○○を救う魔法。   作:黒歴史メーカー

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秘密の約束

水面が、きらきらと陽の光を反射していた。

川辺でバシャバシャとはしゃぐヴァイスを横目に、俺は膝まで水に浸かりながら、冷たい流れに手をすべらせる。

 

……静かだ。

こうやって自然の中にいると、いろんなものがリセットされていく気がする。

 

「ユウトー!お前ももっと深いとこまでこいよー!」

 

「いい。服までびしょ濡れになるのは遠慮しとく」

 

「ケチか!」

 

「理性的って言ってくれ」

 

くだらないやり取りをしながら、ふと顔を上げたときだった。

 

――風の音に、何かが混じった気がした。

 

「……?」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ。

風の流れに乗って、耳の奥をくすぐるように、かすかな声が届いた。

 

誰かの、叫び声――?

 

「……気のせい、か……」

 

でも、どうしてだろう。

心の奥がざわついて、胸の鼓動がわずかに速くなる。

 

「……まさかな」

 

そんな自分を笑いかけたとき。

ポケットの端末が、震えた。

 

《ピピッ、ピピッ――》

 

表示された名前は【ティーダ】。

 

すぐに通話ボタンを押した。

出た瞬間、ティーダさんの声が耳を突き刺す。

 

「ユウト、ティアがいない!」

 

「――っ!」

 

「ちょっと僕が目を離した隙に……釣り場は足場が滑りやすい場所で……!もしかしたら川に……!」

 

聞き終える前に、俺の足はもう動いていた。

心臓が大きく跳ねる。指先に、反射的に魔力が集まってくる。

「すぐ探します!俺とヴァイスで手分けして下流の方探すんで、上流付近を頼みます!」

 

「う、うん、頼むよ!」

 

通信を切ると同時に、俺は川の流れに集中した。

 

「ヴァイス、今の話聞いてた!?」

 

「おう!俺は川の流れ逆らって嬢ちゃんが流れてこないか探すから、お前は分流を探せ!」

 

「了解ッ!」

 

ヴァイスと別れた直後、走りながら魔力を掌に集める。

 

(シャマル直伝の…魔力探知!!)

 

両手をかざし、魔力を半球状に広げる。

空気、水、地面を……投下して魔力同士のぶつかりあいによって起きる揺れを探知するために、意識を一点に集中。

 

(頼む……)

 

数秒の沈黙の後、ピクリと反応が跳ねた。

 

(見つけた……!)

 

生体反応ひとつ。微弱――でも確かに、何かが流がされてる。

 

地図上でここから二つ先の分流、荒い岩肌と水かさが増しているその場所は、激しい勢いで流れている。

 

さらに下ると小さな滝があり、もし…このまま流されたらーーーー

 

「不味いな…急がないとッ!」

 

 

*  *  *

 

冷たい水が、容赦なく全身を叩く。

顔に、胸に、背中に――痛いくらいの水圧が押し寄せてくる。

 

「っ……けほっ……!」

 

必死に浮かび上がろうとしても、流れが強すぎて足が川底に届かない。

もがく腕は空を切り、服は水を吸って重く、身体が引きずられるように流されていく。

 

(やだ……止まらない……!)

 

息を吸おうとしても、水が口に入り、喉が焼けるような感覚。

目も開けられないほどの水飛沫。

それでも必死に首を上げて、前を見た。

 

(お兄ちゃん……!)

 

頭の中に浮かぶのは、さっきまで隣にいた兄の姿。

助けを求めるように腕を伸ばす――けれど、そこにあるのは冷たい空気と、硬い岩々だけだった。

 

「だ……れか……っ!」

 

声は、轟音にかき消されていく。

 

耳に届くのは、川の唸り声。

その音が、さらに低く、重く変わっていく。

 

――ザァァァァァ……!

 

(なに、この音……?)

