奈落に啼くペレグリヌス〜ウェルニクロの女〜【愚痴よりつまらない無価値な小説】   作:?がらくた

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第2話 緋色の鎧

「ウガァアァウ!!!」

 

鉄の棍棒を躊躇いなく振り下ろすと、ただでさえ不明瞭な視界を飛び散る土が遮った。

墓場を戦場にするとは、死者への最大級の冒涜だ。

 

「おい、化物。俺たちを殺したければ、こっちこい」

 

何度か森の中へと誘導しようと挑発を繰り返すも離れる気はなく、頑ななまでにこだわりを見せた。

 

(墓で戦闘する意味があるのか? 財宝か何かを守護しているとか……)

 

目的を果たすべく行動を起こすのは、人外とて同じだろう。

その企みに理由があるならば、自分はどうすればいいか。

思考が刹那の隙を生み出すと膠着状態のエレインとの交戦から意識を逸らし、青年へと顔を向ける。

そして豚の鼻を大きく広げ、鼻息を荒げた―――こいつの方が弱そうだ、と言わんばかりに。

 

(……う、俺が狙われてる! どうすれば……)

 

明確な殺意に気圧され、彼は眼前に集中する。

しかし戦闘の経験自体が皆無なNobodyが、いきなり勇猛で冷静な戦士になれるはずもなく。

いたずらに武器を振り回すくらいしか、戦う術をもたなかった。

後退りして距離を取るも、巨体は大地を揺らし歩み寄る。

 

(……エレインは何もしてくれない、クソッ!)

 

彼女に逃げる意思がない以上は、こちらも逃走はできない。

臆さずに向かってくる怪物が、膂力(りょりょく)のままに棍棒を振り回せば……最悪の結末を勝手に想像し、顔面蒼白する。

だが待て、冷静になれ。

移動の速度は遅い分、上手くやればヒットアンドアウェイも不可能ではなさそうだ。

恐怖の生み出した分析という勝算を得て、青年がオークを見据えると、何かに躓いて尻餅をつく。

ランタンの灯火でうっすらと浮かぶ、錆色の痕跡。

手入れのなされていないそれは、殆どが鉄の酸化した成れの果てだろう。

しかし所々に時間が経過し、変色して黒ずむ血も混じっていた。

辺りに転がる遺体と、腐食した武具の残骸。

これは全てオークが手を下した人間なのか?

こ、殺されてしまう―――もう無理だ。

青年は自分の周りにあるそれを見て、死に向き合わざるを得なくなり、胸の内から素直な感情が芽生えた。

……や、やられる。

震えて動かぬ脚が、この状況から逃がしてはくれない。

絶望に屈して瞳を閉ざす。

 

「馬鹿、何をしてるの!」

 

叫び声と同時に、青年の体は空を舞った。

Nobody自身も血が噴き出すシーンなどいくらでも見たが、あくまで創作物の域はでないものだ。

それに加えてどれだけ痛ましい光景であろうと、自分には肉体的な苦痛はない。

しかし今は違った。

全身が麻痺し痺れるような苦痛が、口に充満する鉄の匂いが。

死に際の実感を伴って、青年の絶望的な現実となり始めた。

 

「う、ぐぐっ……おえぇ……ハァ、ハァ……」

 

……此処で冒険も終わりか、短い人生だった。

流れる走馬灯は両親からの叱責と、称賛された兄のことばかりだ。

なんだよ、この人生は……少しくらいは良い思い出もあっていいじゃないか。

息も絶え絶えにした、Nの視界が霞がかった。

横たわった青年は興味をなくした豚鼻の怪物がズシン、ズシン……エレインへと迫る瞬間を目にした。

 

「……逃げっ……ゴホッ、オエェ……」

 

声を上げようと力を込めると、喉奥に金属に似た臭気漂う流動体が逆流し、わずかな希望を暗黒に塗り潰す。

あんな化け物に女の人が敵いっこない……見捨てていいから、早く逃げてくれ!

