高町家の一室。午後の日差しがカーテン越しに柔らかく差し込む中、なのはは制服を脱ぎ、ベッドの上で横になっていた。手元の小型通信デバイスには、見慣れた顔が映っている。
「そっちは大丈夫?フェイトは学校なじめそうかな」
デバイス越しに問いかけてきたのは、無限書庫に所属する少年、ユーノ・スクライアだった。山のように積まれた資料を背にしながら、それでも優しい目で彼女を見ている。
「うん。今日もフェイトちゃんと一緒に学校行って、たくさんお話したよ。疲れたけど、平和だったよ」
なのははそう答えて、ふうと息を吐いた。ベッドに背中を預け、天井を見上げる。日常の静けさが、身体をゆっくりと沈ませていく。
「それならよかった。……実は、最近管理外世界で魔導師が狙われる事件が起きてるんだ。警戒はしておいて」
「うん、ありがとう。ユーノくんもあまり無理しないでね」
「はは、無茶をするのはずっとなのはだったろ?」
そんな軽口を交わしつつも、ふたりの間に流れる空気は穏やかだった。まだ、なのはは気づいていなかった。この平穏が、あと少しで破られることを――
その頃。
高町家から少し離れたビルの屋上。風が吹き抜けるその場所に、小柄な少女が立っていた。赤い帽子を目深にかぶり、ハンマー型のデバイス――グラーフアイゼンを手にしたヴィータは、じっと一点を見据えていた。
「……見つけたぞ。強力な魔力反応。こいつは……“ページを進める”には十分だな」
彼女の瞳が細められ、手元のデバイスがカートリッジを装填する音を立てる。ヴィータはグラーフアイゼンを構え、周囲にベルカ式の結界を展開し始めた。
「はやてのために……さっさと終わらせる」
その声とともに、音もなく都市の空間に魔力障壁が張られていく。誰も気づかぬまま、なのはを囲う狩りの場が静かに準備されていた。
なのははまだ、自室で笑っていた。
けれど、風向きは確実に変わり始めていた。
「……ふぁぁ……そろそろお休みの準備しないと、かな」
なのははデバイスの通話を切り、ベッドから起き上がる。その瞬間、胸の奥にわずかな違和感が走った。まるで、空気の流れが急に変わったような――そんな、言葉にできないざらつき。
窓の外は、変わらぬ住宅街の風景。しかし、その静けさが逆に不自然だった。鳥の声も、風のざわめきも、まるで切り取られたかのように消えていた。
「……なんだろう、これ」
違和感は確信に変わる前に、形を持って迫ってきた。
『危険接近、緊急事態です』
レイジングハートの音声が、部屋にこだました。いつもの落ち着いた声が、今回は低く緊迫している。
「 レイジングハート、どういうこと?」
『外部との通信は遮断されています。……こちらに向かって何者かが近づいてきます』
「結界……張られてるってこと? 通信……切断……こんな住宅地のど真ん中で……!」
背筋に冷たいものが走る。窓を開けて空を見上げた瞬間、うっすらと見える淡い結界の光が彼女の視界を包んだ。
(誰かが、私を狙ってる……!)
なのはは素早くクローゼットに駆け寄り、制服から私服に着替える間もなく、デバイスを手に構える。
「レイジングハート、セットアップ!」
『Stand by. Ready. Set up.』
光が彼女の体を包み、バリアジャケットが展開されていく。
なのはの目に迷いはない。この“狙われた気配”に、思い当たる節があった。
(ユーノ君の言ってたことこんなすぐに来るなんて!)
空気が震えた。
なのはは、結界の中心――“狩り場”へと足を踏み出す。
付近にはなにも見えないーどこからくる?
『上です!誘導弾きます!』
ガツン――!
金属が叩きつけられるような重い音とともに、空から赤い閃光が落ちてきた。
片手でシールドを張って受け止めるーーが次の瞬間赤い少女が横から殴りかかってくる
「……ッ!」
空いている手でシールドを張って受け止めるが、一時の拮抗を得るが
「テートリヒ・シュラーク!」
ダメ押しに使用された魔法の衝撃を殺しきれず、空から地面に落下する
「きゃああ!?」
「行くぞ、アイゼン!シュワルベフリーゲン!!」
鉄球のような魔力弾を精製し鉄槌で打ち付けて飛ばす相手に対して、なのはは、魔力弾での相殺を図る。
「レイジングハート!」
『Divine Shooter』
両者の間に閃光が走り、煙が辺りに漂う…
(…ッチ、やっぱりこいつ…空戦魔道士…!)
