奈落に啼くペレグリヌス〜ウェルニクロの女〜【愚痴よりつまらない無価値な小説】   作:?がらくた

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第21話 憎悪と軽蔑の決着

「〝死神憑き〟の死の宿命からババアをほんの数分延命させ、感謝されたくらいで、英雄にでもなった気でいるのか? 勘違いしてやがるなァ。人を殺そうが何の痛痒の感じない連中ばかりの掃き溜めの街にゃ、誇りある死も! 尊厳ある終焉も! ありはしねぇのさ!」

 

嘲弄が響く中で1人の人間に、瀕死の危機が訪れていた。

場所が観光を行う時計台であったのが不幸中の幸いで、屋台の荷物がクッションとなり、大事には至らない。

使い古された安物の衣服の独特の臭いが鼻腔をくすぐり、胃の奥から熱いものが込み上げた。

口を開けばどろりとした血が喉を伝い、地面へと滴る。

腹部を裂かれた傷からも、絶え間なく真紅の液体が流れ出して止まらない

傷口からの出血と、痺れるような倦怠感。

身体が言うことを聞かず、次第に意識が遠のく。

視界の端が暗く滲み、耳鳴りが鼓膜に響いた。

 

(……俺は死んだのか。もうそろそろ息絶えるのか?)

 

「同族を呪い、奪い、踏み躙り、どこまでも我欲を追求する! それが夜の狂気に晒されたノックスの掟……招かれざる余所者のお前であろうと、街の摂理から逃れられはしねェんだよ! 人間の感情が俺を肥え太らせたのさ。さっさとババアの元に逝きな、N!」

 

腹の底から激情が燃え盛り、爪が掌に食い込むほど力を込めた。

憤怒と憎悪に駆られ、今すぐにでもこの悪魔の喉笛を噛みちぎってやりたかった。

しかし肉体の主導権は生存本能と痛みが握っている。

憎悪の渦が胸を焦がしているのに、指一本すら持ち上がらない。

 

「御託はそれでいいかしら、アハズ」

 

視界が雨粒の垂れたレンズのように靄がかかる中、一筋の閃光が走った。

エレインは宝剣に炎を纏わせ

 

「逆巻け、炎よ。神聖なる業火で悪しき者を討て」

 

勇ましい言葉と共に一振りすると、炎は鳥の形を成してアハズに向かっていった。

夜闇に轟く影と、火の爆ぜる音。

炎が唸りを上げるたびに影の悪魔の顔は歪み、逃げ惑い、闇の中から反撃の機を伺う。

攻防を繰り広げるエレインとアハズが戦いに気を取られた間、Nobodyの周囲に異変が生じていた。

彼から流れたおびただしい血は黒に塗り潰され、暗褐色の水滴が空中を浮遊した。

ぼた、ぼた、と粘つく雫は血に濡れた地面に落ちる度に波紋を広げていき、次第に彼を遮る防護壁が如く渦を巻いた。

生者の苦悩、絶望、怒り、憎しみ……それらを煮詰めたような黒のそれは、まるでNobodyの怒りに呼応するように明確な意思を以て動いていた。

 

「……なんだッ、これは!」

 

アハズの双眸がかすかに細まり、余裕が消えた。

エレインが彼を確認するのを振り返ると、ふらりと立ち上がるのを目の端で捉えた。

 

「駄目よ、コイツにかないっこないから!」

「ケケッ! 俺をブチ殺したくてたまらねぇかァ? いいじゃねぇか、仮面野郎。やってみろよ! テメーの腹の底から漲る憎悪の奔流が、あるべき人の本質。お前は一分の狂いもなく、俺なんだよォッ!」

 

悪魔に問われずとも、憎悪の臨界点はとっくに超えていた。

 

「……お前、言ったよな? 人の悪意がお前らを生んだって……」

 

息を切らした青年の掌から、黒水が波濤のように荒れ狂う。

憎悪そのものが染み込んだ、悪意の具現。

 

「なら、ならッ―――憎悪と悪意に溺れて消え失せろォ!!! アハズゥ!!!」

 

怒号と共に跳ねる飛沫。

それに触れたアハズは半狂乱に羽根をはばたかせた。

 

「ふ、ふざけんなっ、こんなバケモノ相手してられるかよ……」

 

逃げ出そうとした刹那、黒の水は無数の人の形を形成し悪魔の脚をがっしり掴む。

黒の水に包まれた刹那、その部分の肉体は元々欠損したかのように綺麗に跡形もなくなっでいた。

様々な人間を苛み、苦しめた悪魔が―――今度は人の悪意に喰われる。

巡る因果がアハズを死に至らしめるのは、〝運命〟が定めたのだ。

 

「神の道徳と悪魔の哲学……人には2つの選択肢が与えられ、こいつらは後者を選んだのさ―――断言するぜ。この先、お前たちがどれだけ街の住民に親切にし、助けようとも、連中は感化などされないし、牙を剥くと……ノックスの連中にあるのは自身(テメー)の損得だけなんだからな。そんな環境でお前たちは、どこまで人を信用できるかな? 見物だぜ、ヒヒッ、ヒャハハ、グフフフフッ!!!」

 

悪魔は自らの死を察したのだろう。

恨み言を漏らし、闇に呑まれていく。

全てが終わった静寂の中に、老婆の遺体だけを残して。

 

 

 

数日後

 

 

 

身寄りのない人々が葬られる、街外れの共同墓地。

ひっそりと埋葬された孤立無援の亡骸には、弔う2人の影があった。

墓石に名を刻まれもせず、生きた証さえ残さずに息絶えた者がここに眠る。

Nobodyは膝をつき、頬に涙を浮かべた。

ただの通りすがりの老婆で、たった数日間の縁だ。

だがそれでも確かに、彼女と心を通わせたのだ。

これから先も彼が冒険者である限り、幾多の死を目の当たりにする運命から逃れる術はない。

しかし老婆の死にはこれから先に出逢う〝何処かの誰か〟ではない、1人の人間だったという実感と重みがあった。

慰めの言葉を探すエレインも何を言えばいいのかわからず、そっと彼の背を擦る。

―――そのときであった。

墓標の周りを、ひらりと何かが舞う。

最初は木の葉だと勘違いしていた小さな影が、夜風に乗って揺れて墓に止まる。

それは2匹の蛾であった。

睦まじく2匹が寄り添う様子はさながら親しい人物たちが死後、再び巡り合ったかのようで―――Nobodyの涙を見届けた後、その蛾は静かに残陽を思わせる深紅の空へ……混沌神の城の方角へと旅立っていった。




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