 

次の瞬間、視界の先が、途切れていた。

川が途切れ、水が空へと落ちている――滝だ。

 

(……やだ)

 

恐怖が、胸を凍らせる。

 

(…やだ、やだやだ、うそでしょ!?)

必死に水をかくが、流れはさらに速く、もう止まらない。

 

(お兄ちゃん……! 助け――)

 

そして、小さな身体は、そのまま滝の縁へ――。

足元が空を切る感覚――。

次の瞬間、私は滝に飲まれ、宙へと放り出された。

 

「――っ!」

 

重力が一気に身体を引きずり下ろす。

耳の奥で水の轟音が反響し、息が詰まる。

 

(……!)

 

視線を下に向けた瞬間、心臓が凍りついた。

そこには黒々とした水面、そして――鋭利な岩が牙のように突き出していた。

 

(……私、ここで……死ぬんだ)

 

体温がすっと奪われていく感覚。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 

(ごめんなさい……お兄ちゃん……)

 

せめて痛みを感じる前に、この恐怖だけでも消そうと、ぎゅっと瞳を閉じた。

水飛沫と風が頬を打ち、心臓が最後の合図を送る。

 

その時――

 

「……ナちゃん!! 手を……!」

 

聞き覚えのある声が、轟音を突き抜けて届いた。

反射的に、その方向へ手を伸ばす。

 

光の塊は、形を帯びながらこちらへ迫ってくる。

眩しさに目を細めた瞬間、その中から伸びた手が私の手をしっかりと掴んだ。

 

「――っ!」

 

引き寄せられる感覚と同時に、冷たい水飛沫が背中に降りかかる。

気づけば、私は強い腕の中に抱きしめられていた。

 

「……捕まえた」

 

耳元で聞こえる声――間違いない、ユウトさんだ。

でも、目の前にいる彼は、いつもと違う。

濡れた髪は真っ白に輝き、瞳は淡く光を帯びていた。

 

「ゆ……ユウト、さん……?」

 

「――しっかり掴まって!」

 

その声に、自然と力が入る。

彼は空中で身体をひねり、魔力の光を纏って滝の水飛沫を切り裂きながら降下を制御していく。

足が岩にぶつかることもなく、やがて岸の柔らかな草地へと着地した。

 

 

 

 

 

   ーユウト視点ー

 

 

「――ティアナちゃんッ!!」

 

分流の先、岩肌に囲まれた淀みに辿り着いたとき、

俺の視界に映ったのは、川の流れにもがきながらも必死に手を伸ばす、小さな背中だった。

 

間に合え――

その一心で、俺は飛行魔法の出力を上げて追いかける。

 

(くそ……このままじゃ、追いつけない!)

 

目の前には、苔むした岩肌と白く泡立つ落差――小さな滝。

それでも、あの身にとっては、十分すぎる高さだった。

明確なタイムリミット

あと数秒もすれば、ティアナちゃんは滝に飲まれてーーー

 

「っ……ティアナちゃん、だめだ――!」

 

その瞬間、何かが“弾けた”。

 

鼓動が、一度だけ大きく鳴ると同時に感覚が、鋭く研ぎ澄まされる全能感。

視界が開き、魔力が自動的に体表を覆った。

 

水面に映った自分から、銀白の髪が光を反射している。

瞳には碧銀に染まり、肌には微かに魔力の光紋。

 

「……届けッ!!」

 

空中で身をひねりながら、落下寸前のティアナちゃんに向けて一直線に手を伸ばす。

 

「ティアナちゃん!!手を伸ばしてッ!」

 

彼女の小さな身体が重力に引かれた瞬間――

 

「っ……!」

 

しぶきをかき分け、なんとかのばした手でティアナちゃんをしっかりと抱きかかえた。

 

「捕まえたッ!」

 

そのまま、すこしだけ魔法を逆噴射して急制動、岸辺近くの岩場にゆっくりと着地する。

 

