夕暮れの風を切りながら、バイクは街道を快調に進んでいく。
街灯が一つ、また一つと点り始め、舗道には仕事帰りの人影が増えてきた。
「……あっ、そうだ」
前を見据えたまま、ヴァイスが不意に声を上げる。
「せっかくだしバイクショップ寄ってかね? 近くにいい店あるんだぜ〜?」
「バイクショップ?」
ヘルメット越しに首を傾げる。
「まぁ、寄り道くらいの時間はあるし……ありかも」
「だろ? ここからそんなに遠くねぇし。あそこはマジで宝の山なんだぜ」
彼の調子に乗った声を聞きながら、俺は視線を前に戻す。
ミッドチルダの繁華街を抜け、徐々に建物の高さが低くなっていく。
やがて、ネオンやショーウィンドウの並ぶ通りを外れ、少し人気の少ない道へ。
「……こっち、ほんとにバイクショップなの?」
「まぁ見た目はな……初見だと店って思えねーかも」
そう言うヴァイスの言葉どおり、目的地は急に現れた。
巨大なシャッターを備えた建物。
壁は無骨なスチールグレーで、正面には看板もほとんどない。
まるで工場か倉庫みたいな外観。
だが、シャッター脇のガラス扉からは、チラリと中の照明と整然と並んだマシンの影が見えた。
「……ここが、その店?」
「そう。俺のこいつもここで買ったんだぜ?」
ヴァイスは得意げに言いながら、バイクをゆっくりと停めた。
駐車場にバイクを滑り込ませると、エンジンを切り、そのまま慣れた足取りで建物の中へ入っていく。
俺もヘルメットを小脇に抱えて後を追うと、金属のドアを開けた先には――油と金属の匂い、そして磨かれたパーツの鈍い光が広がっていた。
「おっす、おっちゃん! やってるかい?」
ヴァイスがカウンターの奥に向かって軽く手を挙げる。
「……ったく、外に営業時間書いてあんだろうが」
低く渋い声が返ってきた。
その奥から現れたのは、分厚い腕と広い肩幅を持つ男。
鍛え上げられた筋肉の上に、いくつも古傷が走っている。
整備工というより現役の武装隊員に近い印象だ。
「前に買ったばっかりなのに、また新しいのが入り用か?」
「ちげーよっ! 今日は同僚……ていうかダチにバイクおすすめしに来たんだって。……ほらユウト、このおっちゃんがここのオーナー、ロウ・ムラクモってんだ」
「お、お邪魔します……ユウト・タカマチと申します」
軽く頭を下げると、男――ロウさんは俺を一瞥して、口元をわずかに緩めた。
「おう……ヴァイス、おめぇ本当に働いてたんだな」
「まだ信じてなかったのかよ!?」
二人のやりとりに苦笑しつつ、俺は改めてロウさんを見た。
印象はゲンヤさんより少し若いくらい。
短く刈り込まれた銀髪に、鍛え上げられた身体からはどこか豪快な気配を漂わせている。
まさに現場叩き上げといった雰囲気だ。
「……まぁ、せっかく来たなら見てけよ。ここは目移りして困るくらい、いろんなのが揃ってるからな」
ロウさんの低い声に促され、俺達は店の奥へと足を踏み入れた。
ロウさんの許可を取り、ヴァイスと二人でガレージ内をぶらついて数十分――
端の方に、ぽつんと置かれた一台のバイクが目に留まった。
「……なぁ、ヴァイス。これ……」
「ん? お、ユウト、それが気になるのか?」
「あ、いや……なんか、懐かしい感じがして」
「懐かしい?」
「うん……なんとなく、なんだけど」
ヴァイスはバイクに近づいて、前輪やフレームを軽く叩きながら眉を上げた。
「たしか、これ結構年代物の中古じゃなかったっけな。見た目はスポーツタイプだけど……ぱっと見ボロボロで動きも怪しそうだけど……乗ってみるか?」
「え、いいのか?」
「おっちゃんに許可取れば大丈夫だぜ。……ちょっと呼んでくるから待ってろよ!」
「あ、まだ乗るとはいってな……って、早っ……」
あっという間に奥へ消えていったヴァイスに取り残され、俺は一人でバイクをじっと見つめる。
塗装は少し色褪せているが、流線型のボディはどこか洗練されていて、眺めているだけで不思議と胸がざわつく。
