コングの同点ヘディングシュートが決まり、スコアは 1-1。マンシャイン・シティの選手たちはピッチ中央で歓喜の輪を作り、ベンチもスタメンも一体となって沸き上がった。試合の流れは、完全にイングランドに傾いたかに見えた。
一方、追いつかれ、さらに絶対的エースである凛を欠くことになったフランス『P・X・G』には、動揺と焦りの色が浮かんでいた。キックオフを前に、ピッチ中央で選手たちが短く集まる。
「どないすんねん、あのコング…さっきのシュート、凛の体でもあのダメージやぞ」
中心となって話しているのは、やはり烏だった。彼の分析眼は、コングの脅威を的確に捉えている。
「シュートを撃たせない。打つ前に防ぐ」
冷静に提案したのはシャルルだ。
「それ誰がやるんだ?」
士道は面白がっているようだが、FWだから積極的にマークを買って出る気はない。シャルルのフィジカルでは無意味かつ守備のタスクを絶えずできる性格ではない。烏は既にカウンターの対応や味方のフォロー、そしてコング相手に何度もフルパワーで戦っておりタスク過多だ。体力も相当消耗している。他の選手たちも命惜しさに、できれば関わりたくない、という雰囲気が漂う。
結果やや押し付けるような形でフィジカルが強い時光に視線を送られた。
「えええっ!? ぼ、僕がですかぁ…? 無理ですよぉ、あんな化け物相手に…潰されちゃいますってぇ…!」
時光はお馴染みのネガティブな反応を見せるが、他に適切な人材もいないのか、あるいは有無を言わさぬ空気か、結局彼がコングを主に監視し、攻撃を遅らせるという「貧乏くじ」を引くことになったようだった。
フランスボールで試合が再開される。しかし、彼らの攻撃には以前のような鋭さが欠けていた。凛という強引なまでの推進力を失い、さらに中盤にいるコングのカウンターやボール奪取を警戒してか、前線に人数をあまりかけず、中盤や最終ラインで慎重にボールを回す時間が増える。
その慎重さが、隙を生んだ。フランスの横パス。そのコースとタイミングを、イングランドの司令塔、玲王は見逃さなかった。鋭い読みでパスコースに侵入し、見事にボールをカットする!
ボールを奪った玲王は、すぐさま顔を上げ、前線へロングフィードを送る。ターゲットは、相手DFラインの裏を狙って動き出していた凪誠士郎だ!
凪の背後からは、烏がぴったりとマークについてプレッシャーをかけている。普通ならばトラップは難しいか、あるいは体を張ってキープするのが精一杯の状況。しかし凪は常識を超えていた。
彼は振り向きもせず、まるで背中に目がついているかのように、飛んできたロングボールを自身の背中で受け止めた。そして、ボールの勢いを殺しながら体の反動を利用し、ボールを自身の前方にふわりと落とす。その一連の動きの中で、背後にいた烏は完全に置き去りにされていた。背中を使った曲芸トラップ!
「なっ…!?」
「またかよ!」
スタジアムが、再び凪のプレーにどよめく。しかしそのスーパープレイも完璧ではなかった。通常のトラップに比べ、時間がかかってしまった。凪はすぐにシュートを撃てる体勢ではないと判断し、顔を上げて周囲を確認する。その間に、フランスのDF陣も烏や時光も必死に戻り、シュートコースを消し始めていた。
凪は、近くに走り込んできた千切へパスを選択。千切はダイレクトでシュートを狙おうとするが、既に複数のフランスDFに囲まれており、十分なシュートコースがない。苦し紛れに放ったシュートは威力もコースも甘く、ボールはフランスGKの胸へと、難なく収まってしまった。烏は滝のような汗を流し、下を向いているがほっとしている。
膠着状態が続くピッチ。両チームとも決め手を欠き、時計の針だけが進んでいく。そんな中、フランスベンチに動きがあった。先ほどコングのシュートをブロックした際に足を痛め、交代していた糸師 凛が、メディカルスタッフとの確認を終え、再び立ち上がったのだ。どうやら診断の結果、幸いにも重い怪我ではなく、プレー続行に問題はないと判断されたらしい。
マスターであるロキは、その報告を受けると短く頷き、交代の準備を指示した。約束通り、凛を再びピッチへ戻す決断を下したのだ。交代ボードが掲げられ、凛の名前が告げられると、スタジアムの一部から期待と興奮の歓声が上がる。
再びピッチに足を踏み入れた凛の纏うオーラは、以前にも増して鋭く、禍々しいものになっていた。交代させられた屈辱、そして何より、自分に手傷を負わせた(と彼はおそらく思っている)コングへの激しい敵愾心。その全てが、彼の瞳の奥で静かに燃え盛っているようだった。エースの帰還は、フランスチームに新たな活気をもたらすか、あるいはさらなる不協和音を生むのか。
ピッチに入るなり、凛は近くでボールを持っていた司令塔のシャルルに向かって、命令するように鋭く叫んだ。
「おい、ボールを寄越せ! 今すぐだ!」
その有無を言わせぬ迫力に、烏は一瞬眉をひそめたが、逆らっても面倒だと判断したのか、ため息交じりに凛へとパスを送った。
ボールを受けた凛は、他の選択肢など全く頭にないかのようだった。チームメイトの位置も、相手DFの配置も、何もかも無視して、ただ前を向く。
そして、彼の視線はただ一点、イングランドのMF、コングの姿だけを捉えていた。
凛は、まるで引き寄せられるかのように、一直線にコングへ向かってドリブルを開始した! 試合開始直後の再現、いや、それ以上の殺気を纏って突き進んでいく。他のフランス選手も、イングランド選手も、その異様な光景に一瞬動きを止める。
コングも、復帰した凛が一直線に自分に向かってくるのを見て、驚きよりも先に、好戦的な笑みが口元に浮かんだ。
(戻ってきたか…! 面白い!)
