拠点内部は、想像していたよりも静かだった。
外で鳴り響いていた爆音や衝撃が嘘のように、通路に響くのは、俺たちの足音とわずかな電子ノイズだけ。
鉄とコンクリートがむき出しの無機質な廊下が、どこまでも無限に続いているように思えた。
灯りは冷たい白色で、そこに浮かび上がる俺たちの影だけが、生きている証のようだった。
時折遭遇する警備ロボットたちを、俺たちは躊躇なく倒しながら、素早く探索を続けた。
魔力刃を一閃すれば、ロボットは簡単に火花を散らし崩れ落ちる。
けれど、そのたびに、空虚な金属音がやけに耳に残った。
「……予想通り、いや予想以上に中は手薄だね」
ティーダさんが前を歩きながら、目を光らせてつぶやく。
「戦力の大半は、外の防衛兵器とあのドローンに集中してたみたいですね。――あれで時間稼ぎして、脱出するつもりかも」
「だったら急がねぇとな。残された人質ごと拠点ごと処分、ってのもあり得る」
ヴァイスさんの声が低く響く。
その言葉に、背中を冷たいものが走った。
俺は無言で頷き、手にしたディジターの魔力残量を確認する。
拠点内では、AMFの影響はほとんど感じない。
だが、未だにアインスとのリンクが繋がらない。
意識の奥にぽっかり空いた穴のような感覚が、どうしようもなく不安を煽ってくる。
コンディションは最悪だと言っていい。
けれど、今は人質の救出と、制御装置の破壊を急がなきゃならない。
「人質は、おそらく外周部の地下牢だと思う。この奥だ」
ティーダさんの言葉に、俺は顔を上げた。
ヴァイスさんが短く「あいよ」と返し、反対側の通路の角を素早くクリアリングする。
俺もその後に続き、腰を低くして通路を進んだ。
冷たい空気が肌を刺す。
それなのに、額にはじっとりと汗が滲む。
「うん、近くに敵影は無し」
ティーダさんがサーチャーの映像を確認して頷いた。
「ユウト、ヴァイス。二人は人質の救出を頼む。僕は制御装置を探す」
「一人で大丈夫ですか?」
俺は思わず問い返した。
ティーダさんは少し笑って、肩をすくめた。
「まぁ、やばそうになったら幻影魔法でなんとか逃げるよ。二人も、気をつけてね」
頼りないようで、でもその笑顔には確かに覚悟が宿っている。
彼もまた、怖くないわけじゃないのに、それでも前に進もうとしている。
「了解です……!」
俺は深く息を吸い込み、ディジターを握り直した。
不安はまだ胸に渦巻いている。
でも今は、それを抱えたまま、進むしかない。
(必ず、全員で帰る。絶対に――)
ティーダさんと別れて、俺とヴァイスはひたすら無機質な廊下を駆け抜けた。
少しでも遅れれば、最悪の事態が待っている。
息を切らしながら辿り着いた先――地下牢の中心までたどり着いた。
周囲の警備装置はすでに無力化済みだが、道中に比べて明らかに警備が手厚く時間がかかったそこは分厚い鉄製の重い扉の前だった。
扉の向こうに、微弱ながら確かな魔力反応があるのを感じ取った。
「ヴァイス! この中だ、間違いない。生命反応、弱いけど確かに……!」
「よし、いくぞ!」
ヴァイスが頷き、二人で慎重に扉を押し開ける。
軋むような金属音が、静寂を裂いた。
中にあったのは――
冷たい鉄床に座り込んだ、一人の少女。
小さな体は拘束具で縛られ、怯えきった目でこちらを見上げていた。
影のように背を丸め、目を伏せていたその顔が、光にさらされた瞬間、恐怖に震えているのが分かった。
「管理局の者です! 安心してください! すぐに保護しますから!」
ヴァイスが優しく声をかけ、手早く拘束具を外し始める。
俺も慌てて一人ずつ手を伸ばし、解放していく。
「大丈夫? 怪我はない? すぐ外に連れ出すから」
「……た、たすけて……」
弱々しく、震える手が俺の方へ伸ばされる。
──そのときだった。
「……ああ、これは困ったな」
背筋に冷たい風が吹き抜けるような声。
反射的に身を翻し、扉の方を見ると、そこに一人の男が立っていた。金色の長髪を束ね、緋色の外套を羽織った、30代ほどの男性と――
その手に握られた全身を赤く染めたのティーダさんの姿。
「ティーダっ!?」
「ティーダさん!!」
金髪の男はティーダさんの体をこちらに投げつけ視界を塞ぐ。
慌ててティーダさんを受け止めると同時、見えない衝撃が俺を襲った。
「なっ…!?」
鼓膜がひしゃげるような耳鳴りと共に、足元が崩れ落ちるような感覚。
ティーダさんを受け止めたまま、俺は後方へ吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
鈍い衝撃が背中を貫き、息が詰まる。
指先がじんじんと痺れ、力が入らない。
(――なんだ、今の……!)
