コングの挑戦   作:マウスブン

10 / 20
ドイツ戦4

激闘が繰り広げられたピッチに、交代を告げる電子ボードが掲げられた。イングランドからはクリス・プリンス、ドイツからはノエル・ノア。現代サッカー界の頂点に君臨する二人のマスターが、健闘を称え合うように軽く手を合わせ、ピッチを後にする。放送を見ている観客からは、彼らの卓越したプレーへの賛辞と感謝を込めた、万雷の拍手が送られた。

 

マスターが去ったピッチには、しかし、それまでとは違う種類の重い空気が漂い始めていた。試合時間は残りわずか。スコアは依然として 2-2 の同点。選手たちのユニフォームは汗で濡れそぼり、肩で息をする者、膝に手をつく者も少なくない。疲労の色は誰の目にも明らかだった。だが、勝利への渇望が、限界寸前の彼らを突き動かしている。観客もまた、この死闘の結末を固唾を飲んで見守っていた。

 

イングランドボールで試合が再開される。自陣深くでボールを持った玲王は、疲労の中でも冷静に周囲を見渡し、最後のチャンスを作り出すための最善手を探る。彼の目に、中盤でわずかにスペースを得ているコングの姿が映った。

 

「コング!」

 

玲王からのパスが、コングの足元へ正確に届けられる。その瞬間、まるで影のように国神錬介がコングへ襲いかかる。試合開始から続く執拗なマーク。国神にも疲労の色は濃いが、その目はまだ死んでいない。最後の力を振り絞り、コングを止めようとプレッシャーをかける。

 

しかし、コングは他の選手たちとは明らかに違っていた。彼のスタミナは、まるで底なし沼のようだ。あるいは、疲労を感じていても、それをものともしない精神力とフィジカルを持っているのか。国神の激しいプレスを受けながらも、コングはびくともしない。強靭な体幹とパワーでボールをキープし、まるで背後に張り付く国神を引きずるかのように、力強く前進を開始した。

 

国神は必死に食らいつく。腕で抑えようとし、足を出してボールを奪おうとするが、コングの巨大な壁に阻まれる。

 

以前のコングなら、ここで強引なドリブル突破を試みたかもしれない。だが、彼は違った。国神ともう一人のドイツMFを引きつけ、野性の感で相手の守備陣形にわずかな歪みを確認すると、無理はしなかった。

 

前方で、アギがパスを受けるための動き出しを見せていた。コングは引きつけた相手の逆を取るように、シンプルに、しかし力強く正確なグラウンダーのパスをアギへ送った。それは、状況を的確に判断し、チームとしてゴールを目指すという、彼の頭脳の成長を示すプレーだった。

 

「よしっ!」

 

アギがボールを確実にコントロールする。イングランドはドイツ陣内へとボールを運び、最後の猛攻を仕掛けようとしていた。パスを出したコングも、それで終わりではない。すぐに前線へと駆け上がり、次のプレーに関与しようと動き出す。その姿には、まだ戦い足りないと言わんばかりのエネルギーが満ち溢れていた。

 

コングからのパスを受けたアギは、イングランド最後の猛攻の起点となった。彼は力強いドリブルで中央へ切れ込み、ドイツ守備陣の注意を引きつける。その動きに呼応するように、コングはゴール前へ走り込みデコイとなり、玲王と千切が両サイドからサポートに入る。凪もまた、決定的な仕事をするべく、エリア内で虎視眈眈とチャンスを窺っていた。

 

アギは引きつけたDFの逆を取り、外でフリーになった玲王へパス。玲王はダイレクトでミドルシュートを狙う!しかし、そこには先ほどからコングと激しいバトルを繰り広げていた国神が立ちはだかった。彼は最後の力を振り絞り、身を挺してシュートコースに入り、ボールをブロックする!

 

「くそっ!」玲王が悔しがる。

 

こぼれ球に反応したのは、快足の千切だった。彼はそのスピードでボールを拾い、サイドを抉ってクロスを上げようとする。だが、ドイツの選手たちも必死だ。ネスが執拗に食らいつき、他の選手も素早くコースを消しにかかる。千切は何とかクロスを上げたものの、体勢を崩され、ボールはドイツDFにクリアされてしまう。

 

しかし、そのクリアボールが中途半端となり、ペナルティエリア内で混戦模様となった。複数の選手がボールに殺到する中、まるでボールの方から吸い寄せられるように、それは凪誠士郎の足元へと転がってきた。

 

スタジアムが息をのむ。絶好のチャンス。時間帯、位置、そして凪の能力を考えれば、これ以上ない決定機だった。

 

凪は、周囲の喧騒が嘘のように冷静だった。トラップでボールを完璧にコントロールすると、DFとGKの位置、そしてわずかに空いたシュートコースを一瞬で見極める。そして、得意の形から、ゴール隅を狙って右足でシュートを放った!ボールはDFの間を抜け、ゴールへと向かう!

