空気が重い。
焦げたような魔力の臭いが鼻をつく。
この場所に戻ってきたとたん、皮膚がひりつくような戦闘の余熱が全身を包んだ。
耳に届いたのは、低く唸るような声――
【……これは……!?】
焦げた地面に、退いた痕を残してアダムが立っていた。
その瞳がかすかに見開かれている。驚愕と警戒。
“何かが変わった”と、彼は直感したのだろう。
「……遅くなったな」
自然と出たその声に、もう迷いも、恐怖もなかった。
あふれるような魔力に包まれた中、視線を感じる。
クロノが、ヴィータが、守護騎士たちがこちらを見ている。
そして、ユウトに向けられる――揺れる赤き瞳。
ユウトは瞳の持ち主に向き合う。
「ユウト……? 本当に、ユウト……?」
フェイトの声が、かすかに震えていた。
「……ああ。ちゃんと戻ってきた。もう、どこにもいったりしない。」
ディジターが音を鳴らした。
懐かしさと、確かな絆を感じさせる、静かな共鳴。
『……マスター。おかえりなさい』
ユウトは静かに、右手を構える。
「ただいま、ディジター」
その瞬間、刃が展開される。
淡く、けれど強い輝きを伴って――白銀に輝く光が、戦場の空気を切り裂くように舞った。
「――ユウト、君…その姿は…?」
クロノが、驚きと安堵の入り混じった声で、思わず一歩踏み出しかける。
「説明すると長くなりそうなんだけど……その前に。」
ユウトが背後に視線を向けると、背後ではヴィータがグラーフアイゼンを強く握り直し、今にも飛び出そうとしていた。
ザフィーラの筋肉が静かに膨らみ、ユーノとシャマルも魔法陣を展開し始める。
そのすべてを、ユウトは手をかざして制した。
「待ってくれ。みんな……あいつとの戦いは、俺ひとりにやらせてくれ」
張り詰めた空気。
言葉の意味を理解した瞬間、周囲が静まり返った。
「なに言ってんの!? あんな化け物、1人で――」
アルフが叫びかけるが、それをクロノが片手を上げて止める。
「理由を聞かせてくれ、ユウト」
真っ直ぐな問いかけ。
そのまなざしを、ユウトは正面から受け止めた。
「アダム・アンジェロは……俺の家族を奪った張本人だ。
11年前、闇の書事件の裏で……あいつが両親を殺した」
言葉にするたび、胸の奥に沈んでいた何かが熱を持ち、燃えあがる。
「フェイトも、なのはも、はやても……大切なみんなが、あいつに傷つけられて。
過去も、今も、そして未来までも……あいつに壊されそうになってる。」
拳に力がこもる。
刃が、静かに共鳴する。
「――だからこそ」
白く淡い光が、俺の背中に大きく広がった。
魔法陣が翼のように展開され、輝く粒子が羽ばたくように舞い散る。
「これは、父さんから託された、俺の戦いだ。
背中を誰かに預けるわけにはいかない。
俺が、俺の手で、あいつを止めなきゃ――意味がないんだ」
誰もが、言葉を失った。
でも、確かにその場にいた全員が、俺の“覚悟”を感じ取っていた。
「……そうか」
クロノが、ほんの少しだけ、寂しげに微笑んだ。
だが、その中には確かな信頼があった。
「……でも、死んだら許さないぞ」
「……当然、勝つよ」
わずかに笑って返すと、クロノは深く息を吐いて、皆に向き直る。
「了解だ、君の意志を尊重する。……ただし、万が一のときは全力で介入する。それだけは覚悟しておけ」
「なら介入するのは、俺があいつを倒した後――
ナハトの暴走が始まったとき。その対処はみんなに任せようかな?」
「……了解した。そのための陣形も、手段も整っている。
ただし、まずは『君が勝つ』それがすべての前提だ……まかせたぞ?」
俺は、静かに頷いた。
そして――ゆっくりと歩き出す。
目の前に立つのは、アダム・アンジェロ。
すべての元凶、すべての始まり。
「……ようやく、正面からやり合えるな、アダム」