魔力の衝撃で水が跳ね、風が鳴り止んだあと――

 

「はぁっ、はっ、ティアナ、ちゃん。大丈夫――!?」

 

腕の中のティアナちゃんは、びしょ濡れになりながらも、目をぱちくりと見開いていた。

 

「……ユ、ユウトさん……?」

 

「呼吸もばっちり、会話もできる。平気そうでよかった……」

 

そうつぶやいた瞬間、ティアナちゃんの瞳に溜まっていた水が、涙として頬を伝った。

 

「こわかった……!すごく、こわかった……っ!」

 

ぎゅっと、濡れた小さな身体を腕に抱きしめた。

冷たさが服越しに伝わってくるけど、その感触を確かめるみたいに、離せなかった。

 

「……大丈夫。もう、俺がいるから。」

 

優しく、でもしっかりと言葉を乗せる。

その響きが、少しでも彼女の震えを和らげてくれればいいと思った。

 

やがてティアナちゃんの呼吸が少しずつ落ち着き、ふと顔を上げてくる。

真っ直ぐに俺を見つめる瞳は、まだわずかに潤んでいた。

 

「……ユウトさん」

 

「ん?」

 

「その……髪の毛、白く……?」

 

小さな声だったけど、逃さない視線だった。

俺は思わず前髪に触れる。

いつもの黒に近い色じゃない――銀白。川面の光が反射して、淡く輝いているのが分かる。それに魔力の変質。幼いティアナちゃんでも、明らかな違和感を感じるだろう。

 

「あぁ……これは、なんというか……」

 

「話しづらいことですか?」

 

「まあ……そんな感じかな」

 

ティアナちゃんは数回まばたきして、それから考え込んだ顔をしてまた真っ直ぐに俺を見る。

 

「それは……お兄ちゃんたちにも話してないことですか?」

 

少し困ったように笑って、それでも頷く。

 

「うん、そうだよ。これは……みんなには内緒なんだ。」

 

「……わかりました。言いふらしたりはしません。その……助けてくれて、ありがとうございました」

 

そう言うと、彼女はゆっくりと俺の腕から降り、近くの木にもたれかかった。

まだ頬は赤く、疲れと安堵が入り混じった表情をしている。

 

俺は少しだけ驚いたように彼女を見て――そして笑う。

 

「……じゃあ、これでおあいこってことで。俺がティアナを守ったことと、ティアナが俺の秘密を守ってくれること」

 

「ふふっ……はい、おあいこ、ですね」

 

川のせせらぎが、俺たちの間を静かに流れ抜けていく。

その穏やかな時間は、ヴァイスとティーダが駆けつけてくるまで、ずっと続いた。

 

 

 

 

 

 

そんな川での騒動も――不思議なことに、日々の家事や食事、ちょっとした外出に紛れていった。

気づけば、あっという間に滞在も七日目。

今日は休暇の最終日だ。

 

ティーダさんの家のリビングで、ティアナちゃんとテーブルを挟んで話をしていると――

 

「お、ユウト。隊長から封筒届いてるよ」

 

廊下からティーダさんの声。

振り向くと、彼の手には厚めの封筒が数枚。俺の分と、ヴァイスの分も含めて、人数分だ。

 

「まじか……休暇最終日だし、やっぱり次の任務内容かな」

 

椅子から立ち上がりながら呟くと、ティーダさんは苦笑した。

 

「部隊の任期的には、そろそろ最後の任務だと思うけど……。ほら、休暇前に話してた派遣任務、覚えてる?」

 

「……ああ、あれですよね。ってことは……」

 

机を囲んで、みんなで封筒を手に取る。

休暇最終日の昼下がり――妙に静かな空気の中、紙を裂く音が立て続けに響いた。

 

封筒の中には、それぞれの配属先と、次元船のチケット。

俺はとりあえず中身を伏せたまま、先に二人の声に耳を傾けた。

 

