静寂が支配する、管理外世界の荒れた平原。
夜空は星のひとつもない虚無の闇に覆われていた。
「はやての目はとりあえず戻って良かったな。」
「ああ、今回の蒐集対象が魔力を十分に持っていた事が幸いしたな。」
ヴォルケンリッターたちは、簡易の結界を張った岩陰に身を寄せていた。
身体には深い傷が残り、魔力の消耗も激しい。
だが、今は休息よりも――話すべきことがあった。
「……なぁ、シグナム」
ぽつりと、ヴィータが口を開く。
「リンディって女に、あのとき……なにか言われたのか?」
シグナムは焚き火のような魔力灯を見つめながら、少し間を置いた後、小さく頷いた。
「“闇の書の完成が本当に我らの願いかどうか”と、そう問われた」
「で? なんて答えたんだお前、、あのとき……ちょっと、迷ってたろ」
「…主はやてを救うために、我らは闇の書の完成を目指しているが…なにか引っかかってな…」
「あたしも…前も…その前のも、闇の書が完成した後の記録がなんも残っていないんだ。…でも!」
「…ああ。主はやてのため、今はとにかく書の完成を急がねば…主の身はいつ朽ちてもおかしくない…」
「シャマル…ページはあとどれくらいだ?」
「ヴィータちゃんが戦ったなのはちゃんと…シグナムが戦ったフェイトちゃん…そして、昨夜のリンディさん…この3人は今まで集めた中でも特に沢山の魔力をもってたから一気に進んで、450ページぐらいね…」
「そうか…もう少しで全部集められる…!」
「…でも、管理局の包囲が厳しくなってる…今まで通り、遠くの異世界で魔法生物を狙うぐらいしか…安全に蒐集するのは難しいわ…」
「…しかし、魔法生物レベルだと書の完成も遅くなる…主の身がそれまで持つか…」
「…とにかくやるしかねぇーだろ。リンディってやつの蒐集が終わったらはやての目は治ったって連絡が来てた…。だったらはやての足も…あたし達が取り戻さなきゃ!」
「…ああ。」
「…主はもし闇の書が完成したらどう思われるか…」
「あたし達のこと嫌いになってもいいだろ別に…優しいはやてが痛いのも苦しいのも…嫌なんだ…はやてが死んじゃうのなんて絶対嫌なんだ!だからあたし達は…!」
『なるほど…君達はそういう考えで動いているのか』
「「…!」」
「貴様…この前の仮面の男…なぜここに!」
『そんなことはどうでもよい…それより、闇の書を完成させる方法を教えてやろう…』
「なにを言って…」
『それはーーーだ。』
「ふざけんな…そんなこと…出来るわけないだろ!!」
『ふむ、いいだろう…君たちがこちらの案に乗らないのならこちらも好きに動かせてもらう。せいぜい頑張れ』
ーーーアースラ局内
なのはたちはこれまで無限書庫で闇の書について調査していた、ユーノの報告を受けていた。
ホログラム越しに、険しい表情をしたユーノが話し出す。
「闇の書――その正式な名称は、“夜天の魔導書”」
「夜天……の、魔導書……?」
なのはがそっと繰り返す。
聞き慣れぬその名には、不思議な意味を感じる。
「元々は、偉大な魔導師の優れた技術や知識を集めて研究するために造った、主と旅をする魔導書だったらしいよ。今の“破壊の象徴”みたいなものとは、まるで正反対の存在だった」
フェイトが小さく目を伏せる。
「……じゃあ、今の姿は……?」
ユーノは真剣な表情で頷く。
「すごく昔の所有者が、その機能を改変してしまったんだ。
改変の結果…旅をする機能や修復する機能そして主を防衛する機能が暴走…
主を守るために、主以外の生物を消滅させようとする…呪われた魔導書となった…そしてそれより厄介な性質が…主に対する変化だ」
「どういうことだ?」