【ふふ……望み通り。最後の決闘といこうじゃないか】
風が吹く。
重く、鋭く、まるでこれから始まる“何か”を告げるように。
静寂が、世界を満たす。
――白と黒。
光と闇。
希望と絶望。
すべてを懸けた一騎打ちが、今始まる。
そして、ユウトの復帰を見届けたその瞬間――
戦場全体の空気が、確かに変わっていった。
なのはが敵と対峙しながら、ふと目を細める。
「……ユウトくん……」
その声は震えていた。でも、それは恐怖や痛みからくるものではなく……
そして、空に描かれた別の戦場では、二条の光が再び激突していた――
空に轟くのは、金色と水色、二色の雷の衝突。
稲妻の残光が何度も空を裂き、炸裂音が戦場に響き渡る。
「オリジナルッ! さっきよりも、なんか嬉しそうだねッッッ!!!」
躍動するレヴィの声。
その双眼には戦いの高揚と、どこか無邪気な好奇心が混ざっていた。
フェイトは、傷を負った身体をかばいながらも、静かに微笑んだ。
「うれしいよ。……だって、大好きな人が帰ってきたんだから」
その言葉に、レヴィの動きが一瞬、止まる。
「レヴィだって、王様……だっけ?友達に会えたら、嬉しいでしょ?」
「……なるほど!納得ッ! じゃあ、心置きなく戦えるねッ!!」
弾けるように飛び込んでくるレヴィの姿。
けれどその突進に、フェイトは小さく首を振った。
「……でもね、レヴィ。戦う理由が“楽しいから”ってだけで、人を傷つけちゃだめだよ?」
「なんで? 戦いは本気でやらなきゃ楽しくないでしょ!」
「……じゃあもし、誰かが王様たちに同じことして、彼女たちが怪我したら? ……レヴィ、悲しむと思うよ」
その言葉が、まるで電撃のようにレヴィの心に突き刺さった。
再び飛び込んできた彼女の表情に――一瞬、迷いが浮かぶ。
「……僕、そういうの……考えたことなかった……!」
傷ついた身体を引きずりながら、止まらない勢いで向かってくるレヴィ。
それでも、瞳の奥には確かな動揺が見えた。
「レヴィは、誰かのために戦ったこと……ある?」
「……誰かの、ために……?」
言葉を繰り返すレヴィの声が、微かに震える。
フェイトの表情が、少しだけ柔らかくなる。
「私は……守りたい人がいるから、戦うの。
守られてきたから、今こうして、ここに立っていられる」
その一言が、レヴィの動きを止めた。
フェイトは即座に魔法陣を展開。空間が振動し、雷光が集中していく。
「――受けてみて。これが、私の“決意”!」
バルディッシュ・ザンバーが炸裂する。
光の斬撃が疾風となって駆け抜け、真正面からレヴィの雷撃と激突――
稲妻と稲妻。
刃と剣。
想いと想いが、真っ向からぶつかり合う。
火花が散り、雷鳴が天地を揺らす。
その一瞬、世界が白く染まった。
***
数秒後――
レヴィは、その場に膝をついていた。
スパークを奔らせるデバイスを必死に抑えながら、肩で息をしている。
「……ははっ……まいったなぁ……」
荒い息の合間に、ふっと笑みがこぼれる。
「なんか……オリジナル……フェイトが強い理由、ちょっとわかった気がするぅ……」
フェイトはそっと歩み寄り、手を差し伸べた。
「ありがとう、レヴィ。
あなたも、誰かのために戦える……その力、ちゃんと持ってる」
差し出されたその手に、レヴィはしばらく迷うように目を伏せる。
だがやがて――
「……僕、フェイトのこと……ちょっと好きになったかも」
そう言って、はにかむように笑って、その手を取った。
その笑顔は、どこまでも純粋で、どこまでも子供らしかった。
雷鳴は止み、風が静かに戦場を撫でていく。
そして、同時刻
激突するはやてとディアーチェ。
互いの砲撃が擦れ違い、魔力が弾け、空間が波打つ。
爆煙の中、二人の姿が浮かび上がる。
空に留まりながら、肩で息をしつつ、互いの視線を外さない。
