どうも。またちょっと創作意欲が湧いて出てきた私です。
最近老人と海という小説を読みまして、あきらかにその影響を受けちまった回になっております。
アレは本当面白かった、多分小説をあんまり読んだことの無い人も入門として良いと思うからぜひ読んでみてほしい。
私は口の悪いじじいが好きです、独り言を喋るじじいが好きです、力の限り戦うじじいが好きです、いつもは一人称が儂だけど本気になると俺に変わるじじいが好きです。
ちなみに今回いつもの2倍くらい長いです。すっげぇ楽しくて結構書いちゃった。
この都市にまともな職業なんてもんは存在しない。
フィクサーはどんな汚い依頼でも金さえ積まれればためらわずこなし、羽は翼に使い潰され、工房はイカれた技術をこねくりまわしてよくわからん物を作っとる。古今東西、裏路地や巣という区切りも関係なくこの都市に存在する職業は皆狂っとる。
その狂気に優劣を付けることなどできない。しかし…都市で最も愚直で阿呆な職業を儂は知っとる。
なんてったって家族と自分を生かすために家族と同じくらいには代えがたい者どもを殺しバラし売り捌く職業なんじゃからな。
「それなら、そんな職業に人生を捧げようとしている儂は都市で最も愚直で阿呆な男ってとこか。」
水面の揺れに呼応するように小舟がはしゃぎはじめる。
久々の航海だ、こいつも楽しみなんだろうな。
小さくも頼りない舟に見えるが、その実鯨の体当たりでもびくともしないタフな奴だ。そして、儂の相棒にして第三─いや、第二の恋人でもある。妻は恋人とは言えんじゃろうからな。
しかも第一の恋人─つまり、儂と小舟の下にいる奴だが─はどれだけ構っても振り向いてくれんかったから、唯一まともに接してくれる恋人でもある。
「あのバカ妻も逝っちまったしな、まともに向き合ってくれる奴はもうお前だけかもしれん。」
返事をするかのように小舟が揺れて波音が立つ。
独り言が出るようになったのはいつからだっただろうか。
多分他人の舟を降りて、初めて自分の舟に乗って、それでも寂しいとは思わなかった。自分から舟を降りた癖して、一人は寂しいとかほざきやがるわけにもいかなかったからな。
…10年は経ったのだろうか。まあせいぜい15年くらいだろうな。そんなこと覚えちゃいないが。
わかってる。漁師とは孤独な職業などではない。儂が何年漁師をやってきたと思ってるんだ、そのくらいのことはしっかり刻まれとる。
普通はデカい舟に乗るもんだ。それで一緒の舟に乗っちまったヤツらとガヤガヤやるのが普通で。そんな中で孤独なんて感じるわけがねえだろう。
そうじゃない、儂みてえな一人で小せえ舟に乗ってる奴は、大抵大湖に思いを馳せる変人どもだ。そういう奴には鯨と人魚と波って兄弟が常に側にいるから平気なんだよ。
つまり、儂は妻に逝かれて御執心なだけだってこった。まったく、漁師の風上にも置けねえ野郎だな、じいさん。
都市で一人だけの孤独な漁師ってことだ。嬉しくもない称号がどんどん増えていくな。
それにしても、舟の進みが遅い。波はなんとか回避しているが、良い釣り場に着くまでに日が暮れちまうかもな。
本当、腕が鈍った。昔ならもっと波やら風やらの方向を判断して、湖の位置も頭に叩き込んで、危なげなく移動できただろうに。
…妻が死んだあの日から、ずっと航海をしていなかった。舟も、銛の手入れもしていなかった。食事をしていたのかもよく覚えていない。多分、睡眠は取っていたと思うが。
十数年のブランクで知識も道具も技術も身体も弱くなっちまった、今ではまったくしおれた爺さんだ。さすがに堪える、これから取り戻して行かなければ。
今さらこんなろくでもないくそじじいが航海に出たのは、ある一人のじいさんが災害を釣ったという記事を見たからだ。
当然そこまでに至る経緯なんてものは覚えていない。多分、それまでと同じように事務的に新聞を覗いて、そのどデカく貼られた見出しを読んだんだろう。まあ別にどうだっていい、誰が興味がそんなことに湧くんだ。
儂はその見出しを読んだ瞬間、何かが吹っ飛んだような、ちぎれたような、もしくは目覚めたような感じがしたのを覚えている。
