カムバック・ナイトメア
「ユウトくん!」
指定された集合場所で待っていると背後から声をかけられる。
呼びかけに振り返ると、そこには浴衣姿のなのは、アリシア、フェイト、リニス、そしてアルフたちの姿があった。
どこか名残惜しげに、でも笑顔で。
「ちょうどよかった。みんな揃ってるから……お別れ会、やろうってことになって」
「フェイト、お別れって……」
「おいおい。ユウト、忘れてた?明日の早朝には出発しなきゃだから、今夜には出航準備終えなきゃ。」
「それは分かってるけど何もお別れ会開くほどのことか?」
「もう…ユウト君はそういうところあるよね」
「そうだそうだ!あんたはもっとムードをだな……」
「はいはい、俺が悪かったよ…」
アルフの言葉に、ユウトは小さく頷く。
祭りの熱気はもう遠ざかり、広場には静かな灯りと、夜風だけが残っていた。
近くの公園にレジャーシートを敷いて、簡単なお菓子と飲み物を囲んでのささやかな“お別れ会”が始まった。
「そういえば……プレシアは?」
「母さんなら、もう帰ったって…」
「せっかくなら帰りもアースラ載せてくれてもいいのにな」
その後、くだらないことで笑い合いながら別れの時間がきた。
アリシアは最後までテンションが高く、「また絶対くるから!」と何度も言い、アルフは「ユウト、フェイトに変な虫がつかなかったのは奇跡みたいなもんだから次は別行動なしでずっといるんだぞ!」と軽口を飛ばしていた。
「ほんとは、まだまだ一緒にいたいけど……しばらく我慢すればいいもんね…」
「そうだな……」
なのはは少しだけ寂しげに笑い、フェイトは隣に座ったまま、終始無言でユウトの袖を軽くつまんでいた。
「帰りたくない」とは言わなかった。
けれどその指先に込められた想いは、言葉以上に伝わっていた。
◆
アースラへ戻るための転送魔法の準備が完了し帰還した後、艦内の静かな空気に包まれた夜。
フェイトとユウトは、変わらぬ自室へと戻ってきていた。
部屋に入るなり、フェイトは更衣室で着替えを済ませた後、ベッドに深く座り込む。
「……なんか、夢みたいだったな。地球で浴衣着て、屋台行って……ユウトと一緒に……」
「夢でもいいじゃないか。楽しかったなら」
「うん、楽しかった……すごく」
しばしの沈黙。
ユウトも着替えを終え、隣に腰を下ろす。
「……今日は寝ぼけて一緒に寝たりなんてしないように頑張るから!」
はっとした表情でぽつりと漏れたフェイトの声に、ユウトは小さく笑って言った。
「わざわざ言わなくていいって」
「……うぅ、なのはにからかわれたのが恥ずかしくて……」
そう言いながらも、フェイトはもぞもぞと自分の布団に潜り込む。
しばらくして、ベッドの中から声が響く。
「……ユウト」
「ん?」
「ありがとうね、傍にいてくれて」
「別に大した事はしてないけどな」
肩が触れるくらいの距離。
部屋の灯りが落ち、アースラの外では星々が静かに瞬いていた。
こうして、地球での夏は一旦、幕を下ろした。
ユウトとフェイトの夜は、温かな余韻とともに、静かに更けていく――。
ユウトは眠りについた後、忘れていた夢を見ることとなる…
――暗い。
耳鳴りのような風の音。どこか遠くで響く金属の衝突音。
その中で、小さな、小さな声が泣いていた。
「……あぅ……うああ……っ」
自身の体から発せられている。赤子の声。
目の前にいるのは、大きな手の温もり。
やさしい声が、耳元で何かをささやいている。
「大丈夫、大丈夫よ……泣かないで、大丈夫だから……」
「ソーマ…こっちだ、早く!奴ら、まだ追ってきている……!」
背の高い男と女
焦った様子で赤子の自分を抱きしめ、夜の森のような場所を駆けていた。
周囲には火花のような光、ざらついた空気。
それを追いかける、黒い影――
金属の鎧をまとったような姿をした、四人組。
“それ”は人の形をしているのに、感情が感じさせないほどに苛烈に男女を攻め立てる。
大きな槌をもった小柄な赤
遠くから鎖を飛ばす緑
獣のような姿をした青
それらを束ねる桃
ただ、怖い、という感情だけが胸に溢れていた。
両親が何かを唱えながら、障壁を展開する。
けれど“それら”は止まらない。静かに、淡々と――それは追いつき、障壁を破壊する。
「く……逃げろ! もう……いい、行け!」
男の腕から、女がユウトを受け取る。
男は一人で迫りくる四人に捨て身で立ち向かう
それでも“それ”は近づいてくる。
ふたりが立ち塞がる。赤子の自分を背にして。
「お願い……この子だけは、助けて……」
最後に女/母が振り返った。
顔ははっきりとは見えない。けれど、目だけが焼き付く。
涙と決意のこもったその瞳。
そして、次の瞬間――
一閃
音がないのに、鼓膜が破れるような圧迫感。
両親の身体が、倒れる。
何かを叫ぶように口を開く母の声だけが、遠くから聞こえてくる。
「……あ……け……にげ……」
意味はわからない。
でも、それは自分に向けられた、最後の――
「逃げて」という言葉だった。
赤子は、ぎゅっと目をつぶった。
赤子は、泣き声をあげることしかできなかった。
叫んでも、叫んでも、誰ももう、助けには来なかった。
男女を●した4人は何かを話し込み、そして赤子の胸から光の玉を抜き取り、本の中にーーー
side フェイト
フェイトが目が覚めたとき、部屋の中はまだ薄暗かった。
アースラの照明は、朝の訪れに合わせて少しずつ明るくなっていくように設定されている。
けれど、まだそれには少し早い時間。
隣のベットを見ると、ユウトが眠っていた。
静かに寝息を立てている――はずだった。
「……ん……や……やめろ……っ……」
小さく、苦しそうなうわ言。
眉をしかめ、額にはうっすら汗。
――夢を見てる。それも…悪い夢。
フェイトは瞬時に察して、ゆっくりと身を起こした。
彼の顔に手を近づけ、そっと触れる。熱い。いや、熱じゃない。
焦り、恐れ、心の痛み。
「………っ……にげ、……」
「(ユウト……)」
フェイトは胸が締めつけられる思いだった。
言葉にできない叫び。必死に何かにすがるような寝言。
どんな夢を見てるのか、わからない。
でも、きっと――苦しい記憶。ユウト自身も気づいていない、深い場所にある痛み。
わたしには、それを取り除いてあげることはできない。
でも――
「……ユウト、大丈夫。あたしが、ここにいるよ」
そっと彼の手を握る。
冷たくなりかけていた指先に、自分のぬくもりをそっと伝えるように。
彼の隣に、そっと身体を寄せる。
まだ震える彼の背中に、そっと額を寄せて。
「……ひとりじゃないよ」
それは、わたし自身にも言い聞かせるような言葉だった。
ユウトが眠るこの場所が、少しでも安らげる場所であってほしい。
そう思いながら、わたしは彼の手を握ったまま、目を閉じた。
――ユウトが笑って起きてくれますように。
ユウトのうめき声が静まるのを確認して、わたしもまた静かな眠りの中に落ちていった。
零章ぶりの悪夢でした。
覚えてる人いるのか……