「闇の書は外敵を排除するために、魔力を求める…一定期間、蒐集が行われなければ、闇の書は“主自身”のリンカーコアを蒐集対象とみなし、吸い始める。そして、十分な魔力を得ると暴走し、主を襲う外敵となる全ての生命を破壊するために動き出す…それは、主の命が尽きるまで止まらない。」
「まって…!闇の書は主を失うと転生するってことは……!」
「…そうだ。破壊しても、転生し…たとえ心優しい主の元にいっても、蒐集しなければ持ち主の体を蝕み…完成すれば再び破壊を広げ転生する…まさに負の連鎖だ。」
「…そんな、速く止めないと!!」
「まあ、今はなのはたちにできることは無い…僕ら管理局が守護騎士達を見つけるまで、しばらく休みたまえ」
「分かった…」「はい…」
翌日ーーー
昨夜までの激しい戦いの記憶が、まだ身体の奥に残っている気がする。
それでも、目の前の穏やかな朝は、どこまでも静かだった。
「……行ってきます」
「うん、気をつけてね」
アースラの仮設居住区から出る二人の少女――高町なのはとフェイト・テスタロッサ。
管理局から一時的に休養を命じられた二人は、今日は久々に学校へ向かい、日常生活を謳歌することにしていた。
制服に袖を通し、日常へと戻る。
「……ねぇ、なのは」
歩きながら、フェイトが少し照れたように声をかける。
「久しぶりに一緒に登校できて、ちょっと嬉しい。」
「ふふっ、私も。こうやって制服で並んで歩くの、なんだかもう懐かしい気がするね」
そう笑い合う二人の間に、戦いの空気はない。
今はただの、小さな女の子たちの時間だった。
学校に到着すると、いつもの風景が彼女たちを迎えてくれる。
昇降口、教室のざわめき、すれ違う同級生の声。
戦いの場とはまるで別世界の光景に、フェイトは少しだけ緊張していた。
すると、教室の中で手を振る一人の少女の姿が目に入る。
「なのはー! フェイトちゃんも、おはよう!」
「すずかちゃん!」
元気そうに駆け寄ってきたのは、月村すずかだった。
その笑顔に、フェイトも自然と微笑みを返す。
「おはよう、すずかちゃん。元気そうで安心したよ」
「うん、おかげさまで。……あ、そうだ」
すずかは急に思い出したように、胸元から小さな手帳を取り出す。
「実は、今度のクリスマスイヴなんだけど友達のお見舞いに行く予定があってね。よかったら一緒に来ない?」
「お見舞い? 誰の?」
「“八神はやて”っていう子なんだけど、近くに住んでてね。最近入院しちゃって……でも、すごく優しい子なの」
その名前に、なのはとフェイトは顔を見合わせる。
「八神……はやて……」
初めて聞く名。でも、すずかが信頼する相手なら、きっと優しい子なのだろう。
フェイトが小さく頷いた。
「……うん、行きたい。なのはは?」
「私も。学校に来れた記念に、ちょっと誰かの力になれるのって、素敵だと思うから」
「ありがとう、二人とも!」
すずかは嬉しそうに笑った。
それは、ささやかなきっかけ。
けれど、それはこの先――運命が交差する重要な扉を開く出会いとなる。
そして、クリスマスイヴ当日
窓の外では、遠くに街のイルミネーションが輝いていた。
クリスマスイヴの夜。人々が笑い合い、幸せを分け合う日。
だが、このアースラ医療室にいる少年は、それをただ静かに見つめていた。
「……綺麗、だね」
「うん。でも……俺も外に行きたかったなぁ」
ベッドに座るユウトは、包帯が巻かれた腕を見つめながら呟いた。
数日前の戦闘で負った傷は深く、医師の判断で外出を禁じられていた。
アリシアが椅子に腰かけ、そっとユウトの隣に視線を合わせる。