(デザインは……地球にあるバイクとかなり似てるな。刻印を見る限り、部品や外装は全部ミッドチルダ製っぽいけど)
なぜだろう。
ただの造形以上に、懐かしさが心に引っかかって離れない。
それはデザインのせいなのか――それとも、もっと別の理由なのか。
(……なんだろう、この感覚)
無骨なフレームに、色褪せかけた深いブルーの外装。
ところどころ塗装が剥げて金属地がのぞいているが――その傷跡さえ、長く戦場を駆け抜けた証のように見えた。
タンクにそっと手を置く。
本来なら冷たいはずの金属から、妙にあたたかなものが伝わってくる気がして、思わず指先が止まった。
……デザインだけじゃ、この懐かしさの正体は説明つかない。
「おーいユウト! おっちゃん連れてきたぞー!」
ヴァイスが手を振りながら戻ってきて、その後ろには、こちらを見て少し渋い顔をしたロウさんが立っていた。
「あんちゃん、こいつはな……」
ロウさんがバイクの横に立ち、軽くタンクを叩く。金属音がガレージに響く。
「元は俺のダチが仕事で使ってたマシンだ。結構丈夫だが、持ち主が急に亡くなってな……その親族が持ってくるまで放置されてて…このザマよ。」
「……お友達の、ですか」
「まあ、ほぼジャンク同然だが……まぁ直せば、まだ走れるだろうな」
その言葉を聞きながら、俺はもう一度バイクに視線を落とす。
「お友達の遺品なら、試し乗りとかはやめといた方が……」
「いんや、遠慮すんな」
ロウさんは首を振る。
「バイクは走らせてナンボのもんだ。乗りてえってんなら、それに答えるのが俺の仕事だ」
「ま、一旦乗ってみてから考えてもいいんじゃないか? ユウトの懐かしいってやつの正体も知りたいし」
「それは……そうだけど」
「うーむ、懐かしいときたか。ヴァイスの友達も、変なやつだな。」
「おっちゃん、それどーいう意味だよ」
「はっ…ところであんちゃん。デバイスは持ってるんだろうな?」
「あっ……」
右手に触れて何も無いのを確認して、思い出した。
「……デバイス、荷台の奥に入れたまま置いてきた……」
頭を抱えそうになる俺に、ヴァイスが苦笑しながら自分のデバイスを差し出してきた。
「じゃ、俺の使えよ。ストームレイダーにも運転補助積んでるし」
「いや、せっかくだしとってくるよ……ちょっと待ってて!」
ーー数分後
待機状態のディジターを腕にはめて戻ってきた俺。
ヴァイスとロウさんはバイクの整備をしながら談笑していた。
「にしてもヴァイス……お前さん、インテリジェント型なんて高ぇもん持ってたのか」
ロウさんが感心したように目を細める。
「このバイクの前の持ち主もインテリジェント型だったんだ。……懐かしいな」
「へぇ、そうだったんだ。」
「おう。そいつは陸の武装隊で働いてたんだが、少人数で動く機会が多くてな。頑丈で、荒事にも耐えられるよう乗り物が欲しいって、陸野良メカニックやってた俺にゼロから組ませやがったんだ」
「あ……これ、おっちゃんのオーダーメイド品なんだ。」
「そうよ。……まぁ、乗り手が先に逝っちまうとは思わなかったがな。――お、坊主きたな。ほら、デバイスはここにセットしな」
「はい…!ディジター、いくぞ」
おれがディジターを起動するために声を発した瞬間、ロウさんの表情が一変した。
「……ディジター、だと?」
『待機状態解除。おはようございます、マスター。ここは、バイクショップですか……それにこの方は……ロウ? お久しぶりです』
「……やっぱりか。間違いねぇ、その音声に腕輪型のユニット。お前……」
『肯定。インテリジェントデバイス、ディジターです』
「ディジター、ロウさんと知り合いなのか?」
ロウが深く息を吐く。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「なあ、坊主……そのデバイス、どこで手に入れた?」
「ディジターは、小さい頃に叔父から譲り受けた、父の遺品です。」
「坊主……さっき話したこのバイクの前の持ち主ってのはな――そのデバイスの前の持ち主だ」
「――っ!」