○○を救う魔法。   作:黒歴史メーカー

96 / 114
river trouble

翌朝。

カーテンの隙間から差し込むまぶしい日差しに、目を覚ました。

 

「……いい天気、だな」

 

昨日の疲れはまだほんのりと身体に残っているけど、それでも気分は軽い。

ヴァイスはというと――

 

「……ぐぅ……もう……皿洗い……無理ぃ……」

 

布団を抱えてうなされていた。夢の中でもまだ働かされているらしい。

 

身支度を整えてリビングに向かうと、ティアナちゃんが水筒に麦茶を注いでいた。

 

「おはようございます、ユウトさん。よく眠れましたか?」

 

「うん、ばっちり。ティアナちゃんは朝早いんだね」

 

「慣れてますから。朝の家事、だいたい済ませましたよ?」

 

「……まじで、すごいな」

 

ティーダさんはソファで新聞片手にコーヒーを啜っていた。

どこまでも、のんびりした空気。

 

「さて、天気も良いし、そろそろ出かけようか」

 

ティーダさんの一声で、全員の空気がピシッと締まる。

 

「で、どこ行くんだっけ……?」

 

「車で30分ほどのところの川です。水遊びもできますし、奥の林道の方にはちょっとした展望台とベンチも…」

 

「とりあえず準備が出来たら、みんな車に乗ってね~!」

 

 

 

 

 

*   *    *

 

 

到着してすぐ目前に広がったのは、透き通った川。

川辺は、まさに“夏”という言葉がぴったりな景色だった。

青空の下、小川のせせらぎと蝉の声が交差する。

足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりしていて、涼しさが肌を撫でるようだった。

 

「うわ、めっちゃ水冷たっ!」

 

ヴァイスが靴を脱いで川に足を突っ込んだ瞬間、飛び上がるように声を上げる。

 

「ヴァイスさん、叫ばないでください。魚がびっくりして逃げてますよ」

 

ティアナが冷静に釘を刺す。

 

「……魚いんの!?」

 

「当たり前です。山奥ですから」

 

「ま、まじか……」

 

「何その反応。魚苦手?」

 

俺が笑いかけると、ヴァイスはむすっと口をとがらせる。

 

「苦手じゃねーし!ただ昔くったやつの骨がのどに刺さってトラウマが…!てかユウト、は川で遊ぶのも慣れてるのか?……テントの組み立ての手際もよかったし。」

 

「ん?まぁ、小さい頃はこういうところ探検するの好きだったし…」

 

(あと一応遺跡調査隊にいたしな……。)

 

「アウトドア系だなぁ……」

 

ヴァイスが腰を下ろすと、ティアナが小声で隣からちくり。

 

「……あなたと違って、ユウトさんはなんでも出来そうですね」

 

「う゛……またそれか……!」

 

ティアナちゃんの小さな笑みに、ヴァイスが天を仰いで崩れ落ちる。

 

その横で、ティーダさんが持ってきた折りたたみチェアに座り、麦茶を口に含んでいた。

 

「まぁまぁ、ティアはヴァイスに結構なついてるように見えるよ」

 

「ほんとっすか?……その表情で言われてもなんか納得いかねぇ!」

 

「ふふ……じゃあ、ここでお昼ご飯にしましょうか」

 

ティアナがリュックから広げたのは、昨日作っておいたサンドイッチとおにぎり。

青空の下で食べるそれは、想像以上においしくて、思わず笑みがこぼれる。

 

「うまっ……なんか、ピクニックって感じだな」

 

「ほんとはバーベキューでもよかったんだけどなぁ。昨日材料買い忘れたのが痛かったかなあ。炭の準備だけはしてあるんだけど。」

 

ティーダさんがペットボトルの麦茶を飲みながら、ポツリとつぶやく。

それに対してティアナちゃんがジト目で一言。

 

「兄さん……前に黒焦げにしたの、まだ忘れてませんよ」

 

「……ぐっ。やっぱまだ覚えてるかぁ……」

 

「兄さんに任せた一発目で野菜の串焦がしたら、そりゃあ一生言いますよ。」

 

「そ、そう……あ、じゃあ午後は、もう少し上流の方に行ってみよう。川の流れも落ち着いてるし、釣り竿持っていけば、魚くらいは釣れると思うから…魚でリベンジしよう!」

 

「釣った魚焼いて食べるってことっすか?それ、楽しそうですね!」

 

「おー、それっぽい。それっぽいぞ!少年自然の家みたいなやつ!」

 

ヴァイスが手を叩いてはしゃいでいる横で、ティアナちゃんがふと、視線を兄にだけ向けた。

 

「……お兄ちゃ…ごほん。兄さん。上流は岩場も多いですから、道に慣れてない人が多いと危ないかもしれません。」

 

「ん?」

 

「あ、いえ。ですから……人数は少なめにしたほうが、安全かと」

 

その言い回しはあくまで自然で、控えめで、いつものしっかり者としての進言だった。

でも――

 

(……なるほど)

 