あのじじいは本当にとんでもないことをしでかした。五大災害を釣ったのいうのは、ただ災害が一つ消えるだけの出来事ではない。儂のような死に損ないの燃えカスにまで火をつけちまったんだからな。要するに、この年で夢を思い出したってことだ。
昔のことを覚えていない代わりと言わんばかりに、それからのことは本当に良く覚えている。
仕事もせず膨大な貯金で生活していたが、その貯金を全て使ってこの舟と、銛と、道具全てを丹念に手入れしてやった。
久々にやった手入れは、本当に楽しかった。
初めて舟に乗った時のことを思い出した。新しく舟に乗ったケツの青いガキはまず道具の手入れを必死に覚えなきゃならん。
道具一つの手入れを怠ったことで、何体もの鯨を討ち取った舟が沈んだっちゅうのは有名な伝説だ。それが作り話かどうかはわからんが、ありえないことではないのは船乗りなら誰だってわかるだろう。
本当に長い間手入れしてやってなかったせいで、どれも酷くボロついてしまっていた。元通りの力を発揮できるようにするにはかなりの労力がかかる。
しかし、命を共にする者どもをこうも酷い格好でいさせるわけにはいかない。あいにく儂には金と時間だけはあったので、ひたすら少しずつ綺麗にしてやっていって、一ヶ月後にはすっかり元の儂の相棒の姿が見えた。
そうしたら、すぐに海に飛び込んで、この有り様ってわけだ。
だらしなくはあるが、それでも久しく身近に感じる、この身を切る塩辛い風はやはり気分が良い。
こいつのせいで身体にどれだけ傷が増えたか。この傷のせいで良い女を逃したりもしたからな、かなり恨めしい野郎だ。
でも、やっぱりこの風も兄弟同然に感じるのは、俺は漁師になるために生まれてきたんだと実感させられる。
それだけじゃない。青空でなくとも奇妙な嵐たちや波に飲まれた時のあの独特の空も愛しているし、この水面の下にはどれだけ愛を注ぎ込んでもたりない。
そして鯨ども。海で生きる俺たちと鯨の何が違うか。
少なくとも漁師としての俺は海という母にして父のもと生まれ、そして海の元で育ち、ここまで生きてきた。鯨どもとは兄弟同然だ。
漁師ってのは鯨とお互いに存在を塗りつぶし合うあの瞬間でしか得られないものに価値を見いだした変態どもの集まりだ。無論俺もそいつらと同じ野郎だがな。
「へっ、他人にはわからんじゃろうな。たまに自分でもわからなくなる時があるのに、他人にわかってたまるかってもんだ。」
そうこうしている内に釣り場についた。
昔はここに何日もずっと張り付いて釣りをしたもんだ。魚がかかるまで、ずっと動かず、死んだように待ち続ける。
波が押し寄せてこようが構わずに立ち向かったことも少なくない。むしろ飛び出てきた鯨や人魚どもを狩って収穫にしたこともあったな。
今はそんな体力はとうていないが、またそんな無茶もしてみたいもんだ。
老いぼれの悪い癖だ、昔のことやら短い老い先のことやら、今どうこうできないことをつらつら考えやがる。今はそんなこと考えてる場合じゃないだろう、じいさん。釣りに集中するんだ、この湖は留まれる時間が長いとはいえ波に呑まれちまったら一巻の終わりだ。
網についている沢山の小さな鈎の一つ一つに餌を取り付け、海に垂らしてやる。
儂ら漁師の仕事はただ一つ。
深海に潜んじょる鯨どもに餌を垂らしてやって、食いついたやつを引っ張り上げて銛でくたばらせてやること。それが儂らの言う"釣り"であり"漁"だ。
つっても、大人数で網を引っ張ったり、機械を使って引き上げたり、方法は様々だ。舟一つ一つに独自の方法があると言っていい。
だが…方法は多いとはいえ、儂みたいに一人の力で鯨を引き上げようとする変人はそう多くはない。
鯨という、小さいもんでも人の大きさは軽く超えるデカブツと一人で格闘する方がおかしいと思うかもしれないが、実のところ、儂は網の感触や微かな動きを感じやすい分、力さえあれば1番良い釣り方だと思っとる。
網を引きすぎればちぎれる、引かなすぎればもっていかれる、そういう駆け引きこそ釣りの真髄。その駆け引きを制するには、身体の感触に頼るのが1番なんじゃよ。
つっても、1番大事な鯨に負けん力が圧倒的に足りん漁師ばかりじゃから儂らが変人扱いされるんじゃがな。
そう考えると、五大災害の2つに真っ向から立ち向かって見事釣り上げちまったあのじいさんは、どれだけ変人なのか。蒼白のを釣り上げる時は共に釣りをする者がおったそうじゃが、マカジキのを釣り上げた時は本当に一人で釣っちまったそうじゃないか。