「……なあ、王様。ユウトくんのあの姿……私とリインフォースのおそろいやない?」
はやてが、息の合間にぽつりと呟く。
「ユウトくん、私のこと好きなんかなぁ……なのはちゃんとフェイトもおるし、取り合うのはちょっと嫌やけど」
「……戦闘中に何をほざくか、小鴉が」
ディアーチェの眉がぴくりと動く。
「我は貴様の模倣……貴様がその胸に秘めている思いを、あの少年に伝えることもできるぞ?」
「なんでそんな意地悪なこと言うん!?…リインフォース、早くこの子、夜天の書の中かえさんとあかん!!」
『主、タイミングを見計らっていました。次の一撃で、勝負を決します!』
ディアーチェが腕を広げ、周囲の魔力を一点に収束させる。
「ならば、この余興もそろそろ終わりにしよう。我が最終魔導式、展開準備――!」
後方で、リインフォースが声を張り上げる。
『主、照準合わせます――今が最大火力での撃ち合いの好機です!』
はやてが手をかざし、魔力を高める。
「いくで、リインフォース! 全開や!!」
互いの魔力が閃光を描き、世界が軋む。
「ジャガーノート!!」
「響け終焉の笛――ラグナロク!!」
蒼と紅、二条の砲撃が空を引き裂くように交錯した。
――そして、爆発。
爆風が空間をねじり、視界が白く染まる。
***
数分後。
戦場に立っていたのは――はやてだけだった。
服の端は焼け、腕も擦り傷だらけだ。だが、確かにその場に立っていた。
横に浮かぶリインフォースの姿は、薄く揺れている。魔力の糸が断たれかけているように、彼女の輪郭が霞んでいた。
「……ウチ、勝ったんか……?」
『いえ、ほぼ相打ちです……ですが、ダメージはわたしがすべて肩代わりしました』
その穏やかな声に、はやては唇を噛んだ。
「リインフォース……!」
彼女の微笑みが、なによりも優しかった。
その視線の先――
遠くの瓦礫の上で、ディアーチェが膝をつき、崩れ落ちる。
白銀の髪が風に揺れ、彼女は、うっすらと笑った。
「面白かったぞ、八神はやて……おかげで洗脳も解けた……」
言葉は断続的になりながらも、確かに意志を持っていた。
「王たる我が…その意志、その魂ーーー」
「……見事であった」
目を閉じ、静かに横たわるその姿に、はやては拳を握ったまま、一歩も動かず見送った。
はやてはただ、拳を握ったまま、彼女を見送った。
「ありがとう…さようなら、王サマ…」
「いや…死んでないぞ…?」
――光と炎が交錯し、地を裂く。
なのはとシュテルの戦いは、すでに数十合を超えていた。
砲撃と砲撃。
バインドの押し合い、空間転移と迎撃――
すべてが、紙一重の駆け引き。互角の応酬。
炸裂する魔力弾が幾重にも交錯し、互いの防壁を貫いては砕ける。
焦げた地表に、爆発の痕が刻まれていく。
戦況はわずかにシュテルが優勢。
けれど、なのはも崩れない。決定打が入らない。
「……ナノハ。本当に、しぶといですね……」
シュテルは息を整えながらも、表情には焦りの色ひとつない。
ただ冷徹なまでに静かな瞳をこちらに向けていた。
なのはは、それとは対照的だった。
肩で息をつきながら、視線の先にいる“もう一人の自分”――シュテルをじっと見つめていた。
(……どうして、こんなに気持ちが乗らないんだろう……)
砲撃が当てられないわけじゃない。
技術も、魔力量も、互角。
それでも押しきれないのは、なのはの中に、ほんのわずかな“迷い”があったから。
(この子も、利用されて、命を与えられて……でも……)
その戸惑いが、狙いに僅かな揺れを生じさせていた。
ほんの一瞬の間。それを、シュテルは見逃さない。
「……優しさは、あなたの強さです。けれど、それは今、あなたの弱さにしかなっていない――!」
そのときだった。
なのはの耳に、戦場の外から、鮮烈な魔力音が届いた。
(……ユウトくん!)