 

決まったか――!?

 

誰もがそう思った瞬間、二つの壁が立ちはだかった。まず、ドイツGKが驚異的な反応速度で横っ飛びし、指先でボールに触れる!しかし、ボールの勢いは完全には死なない。ゴールラインへ向かって、なおも転がっていく!

 

だが、そこには最後の砦がいた。潔世一だ。彼はメタビジョンでこのセカンドボールの危険性を予測していたのか、あるいはただ執念か、ゴールラインぎりぎりの位置までカバーに入っており、無人のゴールへ転がり込もうとするボールを、必死に足を伸ばして掻き出したのだ!さらに、その近くにはカイザーの姿もあり、万が一こぼれても自分が処理するという強い意志を示していた。

 

ゴォォォル…ならず!!

 

イングランド、土壇場での、これ以上ない決定的なチャンスを逃す!凪も、千切も、アギも、そして後方から駆け上がってきたコングや玲王も、信じられないといった表情でピッチに膝をつき、あるいは天を仰いだ。

 

ボールは大きくクリアされ、ドイツは何とか失点を免れた。安堵の表情を浮かべるドイツの選手たち。疲労と落胆で立ち上がれないイングランドの選手たち。

 

だが、試合終了のホイッスルは鳴らない。この試合は特別ルール。どちらかが3点目を奪うまで、この死闘は終わらない。

 

 

 

イングランドの猛攻を耐えしのいだドイツ。ボールを奪い返し、再び攻撃の機会を窺う。潔世一は中盤でパスコースを探しながら、背後にピッタリとつくコングの存在を感じていた。先ほど、この野生児(コング)の「触覚」を利用したディフェンスにチャンスを潰された。ならば――

 

(コングは俺の動きを手で読んでる…なら、受ける位置を誤認させ直前でボールに触らなければ、手の情報はフェイクになる…!)

 

潔の脳内で、メタビジョンがピッチ上の配置と未来の可能性を映し出す。サイドの黒名、自分、そして自分の斜め後ろにいる雪宮の位置関係。イングランドDFの意識の向き。これなら、いける!

 

黒名がサイドから、DFを引き付けながら中央の潔へパスを出す。コングは潔の背中に添えた手に意識を集中し、パスを受けるための動きを捉えようと待ち構える。

 

しかし、潔はパスを受ける体勢に入ると見せかけて、ボールが足元に到達するまさにその寸前、スッと足を引いた。まるでそこに足がなかったかのように。ボールは潔の股下をすり抜け、その後方へと流れていく。

 

「!?」コングの手は、潔の「パスを受けない」という動きを感知できなかった。意表を突かれ、空振りのスライディングが行われた。

 

そのボールの先に走り込んできたのは、途中出場ながらそのテクニックで存在感を見せていた雪宮剣優だった。予期せぬ形でのパス供給に一瞬驚きながらも、彼は瞬時に状況を理解し、流れるようなボールコントロールでボールを足元に収める。

 

そして、雪宮の独壇場が始まった。まるでスポットライトを浴びたモデルがランウェイを歩くかのように、優雅で、しかし極めて鋭いドリブルを開始する。独特のリズム、華麗なフェイント、そしてストリートで培ったボールタッチで、疲労困憊のイングランドDFを一人、また一人とかわしていく。

 

「まずい!」

「止めろ!」

 

イングランドの選手たちが悲鳴に近い声を上げる。コングも体勢を立て直して追いかけている。しかし、個々の対応では雪宮のドリブルは止められない。それでも、イングランドは諦めなかった。玲王の指示か、あるいはチーム全体の判断か、複数人の選手が雪宮の進路を塞ぎ、囲い込むようにしてプレッシャーをかけ、ドリブルコースを限定していく。

 

雪宮がドリブルでイングランド守備陣を引きつけている間に、潔とコングは全速力で自陣ゴール前、ペナルティエリア内へと戻っていた。攻守の切り替えの速さは、両者とも譲らない。

 

囲まれ、シュートコースも狭められた雪宮は、それでも強引に右足を振り抜いた。体勢は崩れていたが、ボールには鋭い回転がかかっている。しかし、そのシュートコースには、イングランドの防波堤、御影玲王が読み切って立ちはだかっていた。彼は体を投げ出し、見事にシュートをブロック!

