奈落に啼くペレグリヌス〜ウェルニクロの女〜【愚痴よりつまらない無価値な小説】   作:?がらくた

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第12話 生者と死者を分け隔てる力

鮮血を思わせる真紅に彩られた景色は、再び夜の黒を取り戻した。

朦朧とした意識と感覚を頼りに、右手に視線を落とすと手には血が滴った宝剣が握られている。

防具が欠損したNの姿に、私は自らの犯した罪を悟る。

―――ああ、今度は私がデニスの立場になったのか、と。

 

私の脳裏にこびりつく忌まわしき記憶の扉。

惨劇への道筋を開けるのは、殆どが他人だった。

緋色の女、呪われた女、人殺し……自分に向けられた罵詈雑言を耳にする度、あの光景が鮮明に蘇る……

100人中100人が値打ちのある緋色の鎧と宝剣を発見し、口論の末に殺人に発展した現場と推理するだろう。

それでも私がデニスを狂乱させ、4人の運命を弄んだ緋色の鎧を。

絢爛な装飾が隠れるほどに、日々の戦闘で血塗られていく宝剣を。

肌身離さず装備しているのは友人の最愛の男性デニスを奪った罪悪を、せめて忘れずにいたいからだ。

グールが何故、私に憎悪を向けるかは定かでない。

だが引き裂かれるような胸の痛みを、未練をこの世に残し恨みを抱く死霊が終わらせてくれるならば……それが人殺しに相応しい末路なのかもしれない。

 

「グハハッ、抵抗する気力もないとはな!」

「我らには好都合だ。悪しき血を絶やしてやろうぞ!」

 

目を背け、鼻をつまみ、顔を歪めたくなるような魔物の群れがゆっくりと迫る。

囲まれた私はデニスとかつての仲間たちに思いを馳せた。

疲れ果て壁にもたれた私へ、仲間たちはトドメを刺さなかった。

常軌を逸した極限状態に怯えるあまり、逃げ出したのか。

それとも元仲間へのせめてもの情が、私への攻撃の手を止めさせたのか。

どちらにせよ私は、生かされたのだ。

なのに、どうして……彼は亡くなったのか……

どうして私には……罪を償う機会すら与えられなかったのか……

いや、私は逃げたのだ……己の悪徳から……生きて何ができるというのだ……

死こそ私にできる……最大の誠意を込めた……贖罪ではないのか……

 

「……もういいわ、Nobody……私がのうのうと生き長らえても……それには意味がないものね……殺人鬼には同じ罰が……死の罰が……下るべきなのよ……」

 

胸に抱えた重責に耐えかねた心が悪霊の罵声でついに決壊したように、聞くに値しない戯言に従う弱音を私は漏らす。

グールたちは特に私に、敵愾心を燃やしている。

それにまだ異世界に訪れて間もなく、だいそれた悪事など働けるはずもないNobodyは無関係だ。

だが唯一事情を知るヘイゼルから事実の断片を耳にしたのか。

彼はそれが正しいのかと口を挟んだ。

 

「……ハァハァ……何のためにデニスさんって人は君に倒してくれと……そう頼んだんだ……」

 

息も絶え絶えに青年は必死に言葉を紡ぐ。

 

「……長年連れ添った仲間たちに……いや、エレインに生きてほしかったからだろう……」

「……! ……ウゥ、ウガァアァウ!」

 

束の間の会話を経て、私の呼吸は疲弊した獣を彷彿とさせる荒い息遣いへと変わった。

まただ、見る者全てが赫に染まる……真紅の鎧の呪縛に完全に魅入られてしまったのか。

肉体の主導権を失い、緋色の鎧のジュエルから漂う覇気が腕を勝手に動かす。

……最悪の状況だ、このままいけば彼を殺してしまう。

しかしある種の解放感に満たされた精神は、それすらも肯定していた。

これ以上堕ちようもないのだ、モウドウニデモナッテシマエバイイ……

 

 

 

「ガアアアァアァッ!!!」

 

