもらった簪がしっかり握られていた。

 

それぞれの着物が決まり、食事をすませ、帰宅する時間になった。

 

さすがに、保護観察対象者が連日離れることは許されなかったので今日はアースラに帰還する。 

 

夕暮れの空は、茜色に染まり始めていた。

 モールから帰り道、空気はまだほんのり熱を帯びているけれど、夏の終わりのような涼しさも混じっている。

 

 ユウトとフェイトは、少しだけ人混みから離れて、並んで歩いていた。

 少し前を歩くアリシアやアルフたちのにぎやかな声が、風に混じって届いてくる。

 

「……楽しかったね、今日」

 

 ぽつりと、フェイトが言った。

 

「うん。なんか、あっという間だったな。浴衣選びに、雑貨に……あと、簪」

 

 ユウトがちらりとフェイトの横顔を見ると、彼女は頬を少し赤くしながら、うつむいて笑っていた。

 

「……ほんとにうれしかった。ありがとう。」

 

「お前に似合うって確信してたしな…。浴衣すごい似合ってたし。」

 

「……ばか」

 

 フェイトの声は、ほんの少し照れていた。

 でも、それはどこか甘く、安心した響きでもあった。

 

「私ね、ずっと“普通の生活”ってどんなものかわからなかったから……今日みたいな一日って、本当に貴重だなって思う」

 

「……俺も同じだよ。高町家で暮らしてた時も楽しかったけど……一回離れてから今は、“誰かと過ごす時間”の重みが、もっとわかるようになった気がする」

 

 そう言って、ユウトはふとフェイトの手元を見る。

 

 彼女の指には、小さな紙袋の取っ手がぶら下がっていて、その中には丁寧に包まれた簪と浴衣が入っている。

 

「夏祭り、楽しみだな」

 

「うん。……その時、つけていくね」

 

「約束だぞ」

 

「うん。……絶対」

 

 歩く速度が、自然と同じになる。

 気づけば、肩と肩がほんの少しだけ触れていた。

 




GW中(5/3-6)は更新止まります
必ず無事で帰ってくる予定です
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