 

「よしっ!」玲王が叫ぶ。

 

だが、まだピンチは終わらない。ブロックされ、高く弾かれたボール。その落下地点を、潔世一はメタビジョンによって完璧に予測した。他の誰よりも早く反応し、落下点へと走り込み、そのこぼれ球を確実に拾う。コングは潔から離れ、予測もできずに遅れている。

 

ボールを確保した潔は、迷わずゴールへと向かう。巧みなボールタッチで、ブロックにきたDFを一人かわすと、すぐさまドリブルを開始し、イングランドのペナルティエリア内深くまで侵入していく――!

 

イングランドのペナルティエリア内深くまで侵入した潔世一。ゴールは目の前。GKとの1対1に近い状況。スコアは2-2、どちらかが決めれば終わるサドンデス。この試合の、そしておそらくは多くの選手の運命を決めるであろう、絶好のチャンス。潔は冷静にゴール隅を捉え、右足を振り抜こうとした。

 

その瞬間、青い薔薇のオーラを纏った影が、潔のシュートコースへと猛然と突っ込んできた。ミヒャエル・カイザーだ!彼はメタビジョンでこの状況を察知し、追いついてきたのだ。あるいは、潔にゴールを決めさせることを、そのプライドが許さなかったのかもしれない。

 

「お邪魔します!」

 

カイザーが体をねじ込み、潔のシュートをブロック、あるいはボールを奪おうとする。誰もが二人のエゴの衝突、あるいはチャンスの潰えを予感した。

 

しかし、潔の思考はカイザーの動きすらも織り込み済みだった。彼はシュートモーションから一転、迫りくるカイザーの動きを見極めると、咄嗟に右足のヒールを使った。ボールは潔の体の後ろ、カイザーのブロックが届かない死角へと、柔らかく流されたのだ。

 

そのパスの先にいたのは、先ほどシュートを玲王にブロックされ、うなだれかけていた雪宮だった。

 

「泥船!」

 

潔の声が飛ぶ。雪宮は、目の前に転がってきたボールと、潔からの言葉にハッと顔を上げた。先ほどまでの絶望は消え、その瞳に再び闘志の光が宿る。彼はボールを素早くワントラップすると、迷わず右足を振り抜いた!

 

得意の無回転シュート!ボールは不規則な揺れを伴いながら、ゴールへと向かっていく!イングランドの選手たち、そしてスタジアム全体が固唾を飲んでその軌道を見守る。

 

「Nooo!!」

 

力を振り絞り、イングランドゴールを守る壁となるべく、コングがその巨体を投げ出してシュートコースへと飛び込んだ!想定外なことにゴールより手前でボールも落ちるが、彼は超反応で落ちたボールにも反応して、シュートを防ぎにかかる!

 

だが、その瞬間、さらなる想定外のプレーが起こった。雪宮のシュートとコングのブロックの間、ほんのわずかな空間と時間に、潔世一もまたボールに向かって飛び込んでいた!ゴールへの執念か、こぼれ球への反応か、あるいはコースを変える意図があったのか。潔の伸ばした足先が、回転しながら飛んでくるボールの表面に、ほんのわずかに触れた!

 

カツッ、という微かな音。

 

潔のタッチにより、無回転シュートの軌道が、ほんのわずかに、しかし決定的に変化した。そしてその変化は、コングの巨体を掠ると、イングランドのゴールへ転がっていく。GKはボールの行方を見失い、反応が一瞬遅れる。いや、もはや反応できなかった。

 

ボールは、コングの前でゴールネットへと吸い込まれていった――。

 

ゴォォォォォォォォル!!!!

 

3点目!

 

長い、長い死闘の決着を告げるゴールが決まった瞬間だった。

 

ドイツの選手たちが、歓喜の雄叫びと共にゴールを決めた雪宮?潔?のもとへ駆け寄る。抱き合い、拳を突き上げ、勝利の喜びを爆発させる。

 

一方、イングランドの選手たちは、力尽きたように次々とピッチに崩れ落ちた。コングもまた、膝をつき、呆然と揺れるゴールネットを見つめていた。あと一歩、届かなかった。自分の体が、最後の最後で味方の邪魔をしてしまった、という皮肉な現実に打ちのめされていた。

 

ピィィィィィーーーーーッ!

