異世界探偵は推理しない、中年探偵の騒々しいミステリー未満の日々   作:ブラインド

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大佐の依頼

 窓からさす陽で薄っすらと眼は覚めつつあるものの、気怠さに任せて二度寝を決め込んでいると、

 

「こら! 今日はお客さん来る日でしょうが!」

 

 俺の半覚醒を捉えた同居人の鋭い叱咤を耳に受けて、俺は仕方なく上体を起こした。

 同居人……ベッドに腰掛ける俺と同じくらいの目線の高さの少女は、腕組みしつつ半眼で睨んでくる。

 その腕でムギュっと押し付けられている胸部は、身長との比率がアンバランスなサイズをしている。

 それを拝むと朝から元気が出て……きそうではあったが、残念ながら起き抜けの血圧はそこまで上昇しなかったようだ。

 胸から目線を剥がして上に向ければ、少女の頭には立派な角が二本、生えている。鬼のように怒っているから幻覚が見えている、わけではなく、それは実際に彼女の頭に生えているものだ。

 

「おー……おふぁよ~~」

 

 途中であくびに化けた起床の挨拶に嘆息が返ってくる。

 

「まったく、久々の仕事なんだからしゃんとしなさい!」

「あー……」

 

 そんな厳しい事を言いながらも、少女はカフェオレの注がれたマグカップを突き出してくる。

 それを受け取って一口飲めば、脳の回転がじわじわと上がっていく。

 

「んー、美味い……」

「落ち着いてないで、さっさと着替えて」

「ういー……いやぁ、クロエはゆうべはあんなに疲れ果ててお休みだったのに、一晩経ったらすこぶる元気だな。若いって羨ましいわ」

「ルイスだってまだ若いはずでしょ」

「それが三〇代も半ばになるとどうもね……」

 

 三十五という年齢の身体の重さを実感する。

 前世ではこの歳まで至る前に死んでしまったので、中年男性の気持ちというものをようやく理解していた。精神年齢的には六十くらいになるはずなんだけど、そこまでは老け込んでない、はず。

 マグカップを手にしたまま立ち上がり、窓から外の景色を眺める。

 魔大陸最接近国であるアスワックス共和国、その最大都市シェルウェイ港の、やや築年数の行っているアパートメント最上階の一室。

 そこから見える景色は、今日も様々な人々の営みで忙しないものとなっている。

 獣耳の人々が往来を行き交い、遠くでもよく見える巨人が大きなコンテナを担いで運んでいたり、長耳の美人が質屋の戸口を潜ったり……実にファンタジーで、それでいて近代的な、活気のある町並みだ。

 前世の現代日本に追いつくほどではないものの、今世は文明が発展した世界だった。地球の歴史に照らせば近世から近代と言える。

 転生した当初はチート能力で無双とか知識チートで無双とか色々と妄想したのだが、実際にはそういう事があまり通用しない程度には近代的でガッカリしたのを覚えている。

 具体的には蒸気機関などが既に発明されていたり、それに並ぶ魔導機関が存在していることなどだ。

 今も街中の舗装路を、数は少ないものの馬に引かれていない車が走っている。ただ、大半は荷物か客を満載したトラックやバス、つまり商業的な車だ。

 魔導機関によって動く自動車、魔導車はその製造コストがまだまだ高く、個人で買えるようなものではないので、自家用車なんてものは大富豪かお貴族様しか持っていない。

 そんなことを思っていると、ちょうどマンションに近付いてくる自家用車が一台あった。その色とシルエットには、どうにも見覚えがある。

 

「やっべ、もう来た! クロエ、お茶とお菓子出しておいて!」

「はぁ……まったく、早く来なさいよ」

 

 慌ててタンスから服を引っ張り出す俺にジト目で嘆息をこぼし、クロエは寝室を出ていった。

 服を身に着けている間にもチャイムが鳴り、ドア越しにクロエが応対する声と物音が聞こえてくる。

 よし、服は着終わった。寝癖を直す暇はないな。

 寝室を出て客間に入る。

 客間にはテーブルを挟んで向かい合うようにソファがあり、一方にはクロエ、そしてもう一方には一人の男が腰掛け、ティーカップを傾けていた。

 浅黒い肌、ヒューマンよりも長く尖った耳、緑色の髪色……フォレストエルフと言われるエルフ種族の一系統だ。

 肌が黒いからと言ってダークエルフとか言うと怒られるので気をつけなければいけない。別に悪い意味の言葉とかではなく、ダークエルフはダークエルフで別系統の種族として存在している。つまり単純に人種を間違えたら失礼という話だ。