受けて立つ。因縁の対決、第3ラウンドのゴングが、今、鳴らされた。
再投入された糸師 凛は、ボールを受けると一直線にコングへと向かっていった。その瞳の奥には、交代させられた屈辱と、目の前の巨漢への憎悪にも似た感情が渦巻き、「ぐちゃぐちゃにしてやる」という剥き出しの破壊衝動が宿っていた。
対峙した瞬間、凛はこれまでの対決とは明らかに違う、一段階上のレベルのプレーを見せ始めた。動きの鋭さ、ボールタッチの速さ、そしてフィジカルコンタクトの激しさ。その全てが、コングを本気で潰しにかかっていることを示していた。
低い姿勢からの鋭いターンでコングの巨体を揺さぶる。コングが体勢を立て直そうとすると、今度はあえて強引に体をぶつけてきてバランスを崩させようとする。裏へ抜けるフェイントでコングの意識を引きつけたかと思えば、次の瞬間には急激なストップ&ゴーで中央へ切れ込み、コングの反応の逆を取る。ボールはまるで生きているかのように凛の足元に吸い付き、コングが足を伸ばしても届かない、絶妙な位置でコントロールされていた。
ターン、フィジカル、裏抜け、ドリブル――凛が持つ高等テクニックの全てが、コングを打ち破るためだけに使われる。ブルーロックNo.1と称されるその実力は、まさに圧巻だった。
コングは、明らかに劣勢に立たされていた。凛のあまりにも多彩で速すぎる攻撃に、反応が一瞬遅れる場面が増える。フェイントに引っかかり、体勢を崩される。少しずつ、しかし確実に、凛の前進を許してしまっていた。
しかし、コングもただやられているだけではなかった。彼の野生の本能と、試合の中で急速に進化する学習能力が、必死に凛に食らいついていた。抜かれそうになっても、その驚異的なスピードと長いリーチで追いつき、体を張って進路を塞ぐ。ドイツ戦で見たクリスやノアのような体の使い方を思い出し、腕や肩を使って凛の自由を奪おうとする。さらに、目の前で繰り広げられる凛自身のステップワークや体の使い方さえも、彼は必死に見て盗み、自分の動きに取り込もうとしていた。
完全に振り切られることはない。だが、ボールを奪うこともできない。コングは必死に食らいつき、凛はそれを振りほどこうとさらにギアを上げる。フィールドの中央で繰り広げられる二人の1on1は、他の選手たちが容易に介入できないほどの、極めてハイレベルで、そして激しい意地とエゴのぶつかり合いとなっていた。
他の選手たちは、固唾を飲んでその攻防を見守るしかない。この凶悪なまでの個人戦が、膠着した試合を動かすきっかけとなるのか、それともただ消耗していくだけなのか。ピッチ上の誰もが、その行方を注視していた。
糸師 凛とコングの激しい1on1は、依然として続いていた。コングは持ち前のフィジカルと、試合の中で吸収した技術を総動員して必死に食らいつく。だが、本気になった凛の猛攻は、それをわずかに上回り始めていた。
巧みなボールコントロール、緩急自在のドリブル、そして相手の重心を的確にずらすフェイント。凛はそれらを駆使し、コングの粘り強いディフェンスを少しずつ、しかし確実にこじ開け、ついにペナルティエリア手前の危険な領域、シュートレンジへと侵入した。
(まずい…!)
コングは最後の砦となるべく、ゴールへの道を塞ぐように踏ん張り、シュートコースを消そうと体を張る。ここで撃たせるわけにはいかない。全身全霊で、凛の動きに対応しようと集中する。
しかし、凛はそのコングの踏ん張りを待っていたかのようだった。コングが守備に意識を集中し、足が地面に根を張った、まさにその瞬間。
凛の体が、まるで蜃気楼のようにブレた。
次の瞬間、彼は人間の反応速度を超えたかのような、超高速の切り返しを見せたのだ!右へ、左へ、ボールは彼の足元に吸い付いたまま、目にも止まらぬ速さで揺れ動く。神業的なダブルタッチ、あるいはそれ以上の、予測不能なフェイント!