 

主審の長く鋭いホイッスルが、スタジアムに鳴り響く。

 

試合終了。

 

 

 

 

試合終了を告げる長いホイッスルが、熱気の残るスタジアムに響き渡った。その音は、死闘の終わりと、イングランド『マンシャイン・シティ』の敗北を告げていた。コングは、消耗しきった体を支えきれず、ピッチに膝から崩れ落ちた。汗と泥にまみれた顔で、無情なスコアを示す電光掲示板をただ見つめる。悔しい。あと一歩だったのに。自分のブロックが、最後の失点を招いてしまったのかもしれないという思いも、重くのしかかる。

 

周囲では、同じように力尽きたチームメイトたちが倒れ込み、あるいは呆然と立ち尽くしていた。健闘を称える観客からの温かい拍手が降り注いでいるが、今はその音も遠くに聞こえた。

 

「顔を上げろ、僕のダイヤモンドたち」

 

凛とした声と共に、ベンチからクリス・プリンスが歩み寄ってきた。彼はピッチに倒れる選手たちを労うように声をかけながら、コングの隣に立つとその肩に手を置いた。

 

「お疲れ様、コング。実にタフな試合だったね。結果は悔しいものになったが…」

クリスはコングの顔を覗き込むようにして続けた。

「君のプレーは、実にエキサイティングだったよ。特にMFに上がってからのパフォーマンス、そしてあのマーク宣言…ピッチ上で見せた君のエゴの輝き、このクリス・プリンス、しかと見届けた」

 

彼は満足げに頷く。

「もちろん、課題は山積みだ。特に、最後の場面での判断、オフザボールの動き…だが、それも君がさらに輝くための最高の経験(レッスン)だ。心配ない、僕の完璧な指導(ティーチング)があれば、君はもっと、もっと輝ける。次は、完璧な『作品』を世界に見せつけようじゃないか」

 

クリスの言葉は、敗戦に沈むコングの心に、わずかな光を灯した。コングは、まだ拙い日本語で、しかし強い意志を込めて応える。

 

「…負けた。すごく、悔しい。でも…クリス言う、もっと強く。次、勝つ」

 

その目には、悔しさ以上に、次なる戦いへの決意が燃えていた。

 

「Good Boy」クリスは微笑むと、他の選手たちへ声をかけるためにその場を離れた。入れ替わるように、汗だくのアギがペットボトルを片手に近づいてきた。

 

「ヘイ、コング」

 

アギはコングの隣に腰を下ろす。彼はニヤリと笑い、ペットボトルの水を差し出す。

 

「あのフィジカルは本物の脅威だ。だが、まだまだ荒削りだぞ。もっと頭も使え。その体を最大限生かすための方法を考えろ。あと俺があの時教えたスペースへの動きは悪くなかったが、もっと周りも見て、感じ取るんだ」

 

アギは立ち上がり、コングを見下ろす。

 

「お前もただ守るだけじゃなく、もっと点を取るエゴを見せてみろ。それが試合を支配するってもんだろ」

 

コングはアギから水を受け取り、一口飲むと、力強く頷いた。

 

「…アギ。サンキュ。でも、俺決める。お前、負けない」

 

確かな火花が二人の間に散った。

 

ふと、コングはドイツ側の様子に目をやった。選手たちが勝利の余韻に浸る中、一人の選手がメディカルスタッフに肩を抱えられ、ぐったりとしている姿が見えた。潔世一だ。顔は蒼白で、まるで魂が抜け殻になったかのように、完全にエネルギーを使い果たしている様子だった。

 

(潔…空に、なるまで…)

 

コングは自分の胸に手を当てた。自分も全力を出し切ったつもりだった。だが、あの潔の燃え尽き方を見ると、まだ自分には出し切れていない何かがあるのではないか、という思いがよぎる。

 

悔しさは消えない。だが、同時に新たな目標と、渇望が生まれていた。クリスやアギの言葉、そして潔の姿。全てが、コングを次のステージへと突き動かす燃料となる。

 

コングはゆっくりと立ち上がった。泥と汗にまみれた体は重いが、心は次なる戦いを見据えていた。もっと強く、もっと上手く、そして、次は必ず勝つ。彼のブルーロックでの、そして世界への挑戦は、まだ始まったばかりなのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。