「……残念だったね、クリスマスイヴなのに。なのはやみんなと一緒に、イルミネーションとか見に行く予定だったんでしょ?」
「まあな。フェイトたちは?」
「お友達のお見舞いに行くって…すずかちゃん達と」
「そっか…てか俺もお見舞いは??」
「毎日フェイトたち来てたでしょ……ユウトも行きたかった?」
「…もし体が元気だったとしても守護騎士捜索でそんな暇なかったかもな……。」
「……そっか」
それでも、どこか寂しげに笑うユウトに、アリシアは何も言えなかった。
しばしの静寂が、病室を包む。
そのとき、ユウトがふと苦笑するように呟いた。
「そうだ……どうせなら、あったかいココアくらい飲みたいな。こんな日くらい」
「……私、作ってくるよ!」
アリシアが立ち上がり、少し照れくさそうに微笑んだ。
「いいのか?」
「ユウトのために、できることくらいしたいから。待ってて」
「……ありがとう、アリシア」
アリシアの背を見送りながら、ユウトはもう一度、窓の外の光を見つめる。
(はやて…)
――同時刻、海鳴中央病院にて。
「お邪魔しまーす!」
「メリークリスマス、はやてちゃん!」
「ふふっ、静かに入らなきゃダメだよ、二人とも」
病室のドアが静かに開かれ、笑顔の4人の少女が入ってきた。
フェイト・テスタロッサ、高町なのは、アリサ・バニングス、そして月村すずか。
ベッドの上には、穏やかな微笑を浮かべた少女――八神はやてがいた。
「わあ……すごい、ツリーの飾り付け持ってきてくれたん?」
アリサが得意げに大きな紙袋を抱えながら、
「これ、私の手作りよ。看護師さんに許可もらって、飾っていいって!」
「わぁ……うれしいなぁ。ほんま、ありがとう」
はやては心からの笑顔を浮かべる。
「みんな、クリスマスイヴなのに来てくれてありがとうなぁ」
「全然平気だよ…あ、こちらは前話してた私の友達の、フェイトちゃんとなのはちゃんです。」
「こんにちは!はやてちゃん、高町なのはです。」
「フェイト・テスタロッサです。よろしくはやて」
「よろしゅうなぁ、八神はやていいます。」
「はやてちゃん…具合どう?」
「うん…退屈で別の病気になりそうや」
「そんなはやてちゃんに…これ、クリスマスプレゼント!」
「…!みんな、ありがとうなぁ、私ずこい嬉しい!」
はやては心からの笑顔を浮かべる。
普段の寂しさや不安を忘れるくらい、あたたかな空気が病室に流れ始めていた。
それからしばらく談笑した後、
フェイトはふと、はやての表情に目を留めながら、病室の隅に置かれた本に気づく。
(…あれ、魔導書…?)
はやては受け取った箱を胸元に抱きしめながら、ふとフェイトのほうに視線を向ける。
「……なぁ、フェイトちゃん?」
「あっ……わ、私?。なにかなはやてちゃん……」
「フェイトちゃん、私のこと“はやて”って呼び捨てで呼んでええよ?フェイトちゃんって仲良しの子には呼び捨てなんやろ?」
「なんでそれ知って……?」
「なぁ、ユウトくんと一緒にいたあのフェイトちゃんやろ?」
「えっ……え?」
フェイトは目を丸くする。
「夏ぐらいに、買い物しにお店行った時にユウトくん見かけてな。挨拶しよ思たら、なんや偉いかわいい女の子といちゃいちゃしてて挨拶もできへんかったからなぁ。今でも覚えてるよ。」
「そ、そんな……私とユウトはそういうのじゃないよ」
「ふふふっ、可愛いなぁ」
はやての明るく飾らない言葉に、フェイトは思わず頬を染める。
「なぁフェイトちゃん、ユウトくんとは仲ええんやろ? もしかして……ふふっ」
「な、なにそれ!? ち、違っ――」
「うわ、フェイトめっちゃ動揺してる!はやて、何言ったの?」
「それは内緒やで〜な、フェイトちゃん?」