目を向ければ、白い光を纏って現れた少年の姿。
ディジターとともに舞い戻り、白銀の髪を風に揺らしながらアダムと対峙している。
(……よかった。ちゃんと、帰ってきた……)
胸の奥に灯る、温かな熱。
“誰かを守りたい”という気持ちが、なのはの心の中にもう一度、強く灯る。
「レイジングハート!」
『Ready』
構えを取る。
足を踏み出す。
空気が震え、視界が収束していく。
「ごめんね、シュテル。ちゃんと向き合えてなかった。
でも、私は――私の戦いを、しなきゃね!」
その声とともに、なのはの魔力が爆発的に高まった。
『Cartridge Load』
――カートリッジが回転し、圧縮・展開・増幅。
「スターライト・ブレイカー!!」
『Starlight Breaker』
怒涛の光が、天を裂いて放たれる。
「……これが、あなたの本気……ッ!」
即座に反応したシュテルが、魔力を最大まで展開する。
『Luciferion Breaker』
紫紺の輝きが、白の奔流と正面から衝突する。
――瞬間、空が割れた。
大地が砕け、空間が悲鳴をあげる。
その衝撃は、遠く離れた戦域にまで振動を伝えるほどだった。
***
閃光が去った後――
白煙の中、砲を下ろしたなのはの姿が立っていた。
その視線の先には、片膝をつき、肩を揺らすシュテル。
「……私の負けです」
息を整えながらも、凛とした声。
その悔しさは、静かに胸に沈んでいた。
「……まだ、やれると思うなら、立ち上がってもいいよ。だけど――」
なのはがゆっくりと歩み寄る。
「私は、もう迷わない。なんどでも、勝つよ!」
その笑顔は、誰よりもまっすぐで、強かった。
シュテルは思わず小さく笑い、肩をすくめた。
「……負けを認めてるんですが」
二人の砲撃魔導師の戦いは、ついに決着を迎えた。
――迷いを断ち切った、なのはの勝利だった。
舞い上がった砂煙が静まり、ようやく風が戻ってくる。
その中心――
シュテルは、膝をついたまま、空を見上げていた。
その横顔には、敗北の悔しさではなく、どこか満ち足りたような、穏やかな感情がにじんでいた。
「……ねえ、起きられる?」
なのははその場にしゃがみこみ、そっと声をかける。
「……助けるのですか?」
「助ける、じゃないよ」
ふわりと微笑んで、手を差し出す。
「友達になってほしいだけ。
誰かに作られてても、利用されてたとしても……“今”をどう生きるかは、自分で決めていいんだよ」
その言葉に――シュテルの瞳が、かすかに揺れた。
「私は……あなたみたいには……なれないかもしれません。
けど……少しだけ、その気持ち……羨ましいです」
細くかすれた声とともに、彼女は差し出された手を取る。
それは、小さな、でも確かな握手だった。
「ありがとう、シュテル」
そのとき――
「なのはーっ!」
遠くから、聞き慣れた声が空を駆ける。
光の軌跡が空を切り裂き、フェイトが駆け寄ってくる。
「なのは、大丈夫!? 怪我は――」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」
膝をついたなのはに、フェイトはそっと手を差し出す。
「よかった……本当に無事で……!」
「うん……フェイトちゃんも無事でよかった」
視線が、フェイトの背後に伸びる。
「はやてちゃんも、平気……?」
「元気やでー!」
笑顔で手を振るはやての隣には、リインフォースと守護騎士たちの姿も。
――束の間の、再会。
互いを守るために戦い、乗り越えてきた絆が、いま再び結び直されていく。
その輪の中で、なのははシュテルの手をそっと握ったまま、空を見上げる。
あの空の彼方で、ユウトもまた戦っている。
(――ユウトくん、信じてるよ)
目を閉じる。
闇の中に射し込む光――
その瞬間を、共に迎えるために。