なんとなく、俺とヴァイスは、目を合わせながらティアナの“本音”にピンときた。

 

(あー、ティアナちゃん、たぶんティーダさんと二人になりたいんだな)

 

(あからさまじゃないけど、意外とわかりやすいな。)

 

「ヴァイスさん、登れますか?」

 

ティアナが、すっと視線をヴァイスに向けた。

 

「は?」

 

「岩場多いので。無理は禁物ですよ」

 

「え、ちょっと待って!?俺今めっちゃなめられてる?え、登れるし…これでも陸戦魔導師なんだが!?」

 

「ヴァイス、ティアナちゃんになめられすぎじゃないか…。……あとほんとに登れそう?」

 

「登れるって言ってんだろ! 俺だってな、こう見えて体力には自信――」

 

「……私は、危ないのでやめといたほうがいいと思いますけど」

 

「ティア……?」

 

ティーダさんが訝しげに名前を呼ぶが、ティアナちゃんは口元にほんのり笑みを浮かべるだけ。

 

誰も明言はしない。でも、なんとなく空気を読んでいた。

 

「……じゃ、ティアと僕が先に上流の様子見てくるから、ユウトとヴァイスはこの辺で川遊びでもしてて!魚連れたら戻ってくるよ」

 

「お、おう……了解っす」

 

「うん、了解です。」

 

俺とヴァイスは、顔を見合わせてこっそりうなずいた。

 

――なんだかんだ、兄妹の時間ってのも、大事だよな。

「じゃ、僕たちは上流で釣りしてくるからな。お前らは下で溺れないようにな?」

 

ティーダさんがクーラーボックスを担ぎながら振り返る。

 

「釣り針刺さらないように気をつけてくださいね」

 

「……前に僕が手に刺したときのこと、知ってたのかい?」

 

「ティーダさんほんとにやったんですか……」

 

「じょ、冗談だよ……あはは」

 

そんなやり取りを背に、俺とヴァイスは、ゆるやかに流れる下流の浅瀬に移動した。

 

透明度の高い水に足をつけると、ひんやりとした冷たさが肌に心地よい。

 

「ふはっ、やっぱ川って気持ちいいな!」

 

ヴァイスが思いきり水しぶきを上げながら走り回る。

 

「はしゃぎすぎるとすべりますよー」

 

「わかってるって……って、うおわぁぁあっ!?」

 

その直後、石に足を取られて盛大に転ぶ音がした。

 

「……ほら言わんこっちゃない」

 

「いててて……くっそ、訓練エリアよりトラップ多すぎじゃね……!」

 

ヴァイスはびしょ濡れのまま川の中で起き上がりながら、なんだかんだ楽しそうに笑っていた。

 

俺もズボンを軽くまくって膝まで浸かり、川の流れに逆らって石を踏みしめながら歩く。

足元には小さな魚が群れになって泳いでいて、それを見てるだけでも飽きなかった。

 

「……なあ、ユウト」

 

「ん?」

 

「お前さ、最近ちょっと変わった?」

 

「そう?」

 

「具体的には、最初の任務が終わった後。前はもっと、なんとなくで訓練やってたイメージだったけど、最近はなんかやる気を感じるっていうか…使命感?」

 

「……それ、褒めてる?」

 

「褒めてるに決まってんだろ。」

 

ヴァイスは軽く水をすくって、俺に向かってパシャリと飛ばしてきた。

 

「おわっ、冷たっ!」

 

「ふはは、気を張りすぎんなよ?たまには肩の力抜くのも大事だぜ?」

 

「ヴァイスは気を緩めすぎだと思うけど……お返しだっ!」

 

俺も水をすくい、応戦開始。

しばらく川の中で小学生みたいな水かけ合戦が続いたあと、二人して石の上に座り込む。

 

「……なあ」

 

「ん?」

 

「こういう時間、けっこう悪くないよな」

 

「……俺も。なんか、日常って感じがするよな」

 

「訓練漬けの日々だったから余計な?」

 

「それもあと数か月で終わるけど……」

 

「……そうだな。」

水のせせらぎと蝉の声が、心地よく耳をくすぐる。

 

その頃、上流――。

 

木々の合間からこぼれる日差しが、岩の表面をまばゆく照らしていた。

水深がやや深くなったその場所に、ティーダとティアナは並んで腰を下ろしていた。

 

ごつごつした岩の上にシートを敷き、二人分の釣り竿が静かに水面へと糸を垂れている。

 

ティアナは釣り竿のグリップを両手でぎゅっと握りながら、真剣な表情で水面を見つめていた。

 

「……浮きが、ぜんぜん動かないわ。」

 

「焦らない焦らない。釣りは“待つ”のが一番の醍醐味なんだから」

 

隣でティーダは帽子を深くかぶり、目を細める。

どこか眠たげな口調に、ティアナは小さくむっとした顔を見せた。

 

「……退屈じゃない?」

 

「それも含めて心の余裕さ。静かな時間も悪くないだろ?」

 

「ふーん……」

 

少し唇を尖らせながら、ティアナはうつむいた。

穏やかに流れる川の音、風に揺れる木の葉。静けさは確かにそこにあった。

 