五大災害ともなると、どれほどの大物でどれほど力が強かったのか想像もできないな。それを釣り上げるとは、あのじいさん流石は色を授けられるだけあるな。数ヶ月はじいさんと釣り上げられた二匹の鯨の話で漁師の連中は盛り上がることじゃろう。
まったく、五大災害を釣っちまうとは生粋の漁師じゃな。その点で言えば儂だって負けてはいないが。
…日が暮れてきた。時間は経ったがまだ大丈夫だ。
この湖に滞在できる時間は、あと3日間。移動の時間を考えると釣りができるのはせいぜい2日半くらいじゃろう。あと1日で魚がかかれば、物にもよるが残りの時間で十分釣り上げられるじゃろう。
しかし、それ以上の時間がかかれば望みは薄くなるじゃろうな。
儂にできることと言えば、いつ獲物がかかっても戦えるようにしっかり食って飲んでおくことと、銛の手入れをしておくこと。あとは、祈って待つだけじゃ。
待つ。手に握りしめた網の感触は変わらない。
待つ。小さな魚が一匹海面から飛び出てきた。銛で仕留めて食ってやり、力をつけた。
待つ。波の向きが変わった。流されていかないよう舟の向きを変えた。
待つ。カモメが一匹舟に止まった。話しかけてやると、人を怖がらないやつだったようでよく話を聞いてくれた。
待つ。そろそろかかってもおかしくないと思い、銛の手入れをする。網を掴んだままの手入れは、昔は慣れなかったものだが今ではすっかり慣れた。カモメはいつのまにか飛び去っていった。
待つ。日がだんだんと落ちてゆく。夕焼けは好きだった。
待つ。さあ、鯨よかかれと祈る。うまそうな餌に食いつくのだ、鯨よ。
待つ。舟は相変わらず波でばちゃばちゃしている。じっとしていられないなんて、漁師の相棒のくせに、堪え性のないやつだ。
待つ。すっかり暗くなった。肌寒いので上着を羽織る。網を手放さないよう右手から左手に移し袖を通し、こんどは同じように左手を袖に通す。
待つ。静かで嵐も来ず、幸運だな、と思う。大湖の数多の嵐は前触れ無くやってくる、来たら受け入れて立ち向かうしかない。だが、そんなものは微塵も無く、静かに釣りができる。
待つ。遠くに舟が見えた。大きな舟だった。灯りがたくさんついていて、多分けっこうな漁師が乗っているんだろう。儂の舟は小さくて灯りもないから、向こうには気づかれていなさそうだな。
待つ。また流れが変わる。それに合わせて舟の向きも変える。今更この程度で動じたりはしない。
待つ。一気に寒くなったと思うと、夜明けが近いとわかった。そろそろかかってくれるといいんだが。
待つ。日の出が見えた。明るくて、目がやられそうだったが、やはり美しいと思った。
待つ。もうそろそろ、波が来るまで2日を切る。要するに、潮時かもしれないということだ。
待つ。それでもやはり、諦めきれなかった。波に呑まれようと、最後に鯨と格闘して終われるならそれでもいいかもしれないなと思った。漁師とはそういう生き物なんだろう。
待つ、待つ、待つ。そして半日が過ぎたころ、網に微かな振動が伝わった。
「やっと来たな、鯨め。さあ、食らいつけ。目の前のうまそうな餌に今すぐに食らいつきたいんだろう。食欲に従え。」
切羽詰まって、思わず独り言が溢れる。そんなことを気にする余裕すら無く、網をじっと握っていた。微かな変化すら逃さぬように。
すると、一気に網に力が加わった。
「かかったな、鯨め!!!いいぞ、その意気だ、俺と死ぬ気で戦ってみせろ!!!」
久々に感じた、網越しの強大な力に、これ以上ないほど興奮する。
波が来る時間などもう忘れていた。ひたすらに、網をちぎれる限界まで引いていた。
網を右肩に掛け、鯨が引っ張る方を背にして身体全体でひっぱる。右手は十数年ぶりの鯨の怪力に驚いているようで、昔のように力がはいってくれない。肩のほうはというと、治りかけていた網の跡を再び刺激され、悲鳴を上げている。
「始まったばかりでそんな音を上げていちゃあ、すぐ負けちまうぞ。久々の漁だ…しっかりするんだ、手よ、肩よ。」
網の引き方と力加減…そして引いている位置からすると、こいつはアンコウ鯨じゃろう。1番深い位置、海底まで垂らした餌に喰らいついたな。
