黒き魔力が、天を焦がす。
アダムの消滅と同時に、沈黙していた“闇の書”の防衛プログラム――ナハトヴァールが主を失ったことで再び暴走を始めた。
【起動コマンド失効】
【自動防衛モード:解放】
【敵対存在:――排除処理、開始】
まるで、天と地が反転するかのように――
地表に、巨大な魔法陣が広がった。
幾何学的な円環が、黒と深紅の光を放ちながら次々と展開される。
空間が引き裂かれ、波打ち、空間歪曲波が地面を揺らしながら飲み込んでいく。
「っ……なに……これ……」
蒼白な顔で、なのはが思わず叫ぶ。
足元の大地がひび割れ、裂けた地面からは黒い瘴気が立ち昇る。
ユーノの解析魔法がうなる。
「ナハトヴァール……本体が、アダムの死を感知して完全に“防衛機構”として再起動した!あれは――この世界全体を“外敵”と見なしてる……!」
「ってことは……!」
「……ユーリちゃんだけでも、どうにかなっちゃいそうなのに…!」
なのはが蒼白な顔で叫ぶ。
制御を失ったナハトヴァールの防衛機構が、まるで世界そのものを異物と見なして、攻撃を始めていた。
その中心に立つのが――ユーリ。
ただ“いる”だけで、近づくすべてを拒絶していく。
「……くっ、魔力干渉も届かないか……!」
クロノがデュランダルを振るう。
だが、放った砲撃は、ユーリの周囲“数十メートル”の地点で吸い込まれるように霧散した。
「っ、距離を取れ!! 近づくな!!」
「いや、それでも……!」
ユーノが指さした先。
そこでは、アルフが助けようとユーリに一歩近づいただけで――体から槍が生えた。
生えてくる。
足の裏から、腕から、背中から――内部から、結晶のような“枝”が突き出てくる。
「が……あ……ッ……!!」
倒れ込むアルフ。
「アルフッ!!」
それは、攻撃ですらない。
ユーリの能力は“存在するだけで”周囲の生命エネルギーを外部結晶化し、体外へ“咲かせる”。
生きていること自体が、彼女の攻撃対象になる。
「っ……ディジター、トップスピードで接近する! 一瞬だけでいい……アイツを、引きはがす!」
『了解、O.Bモード再起動……補助準備完了』
ユウトの身体に、白い魔力が再び灯る。
だが、今の彼は限界を越えていた。
「ユウトくん、だめだよ!その身体じゃ――!!」
それでも、彼は走る。
地を蹴り、空を駆け、光のように――ユーリへと突貫する。
「ぐっ……があッ!!」
近づいた瞬間、背中から二本、胸元から三本、槍が貫いた。
皮膚の下から、白い結晶の枝が突き出る。
それでも――止まらない。
ユウトは、ユーリに衝突した。
だが、魔力が削られていく。
触れただけで、魔力核が“侵食”されていく。
「くっ……があ……ッ!!」
そのまま光の爆裂とともに吹き飛ばされる。
ユウトの身体は、光の尾を引いて――フェイトたちの元まで転がるように戻された。
ユーリは――一歩も、動いていなかった。
ただそこに立っているだけ。
されど刻一刻と世界が、崩壊していく。
「私が……私が止めなきゃ……!」
フェイトが、震える手でバルディッシュを構える。
けれど――
「……やめとけフェイト…薄い装甲じゃ下手に近づくだけで死ぬぞ」
白い光をまとうユウトが、血まみれでフェイトたちの前に立つ。
もう魔力の光もわずか。脚も震えている。
「……近づけない。魔法も通らない。…じゃあ、どうやって――」
そのとき――
その時。
ユーリが、一歩、前に出た。
誰もが空気が崩れたことに気づいた。
彼女の足元から、世界を拒絶する魔法陣が展開される。
【自動防衛モードから迎撃モードに変更します】
周囲の木々が枯れ、空が割れ、建物が音もなく崩れていく。
足元から展開される拒絶の魔法陣。
地面に咲いた白い花のような結晶が、放射状に広がり、地中を走る。
木々が枯れる。
空が割れる。
遠くのビルが無音で崩壊する。
「やばい……来るぞ……!」
ユウトが震える足で、再び立ち上がる。
「誰かが、止めなきゃ……!」
だが――誰も、動けなかった。
一歩踏み出せば死。
攻撃も無効。
回避すら許されない拒絶領域。
ユーノがディジターの解析支援を補助するが、その音声に乱れが入る。