「…あなたは、どこの子?なんでこんなことするの?」
問いかけるなのはに対して、襲撃者/ヴィータは魔力弾で返答する
「…ちょっと、話を…!」
『Divine』
「聞いてってば!!」
『Buster』
わずか1秒にも満たない刹那の時間で放たれた砲撃は、ヴィータを掠め、ヴィータの帽子が飛んでいく
「…!?この一瞬でこの威力の砲撃だと…デタラメしやがって…このやろー!」
「…急に襲いかかってきてそんな怒られても困るんだけど…!!」
「うるさい!グラーフアイゼン、ロードカートリッジ!!」
『Explosion!』
ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンから、弾丸のようなものが排出される
「…なにそれ!?」
『Raketenform.』
ブゥンという空気を裂く音とともに、グラーフアイゼンが紅の炎をまとって突撃する。推進装置が咆哮し、灼熱の軌跡がなのはの元へ襲いかかる
「…ッ!レイジングハート!」
『 Protection.』
衝突の瞬間、時間が歪んだような感覚がなのはの体を貫いた。
「ブチ抜けッッー!ラケーテンハンマー!」
デバイスから排出される2発の弾丸
カートリッジの分だけ威力をました鉄槌は、シールドを、一瞬にして砕き、音と衝撃が彼女の体を突き抜け、デバイス諸共、身体を保護するバリアジャケットまでも破る
「う……ぁ……っ……!」
なのはは、吹き飛ばされ、地面を転がり、背中から外壁に叩きつけられる。
煙とほこりが舞い上がる中、彼女は傷ついたレイジングハートを見つめ、痛む身体をかばいながら、なお立ち上がろうとする。
ヴィータはハンマーを肩に担ぎながら、表情一つ変えずにその姿を見下ろした。
「終わりだ、魔導師…あっ?魔力反応だと…なんだ!」
ヴィータは自身の元に放たれた雷撃を回避し、乱入者に向かい合う
「なのはに…手を出すな!!」
現れたのは金色の閃光
結界を察知に駆けつけたフェイトだった。
Side フェイト
空が――歪んでいた。
街の上空に漂う違和感。人々には知覚できないその“気配”を、フェイトは確かに感じ取っていた。
「……これ、結界?」
帰り道、買い物袋を抱えていた彼女は、ふと立ち止まり、空を見上げた。風の流れ、鳥の動き、空気の圧――何もかもが不自然だった。魔力探知を行った瞬間、フェイトの表情が強張る。
「この結界……なのはの家の周りを張ってる!?」
彼女の中を走ったのは、明確な焦り。次の瞬間、袋を地面に置き、手を振り上げてデバイスを呼ぶ。
「バルディッシュ、セットアップ!」
《Set up. 》
金色の魔力がほとばしり、バリアジャケットが瞬時に展開される。バルディッシュの魔力刃が唸りを上げ、フェイトの体が風のように跳ね上がる。
彼女の目に映るのは、灰色に沈んだ空間――そこに張られた、外部から完全に隔絶された結界。
フェイトは迷わず突っ込んだ。
衝突の瞬間、結界がバチッと音を立てて弾こうとするが、バルディッシュの魔力刃でこじ開ける。
バチバチと火花が散る中、彼女は一気に結界内部に侵入する。
――そして、視界に飛び込んできた光景。
粉々に砕けたレイジングハートの残骸。地面に倒れ込み、傷だらけのなのは。
「遅かった…!」
その前に立ち、血も涙もない目で構えている赤い帽子の少女。
「……あなた、なのはに……っ!!」
怒りが感情の底から噴き上がる。風が巻き起こり、雷が唸る。
「許さない……っ!」
バルディッシュが雷光を帯び、フェイトは一直線に地を蹴った。
『Photon Lancer.』
「…ッチ!新手か…こっちは蒐集に時間がかかるってのに!」
