ナハトヴァールを覆う重層の魔力結界は、まるで巨大な黒い要塞のように静かに、しかし確実に世界を蝕みつつあった。
その結界を打ち破るため、まずは地上部隊が動き出す。
アルフが吠えるように叫ぶ。
「コアが露出するまで、あたし達はサポートだ!」
ザフィーラが拳を構えながら頷く。
「ああ…ここで止める!」
ユーノはすかさず空中から魔法陣を展開。
「ケイジング・サークル!」
魔法陣がナハトの下部を包み込むように展開され、捕縛の準備が整う。
アルフの手から光の鎖がほとばしる。
「チェーン・バインドッ!!」
ザフィーラが咆哮とともに地を蹴り、天から鋼の杭を突き出す。
「囲え、鋼の軛ッ!!」
魔法と物理の拘束が三方向からナハトヴァールを押さえ込み、一時的にその動きを止めた。
しかし――
ナハトヴァールの全身が脈動すると同時に、膨大な魔力が炸裂。
「くっ……!」
「うわあああッ!」
漆黒の魔力弾が広範囲にばらまかれ、周囲に激震を走らせる。
その爆風と混乱の隙を突いて――
「なのはちゃん、ヴィータちゃん!お願い!」
シャマルの声が戦場に響く。
「おう! 合わせろよ、高町なのは!」
ヴィータがクラールヴィントの風に乗って跳び出す。
「ヴィータちゃんこそ、タイミング逃さないでね!」
なのはが前方へ飛び出すと同時に、手元のレイジングハートが光を帯びる。
「やるぞ、アイゼン!」
『Gigant form』
ヴィータのグラーフアイゼンが巨大な鉄槌へと変形。空気を裂くほどの重厚感で魔力が渦巻く。
なのはのレイジングハートが音声を告げる。
『LOCK ON』
「アクセルシューター・バニシングシフト!」
なのはの掌から放たれた複数の魔力弾がヴィータの背後を飛翔――飛行軌道を変化させ、ヴィータの前を阻む障害物をすべて撃ち抜いた。
「シュート!」
光の弾が空を割り、結界の裂け目をこじ開ける。
「轟天…爆砕!ギカント…シュラーク!!」
ヴィータの鉄槌が爆発的な音とともに結界に直撃し、表層の防御フィールドが軋むように崩れ始める。
「次ッ!」
シャマルの指示が再び飛ぶ。
「シグナム、フェイトちゃん、お願い!」
「行くぞ、テスタロッサ!」
「はい、シグナム!」
フェイトは空中で一回転しながらザンバーフォームを展開。バルディッシュから放たれた斬撃が、真空を切り裂くようにナハトヴァールの防壁へと奔る。
同時に、シグナムが剣と鞘を弓状に変形させ構えた。
『Bogen form.』
ナハトヴァールを挟み込むように、フェイトが対角位置に高速移動。両者の視線が交差する。
「駆けよ、隼!」
『Sturmfalken.』
「貫け、雷神!」
『Jet ZANBER.』
二方向から放たれた焔と雷刃が、ナハトヴァールの核心を断ち割る。爆風と同時に崩れ落ちる魔力障壁。
「……やったか?」
ユーノが呟くも、すぐに顔を強張らせる。
「いや、まだ!」
ナハトヴァールが咆哮とともに、再び厚い防壁を展開し始める。
「どぉりゃぁぁぁッ!!」
地上からザフィーラの咆哮。圧縮された筋力と魔力を乗せた拳が、防壁を叩き割った。
シャマルが叫ぶ。
「はやてちゃん!」
「彼方より来たれ、ヤドリギの枝!」
リインフォースの詠唱が続く。
『銀月の槍となりて、打ち貫け――』
二人の声が重なる。
『「石化の槍――ミストルティン!」』
銀光の槍が夜天を駆け、ナハトヴァールを正確に貫く。
シャマルが次の一手を叫ぶ。
「クロノくん!」
地上から跳躍したクロノが、蒼く輝くデュランダルを構える。
「凍てつけ……!」
『Eternal Coffin』
氷結の棺が展開され、ナハトヴァールの動きが一瞬止まる。
その隙に――
「なのは、フェイト、はやて!」
クロノの声に応じ、空中へ展開される三つの輝き。
上空、高町なのはは静かに構える。
『Starlight Breaker』
「全力全開……スターライト!」
フェイト・テスタロッサは電光を纏い、刃を天に掲げる。
