センターから駆け足で飛び出してきた私だが、エレベーター前でふと足を止める。
いつも、ここで私に声が掛けられるはずなのだ。「あざみー」と。
「...今は、いないもんね。大丈夫!私だけでも解決はできる!がんばれ私!」
一人だけで解決した事件といえるものはあまりないが...私だってそれなりに経験はある。あの頼れる姉御肌の同僚が居なくとも、今回の依頼は成し遂げられる。それに、彼女は公安の人間らしいから...変に海外にいるとつつかれるのかもしれない。
「.....あ、ジャスミンさんが居ないから自分で歩かなきゃ」
今まで移動は彼女に任せっきりだったから、まずはそこからだ。と、マナーモードにしていた携帯が控えめに震える。確認してみると、今回の依頼の情報がセンター長から送られてきていた。
「...移動しながらでいいや」
あのマシンガントークをそのまま文に起こしたかのような情報に、画面を閉じて歩き出す。このままだと頭の中に二人目のセンター長が出てきそうだった。
☆◆☆◆☆◆☆◆
都市伝説を調査するとき、もちろん現場に赴いて調査をするのは基本中の基本だ。だが、足で稼ぐ、というのも現代においては少々マンネリ気味と言わざるを得ない。地球は光ファイバーに覆われ、世界はミリ秒単位でのグローバルな情報伝達を可能に...という書き出しも当たり前になっているのだ、無論、すぐにでも情報を入手できるネット、特に入れ替わりの激しい、SNSなんかは、こうした調査には打ってつけの情報屋たちだ。
~≪ジャック・ザ・リッパー、ロンドンに現る!≫~
《ジャックザリッパーってなんだっけ》
【わたしもあんまり知らないなあ。センター長さんが言うには...】
《ジャック・ザ・リッパーは、19世紀のロンドン・ホワイトチャペル地区で主に娼婦を標的とした連続殺人を行った殺人鬼。当時警察へとおぞましい添付とともに届いた『地獄より』の手紙、犯行声明文は世間を騒がせた》
【そうそう、そんな感じだった。...わたしは娼婦じゃないから狙われないよね??】
【わあ!?文字が動いた...英語でも動くの?】
『検索ワード:殺人鬼』
《てか復活とかwただの模倣犯でしょ?》
【たしかに、200年くらい前の人が復活してるんだよね。もしかしたら、犯人はジャック・ザ・リッパ―の大ファンなのかも!】
『キーワード:犯人は切り裂きジャックのファン?』
《海外に向けて言うとは思わなかったな。嘘を嘘と見抜けない奴は....》
【なんか、前にも同じコメントがあったような...。ジャスミンさんだったら、『ハイハイ、分かってますって』とか言いそう】
《ホントに切り裂きジャックなの?イギリスで殺人鬼といえば、たとえば同じジャックであのワーリーとか》
【同じジャック?ワーリーって、子供の頃に読んでた『ワーリーを見つけて』の人だ。なにか噂があるのかな》
【!? 文字が動いてる気がする...翻訳してても同じところは動くんだね...】
『検索ワード:ワーリー』
《今ロンドンに観光に来てるんだけど、止まってるホテルの客が一人殺されたらしい。現場にはおびただしい血と鋭いナイフがあったって》
【むむむ...怖いけど...ジャスミンさんなら『こわー けどホントかわかんないし次、次!』っていうよね!】
《切り裂きジャックに姉を殺された。おかしいだろ。別に姉は娼婦でもなんでもないっていうのに!》
【かわいそう...。...あれ、娼婦じゃないのに殺されてる? なんで???】
『キーワード:娼婦でなくとも殺される』
《ジャックって、ヴィクトリア朝時代の殺人鬼なんでしょ?なら、大穴狙いでスウィーニー・トッド説を推すね》
【ん?スウィーニー・トッド?そんな人がいたの?有名なのかな?】
【文字が動いてる...これも検索してみよう】
『検索ワード:スウィーニー・トッド』
「もうここはいいかな...気になった言葉を検索してみよう」
『検索:ワーリー 殺人鬼』
~≪あの『ワーリーを見つけて』のワーリーが殺人鬼だった!?1970年代のイギリスで彼が25人もの子供を殺した理由とは!?≫~