斬りかかるフェイトを迎撃しようと構えるヴィータだが…接敵寸前、動きを止める。
フェイトは迷わずヴィータ目掛けて突撃した。
バルディッシュの刃が閃光を引きながら振り下ろされる――
その瞬間。
カン、と澄んだ音が空に響いた。
「……!」
フェイトの一撃を横合いから受け止めたのは、もうひとつの刃。
淡い桃色の長い髪。理知的な瞳に静かな闘志を宿した女性が、構えた剣をフェイトの武器に押し当てていた。
「私がこいつを止める。ヴィータ、蒐集を」
戦いの余波で崩れた瓦礫の下、なのははようやく意識を取り戻しつつあった。体中が痛み、息をするたびに焼けつくような熱が肺を満たす。
(動かない……体が……)
砕けたレイジングハートの残骸が、わずかに光を放って傍に転がっていた。魔力の循環が断たれ、防御も強化も何ひとつ機能していない身体。そこへ――
「……リンカーコア、確認。蒐集。」
視界の端に現れたのは、先程戦ってた少女、ヴィータ。強ばった顔をしていながら、その手には光る魔法陣が展開されていた。
「や、めて……っ!」
力を振り絞って手を伸ばそうとするが、指一本動かせない
魔導書から放たれる魔力が、なのはの胸元に触れた瞬間――
「ッ……あ、ぁ……ッあああああッ!!」
全身を貫くような激痛が走った。
心臓ではない、魂そのものが抉られるような痛み。リンカーコア――魔導師の核とも言える器官が、根こそぎ引き抜かれるような感覚がなのはの全身に広がる。
「や、めて……っ、いや……ッ! いやぁああああッ!!」
視界が白く、そして赤く染まる。体が、声が、叫びが、震えでかき消されていく。
「……ごめん。でも、これが“主”のためなんだ」
その言葉を最後に、なのはの意識は闇に沈んでいった。
奪われたのは魔力だけではない。誇りも、決意も、そして“魔導師としての自分”すら、深く抉り取られていく――
ヴィータが蒐集を始める中、騎士――シグナムがフェイトの目の前に立ちはだかった。
「…なのはに何をしてる!?」
「答える義理はない。すまないが…文句があるなら私が相手をしよう」
言うや否や、フェイトの足元に魔法陣が走る。フェイトはすぐに応じて地を蹴り、間合いを一気に詰めた。
「ふざけないで!」
「……ふざけてなどないさ!」
フェイトが突き出した刃を、シグナムが横薙ぎで受け流す。火花が散る。フェイトの高速機動による連撃、シグナムの無駄のない防御と反撃。
一撃一撃が、互いの力と意志を試すようにぶつかり合っていく。
「速い……けど、軽いな!」
「っ……!」
フェイトは回避と攻撃を交互に繰り出しながら、隙を狙った。
シグナムは淡々とそれを捌き、鋭い突きを返す。
剣と剣。雷と炎。
ふたりの攻防が、空間に熱を帯びさせていく。
数合を交えたあと、シグナムがふと剣を引き、静かに言った。
「魔導師にしては、随分といい剣だ。……鍛えているな」
その言葉に、フェイトの目が鋭く光る。
「あなただって、それだけの力を持ちながらなんでこんなこと!」
「…答える義理はないと言ったはず!」
ふたりの間の空気が張り詰める。
剣士としての敬意と、騎士としての覚悟――その刃が、再び交差する。
「レヴァンティン!ロードカートリッジ」
『Explosion!』
その一言とともに、シグナムの手元でレヴァンティンがカートリッジをロードする音が響いた。
赤い炎が迸る。レヴァンティンの刃が一段階強化され、魔力が集中する。次の瞬間――
「紫電一閃!!」
叫びと共に、シグナムの身体が風のように舞った。
フェイトのバルディッシュが振り下ろされる、その直前。
レヴァンティンの一撃が、真正面からぶつかるように叩きつけられた。
ゴォォンッ――!