『Plasma ZANBER』
「雷光一閃――プラズマザンバー!」
八神はやての静かな微笑み。
「ごめんな……おやすみな。響け終焉の笛――ラグナロク!」
三人の声が重なった。
「「「――ブレイカー!!」」」
紅、金、白――それぞれの“願い”と“決意”を乗せた魔力の奔流が、同時にナハトヴァールのコアへと襲いかかる。
だが――
「そんな……まだ、コアまで攻撃が届いてない!」
シャマルの焦りが通信越しに響いた。
空に浮かぶ三人、なのは・フェイト・はやて。それぞれが全力の砲撃を放っているにもかかわらず、ナハトヴァールはなおも重層の防壁を展開し、コアを覆い隠していた。
「フェイトちゃん、はやてちゃん! まだ、いけるよね……!」
「うん……でも、このままじゃ――!」
その隙を突くように、ナハトヴァールが触手のような紐状の器官を三人に向けて伸ばしてくる。
「危ないッ!」
その一撃を阻んだのは、ユウトとシグナムだった。
燃えたぎる斬撃と、疾風のごとき剣閃が器官を叩き斬る。
視線を交わす二人。
「……なぁ、シグナム。俺にはもう、あいつ本体に通じるような力はない。せいぜい、アイツらの護衛が限界だ。お前も本体に攻撃してないってことは……同じ状況ってことでいいか?」
「……ああ。」
「なら、頼みがある。」
「頼み?」
ユウトの瞳に、揺るぎない決意が宿る。
「今の俺の身体は、夜天の書から受け継いだ魔力の塊みたいなもんだ。はやてやリインフォースと同じように、俺もユニゾンできるかもしれない。お前の力、俺に貸してくれ。」
「私とお前で、ユニゾンだと?」
「ああ。……それで、俺の両親の件はチャラってことでさ。」
シグナムの表情がわずかに揺れる。しかし、すぐに真っ直ぐな眼差しで頷いた。
「……分かった。ヴォルケンリッターの将、シグナム。私の力――お前に預けよう。」
二人の身体が重なり合い、紅蓮の魔力が爆発的に解き放たれる。
「「ユニゾン・イン!」」
ユウトの姿は、雷光のスマイトフォームから、焔を纏ったイグナイトフォームへと変貌する。
灼熱をまとうジャケット、赤く染まった髪、瞳にはシグナムの面影が宿る。
『オーバーブースト起動。炎熱適性、獲得――』
烈火のようにたなびくコートが背中に広がる。
「オーバーブースト……イグナイト!」
『burning parameter、active mode:ignite ON!』
「いくぞ、シグナム――!」
ユウトの体内から、共鳴する声が響く。
『ああ、一撃で決めるぞ。…劫火滅却ッ!』
『「――バーニング・スラッシャー!!」』
交差する紅蓮の二振りの剣が、轟音とともにナハトヴァールを断ち裂く――
「やった!」
「本体コア、露出ッ!」
「今だ……転送!」
ユーノ、アルフ、シャマルが声を揃え、強制転移魔法を発動する。
「長距離転送、目標コア……軌道上へ!」
「転送、確認!」
「目標、転送中にもかかわらず再生行動を継続中!」
「アルカンシェル、バレル展開!」
「ファイアリングロック・システム、オープン!」
リンディ・ハラオウンの冷静な指揮が飛ぶ。
「アルカンシェル――発射!」
天空に、一条の閃光が奔る。
大地を照らし、すべてを焼き尽くすその光が、転送されたナハトヴァールのコアを完全に包み込んだ。
「効果空間内、目標完全消滅。再生反応……確認されません!」
エイミィの報告に、リンディは息を吐く。
「準警戒態勢を維持。反応空域の観測を継続します。……皆さん、本当にお疲れ様でした。」
◇
「状況、終了だ。」
クロノが静かに通信を締めた。
「みんな、協力に感謝する。」
地上では、ユニゾンが解除され、シグナムとユウトが肩を並べて立っていた。
そんな二人にサムズアップを送るヴィータ。
涙を浮かべて抱き合うなのはとフェイト。
その少し離れた場所で、融合を終えたばかりのはやてが、静かに崩れ落ちる。
「我が主……まだ、融合を解くには――!」
