アースラの医療区画に近い中庭。
金属製の床と違い、ここだけは土と芝が敷かれたリハビリスペースとして使われていた。
はやてとの再開を終えたユウトが帰艦した足でそこを通りかかると――
「せいっ!」「それっ!」
軽快な掛け声と、木の棒が打ち合う音が耳に飛び込んできた。
視線を向ければ、そこにはバリアジャケットを着た二人の少女がいた。
「なのは……フェイト……?」
ユウトが思わず声を上げると、木の棒を交えていた二人がぴたりと動きを止めた。
「――ユウトくん!」
「ユウト!」
先に声をあげたなのはが笑顔を見せ、フェイトも少しだけ照れたように小さく手を振る。
「お前ら…何してんだ?」
苦笑気味に歩み寄るユウトに、なのはが木の棒を軽く肩に担ぎながら答えた。
「まだ魔力の方はそこまでだけど、体のほうはだいぶ回復してきてね。ちょっと体を動かしたくなっちゃったの」
「医療班の人には軽くって言われてるから、魔力は使ってないよ。木の棒で、打ち合ってるだけ」
フェイトも静かに補足するが、彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「まったく……静養って言葉の意味、忘れてるだろ」
ユウトはそう言いながらも、どこか安心したように二人を見つめていた。
(……よかった。本当に、無事で)
ほんの数日前、命の危機に瀕していた二人が、今こうして笑って、木の棒を交えて訓練するほど回復した。
それだけで心の曇りが晴れる気がした。
「ユウトくんもやる?」
なのはがにっこりと微笑む。
「フェイトちゃん、前よりちょっと強くなってる気がするの。相手するの、大変だよ〜」
「……な、なに言ってるの。なのはの方も反応早くなってるし……」
「はいはい、褒め合いは後にしな」
ユウトは苦笑しつつ、二人のやり取りを見守るようにベンチに腰を下ろした。
静かな空間に響く、木の棒が打ち合う音。
それはまるで、戦いの前触れではなく、日常への回帰を象徴するような――そんな柔らかな音だった。
「……えいっ!」
「くっ……!」
カツン、カツン――木の棒が交差する乾いた音が、心地よくユウトの耳に届く。
ユウトはベンチに腰かけたまま、じっとその様子を見守っていた。
(二人とも…強いな)
足運びも、視線の誘導も、無意識の呼吸さえも、どこか自然で研ぎ澄まされている。
まだ魔力は戻っていないとはいえ、二人の“魔導師”としての基礎力の高さを、改めて感じた。
(……それに比べて、俺は)
ふと、自分の両手を見下ろす。
――あの時の真っ白な魔力。
――シャッハとの戦いを経て、新しい戦法も完成した。
目に見える成果は確かにある。
でも、それでも……。
を
(また…守りきれなかった)
脳裏に過ったのは、蒐集されたときのなのはの苦しそうな表情。
フェイトが倒れた瞬間に宿った悔しさ。
そして――守護騎士たちの、あの揺るがぬ信念。
(俺は……あの夜、怒りに任せて、暴れて、結局フェイトを守りきれなかった。それに…守護騎士…あいつらの目に、迷いはなかった)
魔力を奪うことが、はやてを救うための唯一の手段ーーそうヴィータに別れる際に伝えられた。
それがどれだけ歪んでいても、彼らの行動には“迷い”がなかった。
――その重さを、ユウトは知ってしまった。
「……何か、考えてる?」
なのはの声で、思考が現実に引き戻される。
「ん、ああ……ごめん、ちょっと考え事してた」
「ふふ、ユウトくんって、たまにすごく遠くを見るような顔するよね」
木の棒を脇に抱えながら、なのはが微笑む。
その隣で、フェイトも少し息を整えてから、ユウトの横に腰を下ろした。
「……でも、たぶん、私たちが見てるものと同じだよ。これからのこと。戦わなきゃいけない相手のこと。助けたい誰かのこと。」
「……そうかもな」
(――二人が並んで立つなら、俺も隣に立てるように。もっと、前に進まなきゃ)
「なあ、2人のデバイスはどうなった?」
「アリシアちゃんが…ユウトくんと同じカートリッジを組み込んでくれてるんだ。ユウトくんのと違って完成品の先行量産型?の部品って言ってたけど…」
ユウトはふと口を開く。
「なら次に、魔力が回復して模擬戦できるようになったら…本気で戦おうぜ」
「……え?」
「魔法あり、カートリッジアリで、本気の勝負。三人でやろうぜ」
言葉に、なのはが驚いた顔でユウトを見る。そして――
「うん、楽しみにしてる!」
「……私も。負けないよ?」
三人の視線が、ふわりと交差する。
遠く、未来の戦いを予感させながら。
けれど今はただ、小さな平和と、その中で交わした“約束”が、何よりも大切なものに思えた。
――この時間を、絶対に守るために。
ユウトは、改めて心の奥で誓った。
その日の夜ー
夜の八神家にて。
主・はやてが眠りについた後、リビングの灯りだけがぽつりと灯っていた。
静まり返る空間に、守護騎士四人が顔をそろえる。
ヴィータは腕を組み、テーブルの上に置かれたマグカップを前に、重々しく口を開いた。
「……今日、会った。ユウトってやつにな」
その名に、シグナムとシャマル、ザフィーラがわずかに目を動かす。
「ああ、主のご友人の少年だったか」
シグナムが低くつぶやく。
「はやての友達は…この前戦った…最後に乱入してきた敵だった」
「それは……」
シャマルが口元を押さえる。ほんのわずか、手が震えていた。
「では……主の親友の両親…殺したのは過去の私たちのようだな。その重さは消えない。だがなヴィータ、それでも――」
「あいつは!」
ヴィータが机に拳を置いた。
「あたしらのこと、許しちゃいない。でも、――はやてのことだけは守りたいって、そう言ってた」
「…それを聞いてお前はどうしたい?」
ザフィーラが問いかける。
ヴィータは、静かに目を閉じ、そして言った。
「とにかく闇の書を完成させる。はやての足を、命を、未来を守るために。これからは管理局にバレないように、別の世界でやろう。……この世界じゃもう、動けない。あいつと…あたしは戦いたくなくなった。」
その提案に、一瞬の沈黙が落ちた。
だが――
「異論はない。主の命を救える可能性があるなら、全力で行動するまでだ」
シグナムが守護騎士のリーダーらしく、まっすぐに言葉を返す。
「シャマルは座標の用意を。追跡されないよう、我らは別行動だ。」
「主の眠りは深い。今なら、転移しても気づかれずに済むだろう」
「……行こう。誰にも邪魔させない、“はやて”の未来のために」
ヴィータが立ち上がる。
その目には迷いはなく、それでいてどこか、悲しみを宿していた。
そして、シャマルが転移魔法陣を展開する。
部屋の床に淡く輝く、古代ベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。
「……主はやて、どうか、許してください。これは私たちの、独断です」
四人の姿が、ゆっくりと光の中へと包まれていく。