「げ……俺の持ち場ハズレっぽそー。武装隊と共同で武装集団の制圧任務かぁ……」

ヴァイスがカードをひらひらさせて、露骨に肩を落とす。

 

「まぁ、今までの任務とやることは一緒だからいいでしょ…。僕なんて野生の魔法生物がいるジャングルでの探索任務だってさ……慣れてる巡回任務じゃないのかぁ」

ティーダさんは苦笑交じりに愚痴をこぼす。

 

「うわぁ……地味にキツそうだな。で、ユウトはどこだった?」

 

視線が一斉にこちらに集まる。

俺は自分の封筒から書類を取り出し、ざっと目を走らせた。

 

「……場所は管理局、それも本局って書いてある」

 

「本局って……戦う魔導師ってより、どちらかと言えばお偉いさんの書類任務がメインの場所じゃないのか?」

ヴァイスが首をひねる。

 

「本局経由でどこかにまた派遣されるとか?」

ティーダさんも腕を組んで考え込む。

 

3人でああでもないこうでもないと意見を出し合うが、答えは出てこない。

せめて装備指定から何か推測できればと思い、書類を見返す。

 

(……ん? 訓練用の隊服指定? 任務用の正式なほうじゃなくて……?)

 

荷物の欄には、カートリッジ式デバイスと訓練用隊服。

なぜ訓練用……その違和感が、妙に引っかかった。

とにかく、書類のことは一旦置いておこう。

隊服や装備を取りに戻らなきゃいけない以上、ここでティーダさんたちとは別れになる。

昼過ぎにティアナちゃんへもきちんと話して、帰還の準備を始めた。

 

そして――

 

エンジンの低く唸る音が、家の前の坂道に響く。

ヴァイスの愛車、サイドカー付きのバイクが、荷物を積んで待機していた。

積み込むのは簡単なはずなのに、手が妙にゆっくりになるのは……多分俺も名残惜しいからだ。

 

「……ほんとに、もう行くんですか? もうちょっとくらい、家にいても……」

玄関先でティアナちゃんが、まっすぐに俺たちを見上げる。

その目は、わずかに潤んで見えた。

 

「うん。明日の出港までに用意しないといけない物があるから、ね。今日戻らないと」

俺はそう言って、笑顔を作りながらヘルメットを片手に掲げた。

 

「もうちょっといたらいいのに……ヴァイスさん、お兄ちゃんの手伝い、まだ残ってますし。」

 

「うへー、それはまた今度ってことで」

ヴァイスが気楽な声でそう言い、彼女の頭を軽くぽんと叩く。

 

ティアナちゃんは目を伏せ、口をとがらせた。

「……まぁ別に、ヴァイスさんに用はないんですけど」

 

「なっ、おまっ……俺だけ別れ惜しまれてねーのか!?」

ヴァイスがむくれて声を上げると、後ろからティーダさんの笑い声が重なる。

 

「ふふっ、ティア。あからさまにユウトだけを名残惜しそうに見送るのは、不公平だぞ?」

 

「なっ……! べ、別にそんなこと……!」

ティアナちゃんが耳まで真っ赤にして、兄に詰め寄る。

そのやりとりが可笑しくて、つい肩の力が抜けた。

 

「じゃあ……また来るよ。いつか」

俺が手を振ると、ティアナちゃんは一瞬だけ黙り、それから小さく笑って振り返してくれた。

 

「……また、絶対に、ですよ」

「うん。絶対に」

 

ヘルメットをしっかりとかぶると、ヴァイスがエンジンを吹かす。

「……んじゃ、出発すっか!」

「よし、任務前の空をもう一度楽しんでおこう」

 

バイクがゆっくり坂を下り、加速していく。

振り返れば、まだ小さく手を振るティアナちゃんの姿。

ティーダさんが何か話しかけ、彼女はまた顔を赤くしていた。

 




ティアナはヒロイン候補じゃないです()
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