霞む視界の向こうで、外套の男がゆっくりと歩みを進めてくる。
その瞳は、まるで虫でも見下すかのように冷酷だった。
「お兄ちゃん!?」
「ユウトッ!! 大丈夫か!?」
女の子の叫びと、ヴァイスの怒鳴り声が同時に耳に飛び込んでくる。
「…こっちは平気っ! けど、ティーダさんが!」
慌てて抱きとめたティーダさんの体を見る。
全身のあちこちから、まるで鋭利な刃物で切り刻まれたように血が流れ出していた。
服は真っ赤に染まり、彼の息は浅く、弱々しい。
「ゆ……、これ……」
「ティーダさんしっかり!!」
(なんだ……この傷跡ッ……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!!)
こちらに駆け寄ってきた少女とヴァイスの背後ーー
地下牢の入口を背に、緋色の外套を纏った金髪の男がゆっくりと歩みを進めてくる。
距離は約10メートル。
人質がいるこの状況で、魔法の撃ち合いなんて絶対に無理だ。
「──逃げろ、ヴァイス!」
思わず叫ぶように声が出た。背後にいる要救助者の少女がびくりと体を震わせ、ヴァイスが目を見開いた。
「……おい、ユウト、何言って──」
「ここは狭すぎて、スナイパーじゃ不利だ。だから、あの子とティーダさんを連れて撤退してくれ!」
「けど、お前一人じゃ──」
「俺が、時間稼ぐから脱出して増援を呼んでくれればいい、人質の救出が最優先事項だろ…!!」
強く言い切った瞬間、心が落ち着いた。胸の奥に宿っていた焦りや不安が、すっと消えていく。
これが初めての実戦任務で、相手はAランク。戦う理由も、目的も、いまだ揺らいだまま。それでも――いや、だからこそ、俺は立っていられる。
プレシアのときも、闇の書のときも、戦った理由は「目の前の誰か」を救いたかったからだ。
そして今も同じだ。顔も名前も知らないけど、目の前の女の子を、守りたいと思った。
ヴァイスがしばらく唇を噛んだあと、静かに頷く。
「……絶対、生きて戻れよ。そんで、あとで説教な」
「はい」
ヴァイスが少女の肩を抱きながら通路の奥へ走っていく。その背中を見届けた俺は、そっと深く息を吐く。そして、目の前の男――風を纏い、金髪の長髪をなびかせる魔導師と向き合う。
「わざわざ逃がすとでも?」
見えない衝撃が、またもや全身を襲った。
「ぐっ…!! また、これかっ…!」
(超スピードで背後を取られた? ……いや、フェイトのスピードにだって俺の目はある程度ついていけるはずだ。
全く見えないなんて、おかしい。
これは――瞬間移動か、それとも……)
「いや、考えてる暇はないっ…! ディジター、カートリッジロード!!」
『Unbreakable Impact.』
ディジターの機構がギュインと音を立て、魔力が一気に圧縮される。
俺は叫ぶように、地面に向かって拳を叩き込んだ。
ドォン!!
炸裂する衝撃。
足元の床が砕け、鉄骨やコンクリートが爆風のように弾け飛ぶ。
衝撃波は円形に広がり、俺を飛び越えてヴァイス達を追おうとした男を巻き込んで、そのまま床ごと崩落していった。
「なっ……自分ごと私を巻き込んでッ…!?」
金髪の男の叫びが、崩れ落ちる瓦礫と共に飲み込まれていく。
「おい、ユウト!?」
ヴァイスの怒声が響く。
俺は振り返りもせず、叫んだ。
「ヴァイス……みんなのことは頼んだ!!」
「ッ……こんなん説教じゃ済まねえからな!!」
最後にヴァイスの声を背中に受けながら、崩れ落ちる瓦礫の中へと落ちていった。
更新頻度もどしたい…