提督と吹雪に連れられ埠頭にピッタリと横付けされた艦娘母艦大隈からタラップを降り揺れない地面に足を下ろす。
「ここが、佐世保鎮守府か」
複雑に入り組んだ谷状の入江の一つに発展した佐世保の街、その中心に位置する港に鎮守府はあった。古風な赤煉瓦の建物に大型艦も入れそうなドック。ガンガンと音を立てる工廠。聖地巡礼で来た時と同じノスタルジックなロマンを感じる。
しかしなんとなく違和感があった。
「船が少ない…?」
なんだか停泊している護衛艦の数が少ないように感じた。小さい警備艇を含めても片手で足りるほどだ。九州最大の根拠地、アジアでも有数の軍港である佐世保にしては何とも寂しい港の陣容だ。
(どの媒体でも通常の艦艇は深海棲艦に対して劣勢か全く太刀打ち出来ないかの二択だったっけ。多分…皆沈んじゃったのかな)
酷く傷付いて修復作業中のむらさめ型護衛艦を見て他の米海軍や海自艦艇の安否を察する。生粋の船好きで現在船の生まれ変わりとしては胸が痛い光景だった。
(今居るこの日本は艦これだとどの時期なんだろう)
深海棲艦と艦娘が出現し始めて戦術の試行錯誤をしている段階なのかある程度敵の事が分かってきて比較的安定している時期なのか。それとも太平洋戦争末期レベルで追い詰められているのか。
(ゲーム準拠で艦娘大量生産可能だから捨て艦戦法採用とかは嫌だなあ)
考えうる限りで最悪な可能性に行き当たり身震いする。ちなみに生前の『おれ』はタイムスケジュールに追い詰められているわけではない新人提督だったので捨て艦とか牧場とかの賛否が別れる手段は取ってなかった。嫁を消耗品扱いとかいやぁキツいっす。
私は前を歩く提督の袖をちょいと引き呼び止める。
「あの…ここには、他に誰が?」
身体の持ち主があまり活発ではない初雪だからか思うように言葉が出ない。なんとも歯痒いコミュニケーション能力だが提督はスラスラと私が知りたかった事を話してくれた。
「主力艦の艦娘は呉と舞鶴に集められている。佐世保は海自…海軍の後継組織の残存艦が中心の鎮守府で艦娘はあまり多くないんだ。君と吹雪、あとは事務担当の大淀さんと工廠を取り仕切ってる明石の4人だけだよ。なにぶん半年前に現れた敵の事も僕たちに味方してくれる君たちのことも良く分かって居なくてね。今は必死になって戦史を片手に艦娘名簿を作ってるところさ」
それから提督はこの世界を取り巻く状況を語った。
半年前、世界中の海軍を集めた演習リムパックの最中ハワイ沖で艦艇と人を模した未知の生物と遭遇、攻撃を受けた。各国海軍は即席の艦隊を編成しこれと交戦するも夥しい犠牲を出し敗走。最後にはハワイに係留されていた記念戦艦まで引っ張り出しなんとかこの生物群を撃退したがそれ以来、あらゆる海でリムパックを襲った生物と同様の個体が出没、軍民の区別なく視界に入った全てを焼き払った。
そんな中、何処からともなく現れ人類に味方したのが私たち艦娘だという。
現在は本土と数少ない外地の拠点に艦娘を配属し防衛戦を展開しているという。
なんてこった。リリース初期だこれ。しかも口ぶりからすると艦娘もまだ多くはない感じだ。
つまりシーレーンはぼろぼろ、本土近海の制海権もおぼつかず同盟国との共同なんて夢のまた夢。
「おわた…」
「まだ終わってない。人類の反撃はこれからだ」「ううん初雪ちゃん、きっとまた平和な海を取り戻せます」
私の絶望に提督と吹雪が同時に返した。さすが初期艦、息ピッタリだ。
しかしどうしたものか。艦娘が貴重な戦力ということは捨て艦などの粗雑な扱いはないと思うけど数少ない深海棲艦への対抗手段として苛烈な戦地に投入されるであろうことは確定的に明らか。
「安心して、訓練も無しにいきなり戦場に放り出すようなことはしないから」
心配事が顔に出ていたらしい。提督は安心させるように笑って頭を撫でる。
大きな手が気持ち良い…って違う違う。これからの事を考えないと、出撃したくない。痛いのは嫌だ。
「とりあえず今日のところは鎮守府の中を覚えて貰おうかな」
「分かった」
歩きだす提督の後ろについていき鎮守府の中に足を踏み入れる。
