頑張って更新頻度戻せるようにします!!!!
訓練場の端に設けられたベンチに腰を下ろし、水筒の中身を一口含んだ。
火照った身体に、冷たい水が心地よく染み渡る。今日の訓練は格闘中心だったこともあって、全身がじんわりと痛む。
最近はシャッハさんやシグナムとの模擬戦が続いていて、筋肉痛なんてもう、もはや日常の一部だった。
そんな思考を遮るように、訓練場に設置されたスピーカーから、あの聞き慣れた声が響いた。
「全員、訓練終了。集合願う」
いつも通りの無機質で厳格な口調。だけど――今日はほんの少しだけ、そこに微かな緊張が混じっているように感じた。
それを感じたのは、俺だけじゃなかったみたいだ。ヴァイスも眉をひそめていたし、ティーダさんも「なんか、雰囲気違うな……」と小さく呟いていた。
胸の奥にわずかな不安を抱えながら、俺たちは足早にブリーフィングルームへ向かった。
ドアが開くと、そこにはシグナム、シャマル、そしてゲンヤさんの三人が揃って立っていた。そして彼らの背後には、いつものホワイトボードではなく、作戦用のホログラムパネルが展開されていた。
──この空気。只事じゃない。
「改めて。皆、よく来てくれた。急だが、本日は重要な連絡がある」
シグナムは真っ直ぐな視線で、俺たち一人一人の顔を見てから、話を続けた。
「我々特務行動隊が設立してから、ちょうど一月。各人の訓練成果は十分に把握している。そこで本局より、任務の要請が来た。来週、任務へ出動することが決定した」
一瞬、空気が凍りついたような感覚に包まれた。
俺も思わず息を呑み、その言葉の意味を頭の中で繰り返す。
──来週、出動。
つまり、俺たちの“初任務”だ。
「対象は、犯罪者グループの拠点制圧。詳細はまだ開示されていないが、情報によれば、その中に元・管理局の魔導師がいる可能性が高い。推定ランクは、最低でAランク以上…Sランク相当かもしれん。」
ざわ……と、隊員たちの間に静かなざわめきが走った。
Sランク。実力のみとなれば管理局においても最上位に位置する魔導師だろう。
その実力を、クロノやシグナムとの闘いを通じて痛感してきたつもりだ。そんな相手が敵にいるという現実が、ぐっと胸を締め付けてくる。
横目で仲間たちを見ると、それぞれの反応が浮かび上がる。
アリシアは普段のまま端末を操作し、ヴァイスは肩を回しながらも「ついに来たか」と言わんばかりの表情だが動きがぎこちない。
ティーダさんは少し緊張した様子で唇をきゅっと結んでいた。
そして、俺は――
(……本当に、大丈夫だろうか)
胸の奥から、不安がじわじわとせり上がってくる。
だけど、それを顔に出すわけにはいかなかった。
シグナムの言葉は続く。
「現段階では、皆の力量を信頼してこの任務にあたらせる予定だ。ただし、無理は禁物。詳細が届き次第、改めてブリーフィングを行う。今週は引き続き、基礎訓練と想定訓練を行う。体調管理と準備を怠らぬように。任務を降りたいものはいつでも相談しろ。責めはしない。」
その後、シャマルが優しい声で補足する。
「ね、不安なことがあったら、何でも相談してね? 体のことでも、気持ちのことでも……こういう時こそ、支え合いが大事だから」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
まるで見透かされたようなやわらかい声に、心がふっと軽くなる。
「以上、解散!」
号令と共に、皆がそれぞれの方向へと歩き出す。
俺はその場に少しだけ残って、ホログラムパネルに映し出された名も知らぬ地図を見つめていた。
その地図のどこかが、俺たちの“初めての戦場”になる。
(不安もあるけど……やってみなきゃ、見えないものもあるか)
小さく、そう心の中で呟いた。
翌日 ――
午前の座学を終え、昼食を挟んだ後、いつもの訓練場へ足を運ぶ。
昨日の告知が、まだ胸のどこかで燻っていた。初任務まで、あとわずか――そう思うだけで、自然と背筋が伸びる。
今日の訓練は、実戦を想定したフォーメーション訓練。
連携と立ち位置の確認が目的であり、それぞれが持つ役割の最適化が問われる。
「フォーメーションは既に伝えた通りだ。前衛はクイントとシャッハ、中衛はユウトとティーダ、後方支援にヴァイス。いつでも始めろ」
シグナムの冷静な指示が、空気を引き締めるように訓練場全体に響く。
俺たちは素早く配置につき、視線だけで意思を交わす。
この数週間の訓練で、言葉にしなくてもある程度の意図は伝わるようになっていた。
前衛の二人――クイントさんとシャッハさんは、どちらも近接戦のエキスパート。
