ヴァイスの背中が見えなくなってから、俺は小さく息をついた。
「……はぁ。久しぶりの、まとまった休みか」
気が抜けたというか、妙に体の力が抜けていくのを感じた。
三日分の荷物を抱えてロビーまで降りてきた俺は、誰もいないソファに腰を下ろす。壁際の蛍光灯が白く光っていて、外はもう完全に休暇日和だってのに、ここだけは静まり返っていた。
「ヴァイス、まだかな……」
俺がそうぼやいていた、まさにその時。
「ユウトくん?」
――ピン、とした声と共に、エレベーターの扉が開いた。現れたのは、見覚えのある金髪と白衣。
「シャマルさん…?」
「ふふ、やっぱり。ここで何してるのかしら?」
彼女は柔らかな笑みを浮かべながら、俺の方へと歩いてきた。
「えっと……ヴァイスと待ち合わせで。出発前に、ちょっと休憩してたんです」
「あら、ヴァイスくんと一緒ってことは……もしかして、今回は地球には帰らないの?」
「……う」
なんとなく、胸がチクリと痛んだ。言葉に詰まっていると――
「へぇ〜、そりゃまた随分と都合のいい話だな?」
腕を組んで、俺をじろりと見下ろしてきたのはヴィータだった。いつの間にか、隣に立ってる。
「…ヴィータさん」
「なのは達に会いに行かなくていいのかよ。お前、そういう約束してたろ」
「いや、それは……」
「まあ、お前が休暇中なにしようと自由だけどさぁ。」
そう言ったヴィータだったけど、その表情には――どこか呆れの奥に、叱咤の感情が見えた。
「でもさ、ユウト。お前さ、フェイトにはなんて言ってたっけ?」
「……(ギクッ)」
「地球には定期的に帰るって、言ってなかったか?」
「う……」
ヤバい。完全に図星だ。
「別に、休暇をどう使おうがあたしらは何も言わねーけど。でもさ、お前……一回でも帰ったか?“定期的に”って言葉、聞こえてなかったか?」
「……それは……」
「まさか一度も帰っていないとはな……任務が忙しかったとはいえ、少しは時間もあったはずだろう」
低く、しかし確かな重みを持った声がロビーに響いた。
――シグナム。
振り返るまでもなく、その凛とした声だけで分かる。
「……いや、その……行こうとは、思ってたんですけど」
俺の声は、妙に情けない響きを帯びていた。言い訳だって、自分でもわかってる。
「ふーん……」
ヴィータが腕を組み直し、露骨にため息をつく。
「まあ、そんな調子じゃ、あいつらに愛想つかされてもしらないからな。ていうか、メールも返してないんだろ?」
「あー……」
うっ、と俺は思わず頭をかきむしる。
はやてに怒られるって想像しただけで、胃がキュッとする。あいつ、怒るときの笑顔が逆に怖いんだよなぁ……。
「……ヴィータ。あのさ、今回だけは……“任務が入ってた”ってことに、できないかな?」
「は?」
ヴィータが怪訝な顔をして、眉をひそめた。
「いや、だから……その、はやてたちには、そう伝えてくれると助かるっていうか……」
「……おい、あたしにウソつけって言ってんのか?」
「……ごめん! でも、今回は本当に遊びとかじゃなくて、ちょっと事情があって……!」
必死に言葉を重ねる俺に、ヴィータはジト目を向けたまま、しばらく沈黙。やがて、呆れたようにふぅっと息をついて、片手をひらりと上げた。
「……しょうがねぇな。考えておいてやるよ」
「ホント!? ありがとう!」
「考えるだけだからな! 期待すんなよ!」
「あっ、はい……」
返す言葉もなく、俺は深々と頭を下げた。
それ以上何も言わず、守護騎士たちは静かにロビーを後にしていった。
その背中を見送りながら、俺はソファに背中を預けて、もう一度、小さくため息をつく。
「……地球、離れてもう3、4か月か……」
ポツリと呟いたその声が、ロビーに虚しく響いた。
「新部隊でバタバタしてたとはいえ…休暇中は師匠と訓練したり、入院してたり…気づけば、あいつらに全然顔見せてなかったな。そりゃ、怒られるよな……」