風情のある建物の中は思ったほど人の行き来は少なくがらんとしていた。
「艦娘の部隊は設立して間もないから人員や設備もまだ十分ではないんだ。人手が集まるまでは君にも机仕事をお願いすることになるからよろしくね」
「え〜やだ寝たい…」
「こら初雪ちゃん」
「ははは、難しいことはやらせないよ」
せっかく前世で仕事から解放されたのにデスクワークは遠慮したい。抗議の声が口から転がり出ると吹雪に軽く怒られた。
ぐぬぬ。
艦娘の寝泊まりする部屋もあるがこちらも4隻しか所属する艦がいないので数十ある部屋はほぼ空き部屋だ。
一応駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母、補助艦艇で分かれているのか表札が掛けられていた。
次に執務室と書かれたドアを開ける。するとそこにはメガネを掛けた色白の艦娘が黙々と机の上に置かれた書類の山を捌いていた。
「帰ったよ大淀」
「提督、ご無事でなによりです。早速ですがこちらに集めた書類に全てお目通しとサインをお願いします」
「え゛」
「お願いします」
大淀さんの目が死んでる…。いろんな決済や確定申告が重なった時期の事務員さんみたいになってる。
「そちらが新しく来た艦娘ですね」
「特1型駆逐艦3番艦初雪、です」
「よろしくね。私は軽巡洋艦の大淀です。ここでは主にデスクワークを担当しています」
メガネを指で押しながら自己紹介をする大淀。やだリアルの大淀さんめっちゃ可愛い。でも目が完全に疲れてる。リポビタン飲む?
「では提督、こちらにお掛けになって執務の方を」
「あー、僕は初雪に鎮守府を案内しないといけないんだが…だめ?」
「ダメです」
「そうか。じゃあ吹雪、初雪の事をお願いしても良いかな」
目に見えて肩を落とした提督が吹雪に私のお守りをお願いすると彼女は「フンスッ」と効果音が聞こえそうなほど張り切って返事をした。
「はい!お任せください司令官!さ、行きましょう初雪」
「う、うん」
「ありがとう」
吹雪に手を引かれて執務室を後にした私は次に工作の音を高らかに響かせる工廠に向かった。
「明石さん!」
「ああ吹雪、あと初雪だっけ?」
「うん、よろしく」
溌剌とした表情とピンクの髪が眩しい工作艦明石がウエスで手に付いた油を拭き取り右手を差し出した。
その手をしっかりと握ると勢いよく上下に振られて笑い掛けられる。
「いやぁ特型の艤装はやっぱり良いね。弄り甲斐があるよ」
「そうなの?戦艦とかの方が凝ってそうだけど」
私の疑問に明石は待ってましたと目を輝かせた。
「確かに主力艦の艤装は高級品だけど駆逐艦の艤装は凄いぞぉ最高だよ。至る所に戦闘力と速力を高める工夫が凝らされていて飽きないんだなこれが。特に特型は空気取入口にその試行錯誤が表れていて__」
「ぉ、おう」
完全に解説モードに入った明石に圧倒され仰け反る。あれ明石ってこんなに装備ジャンキーだったっけ?
「明石さん明石さん、私たちまだ見回りがあるからこれで」
「ごめんごめん。スイッチ入っちゃってさあ、とりあえず初雪の艤装はもう点検終わったからいつでも沖に出れるよ」
「ありがとう」
明石に礼を言って工廠を出た私たちは入渠ドック(という名の温泉)や改装ドック、補給物資で満載された倉庫などを見て回る。
その時々で先導する吹雪は実に楽しそうだ。
そのことを聞くと吹雪は決意を秘めた目で答えた。
「だって沈んだはずなのにまたこうして姉妹と会えて。こんな幸運ったらないじゃないですか。もう私は妹を置いて居なくなったりしませんから」
静かに、しかし力強く言う彼女の言葉に私は駆逐艦吹雪の艦歴を思い出す。
(そっか、吹雪は戦争の比較的早い段階に起きたサボ島沖海戦で沈んで…そのあと白雪も沈んでからは吹雪型という名前も無くなってしまった)
「大丈夫…」
「初雪ちゃん?」
私は吹雪の肩を抱いて言う。
「私が沈めないから。誰も。みんなで帰ろ」
「初雪ちゃん…はい!吹雪、沈みません!」
そう答える吹雪の目尻には光る物があった。
当面の目標は決まった。元提督として、艦娘は誰も沈めない。…あとできれば働かなくて済むようにする。