奈落に啼くペレグリヌス〜ウェルニクロの女〜【愚痴よりつまらない無価値な小説】   作:?がらくた

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第18話 死の摂理に抗う者

後日

 

 

 

永劫の夜の帳が降ろされた街は、いつものように静寂と狂気が入り混じる空間だった。

路地には灯火が儚げに揺れ、どこかから獣の遠吠えが響いた。

月明かりすら差さぬ暗黒は人々の罪さえも覆い隠す。

標的は常に弱者だ。

 

「Get lost, old lady!(消えろ、ババア!)」

 

罵声が飛ぶ方に視線を向けると朧げな光が灯したのは、暴漢の手にしたナイフが鈍く輝く。

またもや老婆は無慈悲な暴力に晒されていた。

彼女を罵る言葉には、一層の悪意が込められる。

嫌悪しておきながらも自ら関わり、嫌がらせをせずにいられない様は、さながら図体の大きないじめっ子か創作物の粗探しに躍起するアンチのようでもあった。

しかし本人には抵抗する気がないのか、ただただ無心で立ち尽くすのみ。

 

「失せなさい、ろくでなし共」

 

暴漢に立ち向かうエレインの宝剣が閃き、刃が空を裂いた瞬間、暴漢たちは悲鳴を上げて四散した。

残った暴漢が老婆へ襲いかかるも、背中へ鞭の一閃が入ると握り締めていた武器が弾け飛ぶ。

 

「......You guys helped me out again.(……あんたたち、また私を助けてくれたんだね)」

 

彼女はどこか申し訳なさそうに答えると、感謝もそこそこに脚を擦って家路につく。

連日立て続けに襲われる彼女を独りにしたら、また悪意に晒されるのではなかろうか。

顔を見合わせたエレインを見遣ると、彼女もNと同様の考えに至ったのだろう。

2人が家まで送ると申し出て護衛を果たすと、再度家に案内されるのであった。

 

 

 

老婆の家にて

 

 

 

蝋燭の明かりが揺れる室内に温かい茶の湯気が立ち込め、闇と相俟って老婆の顔はよく見えなかった。

しかし相も変わらず視線は机の上の羊皮紙と羽根ペン、冒険者道具に向けられている。

昨日の一件もあり、気まずい雰囲気だ。

また老婆に頼み事をされるのも面倒だし、茶を飲んだら早く帰らねば……

Nが口を窄めて煮え立つ茶を啜ると

 

 「Can you tell me more about what you said yesterday?(昨日の話の続き、聞かせてくれませんか?)」

 

何やらエレインが訊ねると、老婆は息子について語り出す。

 

「冒険者として絶対に大成してみせる!」

 

子供の頃から臆面もなく夢を公言し、冒険者ギルドでの下積みを経て水色の冒険者へと着実にキャリアを重ね―――突如として筆を握り始めた我が子。

息子の突然の変化に彼女は戸惑い、苛立ちを隠せなかった。

念願が成就し、冒険者として生きてきたのに何故?

彼にとっての夢とは、その程度のものだったのか?

黙して語らない彼の急激な心変わりが、老婆にはまるで理解できなかった。

 

「......I yelled at that kid. I yelled at him, 'What's the point of that? It's just a lowlife thing to spend time on(……あの子を怒鳴ったんだ。『そんなものに何の意味がある? そんなものに時間を費やすなんて、ただの落伍者がやることだよ』って)」

 

誰かを守るため血を流し、己が力を振るうのが冒険者の本分だ。

誰にでも務まる仕事ではないし、身を粉にして人に尽くす高潔な職に就いた息子が母の誇りだった。

それを放棄し、机に向かい続ける息子を老婆は許せなかったのだ。

それから息子は再び彼が、冒険者への復帰を宣言し旅立つと、それきり彼は帰ってこなかった。

書きかけの文章は、今も家に残されている。

エレインが丁重にその羊皮紙を手に取ると、静かに目を走らせた。

綴られていたのは冒険の記録――しかしそれは彼自身についてのものではなく。

 

「……白の鬣(たてがみ)が棚引き、鋭利な一角が鮮血に染まる―――その瞬間、昨日まで和気藹々と話していた仲間はいともあっさりと、死出の旅についた」

 

エレインが読み上げた台詞に、青年は息を呑む。

そして文の最後には

 

『英雄ならばきっと誰かが語り継ぐだろう。でも平凡だけどかけがえない無数の骸は誰が遺すんだ?』

 

と、記されていた。

仲間の生きた証を残すため、彼は筆を執った。

誰かが語り継がなければ、仲間たちは2度死ぬ……息子は冒険者を辞めても大事に思う人々のために戦っていたのだ。

 

「I have ...... trampled on that child's wishes. I failed to trust that child(私は……あの子の願いを、踏みにじってしまった。あの子を信じてやれなかった)」

 

老婆の後悔に満ちた顔に、一筋の雫が頬を伝う。

Nobodyは自分と親との関係を、そして老婆と息子の関係に思いを馳せた。

両者には決定的な違いがあった。

学歴が得られない息子は不要の、自分の両親と老婆は違う。

仮に自分がいなくなろうと、あの両親は涙など流さない。

あの両親には出来のいい兄さえいればいいのだから。

老婆は言葉足らずだったかもしれないが、確かに愛があったのだ。

哀しみに暮れる老婆を眺めた彼はふぅと息を吐き、意を決して口を開く。

 

「……護衛の話、引き受けさせてほしい」

 

エレインが通訳し意味を理解した老婆は驚いたように顔を上げたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。

青年の掌をぎゅっと握り締め、一行が微笑んだ――刹那、部屋の空気が凍りつく。

背後に漂っていた黒い影が蠢くと、フードから白骨を覗かせ、ゆっくりと老婆を見下ろした。

 

「時は満ちた。これよりこの者の魂を収穫し、死という名の大地に新たな生の種を蒔こう」

 

無機質な声が頭に直接響くと、手にした鎌を老婆に振りかざす……しかしその一閃を鉄の鞭が受け止める!

 

「死に抗うか……!」

「引き受けた依頼をこなさないといけないんだ。それが冒険者の性だからな」

「あいにく生死の狭間に生きるのが冒険者だから。農家の仕事は後回しにしてもらうわ」

「小癪な……」

 

死神の死の役割に徹する、冷徹な視線が彼らを見据える。

次の瞬間、戦いの狼煙を上げるように黒の外套がひらひらと揺らめき、無尽蔵に深淵の闇が膨れ上がっていくのだった。




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