対して俺とティーダさんは、中距離での援護と制圧が主な役割。ヴァイスは後方から精密な狙撃で火力を支える。
「ユウトくん、後方の砲撃手の対処お願い。僕はその間に近めな敵に牽制弾を撃ち込むよ」
「了解。ヴァイス、なるべく被らないように立ち回るから、射線動かすときは教えてよね」
「OKっ! 照準完了。開戦と同時に前衛の進路上に狙撃でデカ物狙うんで、シャッハさんたち、派手に突っ込んでください」
「心得ました。クイント、準備のほどは?」
「ええ、万全よ。後ろを気にせず戦えるのはありがたいわねっ!」
開始の合図も待たず、クイントさんとシャッハさんが弾丸のように飛び出した。
その気迫に、訓練用ゴーレムたちの反応も一拍遅れるほど。
続けてティーダさんが放った牽制弾が、前方に薄く拡がる霧のように魔力の煙幕を形成する。
それに合わせて、俺も展開した魔法陣から魔力弾を連射。後方に控えていた遠距離型の視界を遮り、前衛の突破を支援する。
背後から聞こえてきた、ヴァイスのカートリッジ・デバイスの発射音。
その一撃は、模擬戦用でありながら、訓練ゴーレムの外装を削るには十分すぎる威力を持っていた。
「師匠、9時方向に4体敵影。クイントさん、左回りで囲い込んでください!」
「ありがとう、ユウト! シャッハさん、跳びますよ!」
「はい!」
クイントさんの空中回転からの蹴り、そこに続くようにシャッハさんの双剣が交差する。
完璧すぎる連携。まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようだった。
俺はその光景に、思わず呟いていた。
「……凄い」
けれど、見惚れてばかりもいられない。すぐに気を取り直して、次の位置取りへと足を運ぶ。
ティーダさんが、こちらを振り返りながら声をかけてくる。
「連携、うまくなってきてるよね。ユウトくんの判断が速いから、すごく動きやすいよ」
「そんな、俺はただ……周囲を見てるだけですよ」
「それができる人、少ないよ? とにかく助かってるよ」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
けれどその嬉しさに浸る前に、自分自身を戒めるように思考を切り替えた。
(これが、実戦につながっていくんだ。俺たちのチームの形を、今のうちに固めないと……)
それぞれの役割と立ち位置――その噛み合わせが、命を分ける。
そして、俺たちが“本物の戦場”に立つ日は、もう、すぐそこまで来ている。
訓練を終えた夕暮れ、静かな空間の中で――
空が夕焼けに染まり、訓練場の窓から差し込むオレンジ色の光が、床を柔らかく照らしていた。
訓練後の疲労と、心のざわつき。それを静かに落ち着けるように、人気のない休憩スペースへと足を運ぶ。
ソファに身を沈め、ふぅ、と一つ息をついた。
(……初めての正式な任務か)
ほんの少し前まで、実戦なんて夢みたいな話だった。
でも今は、それが“目の前にある現実”になっている。
それでも、胸の奥にある違和感は消えなかった。
緊張? 不安? それとも――
『……何か、引っかかっているのか?』
静かな風のように、その声は肩越しに届いた。
視線を向ければ、そこにはアインスがいた。いつの間にか現れ、俺の隣に腰かけていた。
「少し、な……明日が初任務だから。考えすぎて眠れないって感じかな」
『考えることは悪いことではない。むしろ、お前はいつも周囲をよく見て、自分に何ができるかを考えている。それは、お前の美徳の一つだ』
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、今はなんか違うんだ。これまでとは、全然」
そう呟いて、俺は背もたれに頭を預けた。
天井の照明が、少しぼやけて見える。
「今回の任務は、ただの模擬戦じゃない。相手は“本物”の魔導師で、きっと実力もある。もし失敗したら……誰かが怪我をするかもしれない。……いや、最悪の場合、誰かが死ぬかもしれない」
言葉にした瞬間、その現実の重みがズシンと胸にのしかかってくる。
それでも俺は――
「怖いのに、それでも行こうとしてる。いや、行かなきゃって思ってる。助けられる人がいるかもしれないなら……そこで止まってる場合じゃないって……」
『なぜ、そこまで“誰かを救うこと”にこだわるのだ?』
その問いに、俺は言葉を詰まらせた。
(……なぜ、だろう)
なぜ、「誰かを救うこと」にこだわるのか――
アインスの問いは、俺の心の奥にまっすぐ突き刺さった。