《マジか...結構好きだったのに、ショック》
【ワーリーを見つけて、わたしも子供の頃読んでたなあ。皮膚科とか歯医者とかにあったっけ】
《正直ワクワクするよねこういうの》
【もしホントだったら不謹慎だけど、ちょっとは分かる気がする。自分の知ってるものが意外な真実を持ってるのって、ロマンあるよね!】
《ソースは?》
【てりやき....ちがう、情報ソースのことだ。これでも私、情報学部だもん、分かるよ!】
《こんなのただの都市伝説じゃん。騙されることないよー》
【むむむ、都市伝説!センター長さん、こういうカンジのも好きなのかな?】
《ネットって、こういうホラーに関係ないのを怖くするのって好きだよね。まあ自分もだけどw》
【こういう人たちのおかげで、需要が満たされているのかな】
《このアカウントって、外国まで手伸ばしてるんだ!?スゲー》
【あ、確かに!今まで日本語の奴しか見たことなかったけど、やっぱりみんな怖いの好きなのかな?】
《これ、昔からある話だよね。『ワーリーの元ネタ、囚人説』。今イギリスでアレが話題だから、持ち出してきたんだろうね》
【そうなんだ! アレって、たぶんジャック・ザ・リッパ―のこと、だよね】
「うーん、ここには必要な情報がないのかな?別の言葉で試してみよう」
『検索ワード:スウィーニー・トッド』
~≪今、ロンドンでジャック・ザ・リッパ―の再来とか言われてるけどさ、やっぱイギリスの殺人鬼で思いつくのは『スウィーニー・トッド』だよな≫~
《いやいや、アレは小説の登場人物じゃん。ジャックは実在した殺人鬼なんだから、比べるのは間違い》
【すうぃーにー....難しい名前。聞いたことないけど、外国の小説かな?】
《殺人鬼ってたくさん居すぎてもうワクワクせんよ》
【もともと、ワクワクするものでもないけど...】
《ぶっちゃけ、ここに現地の人どれだけいる?いたらいいねよろしく!》
【翻訳しながら見てるからわかりそうなものだけどな】
《今仕事の取材でロンドンにいるんだけどさ、案内人もちょっとビビってるw酒飲んで忘れましょー》
【やっぱり、ロンドンの人も気になっているみたい...早いところ、解体しなきゃ!】
「うーん、ここはあんまり重要な所じゃないのかな?」
☆◆☆◆☆◆☆◆
むむむー、とバスに揺られながら手元の液晶をにらめっこすること十数分。
メガネをかけ始めた日から、今まででこういった調査をしてきてだいぶ慣れたとはいえ、いつも隣にいたジャスミンがいないことと、慣れない翻訳を使用しながらのものではここら辺が限界だろう。
それに、ちょうど目的の駅に着いたようだし。
「よっ、と。...ここが、一番新しい殺人現場...」
身構えてきたものの、特段、珍しい風景ではない。辺りはこれまでに通ってきたロンドンの街並みそのもの。違いと言えば、明らかに何か『捜査中です』と言わんばかりの一行が居ることだろう。
なんとはなしにぼうっとしていると。
「警部。やっぱり、これもアイツの仕業ですかね?」
「ああ、だろうな。これで四件目だ。まったく、今は21世紀だぞ?なぜこうも翻弄されているんだ、我々は」
「さあ。科学捜査でも被害者関連のもの以外形跡なし、おまけに目撃者もこれまでに二人だけ。しかも、そいつらも三件目、四件目の被害者でしょう?まさしく、打つ手なし、白旗上げるしかないってやつですよ――――いだっ」
「それを口にする暇があるなら足を動かせ!まったく、最近の若いのはどうも口先だけで、べらべらと――」
「それを口にする暇あるなら足動かしましょーよ」
「――言われるまでもない!」
「ところで、また野次馬っぽい人いますけど。ほら、あそこの女の子」
「うん?ああ...はあ、お前が相手しとけ。そのよく動く口で」
「んじゃあ警部は足を~」
いたいっ!
おしりを蹴っ飛ばされながらもこちらへ歩んでくるのは、現地の警察だろうか。
それにしては、その、随分個性的というか。
(...警察の人って、どの国も変わってるのかな?)