動かない体の代わりに脳だけが働くも、その心は彼女には届かず。

 

「ウゴガォァァ!!!」

「……手間をかけさせる新米ね。ま、負けたにせよ戦い抜いたことだけは褒めてあげるわ」

 

鉄塊を振り下ろされそうになり、固く目を瞑る。

ああ、あの人まで犠牲に……己の無力さを嘆くも、彼女は悲鳴1つこぼさない。

……まさか即死だったのか?

おそるおそる瞳を開くと信じ難い光景を、青年は目の当たりにした。

なんと緋色の鎧は一切の損傷なく、攻撃を受け止めていたのだ。

オークも困惑したのか狼狽えたが、時すでに遅く。

腰から抜いた剣の一撃が反動で痺れたであろう、掌を一瞬にして切り裂いた。

血飛沫はホースから勢いよく流れた水のように、いつまでも止まることなく、ボタボタ……ボタボタ……大地に垂れ落ちた。

彼女に背を向けた巨漢の叫びは木々を、逃走は揺らし、地面を揺らす。

 

「まだ息はあるでしょう。これを飲みなさい」

 

瓶に詰まっていたのは 木の枝のようなものと、何やら茶色の液体が瞳に映る。

あれがもし経口摂取ならどう贔屓目に見ても、良薬は口に苦しを地でいきそうだ。

言葉にならぬ唸り声を上げる青年の心配をよそに、エレインは閉じた唇を指でこじ開け、有無を言わせず口に注いだ。

覚悟を決めて喉で味覚を感じるよりも早く、一気に飲み干す……だが意外にも味に関しては悪くない。

ただ化学的に合成された甘味料のような、体の拒絶する不快感に悶々としつつも、青年は瓶を丸々1つ飲み切った。

 

「痛みは引いた? 念の為にこれも噛んで。本格的な治療は教会でね」

「……う、うぅ……あぁ、ありがとう……」

 

不思議と体の痺れは消え、何とか体を起こせるようになったが、不味いのは嫌だ。

よろめきながらも、どうにか立ち上がる。

 

「……この体たらくじゃ冒険者として使い物になるのは、いつになるやら。そも鞭では殺傷能力が足りないでしょう。他の方法で魔物を始末できないようなら、武器自体の選定が間違っているわ。刃物を携帯するなり、武器を変えるなりして」

「……別に全ての魔物を殺さないでもいいだろう? 敵意がなければ戦う意味もない。それに人が傲慢に生物の命を選別して、困るのは人なんだ」

 

助けられた感謝もほどほどに、すかさず反論をしてしまうと

 

「私は自衛のため、ひいては依頼達成のための武力の話をしているの。貴方の発言内容は敵対者の生殺与奪を握り、それから考えるべきこと。そもそも魔物にやられかけた人間が偉そうに言えるの? ……しっかりなさいよ」

「……善処する。だけどもう少しだけ使わせてほしい。適切に扱って、鞭の弱さも、強さも、清濁併せ呑んだ上で、納得して次に移行する判断をさせてくれないか」

 

強張った面様でNを睨まれ、嘘のない誠実な言葉を吐き出す他なかった。

魔物と相対した状況と相違ない静寂に包まれ、額に汗が伝う。

……彼女の言葉は至極もっともな意見だが。

俯きがちに返事を待つと

 

「いいでしょう。貴方が幻滅し、諦めるまでは使えばいいわ」

「ああ、話がわかる人間でよかったよ。さっきはありがとう。それより攻撃を喰らっていたが平気なのか?」

 

オークを制した剣術は素晴らしいが、さらに気になったのは真紅の鎧についてだ。

近寄っても凹み1つついておらず、内部から破壊されている気配もない。

 

「……別に。今日はここまでよ。貴方こそ大丈夫なの? 治療を受けて3日後に訓練を再開。わかった?」

「ああ……」

 

痛みは引いたが先輩冒険者の助言は、しっかりと受け入れた方がよさそうだ。

Nが頷くと、その日は解散と相成った。

 




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