コングは、その人間離れした動きに完全に対応できなかった。必死に食らいつこうとした体は、重心を完全に崩され、体勢を立て直す間もなく、バランスを失ってピッチに倒れ込んでしまう。まるで、弄ばれたかのように。
ついに、凛は完全にフリーになった。目の前にはイングランドゴールが広がっている。
だが、凛はすぐにはシュートを撃たなかった。彼は転がって悔しそうに自分を見上げているコングのすぐ目の前まで、余分にワンタッチでボールを運んだ。そしてその目と鼻の先で、氷のように冷たい、侮蔑の色さえ浮かべた表情でコングを見下ろしながら、右足を振り抜いた。
「―――死ね」
その言葉が聞こえたかは定かでない。しかし、凛の全身から放たれる明確な殺意と、コングへの屈辱を与えんとする意志は、誰の目にも明らかだった。
放たれたシュートは、イングランドGKの手が届かない鋭いコースを正確に突き、ゴールネットへと突き刺さる。
ゴォォォォォル!!!
フランス、勝ち越し! スコアは 1 - 2 !
凛はゴールを決めても、喜びを表すことなく、ただ冷ややかに、まだピッチに転がっているコングを見下ろしている。その姿は、まさにフィールドを支配する冷徹な王者のようだった。
イングランドの選手たちは、再びリードを奪われたという事実と、あまりにも残酷なゴールの決まり方に、呆然と立ち尽くしていた。コングは、ピッチに倒れたまま、地面に拳を叩きつけたい衝動を必死に抑え込んでいた。目の前で決められたゴール。その屈辱と、自身の無力さが、彼の心に深く刻み込まれた。
目の前で決められた屈辱的なゴール。コングはピッチに倒れたまま、唇を噛みしめていた。無力感と怒りが腹の底から込み上げてくる。
「おい、コング。いつまで寝てるつもりだ? 大丈夫か?」
アギが手を差し伸べながら、声をかけてきた。その声には、わずかながら心配の色が滲んでいる。コングはその手を取り、泥と汗にまみれた体を力強く起こした。そして、勝ち誇るわけでもなく、ただ冷ややかにこちらを見ている糸師 凛を睨みつけ、低い、しかし確かな決意を込めて呟いた。
「……次は、オレが、勝つ」
個人的なリベンジを誓うコング。しかし、彼の闘志とは裏腹に、イングランドチーム全体には重苦しい空気が漂い始めていた。アギ、玲王、千切といったチームの中心選手たちが、コングのすぐそばで顔を突き合わせ、小声で現状について話し合っていた。
「まずいな…」玲王が厳しい表情で切り出す。
「凛が完全にゾーンに入った感じだ。あのレベルの個人技を何度も防ぎきるのは難しい。それに、いつ爆発するか分からない士道もいる。トップ下のシャルルからのパスも精度が高い」
「今のリトリートとカウンターだけじゃ、じり貧になる可能性が高いな」
千切も同意する。
「俺のスピードをもっと活かせる形はないのか? 守備に追われる時間が長すぎる」
アギも頷く。
「リトリート自体は悪くない。だが、フランスの個の力はそれを上回る可能性がある。かといって、下手に前に出れば、カウンターでやられるリスクも跳ね上がる。」
彼らの言葉には、用意してきた戦術への限界と、フランスの個の力に対する脅威、そして明確な打開策が見いだせないことへの焦りが滲んでいた。その重い空気は、ピッチ上の他の選手たちにも伝染していく。このままでは、また失点してしまうのではないか…。そんな不安が、チーム全体を覆い始めた、まさにその時だった。
「Hear me, Diamonds!! (聞きなさい、ダイヤの原石たち!)」
ベンチから、クリス・プリンスの声が、マイクを通したかのように明瞭に響き渡った!選手たちがハッとして、一斉にベンチへと視線を向ける。
クリスは、腕を組み、自信に満ちた表情でピッチを見据えていた。そして、高らかに宣言した。
「プランBを発動するぞ!!」
プランB? フランス選手たちの間に、驚きとわずかな困惑が広がる。クリスが事前に複数の戦術プランを用意していたこと、そしてこの土壇場で、新たな戦い方を指示しようとしているのだ。
一体、クリスの言う「プランB」とは何なのか? その言葉は、重苦しかったイングランドチームの空気を一変させ、選手たちの目に再び期待と緊張の色をもたらした。クリスは不敵な笑みを浮かべ、新たな指示を出し始める。ショータイムの第二幕が、今、始まろうとしていた。