アリサがニヤニヤと笑いながら冷やかすと、フェイトは真っ赤になって俯いてしまった。
「ちょっとみんな、あんまりフェイトちゃんいじめたらだめだよ〜?」
なのはは苦笑しながらも、そんな皆のやりとりにどこか安心していた。
この部屋に流れる空気は、戦いや傷とは無縁のものだった。
ただ、普通の少女たちが笑い合い、プレゼントを手渡し合う――クリスマスイヴのひととき。
なのははふと窓の外を見た。
(……ユウトくんも、あんな風に笑ってるといいな)
きっとどこかで同じ空を見ているだろう…そう夜空に願いを込めて。
ーーーコン、コン
控えめなノック音に、はやてが顔を上げた。
「ん? あれ、みんな帰ってきたんかな」
ベッドの背もたれに寄りかかりながら、いつものように穏やかな笑みを浮かべる。
ゆっくりと開いたドアから現れたのは、はやてにとっては大切な家族――
「ただいま戻りました、はやて」
凛とした声と共に、長い桃色の髪を一つに束ねた女性・シグナムが姿を現す。
「あたしも戻ったぞー。やっぱ病院ってのは息が詰まるな」
続いて赤髪の少女・ヴィータがぶっきらぼうに言いながら、はやてのもとへ歩み寄る。
「お邪魔します。シャマルです。お留守番、お疲れさまでした、はやてちゃん」
三人がそろった瞬間、部屋の空気がほんの少しだけ、変わった。
なのはとフェイトもまた、守護騎士に気づく。
なのは、フェイトの目もわずかに細められ、姿勢を少し変える。
シグナムの視線もまた、なのはたちに向けられていた。
沈黙が、ほんの数秒だけ流れた。
「紹介するわな。こっちが、うちの家族――シグナムと、ヴィータと、シャマルや」
「ヴィータちゃん、久しぶりだね!」と、すずかが自然に反応する。
「……こんにちは。私たちは、はやてちゃんのお友達です。高町なのはと、フェイトちゃんです」
「そうか。……よろしく」
シグナムは微笑を返すが、その目は一瞬たりとも、なのはたちの動きを見逃していない。
ヴィータは、はやての横に立ち、腕を組みながらふいっと顔をそらすように言った。
「まったく……はやて、もっと警戒しなきゃダメだぞ。知らない奴らを、こんな簡単に部屋に入れて」
「ヴィータ……! そんな言い方せんといて。なのはちゃんたちは、うちの大事な友達や」
「……ったく、わかったよ。悪かったな」
それでも、ヴィータははやての前に立ち続け、ちらりとなのはとフェイトに目を向ける。
「…あの、そんなに睨まないで?」
「睨んでねーです!」
「もう、ヴィータ 悪い子はあかんよ?」
シグナムは口には出さないが、その瞳は語っていた。
(主に危害を加えるなら……容赦しない)
対してなのはも、柔らかい笑顔のまま、瞳だけを鋭くした。
(こちらが正体を見抜いていること、伝わってるよね……)
はやての手を優しく握ったシャマルが、空気を和ませるように言葉を挟みながら、遮断結界をこっそりと展開する
「お友達がいっぱい来てくれて、よかったですね。……こんなに賑やかな病室、久しぶりに見ました」
「ふふ、ほんまに。こんなクリスマスイヴ、うちの人生で初めてやわ」
そう話すはやては、誰よりも嬉しそうだった。
そして、その笑顔の中で、二つの勢力――“主の守護者たち”と“街の守護者たち”は、表に出さぬ思惑を、静かに交差させていた。
誰も、戦いのことは語らない。
でも、その目は、戦場にいる者たちのものだった。
「それじゃ、なのはちゃん、またね!」
「風邪ひかないようにね、メリークリスマス!」
病室をあとにしたアリサとすずかが、迎えの車へと向かう。
なのはたち2人もそれを見送りに、病院の外まで出てきていた。