 俺は部屋に入るとすぐ、右腕を上げて肘を曲げて首元に当てるという共和国の敬礼のポーズを取る。

 

「お久しぶりです、大佐」

「ああ、おはよう。寝ていた所に悪いな」

 

 彼は右の眉と唇の端を上げて苦笑しながら、敬礼を返す。

 

「クロエ……」

「私は何も言ってないわよ」

「ふっふっふ……変わったな、ルイス中尉。部隊に居た頃は誰よりも規律に忠実だった君が」

「いや、あの頃から寝坊とかしてましたよ俺……部隊の中じゃ確かに一番マシでしたけど」

 

 大佐……アドライ大佐は以前、俺が共和国軍に所属していた頃の直接の上司だった人だ。

 そして、彼の指揮する部隊は特殊魔法士隊という、特殊な作戦を目的とした魔法使いを中心とした部隊で、自軍内でも変人部隊と言われていた。

 何度も寝坊を繰り返すのがマシな方というだけで、その内情は推して知るべし。正規軍としてどうなんだという話だが、それで許されるくらいにはしっかり功績を残していたのだと思う。

 俺はクロエの隣に座り、テーブルの上に置かれた封筒に目を落とす。

 

「これは?」

「今回の依頼に関する情報だ。軍事機密を含むため、今回の私からの依頼を断るのならば見せる事はできない。まずは話を聞いてから判断を……」

 

 大佐が最後まで言い終わる前に、俺は封筒を手に取った。

 

「退任の時、しこたま迷惑をかけましたからね。断れるわけないでしょう」

「その件はもう良いと言っているだろうに。とはいえ、君がこれを受けてくれれば私としても非常に助かるのだが」

「それはもう、このベテラン私立探偵にお任せください。そんで依頼料は弾んでくださいよ」

 

 さて、国軍の大佐ほどの地位にある人を悩ませる問題とは果たしてどんな内容なのか。

 封筒の中身には数枚の紙が入っている。

 取り出すとまず見えたのは、何事か注釈がついた白黒の写真だ。そこに写っているものを見て、俺は首を傾げる。隣のクロエも同様だ。

 

「依頼内容は……その写真に写っている猫の捜索だ」

「猫の捜索」

 

 思ってたんと違う。

 オウム返ししてもう一度写真を見る。確かにそこには一匹の猫が写し出されている。

 それは毛の長いタイプの一般的な猫であり、なんらかの魔物などというわけでもなさそうだ。

 首輪をしているので飼い猫だろう。首輪に鈴ではなく星のような形のチャームがついている。

 名前はナ―マン。なかなか立派な名前の猫だ。

 

「えー……魔導通話では話せないっていう重要案件でしたよね」

 

 魔導通話というのは、簡単に言えば魔法を使った電話だ。魔力で無線通信が出来るという近代的な画期的魔道具なのだが、魔力傍受が容易なため、情報の秘匿が難しいという欠点がある。

 そのため魔導通話ではなく直接会って依頼を聞くことになったのだが、それでわざわざ持ってきた依頼が猫の捜索て。

 資料の二枚目を見ると、その猫の飼い主であるという人間のプロフィールが、一部黒塗りで乗っていた。

 証明写真のような顔写真も乗っており、白衣を着た女性であることはわかるが、目元が塗りつぶされているのでなんかちょっといかがわしいもののように見える。

 彼女、エッセルは軍事魔法研究所の研究員らしい。なるほど、その研究内容が軍事機密になるならば、その関係人員も機密情報なのはわかる。

 しかし、その飼い猫が行方不明になったからといって、大佐を通じて私立探偵に捜索を依頼するというのは不可解だ。

 大佐は俺の反応は織り込み済みという様子で、落ち着いて紅茶を飲みつつ一つ頷く。

 

「その猫自体が軍事機密に関わる……とだけ言っておこう」

「え、マジっすか?」

「マジだとも、少々信じがたいことに……私も詳しくは知らされていないのだが、軍事研究において重要な猫らしい」

「はー、この可愛い猫ちゃんがねぇ……」

「非常に賢い猫で、本来なら迷子になどなることはない……と断言された。ケガをして動けない状態や何者かに捕らえられている可能性を考慮してくれ」

「わかりました」

 

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