『マスター……後方より、未知の魔力反応――接近中』
「……え?」
『この反応は……なのはたち? ……いや、違う。なのはたちは今、ここにいる。これは――』
風が吹いた。
崩壊していく世界の中に、微かな“違和感”が混ざる。
気配。
“誰か”が、確かにこちらへ歩いてくる。
その魔力は――懐かしいのに、確かに未知。
ユウトの視線が、夜の向こうへと向けられる。
空に残る星が、わずかにその“来訪者”を照らした。
空間がひずみ、世界の滅びが近づいていく中、沈黙を破ったのは、光の柱を突き破って戦場に舞い戻った、三人の少女たちだった。
「お、おい見ろ! あれは……!」
地に膝をついていたヴィータが顔を上げる。
青い稲妻のように駆け抜けたのはレヴィ。
その後を並走するようにシュテル、
そして最後に静かにディアーチェが舞い降りる。
その三人は先ほどまでの敵対していた際の表情から一変、穏やかなものになっている。
「久しぶりだな、ユーリ……我らのこと、解るか?」
ディアーチェが、静かに前へと進みながら呼びかける。
ユーリは何も答えなかった。ただ、すべてを拒むように黒い魔力が波紋のように広がる。
「シュテル、レヴィちゃん……」
ユウトの隣で、なのはが言葉を詰まらせる。
「大丈夫、いまのボクたちは味方だよ。ユーリを……友達を、助けに来たのさ」
レヴィがいつもの元気な笑みを浮かべるが、その瞳には涙のような光があった。
「……ユーリは、わたしたちの古い友達なんです。だからこそ――わたしたちの手で助けます。」
シュテルが拳を握りしめる。
「だけど……近づくことすらできへん……!」
はやてが震え声で言う。
「あんなの止められるわけ――!」
「止められる」
その言葉を、ディアーチェが遮る。
「今の我等の身体は、本来の体では無い。多少の痛みなど関係なく動ける。それに、ユーリにとっても、我らの存在は“外敵”ではなく“同胞”として判別されるかもしれんしな……もしかしたらギリギリまで近づけるやもしれん。」
はやての瞳が揺れる。
「でも、それって……!」
「ああ。捨て身の特攻というやつだ。」
静まる空気の中、レヴィが微笑んで言う。
「だから、先に言っとくよ。お別れってやつ」
「……レヴィ……」
フェイトが歯を食いしばった。
「…フェイトが教えてくれたんだよ。楽しむだけじゃない、大切な人を守るための戦い…ボクもそれをやりたいんだ。」
レヴィは意志を示し、
シュテルが静かに言葉を紡ぐ。
「私たちは“あなた方の影”ではなく、今ここに“生きるものとしての意志”として立っています。その証明のためにも――ユーリを、古き友を呪縛から解放します。」
レヴィとシュテルの意思を再確認したディアーチェは一呼吸おいた後はやてに話しかける。
「小鴉…貴様の魔道書で……もう一度、彼奴を受け入れてくれ」
「夜天の魔道書、で……?」
はやてが戸惑う中、リインフォースが小さく頷いた。
『なるほど、それなら可能です。夜天の書の中に彼女を蒐集することで、封印することができます。ただし、それには接近するしか――』
「わかっておる。……我らが犠牲になり、彼奴を書に押し込む。」
「そんな…」
「大丈夫だよ。また会えるって信じてるから、想いあえば、きっとまたどこかで!」
「……そうだな。次は敵としてではなく、1人の友として貴様らに会えたら良いな。」
「それでは…ごきげんよう。皆様。」
なのはたちの模倣として生み出された三人は、魔力を一点に集中させ、ユーリへ向けて突撃した。
「――行くぞ!シュテル、レヴィ!」
「ええ!」「おうともっ!」
その魔力の奔流に、誰もが言葉を失った。
ユーリの迎撃を振り払いながら、三人はその中心に向かって突き進む。
ディアーチェ達の周囲に生え出る拒絶の槍。
だが、三人の魔力が、槍を押し返していく。
「はやて!今だっ!!!」
「……ッリインフォース…お願いッ!!」
『――夜天の書、封印魔法起動――Absorption!』
三人の身体が光に包まれ、ユーリと共に――闇の書の深層へと吸い込まれていく。
「ばいばい、フェイト!!」
「……ナノハ、これで借りは返しましたよ」
「泣くなよ小鴉ッ……これが、我等の選んだ道だ。とっとと世界を救え!!」