「…なんだか、今日は色々あったね」
なのはがぽつりと呟いたそのとき――背後に気配を感じ、振り向く。
そこにいたのは、シグナムとシャマルだった。
「少し、時間をいただけますか?」
「話って……」
フェイトが警戒するように立ち止まると、シャマルがやんわりと微笑みながら言った。
「ここでは不都合がありますので…場所を変えさせてください」
――場所は、病院裏手のビルの屋上。
街を見下ろす静かな高所。風が吹き抜ける中、四人が向かい合う。
「はやてちゃんが…闇の書の主」
なのはの言葉に、フェイトは俯いて唇を噛んだ。
シグナムは静かに頷き、視線を揺らさず告げる。
「ああ……主の身体は限界にある。私たちは、主の悲願を叶えるために動いている。それが“あと少し”で達成されるんだ」
「ジャマをするなら……たとえ、主の友人であっても――」
「待ってください!」
なのはが強く声を上げる。
「シグナム、お願いです……話を聞いてください…!」
「そうです! 闇の書が完成したら……はやてちゃんは――!」
言い切るより早く、空から振り下ろされる衝撃――
「でぇぇぇやぁぁぁぁッ!!」
「……ッ!?」
咄嗟に防壁を展開したなのはだったが、デバイスの補助もなく無詠唱での発動では力が足りない。
巨大な鉄槌・ラケーテンハンマーがそのまま直撃し、彼女の身体をビルのフェンスに叩きつける!
「なのはっ!!」
フェイトが駆け寄ろうとするその目前――
「すまない、管理局に報告されては困る」
シグナムが鋭く切りかかってくる。
フェイトは歯を食いしばり、バルディッシュを呼び出し応戦する。
後方、シャマルが静かにデバイスを握りしめ、空間を展開する。
「私の通信防御範囲から出すわけにはいかないわ。全ては……主のため」
吹き飛ばされたなのはは、揺れる視界の中に赤毛の少女を捉えていた。
「……ヴィータちゃん」
炎と煙の中、ゆっくりと歩み寄ってくるその姿は、怒りと悲しみに満ちていた。
「邪魔すんな……! あと少しで……はやてが元気になって、あたしらのとこに帰ってくるんだよ」
「……」
「ここまで……ここまで必死にやってきたんだ……! あとちょっとなんだよ……!」
涙を浮かべながら、ヴィータはバリアジャケットを展開し、鉄槌・グラーフアイゼンを構える。
「ジャマすんなぁあああああぁッ!!」
ドォン――!
振り下ろされた一撃が、激しい爆風を巻き起こす。
瓦礫と炎が吹き飛び、地響きのような音が屋上を包む。
煙が晴れていく――
その中に立っていたのは、白きバリアジャケットに身を包んだなのはだった。
無傷。
レイジングハート・エクセリオンが、静かに手の中で光を灯している。
「……くっ……悪魔め……!」
苦しげに、悔しげに、ヴィータが呟く。
だが――なのはは、優しく、しかし強い目で言い返した。
「悪魔で……いいよ。それでも…わかってもらえるなら、悪魔でもいい!」
そして、2人は空へと戦場を移すー
ビルの屋上、夜風に巻かれる瓦礫と熱気の残滓。
その中央で、雷と炎が火花を散らす。
フェイト・テスタロッサと、シグナム。
少女と剣士が、剣を交えながら語り合う。
「シグナム…闇の書は、悪意ある改変を受けて壊れてしまっています。今の状態で完成させたら……はやては……」
フェイトの声は切実だった。
戦いたくない、止めたい――その一心が、震える息に混じる。
だがシグナムは、静かに首を振る。
「お前達が、あの書をどう決めつけようと、どう罵ろうと――私は聞く耳を持たん」
「違う、そうじゃない……! 私達は、はやてを――」
「聞く耳はないと言った!!」
その声に込められた怒気と悲哀が、夜を裂いた。