天井を見上げる。無機質な蛍光灯の光が、どこか冷たく感じる。
ソファの背に深く体を沈めると、胸の奥にわだかまる何かが疼いた。
――後ろめたさか。それとも、寂しさか。
自分でもよくわからないまま、俺はただ静かに、うなだれていた。
「おーい、ユーウト!!」
その声はロビーの外から、勢いよく飛び込んできた。
「……ああ、おかえり、ヴァイス」
俺はソファから立ち上がり、荷物を引き寄せながら彼に手を振った。
「こっちは準備OKだよ……ふぅ」
「なんで荷物用意するだけでそんな疲れてんだよ?」
ヴァイスが呆れ顔で俺を見た。
「い、いや、色々あってね……うん、ほんとに色々」
「ほーん……?」
ジト目で見てくるヴァイスに、目を逸らしてごまかす。
――そりゃまあ、守護騎士たちに軽く問い詰められたとか、
そういうのを全部説明できるわけもなく。
「ま、いっか!」
あっさり手のひらを返したように笑って、ヴァイスは自分のバイクの後部をぽんぽんと叩いた。
「ほら、乗れよ。置いてくぞー?」
「言われなくても。こっちだって、早く風に当たりたい気分なんだよ」
そう言って、俺は荷物をくくりつけ、シートにまたがった。
エンジンが唸りを上げ、旅の始まりを告げるように風が巻き上がる。
――少しだけ、心のもやもやも吹き飛ばしてくれたらいいんだけどな。
ヴァイスのバイクに揺られること約2時間。
ひとまず目的地のティーダさんの家近くに到着して、お土産を探しに商店街へと足を向ける。
「どうだった、オレのバイクは……!」
駐車場にバイクを停めると、ヴァイスが自信満々に振り返ってきた。
「うん、風が気持ちよかったよ。久しぶりに開放感ある乗り物に乗ったって感じ。……俺もちょっと欲しくなってきたかも」
「だよな!? わかるぅ〜!! やっぱ男はバイクよ、バイク!!」
「まあ、買ってもたぶん乗る機会ないかも…」
「ゆ、夢がない返しすんなよ…!」
そんな軽口を交わしながら、商店街に入ってすぐ――
「……あれ? 君たち、こんなところで何やってるんだい?」
背後から聞こえた穏やかな声。振り返ると、そこにはティーダさんが立っていた。
片手にはたくさんの買い物袋。もう一方の手では、小柄な少女の手をしっかりと引いている。
「ティーダさん!」
「ユウトにヴァイス。まさか本当に来てくれるとは……」
ティーダさんは笑いながら頷いたあと、隣の女の子に目を向ける。
「ティア、紹介するね。こっちがユウトくんとヴァイスくん。泊まりに来てくれるって話しただろ?」
「……こんにちは。長旅おつかれさまです」
そう言ってティアナちゃんはきちんと頭を下げる。年の割に、いやに落ち着いてる。
「おぉ……可愛いうえに礼儀正しい……!」
「ヴァイス、なんかきもいぞ」
「いや、うちの妹との差がすごいなあって驚いただけな!?」
「……ヴァイスからさっき遊びに来るってメールはもらってたけどさ。まさか今日のうちだとは……せめてもうちょっと前に連絡くれてもよかったんだけどな?」
「……あ」
あっさり図星を突かれ、俺は思わず肩をすくめた。
「ご、ごめんなさい……!完全に押しかけみたいになっちゃって……!」
「いや、いいんだけどね。歓迎はするよ、もちろん。ただ――」
その横で、ティアナちゃんがじとーっとした目で俺たちを見上げてきた。
「……うち、宿屋じゃないんですけど?」
「うちのお姫様がご機嫌斜めでね…」
「うっ……」
その一言が地味に刺さる。
しっかり者の妹、やっぱり想像以上だった。
「でも、わざわざ手伝いに来てくれたってのはありがたいよ」
ティーダさんが笑いながらフォローしてくれる。
「今、ちょうどティアと買い出しに出てたところでね。今日は隊服とか洗濯物も溜まってるし、キッチンも戦場みたいになる予定だったから、正直助かるよ」