雷と炎が弾け、魔力の奔流が空間を歪める。
「っ……が……!?」
その瞬間、鈍い音が響いた。
視界の中で、自分の武器――バルディッシュの柄が、無残にも折れていくのが見えた。
衝撃は想像以上だった。魔力の刃ごと、魔道の杖ごと、そして彼女のバリアジャケットすら粉砕する――
「きゃああっ!」
バリアジャケットの防御の上から吹き飛ばされ、フェイトの身体が宙を舞う。地面を転がり、衝撃に咳き込む中、彼女の手から落ちたバルディッシュは、折れた先端を地面に突き刺していた。
フェイトは、倒れたままそれを見つめる。悔しさと痛みに滲む瞳。
「バルディッシュ……っ」
立ち上がろうとする彼女を、静かに見下ろすシグナムの声が降り注ぐ。
「いい剣だった。しかし、信念だけでは超えられぬ壁もある」
「…シグナム、こっちは蒐集完了だ。そいつもやっちまおう」
「…ああ。すまないな。」
シグナムがヴィータから魔導書を受け取り、蒐集を始めようとした直後ーー閃光が走る
嵐のような魔力の塊が降ってきた。
結界の上空から、黒い影が一直線に突っ込んでくる。
結界外から結界を守っていたザフィーラがいち早く反応するも、その影は迷いもなく拳を振り抜いた。
「……ぐっ――!?」
獣形態だったザフィーラの体が、地面に叩きつけられる。
地面が陥没し、瓦礫が跳ね飛ぶ。
「……な、んだ?」
ヴィータが声を上げる。
立っていたのは、少年――ユウトだった。
静かに、だがその身からあふれる魔力は、今にも爆発しそうなほどに揺れていた。
彼の瞳は、まっすぐに倒れたフェイトを、そしてその先に意識を失ったなのはを見据えていた。
足元の瓦礫を、ぎり、と踏みしめる。
「……」
誰もが息を呑む中、ユウトはゆっくりと口を開いた。
「烈火の将……シグナム」
その声は、氷のように冷たく、静かだった。
「……なんだ?」
「お前は11年前の…前回の闇の書のことを覚えてるか?」
「…記憶にないな。」
「…なら、いい。とりあえずぶっ飛ばす。」
魔力が、風となって彼の周囲を舞う。
その中心で、彼のデバイス――ディジターが赤く光り、両腕に装着される。
『Prototype cartridge system Unbreakable set up.impact form,standby,Ready』
「……お前ら闇の書に、もう何も奪わせない。」
その言葉とともに、ユウトは一歩を踏み出した。
目の前にいたヴィータが思わず構えるが、その瞬間、彼の姿は消えた。
『Unbreakable Boost!!!』
「ッ!?」
次に視界に映ったときには――
ヴィータの頬に衝撃が放たれ、グラーフアイゼンが弾き飛ばされていた。
「な……にっ、この動き……!」
「次は……お前だ」
続けてユウトは一転、シグナムへと間合いを詰める。フェイントすらなく、ただ一直線の突進。それを真正面から止めようとするレヴァンティンが、ほんの数合で押し切られる。
『Unbreakable impact!!』
「我らベルカの騎士が接近戦で押し負けるだとッ…何だ、この力は!?」
その問いに、ユウトは答えなかった
。
ただ、淡々と。
怒りの熱ではなく、悲しみの底に沈んだような冷たい視線で、敵を見据えていた。
力の押し合いだけで、シグナムを100メートルほど吹き飛ばす。
「お前ら守護騎士に…奪われた物は全部返してもらう…!」
「貴様…なぜ我らのことを…」
「…おい、シグナム…どうする?コイツとここでやり合うのか…?」
吹き飛ばされたシグナムをカバーするように、ヴィータとザフィーラが降り立つ。
「…ああ。動ける敵は奴のみ…。戦うなら我等全員揃っている今が一番やりやすい」
「うむ、あの魔力があれば闇の書の頁も…一気に進むだろう…!」
(……あれは……)
瓦礫の間で崩れ落ちたまま、フェイトはかろうじて瞼を開いた。痛みと眩暈、剣戟の余韻が体を蝕む中――視界の端に、彼女が知っている“はずの”少年の姿があった。
(ユウト……?)
だけど、その背中は違っていた。
右腕だけに装備されていたデバイスが、両腕に装着されていた。
左右対称の銃棍型のデバイスが、白銀の刀身を備えて鏡のように光を放っている。
(ディジターが両手に……そんな機能、なかったはず……あれがアリシアが言ってた改良したデバイス?)
デバイスの変化よりも目を引いたのが魔力色。
いつもは淡く紫がかった輝きだったユウトの魔力が、今は眩しいほどの白銀。
通常なら生まれつきから変化しないはずの魔力色はもはや色が消えたようでいて、透明な光そのもののような純粋な白が、彼の周囲を包み込んでいる。
「……っ……」
そして、決定的な違和感。
フェイトは、痛む体をどうにか動かして、彼の顔を――その輪郭を捉える。
けれど、ユウトはフードを深くかぶさっており、ほとんど表情は見えない。
それでも、ちらりと覗いた髪が、まるで光を浴びた銀の糸のように、白く変わっているのが見えた。
(ただのデバイスの進化だけじゃ説明つかない…髪の色と魔力色の変化… どうして……?)
いつものユウトは、誰かの前に立って、守るように戦う人だった。
私も同じように前に出ようとしたら、その隣で共に立ってくれた。
でも今は――
(なにかに、怒ってる……?)
冷たくて静かで、どこか遠くて。
目の前にいるはずの彼の気配が、まるでここじゃない場所にいるように思える。
(ユウト……どこに……行こうとしてるの……?)
握りしめた拳を震わせながら、フェイトは消えゆく視界の先に立つ、その背中を見つめ続けた。
白い魔力が、夜の結界の中で異質に、そしてあまりにも美しく、燃えていた。