「これ以上、主の願いを妨げるのなら……斬り捨てて、通るだけだ!」
言葉の終わりと共に、シグナムの周囲に炎が巻き起こる。
高まる魔力の奔流と共に、紅の鎧がその身を包んでいく。
“炎の守護騎士”は、その誇りと力を纏い、剣を掲げた。
一方、フェイトもまた、決意を宿した瞳でバルディッシュを握りしめる。
「……バルディッシュ、ソニック――行くよ」
『Barrier Jacket, Sonic Form.』
バルディッシュのコアが雷光を放つ。
その光がフェイトの全身を走り、風を巻き起こすようにジャケットが変化していく。
「――セットアップ」
黒と金のバリアジャケットが流線型に変化し、マントや装飾を廃した軽装型へと再構築される。
手足には細やかな魔力制御装置が展開し、フェイトの姿はまるで“雷そのもの”となった。
「薄い装甲を…さらに薄くしたか」
「その分…速く動けます」
「ゆるい攻撃でも当たれば死ぬぞ」
「強いあなたに――勝つためです」
風が止み、夜が静まる。
一瞬の静寂の中、シグナムがぽつりと呟いた。
「……こんな出会いでなければ、私とお前は――良き友となれていただろうにな」
その言葉に、フェイトの手がほんの一瞬、震える。
「まだ……間に合います!」
「止まれん…」
シグナムの瞳に、光が揺れた。
その両目から、一筋の涙が滑り落ちる。
「我ら守護騎士……主の笑顔のためならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた! この身に代えても……救うと誓ったのだ!」
その叫びと共に、炎の三角形――ベルカ式の魔法陣がシグナムの足元に展開される。
「こんなところでは……止まれんのだ!」
対するフェイトも、足元にミッドチルダ式の魔法陣を展開する。
丸く、青白い光を帯びた陣が、彼女の決意を支えるように輝く。
「止めます……! 私と、バルディッシュが――!」
『Yes, Master』
雷光と炎が、真夜中の空に交錯する。
運命を変えたいと願う少女と、運命に抗い、守るために刃を抜いた騎士――
二人の心が、夜空に閃きを描いてぶつかる瞬間だった。
――時を同じくして。病院から少し離れた路地裏。
夜の街を駆ける一つの影があった。
狼のごとき鋭い気配と、獣を思わせる沈黙の足音。
「…………通信が、通じない」
拳を握りしめたのは、蒼き守護獣――ザフィーラ。
沈黙したままの通信魔法の回線。その異常に気づいた彼は、即座に結界の存在を察知していた。
「遮断結界か……何かあったか…」
ザフィーラの表情に焦りがはしる。
その足取りには確かな緊張が混じっていた。
彼の主――八神はやて。
そして、共に生きてきた仲間たちが今、何者かと対峙しているかもしれない。
それを放っておくことなど、あり得なかった。
(主の身に、何かがあれば……我らの存在意義すら揺らぐ)
暗い路地を抜け、病院の裏手へ差し掛かったそのとき――
「……っ!」
ザフィーラの獣の感覚が、耳の奥で警鐘を鳴らした。
瞬間、地面が爆ぜた。
「――ッ!?」
咄嗟に飛び退きながら、爪を広げて構える。
(これは――奇襲!?)
粉塵の中から現れたのは、黒い外套に身を包んだ謎の人物。
フードを深く被り、仮面見つけた男。
「貴様……この間のーー!」
「……“主を守る獣”。――ここで脱落してもらう」
ザフィーラが目を細める。
男は答えない。だが、手のひらに展開された魔法陣は、その意図を語るに十分だった。
ザフィーラは咆哮と共に一歩踏み込み、拳を放つ――!
地面に響いた声とともに、ザフィーラの足元の空間が歪む。
「――ッ!? これは……!」