狼の遠吠えの如く咆哮すると鳥が飛び立ち、周囲の木々が揺れる。

畏怖したグールは蜘蛛の子を散らすかのように離れ去る。

狂気に我を見失った彼女は洗練された技術をかなぐり捨て、ただ胸の内側から湧き上がる人ならざる膂力に任せ、宝剣を振り回す。

しかし常軌を逸した力は、時に力をいなすのに特化した柔さえも容易く捻じ伏せるものだ。

 

「キエロォッ! Nゥッ!!!」

 

紅蓮の凶刃が亡き者にしようと首筋に触れた瞬間!

暗黒の空から突如、一滴の雫が頬を掠め、彼女は手をぴたりと止めた。

天を見上げるも雨粒ではないようで、すぐに視線を戻すと、何故かグールの群衆が方々から狂乱の叫びを上げる。

 

「……イヤダ、イヤダッ! マダ逝クワケニハァァァ……殺サナイト……俺タチの恨ミガ……」

「フザケルナ! 私ダッテ、モット色々シタカッタ! ……恋ヲ、結婚ヲ……趣味ノ服作リヲ……返セ、返セ、奪ワレタ命ヲ……返セ、返セ、アッタハズノ未来ヲ……」

「アア……還ルノカ、アルベキ場所ヘ……」

 

水滴にに打たれる度に断末魔が響くも、ほどなくして彼らは生前の衷心を取り戻したのであろうか。

電池の切れた歩く人形のように大地に伏すと、グールやゾンビに漂っていた淡い光は、すっかり見えなくなってしまった。

しかし操られた彼女は動じず再度腕を振り上げて、緋の剣が瞬時にNの頭を、二等分に割ると思われた矢先

 

「ナンダ、コレハァッ!」

 

思いもよらない不運に、怒声を浴びせる。

―――彼の頭頂部には澄み渡るエメラルドの水流が刃の刀身を象り、エレインの攻撃を受け止めていたのだ。

その謎の水は宝剣から滾る猛火を容易く鎮火し、それに伴って腹の底の憎悪が徐々にではあるが浄化されていくように、エレインは実感した。

 

「何なの? この水の魔法は……とても清らかで……でも……」

 

生者と死者を分け隔てる水は、エレインが正気になるや否や霧散する。

 

「ふぅ、ようやく……終わったんだな……」

「ありがとう、N。先輩風を吹かせてたけど……今回は私の方が迷惑かけたわね」

 

憑き物が落ちた彼女が頼りなく微笑すると

 

「……ううん、嫌われ者同士だから、俺たち」

「ずいぶん言うようになったわね。ま、その通りなんだけど。ねぇ、きてちょうだい」

 

エレインはふらつきながらも手袋をはめ、テントウムシの銀貨を手に取ると、遺体の口へと含ませた。

かつてのギリシャでは死者の口に小さな銀貨オボルスを入れ、冥府への渡し賃を手向けたという。

あの世で物資に困らぬように送る中国の冥銭(めいせん)。

日本では六紋銭の名称で、金銭を模した品々を渡す。

この儀式を経て、ようやく弔う者すらいなかった彼らは―――本当の死者になれたのだ。

死人を偲ぶ彼女は瞳を閉じ

 

「落命した数多の者たちよ。敬愛するイミタ、シグニフィカ、メタモルフォシスの御元で、永劫の眠りにつくがいい」

 

と、ヴォートゥミラ三神に祈りを捧げ

 

「生きた人間を手にかけたのはデニスだけ。だから恨まれる理由はわからないけれど……この人たちが安らかに眠りについてくれたら……」

「〝呪われた緋色の女〟なんて呼ばれる割に、まっとうで人がいいよ、エレインは……悪人ならそんなことしないからさ……」

 

Nが薄く笑い、彼女もつられて笑み返した。

ぼんやりとした紅空のせいで表情はハッキリとは映らぬもののその時、冒険者2人の曇天の心魂に一筋の光が差し込んだのであった。




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