わんだほいな妹をまふゆに生やした   作:花を摘む豆腐

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壊れかけの

 

 ふん、ふん、ふふーん。

 お日さまさんさん。雲さんもこもこ。

 今日もぽかぽかいいお天気。

 

 思わずお歌も歌っちゃう―――。

 

「ひより、うるさい」

「ぴぇっ」

 

 黙ります。

 お姉ちゃんが低い声を出したときは、静かにしていましょう。

 このもわわわーんなお姉ちゃんに話しかけたら、もっともわもわしてしまうので。

 ひよりはいい子なので、そのくらいわかっちゃいます。

 ひよりはいい子なので!

 

「……」

 

 お口を開いては閉じて、また開いて閉じて。パクパク。

 言いたいことがあっても我慢です。

 お姉ちゃんも今、心の中のもわもわと戦っていて大変なんです。

 

「………」

 

 でもやっぱり言いたいことがあります。

 視線をあっちこち向けて確かめてみても、やっぱり変わらなかったので。

 静かにしていなくちゃいけないひよりは、心の中で叫ぶことにしました。

 

 

 あのっ! ここ、ひよりの部屋なんですけどっ!

 急に入ってきたのはお姉ちゃんで、ひよりのお歌が禁止されるのはおかしいと思うんですけどっ!

 あと無言でじっと見られてると、怖いですっ!

 

 

 ……はあ。

 すっきりしました。

 

 それにしても、お姉ちゃんはどうしたんでしょう。

 お姉ちゃんは時々こうしてひよりの部屋までやってきて、何もせずにひよりのことを見つめることがあります。

 ひよりは未だにこのふしぎな空間の意味がわからなくて、混乱してしまいます。

 

「……ひより」

「はひっ」

「どうして」

 

 えっ。

 どうして、って、何がでしょうか。

 

「……何も、思わないの」

「?」

 

 ふしぎだなーって思ってます。

 お姉ちゃんと一緒にいられるのは嬉しいことだけど、とってもざわざわな時間なので。

 お姉ちゃんが何を言おうとしているのか、ひよりには理解できず首を傾げました。

 

「……もう、いい」

 

 行っちゃうんですね。

 背を向けたお姉ちゃんが、「いつから、こんなことに」なんてとーっても小さな声で呟いたのを、ひよりは聞き逃しませんでした。

 けれどお姉ちゃんが何をしに来たのかは分からないままで、その言葉の意味もよく分かりません。

 

 いつから、とか。

 どういうことでしょう。

 

 

 らんらんらん。

 お寝坊さんお寝坊さん。

 

 おかしいんです。

 最近のひよりはお寝坊さんです。毎日遅刻寸前までぐーすかぐーすか寝ています。

 こんなの、いい子じゃありません。

 以前はちゃんと、六時に起きられていたのに。

 今では、お姉ちゃんが起こしてくれるまで目覚ましの音も気が付かないまま寝ています。

 

 なんとかしないといけません。

 でも、朝たっぷり寝られるのでお昼寝の必要もなくなって、先生から怒られることも減りました。

 それに朝からお姉ちゃんが優しくしてくれるので、お寝坊さんも悪くないかもしれません。

 困りました。

 ひよりは悪い子になっちゃったのでしょうか。

 

「ひより? どうしたの、ぼうっとして。早くご飯食べなさい」

「はいっ」

 

 考えごとをしていたら、怒られてしまいました。

 

「最近寝坊も多いみたいだし、どうしちゃったのかしら。遅刻でもして、成績が落ちてしまったら良くないわ」

「ごめんなさい」

 

 あう。

 やっぱり寝坊はいけないみたいです。

 

「……朝、私が起こしてあげないとダメかしら」

「っ!」

 

 スッ、と空気が冷えた気がしました。

 キリキリ、ザワザワと食卓が色を失っていきます。

 ひよりは……私は、喉から声を絞り出すようにして言葉を紡ぎかけて―――。

 

「―――お母さん」

「あら? どうしたのまふゆ」

「良いんじゃないかな、ちょっと起きる時間が遅くなってるくらい。まだ遅刻もしてないんだし」

 

 お姉ちゃん、が。

 机の下で、そっと手を握ってくれました。

 あったかいです。

 

「……まふゆ? 分かっていると思うけれど、それじゃひよりのためにならないの。遅刻してからじゃ遅いのよ?」

「私がちゃんと起こすから。今日もちゃんと朝ご飯には間に合って―――」

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

 でも、お姉ちゃんの手は震えていたので。

 

「ひより、ちゃんと起きます! 明日からは、ちゃんと……目覚ましもいっぱい掛けちゃいます!」

 

 にっこり、笑う。

 

 本当にごめんなさい。

 お母さんもお姉ちゃんも。

 

 ひよりはいい子にしているので、喧嘩しないでください。 

 

 

 

 

 『まふゆはお姉ちゃんなんだから、ひよりのことちゃんと見守ってあげるのよ』

 

 私は、お姉ちゃんだから。

 ひよりのことを、守ってあげないと。

 

 ひよりが生まれたときから言われ続けたその言葉を、私が本当の意味で理解したのはいつのことだっただろう。

 まだ歩くこともできなかったあの子が、高熱を出したとき?

 いつかの遊園地で、二人で迷子になって手を繋いだとき?

 私の誕生日に、クッキーを焼いたあの子が火傷したとき?

 一緒に絵本を読みながら寝てしまったあの子の頭を、そっと撫でてみたとき?