リインフォースの叫びが空を裂くが、はやては応じることなく、そのまま意識を手放した。
「はやてちゃん!」
守護騎士たちがすぐに駆け寄る。
そして、誰よりも静かに、丁寧にその身を抱き上げたのは、リインフォースだった。
「……医務室へ。私たちも、すべて終わらせましょう。」
炎と光が交錯した戦いの結末は、やがて静寂と安らぎの中に消えていった。
はやてが眠るベッドを囲むように、守護騎士たちが静かに佇んでいた。
シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ、そしてリインフォース。
皆、その顔には安堵と、そしてかすかな寂しさが交じっている。
「私の……夜天の魔道書の破損は、やはり深刻だ」
リインフォースが淡々と告げる。
「ナハトヴァールは停止したが、歪められた基礎構造は変わらない。夜天の魔導書本体は……遠からず、新たなナハトヴァールを精製し、再び暴走を始めるだろう」
「主はやては……大丈夫なのか?」
シグナムが不安を押し殺した声で問う。
「心配はいらない。ナハトからの侵食は止まり、リンカーコアも正常だ。足の麻痺も、時を置けば自然に癒える。目覚めてすぐ大義を成されたゆえ、今は少しお疲れなだけだ」
「それなら、万事OKね」
シャマルの声が少しだけ明るくなる。
「ああ……これで、心残りはないな」
シグナムが小さく頷く。
その横で、ヴィータが視線を落としながら言った。
「ナハトが止まってる今、夜天の書の完全破壊はカンタンだ。魔導書ごと壊しちまえば、暴走も二度とない。……代わりに、あたしらも消えるけど」
「ヴィータ……」
シグナムがその名を優しく呼ぶ。
「いいよ、べつに。こうなるかもしれないって、最初っから分かってたじゃんか」
「……いや、それは違う」
静かに、リインフォースが首を振る。
「お前たちは残る。行くのは……私だけだ」
――
そのころ、アースラの食堂では。
「夜天の書の……完全破壊?」
なのはが声を震わせていた。
クロノは頷いた。
「ナハトヴァールは確かに破壊されたが、夜天の書そのものがプログラムを再生してしまう。はやてや騎士たちにも再侵食の危険がある」
「だから彼女は……自らを破壊するよう、申し出た」
クロノの言葉に、フェイトは震える声で訊ねた。
「それじゃ……シグナムや他のみんなも……?」
「いいえ」
病室のドアを開けて、シャマルが姿を現す。
「私たちは、残ることができるの。ナハトヴァールを切り離したことで、私たち守護騎士は夜天の書の支配から解放されたの」
「シャマルさん……」
なのはの目に、涙が滲む。
「それでね、リインフォースから、なのはちゃんとフェイトちゃんにお願いがあるって」
「お願い……?」
――
夜のバルコニー。
星のない空の下、リインフォースとシグナムが向かい合っていた。
「将よ。お前とは随分長い付き合いのはずだが……こうして向き合って話すのは初めてかもしれないな」
「そうだな……すまない、言葉が見つからん」
「謝るな。胸を張ってくれ。……我らが主を、よろしく頼む」
そこへ足音が近づき、リインフォースが振り返る。
「来てくれたか……二人とも」
「リインフォースさん……」
なのはが静かに名を呼んだ。
「そう呼んでくれるのだな」
リインフォースは微笑む。
「うん……」
「あなたを空に返すの、本当に私たちでいいの?」
フェイトが唇を噛みながら問う。
「お前たちだから、頼みたい」
「でも……はやてちゃんやユウトくんにお別れ、しなくていいの?」
「主はやてを悲しませたくない。そして――彼には、人生をかけて迷惑をかけた。……今さら、どんな顔をして会えばいい」
なのはは、拳を握りしめる。
「でも、そんなの……悲しいよ……」
「お前たちにも、分かるはずだ。海よりも深く愛し、その幸福を守りたいと思える者と……もう、出会っているのだろう?」
沈黙。
フェイトが、うっすらと目を潤ませながら頷く。