海底から引っ張り上げるのには苦労しそうじゃな、まったく。
鯨は必死に抵抗する。あっちへいったりこっちへいったり、引く速度がゆっくりになったと思えば唐突に全力で引いてきたり。
焦って暴れているな、暴れるのは効果が無く疲れて不利になるだけだということを知らない、幼い鯨だ。
いける、やれるぞじいさん。この幼い鯨ならば、老いぼれたお前の身体でも、十数年で失っちまった技術でも、波までの短い時間でも、釣り上げられる。
「今だけはふんばれよ…力をふりしぼれ。勝てるからな…」
また漁師としての腕を取り戻したいだろう。鯨を釣り上げた時の快感と達成感をまた味わいたいだろう。災害を釣るという失ってしまった夢を取り戻したいだろう。今網で繋がっている、自分と全力で戦っている巨大な兄弟の姿を拝みたいだろう。
ならふんばれ、がんばるんだじいさん。右手と右肩が耐えられなくなったら、左手と左肩に交代すればいい。そいつらに任せている間に休ませて、また交代すればいい。あんたには2つも手と肩がついてるじゃないか、じいさん。
この場所にはお前はただ一人だけしかいない。だがお前にはその身体がある。老いぼれようと人間の身体はそれほど弱くはない。
「はは…俺は勝つぞ、勝ってお前の姿を拝んでやる、鯨よ。」
鯨に言っているのか、自分に言い聞かせているのかわからない独り言を発した後、近くにあった水筒の水を一口飲む。これでまた少しふんばれる。少なくとも…夕暮れまでは、どうにか。
ひたすら耐える。暴れる鯨の抵抗をいなし、どうにか鯨が疲れるのを待つ。ほんの少しだけでも力が緩めば、見逃すことなくこちらはほんの少しだけ力を強める。そうやってほんの少し、ほんの少しずつ駆け引きを有利にしていき、海面に近づけてやる。
「さあ…鯨よ、また少し疲れてきたんじゃないか。お前は俺より力も体力もあるが、俺より賢くなく、俺よりずっと暴れてるじゃないか。」
戦っている間に日が落ちて、また昇る。つまり波が来るまであと1日だ。移動を考えれば半日で決着をつけなければならない。
アンコウ鯨はというと、疲れるのが早くなってきたが、位置としては未だ半分ほどの距離引き上げた程度か。これならば、間に合うかかなりギリギリだ。
「鯨よ…耐えられないだろう、疲れただろう、力を抜いて引っ張られちまえ!」
少し焦っていると、鯨は急に進路を変えた。
向かう先は水面だ。自分から飛び出して来ようとしている。
こいつめ、俺と網越しでなく正面から戦うつもりだな。
「好都合だ、やってやろうじゃないか鯨よ!!」
水しぶきが上がり、朝焼けにそのおぞましい身体が照らされ、輝く。
見惚れる隙もなく、アンコウ鯨はそのバカでかい口を開き人魚を吐き出した。
「お前をこの手で殺してくれよう、兄弟よ!!!」
もうこいつは逃げる気がないなと判断し、網から手を離す。そして空いた手で銛を持ち、この小さな舟に押し寄せるように乗り込んできた不法入船者たちに向けてつき刺す。
3匹の人魚がくたばり、死体の上に5匹の人魚が押し寄せる。
5匹を殺すと8匹が乗り込んで来て、8匹を殺すと12匹が乗り込んでくる。永遠かに思えたが段々と勢いは失せていき、最後には鯨が体当たりしてくる。
「儂の舟を舐めるなよ、貴様ごとき幼い鯨に壊せると思うな!!」
舟に乗り上げた鯨を、銛で思いっきりつき刺す。抜き、またつき刺す。巨体の深い底に隠れている心臓を掻き出すように、何度も何度もつき刺す。
そしていつしか、巨大なアンコウ鯨からあの暴れっぷりは失せ、すっかりおとなしくなった。
「今日はお前の番だったみたいじゃな。まだ幼いのにすまなかったな、兄弟。」
目の前でくたばった、儂が殺した兄弟に謝罪を告げ、すぐに舟を動かす。
まだ落ち着いてはならない。波まであと8時間だ。かなりの距離を移動しなければならない。
間に合うかどうか、波に呑まれたとして生き残れるかどうか、生き残れたとして呑まれてしまえばおそらくぐちゃぐちゃの残骸になるだろう人魚と鯨の死骸はどうするのか…
「は、そんなことを考えても仕方がない。押し寄せてきた波にはとことん立ち向かうっつうのが漁師っちゅう生き物じゃ。」
この小説のタイトルが道を失った乗客さんが出す次元みたいなのに気がついたから俺は変異体ってことでいいかな。