 

 それとも。

 

『―――ねえ、お姉ちゃん。わたし、お母さんのかおがわからなくなってしまいました』

『緑だと思って渡ろうとしたら、車が―――』

『いつも、イヤな夢を見るんです。それが怖くて、眠れないんです』

 

 いつだったか。

 心の底で、ストンと納得できたのだ。

 

 ああ、私はこの子のお姉ちゃんで、この子を守ってあげないといけないんだって。

 愛らしくて、いじらしくて、それでいて危なっかしいこの子は、私が守ってあげないといつか何処かへ消えてしまう。

 理解した私は、しかし遅かったのだ。

 

 妹は、家族の顔を認識できなくなっていた。

 

 最初に見えなくなったのはお母さんの顔だと言っていた。

 鼻の形も、目の形も、口の形も分かるのに、顔としての認識ができないと。思い出そうとしても、ぐちゃぐちゃになってしまうと。

 それからしばらくして、お父さんや私の顔も見えなくなってしまったようだった。

 ひよりは隠そうとしていたけど、ひよりと話していても目の焦点が合わなくなったから、すぐに分かった。

 それに気が付いたとき、私は―――。

 

 妹は、赤信号と緑信号の見分けがつかない。

 

 赤と緑が同じ色に見えるようになってしまったらしい。

 ある日突然、赤信号に飛び出そうとしたひよりは、私が腕を掴んで引き止めていなければ車に撥ねられていたかもしれない。

 色の見分けがつかないことは、お母さんにもお父さんにも絶対に言いたくないと泣きつかれたから、『車が止まっていること』と『周りの人が歩き始めていること』を確認してから信号を渡るように言い付けた。

 だから、妹はたぶん色覚異常の原因が分かっているのだろう。

 でなければ、言いたくないなんて思わないはずだった。

 

 妹は、夜眠れない。

 

 ある時期、私の布団で寝たいと言ってきていたことがあった。

 怖い夢を見るらしい。……どんな夢かは、教えてもらえなかったけど。

 お母さんの声にひよりがやたらと怯えるようになったのも、その頃だった。

 ひと月ほどで私の部屋には来なくなって、解消したのかと思っていたら……夜眠ることをしなくなっただけだった。

 気が付けばひよりは朝四時から六時まで、二時間程度の睡眠で生活するようになっていた。

 私がそれと知ったのは、つい最近のこと。高校生になって……夜更かしを始めてから。

 一緒に寝ていたあの時から二年以上経っていることに愕然として―――私は、妹の目覚ましを止めることにした。

 早朝にこっそりと、妹の部屋に入って。

 

 それが、一週間前のこと。

 結局、私はまた失敗してしまったみたいだ。

 

 ひよりを守ると決めたはずなのに、ひよりの大事な何かが手のひらから溢れ落ちていく感覚がする。

 

 

『そういえば雪って、妹がいるんだっけ』

 

 ピコン。

 

『えっ何それ知らない!』

『妹、妹ねぇ……弟はアレだけど、妹なら……』

 

 ピコン、ピコン。

 唐突に繋がれたVCに、メンバーの二人が即座に反応した。

 鬱陶しい……というよりも面倒な話題に対して、何と返すべきだろうか。

 

『……なんで、それを聞くの』

『あっ、ごめん。えっと……もし雪が、妹さんに何か特別な感情を持ってるなら、その気持ちを曲にできないかなと思ったんだ。……前にちょっと聞いたときは、いつもより優しい口調だった気がして』

 

 Kは、こういうところで妙に勢いよく踏み込んでくる。

 曲作りのためだって分かっているから、別に不快ではないけど。

 

『優しい口調? 雪が? ……全然想像できないんだけど』

『ちょっとえななん、そんな言い方はないでしょ。……でもボクにも聞かせて欲しいな〜、雪の妹ちゃんの話』

 

 ひよりの話。何を話せばいいのだろう。

 曲作り、について考えるのであれば。

 ひよりを守りたいという気持ちは、確かに私の消えたい気持ちとは相反するものだ。

 じゃあ、私がひよりを守りたいと思ったときの状況について話せば、Kの要望に沿うかな。

 

「……少し、長くなるけど」

 

『いいよ。ありがとう』

『やった! よーし、今夜は作業が捗りそう!』

『……ま、聞いてあげる』

 

 うん。

 

「……まず、あの子は私より六つ年下で、小さいの。歳の割に色々考えちゃうような性格で、私がこんな状態になってることもたぶん気が付いてる。だけど、二人きりの時でもこれまで通り話してくれる。優しい子。それから、気を遣い過ぎる子。私の方がお姉ちゃんなのに、変なことばっかり考えてるんだと思う。今日の朝だって―――それから、私が中学生の頃の誕生日に……クッキーを焼いてくれた。まだ背も低くて、オーブンも上手く使えないから、火傷して。ガーゼを巻いた手で、それでもすごく嬉しそうな顔で、部屋までクッキーを持ってきてくれた。自分では食べたのって聞いたら、焦げたのを食べたって言うから、そのあと二人で分けて食べて。あのクッキーは美味しかった。今年の誕生日も―――あとは、一緒の布団で寝ないと不安だって―――それで、お母さんが町内会でいないときとか、私がご飯を作ったら―――それに、学校での成績も―――」

 

『『『……』』』

 

「……他には―――ん」

 

 ふと眩しさを感じて目を向けてみれば、窓の向こうで朝日が昇り始めていた。

 いつの間にそんな時間が経っていたんだろう。

 

『おっっっも……あ、なんでもない』

『あ、あはは〜……雪はその、妹ちゃんのことが大好きなんだね!』

『……』

 

 えななんとAmiaは、なんだかげっそりとした声だった。

 Kは黙り込んでいる。

 

『―――うん、うん……なるほど』

 

 寝落ちを疑いかけたところで、ようやくKがVCに声を乗せた。

 

 

『雪を救う曲がどんな曲か、分かったかもしれない』

 

 

 




クリスタル5000兆個ほしい。
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