その声は、確かに耳に届いた。
そして、完全な静寂。
周辺の魔力反応は霧散し、ユーリの姿も、ディアーチェたちの姿も――もうそこにはなかった。
静かに夜天の書の頁の一部が深紅や蒼の頁へと変化していた。
「……ありがとう」
はやてが、涙をこらえながら呟いた。
「絶対、また会おうな……シュテル……レヴィ……王様……」
空の向こう、届かぬ願いは、祈りへと変わっていく。
静まる一同だが…事態はまだ解決していない。ユーリの対処によって過ぎた時間の分だけ、ナハトヴァールは自己強化していた。
「みんな……すまないが、感傷に浸っている余裕はない! 防衛プログラムがまもなく臨界点を迎える!!」
――地平線が揺らぐ。
空を覆うのは、禍々しく渦巻く漆黒の魔力。かつて“夜天の魔導書”と呼ばれたその力は、今や制御を完全に失い、世界そのものを飲み込まんとする破壊の奔流となっていた。
“ナハトヴァール”
宙に浮かぶ漆黒の巨影。その中心から幾重にも広がる魔力波が地表を焼き尽くし、空間を歪ませ、風すらも逆巻いていた。
残存して戦力たちがその影を睨みつけ、戦陣に立つ。
クロノ・ハラオウンが一歩前に出て、静かに、だが力強く声を放つ。
「守護騎士たちは、闇の書の呪いを終わらせるために立ち上がった。なのはとフェイトたちは、この街と世界の平和を守るために戦ってきた……」
その瞳に宿るのは、責任を背負う覚悟。そして希望。
「だからこそ――みんな、力を貸してくれ!」
その言葉に、全員が力強く頷く。
「「「――了解ッ!!!」」」
八神はやてが、短く深呼吸をしてから、一歩前に出た。
「泣いとる暇はないな……よしっ! まずは、ナハトが展開しとる多重結界を、みんなで打ち破るで!」
彼女の声に応えるように、フェイトがバルディッシュを構え、金色の雷光が周囲に疾る。
「そしてら本体にダメージを与えて、魔力核――“コア”を露出させる!」
続いて、なのはがレイジングハートを掲げ、真っ直ぐに前を見据える。
「コアが露出したら、ユーノくんたちの魔法で強制転移! 軌道上のアースラ前に転送する!」
ユウトは、ディジターを撫でるように持ち上げ、口元にわずかに笑みを浮かべながら言った。
「で、そっからアルカンシェルで砲撃して、まとめて蒸発……って段取りだったか?」
はやてが拳を握りしめ、振り返って叫ぶ。
「よっしゃ、やることははっきりしたな! そんならシャマル! みんなの回復、頼んだで!」
「はいっ……クラールヴィント、本領発揮よっ!」
シャマルが魔法陣を展開し、風の精霊たちが淡く舞う。
緑の癒しの光が、ユウト、なのは、フェイトたちの傷ついた身体を包み込んだ。
「風よ、癒しの恵みを運んで……!」
その光は穏やかでありながらも確かな力を持ち、鼓動すら整える。
「湖の騎士シャマルと、風のリング・クラールヴィント……癒しと補助こそが私の本領です」
「助かった」
ユウトが素直に言葉を返すと、シャマルは少しだけ目を伏せて口を開いた。
「いえ……私たちが、あなたの両親にしたことに比べたら、こんなの……」
「気にすんなって」
ユウトは軽く首を横に振る。
その言葉は、過去を背負った者に向けた、確かな赦しの響きを持っていた。
「もう“悲しみ”は終わりにするって決めたんだ。……問題は、あんたらの将、シグナムが割り切ってくれなさそうなとこだがな……真面目そうだし」
「……まぁ、うちのシグナムは頭がカタイからなぁ」
はやてが少し笑う。
その笑みにも、過去の痛みと未来への希望が滲んでいた。
やがて彼女は、鋭く視線を前方へ向けて叫ぶ。
「とにかく! みんな、いくでッ!!」
その号令に応じ、戦士たちは一斉に飛び立った。
それぞれの位置へ――それぞれの“戦場”へ。
クロノが短く息を吐き、呟く。
「……始まるぞ」
そして、はやてが夜天の書を見上げ、まるで詠唱するように言葉を紡いだ。
「夜天の魔導書を……呪われた“闇の書”と呼ばせたプログラム……ナハトヴァールの侵食暴走体……」
「闇の書の“闇”……ここで終わらせる!」
空に広がる魔力の嵐が応えるように唸りをあげ、最終決戦の幕が、ついに上がった――
あと2話くらいでおわれるかな…