「ティアは意外と焦りっぽいからね。ヴァイスと同じで」

 

「……あの人と一緒にしないで」

 

即答だった。ティーダは肩を揺らして笑う。

 

「そっか。……じゃあ、ユウトは? 彼も意外と焦りっぽいところあるけど」

 

「……へー。そうなんだ」

 

ティアナはそう短くだけ答えたが、その声は少し沈んでいた。

 

(……また、あの人たちの話)

 

(久しぶりの、私とお兄ちゃんだけの時間、なのに)

 

ほんの少し、指に力が入る。

けれど、それ以上の感情を見せることはなかった。

 

ティアナは再び視線を水面に戻す。

そのとき――

 

「……動いた!」

 

浮きがピクリと揺れた。

ティアナの瞳に、ぱっと光が戻る。

 

「よし、合わせて!」

 

「うんっ!」

 

釣り竿をぐっと引き上げる。

水面から飛び跳ねたのは、小ぶりだけれどよく太った一匹の魚。

 

「……釣れた……!」

 

「さすがティアナ。何でもできるな」

 

「当然。ヴァイスさんとは違うんだから!」

 

誇らしげに言い切ったティアナに、ティーダはくすっと笑った。

 

「今更だけど、敬語取れてるよ…猫かぶりはおしまいかい、ティア?」

 

「いいの。やっと二人っきりなんだから!」

 

はっと気づいて口を押さえる彼女に、ティーダは優しく目を細める。

 

「……そっか。そうだな」

 

「……久しぶりに帰ってきたと思ったらほかの人連れてきて…今日くらいしか、落ち着いて話せる時間ないかもしれないんだもの…。」

 

ティアナはぽつりとそうつぶやいた。

 

「最近はずっと誰かがいて……私の知らない話ばっかりで……」

 

「それが寂しかった?」

 

「……ちょっとだけ。別に、あの人たちが嫌いってわけじゃないけど……」

 

「そっか」

 

ティーダは笑いながら、タオルで魚を丁寧に包んだ。

 

「でも、言ってくれてありがと。ティア」

 

「……べ、別に、そんなつもりじゃ……」

 

「いやいや、素直になれるのはいいことだ。猫かぶりも板についてきたけどね、ティアさん」

 

「……それ、どういう意味?」

 

「さあ?」

 

とぼける兄に、ティアナはじとっとした目で睨みつける。

 

空の色は、いつの間にか夕暮れへと変わり始めていた。

ゆっくりと傾いていく陽の光が、川面を金色に染めていく。

 

静かな時間は、まだ続いていた――そのときまでは。

「……うん、じゃあ、ちょっとトイレ行ってくるな」

 

「わかった。私はここで待ってればいい?」

 

「うん。すぐ戻るよ」

 

ティアナはしっかりと返事をし、釣り竿を両手で握ったまま、ティーダの背を見送った。

兄の姿が斜面の向こうへ消えていくと、辺りは一気に静けさを取り戻す。

 

風が木々の葉を揺らし、川のせせらぎだけが淡々と耳に届いてくる。

ほんの少し、寂しさが胸に刺さった。

 

(……せっかくのお兄ちゃんとの、ふたりっきりの時間のはずなのに)

 

ティアナはぎゅっと唇を噛んだ。

 

(ユウトさんもヴァイスさんも一緒で、別に嫌じゃないけど……でも、今日は少しだけ、昔みたいにお兄ちゃんを独り占めできると思ってたのに)

 

釣り竿を握る指に、自然と力が入る。

 

(だったら、せめて――)

 

(ひとりで魚をいっぱい釣って、お兄ちゃんに褒めてもらうっ!)

 

顔を上げたティアナの瞳には、年相応のキラリとした意気込みが宿っていた。

 

そう思って、呼吸を落ち着け、浮きの動きに集中する。

 

その時だった。

 

「……っ!」

 

ピクリ。

 

わずかに揺れた浮き。

 

一度。二度。

 

「……来た!」

 

ティアナはぐっと竿を握り直す。

 

でも、それはさっきまで釣った小魚とはまったく違う力だった。

竿が強く引かれ、腕が引っ張られる。

 

「わ、わっ……っ、ちょっと……!」

 

姿勢を崩し、前のめりになる。

 

(だめ……踏ん張れ――)

 

その思いもむなしく、

 

ガクンッ!

 

「きゃ――っ!」

 

足を取られた身体が、ぐらりと傾く。

 

バシャァアッ!!

 

体ごと、水の中に引きずり込まれた。

 

「――っ!!」

 

冷たい水の感触が、肌に、胸に、背中に叩きつけられる。

浮かび上がろうとしても、流れに身体が押されていく。

 

「だ、誰か――きゃ!」

 

服が水を吸って重たくなる。足が思うように動かない。

 

(お兄ちゃん…………!)

 

必死に伸ばした指先が、空を切る。

 

そのまま、ティアナの小さな身体は、川の流れに呑まれて――下流へと消えていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。