「……じゃあ、泊めてもらえるってことでいいんですかね?」
「お兄ちゃんの迷惑かけないでくださいね…とくにそっちの人」
「お、俺!?…承知しました!」
「ぷっ…ティアナちゃんヴァイスにちょっとあたり強くないか?」
俺は思わず吹き出した。ティアナちゃん、見た目は小柄なのに言動がしっかりしてて、なんというか……すでにヴァイスより頼れそうだ。
「これからよろしくな、ティアナちゃん」
「……はい。邪魔だけはしないでくださいね」
「ごめんやっぱり辛辣じゃない!?」
前言撤回、ヴァイスだけじゃなく俺にもあたり強かった。
「はあ…せっかくお兄ちゃんと家族水入らずで会えると思ったのに…(ボソッ)」
「あはは……とりあえず荷物重いし、うちに案内するよ!」
俺たちはうなずき、ティアナの視線をちょっぴり気にしながらティーダさんたちのあとに続いた。
「こっちです」
ティアナちゃんに案内され、俺とヴァイスはティーダさんの家に通された。
靴を脱いで玄関を抜けると、木目調の床とほんのりと香る柔軟剤の匂いが迎えてくれる。内装はシンプルで温かく、どこか実家のような安心感を感じた。
部屋数も多いし…八神家と同じくらいか?
「おお、広いなぁ……いや普通に広すぎないか!?」
「2人暮らしにしては広いし、それでいて整ってるよね、ティーダさんってやっぱ几帳面……」
「はい、こちらがあなた達の部屋です」
「お、おう」
「ありがとね…ティアナちゃん」
通された部屋はきれいに布団が二組敷いてあって、すでに荷物を置けるスペースも確保されていた。……多分これ、ティアナちゃんが準備してくれたんだろうな。
民宿に泊まりに来た感じがする。
「すごいな……全部準備してくれてたのか?」
「当然です。ちなみにお二人にはお兄ちゃんのお手伝いで来たからには、この一週間家事も完璧にこなしてもらいますから。甘えないでくださいね」
ピシィッと指を立てて、ティアナちゃんが堂々と宣言する。
――7歳とは思えない迫力だ。
「え……ちょっと待って、俺らって遊びに来た友人兼お手伝いじゃなかった?」
「ゲストではありません。“労働力”です」
「ぐっ……!」
ヴァイス、撃沈。
「はい、それではルール説明に入ります」
「る、ルール?」
ティアナはスケッチブックを取り出し、なんと手書きでまとめられた“お手伝いルール表”を開いた。
「朝食前にゴミ出し、洗濯物の仕分け。朝食後は食器洗い。お昼はお兄ちゃんが作ってくれるので、食材の買い出し班に回ってください。」
「いや、あの、はい……?」
「昼食後は全体の大掃除を頼みましょうか。夕方には掃除機をかけて、床の雑巾がけ。夜は食器洗いと、翌日の買い物リストの作成です。トイレやお風呂掃除は担当で日替わり制、サボりは許可しません。以上です」
「…………はぇー……」
ヴァイスが遠い目をして壁を見つめている。
俺も正直、どこかの訓練資料かと思った。ていうか、うちの部隊より管理されてるかもしれない。
部屋の入口でその様子を見ていたティーダさんが、ふっと笑った。
「……あはは、ティアの方が段取りたてるの得意だからね。普段からあまり無茶言わない程度に任せてるんだ」
「ほら、お兄ちゃんも肯定してくれてるんですから、しっかり働いてください。お兄ちゃんのお手伝いに来たんですもんね?」
そう言いながら、ティアナが「じゃ、休むのは各自の自由時間で」とか言って部屋を出ていった。
軽快な足取りなのに、なんか軍の指揮官みたいな威圧感あったな……
「……おい、ユウト」
「ん?」
「俺たち、ちょっとした手伝いと遊びの誘いに来たんだよな……?」
「うん……はずだったんだけどね……。まあ、内容自体は軽い家事ていどだし…。」
二人して布団にへたり込む。
――こうして俺たちの、労働が始まった。
年齢かくと
ヴァイス15歳
ユウト13歳
ティーダ20歳
ティアナ7歳です
ちなみになのはが11歳の設定。