「やあお嬢さん。こんな空が暗い日にどうしたの?残念だケド、死体ならもう回収するとこ。見たいものは、ないと思うなぁ」
「あ、その、そういうのじゃなくて。あーっと、都市伝説解体センターから派遣されたものです。あの、聞いてませんか?」
「都市伝説解体センター???いやあ僕は聞いてない。警部ー!!」
なんだ!!と大声が飛ぶ。
「都市伝説解体センター、ってトコから人来てますけど!知りません!?」
「ああ!?...俺ァ知らん!」
「だってさお嬢さん。いやね、かわいい子だから話しちゃうケド、ここの死体、今話題の『彼』の仕業っぽいんだよね」
「あ、それは、はい。知ってます。で、その、できればどんな方が亡くなられたのかを...」
けどねえ、と警察らしき男の人は頭をかく。いや、警察といえど、スーツをとてつもなく着崩している。もはや別種のファッションだ。
「あー、ごめんね、サービスはここまで。いくら僕がかわいい子に弱いからって、警察の矜持まで捨てられないなあ」
「(見た目に反してちゃんとしてる...。でも、どうしよう。何か、この人が反応する言葉は...。)」
【そのスーツ...】←
【本当に...】
「あの、そのスーツですけど...」
「ん?ああ、このスーツ?はは、やはりかわいい子はファッションセンスもあるみたいだ!警部なんか『若者が!』の一点張りなのに」
「なんでそんなに着崩してるんですか?」
「...これはね、お嬢さん。捜査上必要なことなんだ。どうしてもね」
「(やっぱり、真面目なことなんだ!見た目に反して!)」
「真面目にかっちりしたスーツを着ていては、僕のテンションが下がる!事件解決なんて夢のまた夢さ!な、重要だろ!」
「(...別に聞かなくてもよかったかな、この話題...。)」
【本当に...】←
「お兄さん、あの、本当に聞き覚えありませんか?都市伝説解体センターという名前に」
「んー...。ああ!」
「あ!何か覚えてましたか!」
「日本で起きた...ああー、オカルトマニアのテロもどきの黒幕?いやそれを止めた側だったか...とにかくそういうので聞いた覚えは...」
「えっと、センターはですね、不思議なことを調べて、その正体を探る、そういう機関です!それで、今回は例の件で来まして」
「! そうか、オカルト探偵だな?」
「え」
「うんうん、そういうことなら協力するのも吝かではないね。いやなに、僕もね、そういう話好きなんだ。界隈が盛り上がるならちょっとくらい流してもいいよ」
「は、はあ。ありがとうございます...?(やっぱり見た目通りかも、この人...)」
少し話をしてみたが、彼はあまり仕事熱心という訳ではないらしい。
日本でもそうだったが、こういった一癖も二癖もある人物は、何かと情報源になるものだ。
そう考え、あざみはこの不真面目な刑事の話に耳を傾ける。
「で、確か『彼』のことについて、だったよね。現段階では分かってることはあんまないけど、何が知りたい?」
(うーん、この感じ、久しぶりだなあ。...いいものじゃないけど)
【『彼』について】←
【今回の被害者について】
「あの、『彼』っていうのは、あの『切り裂きジャック』のことですよね?」
「おお、そうだよ。まあ男か女かは、分かってないんだけど。年齢も動機もわかんないし」
「凶器とか、そういうのもないんですか?」
「うん。普通、足跡とか毛髪とかあるもんなんだよ?それが、まるで透明人間...いや、霧が意思を持ったみたいになーんにもない。男で安心したの、初めてかもね」
「霧?」
「あれ、知らない?『切り裂きジャック』が出没した時代、ロンドンはスモッグに覆われた街だった。で、その夜霧に紛れて殺人が起きる。でね...なぜか一連の連続殺人でも、起こる日は必ず霧の深い夜なんだ。それも相まって、『彼』の名前が出てるってワケ」
「なるほど...」
(霧の深い夜に事件が起きる...メモしておこう)
――――証拠【霧の深い夜】を入手―――
「で、他に知りたいことは?」
【今回の被害者について】←
「今回の被害者については...」
「んー、そこは流石に話せないねえ。ま、僕もまだ身元は知らされてないし。できないし、しないよ」
「そうですか...」
「...見てわかることだけ言っておくと、まず女性。20代の若い人だ。霧の深い夜中に何してたのかは分からない。近くにイベントもないし。財布もスマホもないから、外出だとしても散歩程度ものだろうね...これくらいかな?」
「ほかの被害者の方も、そんな感じなんですか?」
「あー...だね。そのくせ、抵抗の跡らしきものがないんだから、おかしなもんだよ」
「抵抗の跡がない?」
「....喋りすきちゃった。今の、ナイショね、ナイショ!」
(殺人事件なのに、被害者に抵抗の跡がない...顔見知りとか、薬で眠らされて...とか、そういうカンジなのかな?」
――証拠【抵抗の跡ナシ】を入手――
「で、他には?」
「いえ、これで十分です。お話してくださってありがとうございます」
刑事は『あら、こんなもんでいいの?』とでも言いたげな、拍子抜けといった顔を見せる。
...普通、部外者には話をできるだけしないのが鉄則だと思うけど。
「これくらいなら一杯おごってくれりゃあ話したよ?...そうだ! おまけって言ってもなんだけどね、ひとつ、耳寄りな情報をあげようか?」
「なんです、それ?」
この刑事、不真面目過ぎるな...と言うのは、心内にしまっておくことにして、ペンとメモを構え、話に耳をすます。
「それがねえ―――」