「……では、そろそろ始めようか。夜天の魔導書の終焉を――」
彼女の言葉と共に、魔力が静かに、空気を震わせる。
彼女のまわりに展開された魔法陣が輝きを増し、儀式が始まる。
レイジングハートの声が響いた。
『Ready to set.』
続けて、バルディッシュが静かに応じる。
『Stand by.』
リインフォースは目を閉じ、小さく微笑んだ。
「短い間だったが……お前たちにも、世話になったな」
『Don’t worry.』
『Have a good journey.』
デバイスたちの別れの言葉に、リインフォースは静かに頷いた。
「ああ……」
だが、その言葉を遮るように、ベッドから起き上がっていたはやてが声を張り上げる。
「リインフォース!!」
リインフォースの肩が、かすかに震えた。
「はやて!」
ヴィータの声が重なり、シャマルが叫ぶ。
「はやてちゃん!」
魔法陣を抜けはやての元へ駆け寄ろうとする守護騎士たち。しかし――
「動かないでくれ!儀式が……止まってしまう」
リインフォースの制止の声が、騎士たちの動きを凍らせる。
「……あかん、やめて……リインフォース、やめてや……破壊なんて、せんでええ……!私がちゃんと抑える……大丈夫や、こんなんせんでええやろ!」
はやては、必死に訴えかけた。
「主はやて……よいのですよ」
「よくなんて、ないやろ!そんなん、なんも……!」
「随分と長い間生きてきましたが……最後の最後で私は、あなたに綺麗な名前と心を頂きました。ほんのわずかな時間でしたが、あなたと共に空を駆け、あなたの力になることができました」
その声は、とても穏やかで、そして優しかった。
「騎士たちも、あなたのそばに残すことができました。心残りは、ありません」
「心残りとか……そんなんっ……!」
「私は、笑ってゆけます」
「……あかん!私がきっと、なんとかするから!暴走なんか、させへんって、約束したやんか……!」
「その約束は、もう……立派に守っていただきました」
「リインフォース!!」
「主の危険を払い、主を守るのが、魔導書の勤め。あなたを守るために、最も優れた方法を、私に選ばせてください」
「……そやけど……やっと、救われたんやないか……」
「私の意思は、あなたの魔導と騎士たちの魂に残ります。私は、いつでも――あなたのそばにいます」
「そんなんちゃう!そんなの……ちゃうやろ!」
リインフォースの顔に、微笑が宿る。
「駄々っ子は、ご友人に嫌われますよ。……聞き分けを、我が主」
はやては車椅子を勢いよく漕ぎ出した。
「リインフォースぅ……!!」
だが、氷で濡れた地面にタイヤが滑り――はやては、倒れてしまった。
リインフォースは、静かに言葉を続ける。
「我が主……ひとつ、お願いがあります。私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります。もし、よろしければ……その“名前”を、その欠片にではなく……あなたがいずれ手にする“後継”に、送ってあげてください」
はやては、崩れ落ちたまま、拳を握りしめる。
「祝福の風――リインフォース。私の願いはきっと、その子に継がれます」
その声に、はやては嗚咽を漏らす。
「リインフォース……!」
リインフォースは、騎士たちと、はやてに深く頭を下げた。
「主はやて、守護者の騎士たち……それから、小さな勇者たち、木陰で見守ってくれている少年……ありがとう。私は――世界で一番、幸せな魔導書でした」
光が、彼女を包みこむ。
リインフォースは少し離れた場所、木の裏で一部始終見守っていたユウトに目線を配り、
やがて――
その光は、静かに、風と共に消えていった。
そして――その場に残されたのは、小さなペンダント。
夜天の力を宿し、なおも温かい、ひと雫の“祈り”の結晶だった
次回 エピローグでA's編終わります!
無印よりも駆け足だったかな?