その問いに、すぐ答えられなかった自分に気づいて、少しだけ戸惑う。
昔からだった。
誰かが困っていたら、手を差し伸べていた。
泣いている人がいたら、どうにかして笑わせようとしていた。
でも、どうしてそうしてたのか。
それを言葉にしようとすると、なぜか喉の奥が詰まる。
「……たぶん、ただの“真似事”なんだと思う」
ぽつりと、こぼれるように声が出た。
『真似事?』
「俺の憧れてた人がさ。誰かが泣いてるのを見て、そのまま放っておけない奴で……
それに俺自身何度も救われてさ。だから、俺も……同じことをしたかったんだと思う。
最初は真似だった。でも、いつの間にか、それが“当たり前”になってた」
言葉にして気づく。
本当に根っこの部分にある“衝動”みたいなもの。
アインスは微笑みながら、静かに言った。
『それは強さであり、同時に脆さでもあるな。……でも、その“当たり前”の重さを、自分の意志で背負おうとしている。それは、とても尊いことだ』
「脆い……か」
『ああ。“すべてを救いたい”と思えば思うほど、理想と現実とのギャップに苦しむ。
だが、お前はそれを自覚することなく、無意識に進もうとしている。だからこそ、脆い』
遠くで鐘の音が響いたような、不思議な感覚が胸に残った。
アインスの言葉は、どこまでも優しくて、逃げ道をくれない。
「……俺、大丈夫かな」
そうつぶやいた俺に、アインスは目を細めて答える。
『正直に言おう。今のお前からは、かつて事件の中で見せた覇気が感じられない』
「覇気……」
思い返す。
これまでの戦い――プレシア事件や、闇の書事件――
あれは全部、俺の目の前で誰かが泣いていて、その誰かを救いたくてがむしゃらに戦った。
フェイトとはやて。
どちらも、戦いの前から俺の中で大切な人の一人だった。
けど、今回の任務は違う。
「今回は……顔も、名前も知らない相手と、命をかけて向き合わなきゃいけないかもしれない」
その言葉が、自然と口から零れ落ちた。
知らない相手。
だけど、それでも戦わなければならない。管理局の一員として。
それが“仕事”であり、“責任”であり――“覚悟”だ。
『……』
アインスは少しだけ目を伏せ、そして言った。
『本当に怖いのは、“お前の戦う理由”が変わる瞬間だから、かもしれないな』
「戦う理由……?」
『これまでは、“大切なもの”のために戦っていた。
それは自然で、強い原動力にもなる。
だが、今お前が直面しているのは、“まだ見ぬ誰か”を守るために、命を懸けるということ。
その相手が、もしかすると自分たちを殺そうとする敵かもしれない。
それでも、お前は行かなければならない』
それが「管理局の魔導師」として生きること。
誰かを守るために、誰かと戦う。
その矛盾が、どうしようもなく重くのしかかってくる。
『心が戸惑うのは当然だ。
“知らない誰かを救う”というのは、本来とても尊いこと。
だが、“知らない誰かと戦う”という現実と、相反してしまう』
その言葉に、俺は喉の奥が詰まりそうになった。
今回の任務は「犯罪者グループの拠点制圧」。
相手が武装している以上、交戦は避けられない。
こちらが非殺傷魔法を使っても、相手はそうじゃない。
必要以上の力で相手を傷つけてしまったら……
悲しみの輪を広げることになったら…
そんなことばかり考えてしまう自分が、果たして戦場に立つ資格があるのか。
「……俺、ちゃんと戦えるかな」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、アインスはそっと微笑んだ。
『お前は、“戦うため”にいるのではなく、“救うため”にいる。
それを忘れない限り、お前はお前のままでいられるさ』
「……救う、か」
『ああ。お前の“救いたい”という気持ちは、たとえ真似事であっても、多くの心を動かしてきた。もちろん、私の心もな。それが誰に向けられようと、お前の本質は変わらない。それを、私は信じている』
その言葉が、胸の奥に小さな光を灯した。
誰かのために動く――それは、父さんが遺した想い。
俺が受け継いだ、大切なもの。
「ありがとう、アインス。……ちょっとだけ、整理できた気がする」
『ならよかった。……初めての実戦、緊張も不安もあるだろうが、お前の力は私が保証してやる。迷っても、揺れても、お前はお前であれ。そのままで、十分に戦えるさ』
祝福の風が、そっと背中を押してくれる。
きっとこれから――
俺は、自分の“想い”を、試されることになる。
だけどそれでも。
迷っても、揺れても――俺は、俺のままで。