ブルーロックに先制点を許し、スコアは0-1。スタジアムの雰囲気はブルーロックの応援に押され気味だが、U-20日本代表の選手たちはすぐに気持ちを切り替え、センターサークルから試合を再開する。時計は前半20分に差し掛かろうとしていた。
「一本、取り返すぞ!」
キャプテン愛空の声が飛ぶ。選手たちは落ち着いてボールを回し、反撃の機会を窺う。
ボールは左サイドへ展開される。中盤でボールを受けたのは糸師冴。彼の近くには他のU20メンバーがいるが、その前方にはブルーロックの選手が壁を作っていた。先ほどコングのサイドを攻略した蜂楽廻、そしてテクニシャンの雪宮が、コングの攻撃参加を警戒するようにポジションを取っている。コングは前に出たくても出られない状況だ。
(クソッ…マエ…イケナイ…)
コングは悔しげに相手選手を睨む。失点した直後だけに、何とか攻撃に絡んで流れを変えたいという気持ちが逸る。
そのコングの焦りとは対照的に、ボールを持つ冴は極めて冷静だった。彼はゆっくりとドリブルを開始する。派手なフェイントではなく、ボールタッチの強弱、体の向きの変化だけで相手を揺さぶる。蜂楽が食いついてくる。雪宮も警戒して距離を詰める。冴はまるで磁石のように、相手選手を自分の方へと引きつけていく。
ボールを失う素振りは見せない。巧みなキープ力で時間を稼ぎながら、彼は意図的にコングの前方、タッチライン際のスペースを作り出していた。雪宮と蜂楽が冴に意識を集中したことで、そこにはぽっかりと広大なスペースが生まれていた。
そして、冴はボールをキープしたまま、わずかに視線を上げた。その視線は、すぐ近くにいるコングに向けられる。言葉はない。だが、その鋭い眼光は、明確なメッセージを送っていた。
『スペースは作った。あとはお前が行くだけだ』
コングは冴の視線を受け止める。一瞬の戸惑い。オーバーラップは、守備のリスクも伴う。だが、先ほどの冴との連携の成功体験、失点を取り返したいという強い思い、そして何より、この信頼できる司令塔からの明確な「行け」という合図。
(イケ…! イクシカナイ…!)
決意は一瞬だった。コングは地面を強く蹴った。まるで檻から放たれた猛獣のように、その巨躯が加速を開始する。
「ウオオオォォッ!」
雄叫びにも似た声を上げながら、コングはタッチライン際を一直線に駆け上がる。そのスピードは、DFとは思えないほど速く、そして重戦車のような迫力があった。地面が揺れるような地響きが、ピッチに響く。
「なっ!?上がった!?」
「追え!」
初めてのオーバーラップに意表を突かれたブルーロックの選手たち。完全にフリーで駆け上がっていくコングの姿に、蜂楽や雪宮、近くにいたMFが慌てて追いかける。だが、一度スピードに乗ったコングに追いつくのは容易ではない。
相手を引きつけていた冴は、コングが完璧なタイミングで走り出したのを確認する。彼の足元にはまだボールがある。オーバーラップしてきたコングへ、最高のパスを供給するための準備は整っていた。ジャングルの守護神の攻撃参加が、再び試合を動かそうとしていた。
爆発的な加速でタッチライン際を駆け上がるコング。彼を追うブルーロックの選手たちの焦りの声が聞こえる。ボールを持つ糸師冴は、その状況を冷静に見極めていた。相手DFがコングに完全に引きつけられ、かつコングがトップスピードに乗る、まさにその瞬間。
冴の左足から、完璧なタイミングでパスが繰り出された。地面を滑るような、速く、そして正確なパス。それは、トップスピードで走るコングの数歩先のスペースへ、まるで吸い込まれるように到達した。
(キタッ!)
コングは走りながら、そのパスをダイレクトに近い形でトラップする。並の選手ならコントロールを失うか、スピードを落とさざるを得ない場面。だが、彼の規格外の身体能力とバランス感覚、そして何より冴への信頼が、この難易度の高いプレーを可能にしていた。
ボールを足元に収めたコングは、さらにゴールライン際へと突き進む。追走してくる蜂楽や雪宮を、その圧倒的なフィジカルで寄せ付けない。まるで重戦車のようなドリブル突破。ペナルティエリア脇の深い位置まで侵入し、クロスを上げるための体勢に入る。
(ナカ…!センドウ…ドコ…!)
コングは一瞬、顔を上げてゴール前を確認しようと試みる。ただ力任せに蹴り込むだけではない。冴に求められているのは、勝利に繋がるプレー。味方の位置を確認し、そこに合わせる意識が芽生え始めていた。
中央には閃堂が走り込み、他のU-20選手もゴール前へなだれ込もうとしているのが見えた。コングは右足を振り抜く!
「オラァッ!」
彼のパワーが凝縮されたクロスボールが、ゴール前へと放たれる。それは低く、矢のようなスピードで、ゴールエリアを横切っていく強烈なボールだった。
しかし、中の状況を確認しようとした一瞬の逡巡と、まだ荒削りなキック精度が、わずかなズレを生んだ。ボールは走り込んだ閃堂の頭上をわずかに越え、ファーサイドへと流れていく。そしてゴール前で待ち構えていた千切が流れたボールをヘディングでクリア。
「くそっ!」
惜しいチャンスを逃し、コングは悔しげに地面を叩きそうになる。だが同時に確かな手応えも感じていた。自分の力で局面を打開し、チャンスを作り出せたという実感。
冴は無表情でそのプレーを見ていたが、内心ではコングの積極的な攻撃参加と、要求に応えようとする姿勢を評価していた。
(スピードも悪くねぇ…あとは精度とタイミングだな)
クロスボールはクリアされたものの、コングのオーバーラップはブルーロック守備陣に大きなインパクトを与えた。U-20は明らかに攻勢を強めている。失点直後の重い雰囲気を振り払い、同点ゴールへの期待感がスタジアムに満ち始めていた。試合は再び激しく動き出す。次はコーナーキックか、あるいは再び中盤でのボールの奪い合いか。予断を許さない展開が続く。
コングの上げた強烈なクロスボールはクリアされ、U-20日本代表にコーナーキックが与えられる。時間は前半22分。絶好の同点機に、スタジアムのボルテージが再び上昇する。
コーナーフラッグに向かうのは、U-20の司令塔、糸師冴。彼の正確無比な左足から放たれるボールは、常に脅威だ。ペナルティエリア内には、ターゲットとなる選手たちが集結する。長身のオリヴァ・愛空、そして規格外の高さを誇るコングも、ゴール前へと上がっていた。
(タカイ…タカイ…トコロ…! ヘディング…!)
コングは自分の高さが武器になることを理解している。冴からのボールに合わせようと、ブルーロックのDFと激しいポジション争いを繰り広げる。
対するブルーロック守備陣も集中を切らさない。凛が愛空をマークし、蟻生十兵衛がその長いリーチでコングの動きを牽制する。ゴール前にはGK我牙丸吟が鋭い眼光でボールの軌道を予測している。
冴の左足から、速く、変化する軌道のボールがゴール前へと供給される。ニアサイドを狙った鋭いボールだ。
「!」
愛空が飛び込むが、凛が一瞬早く反応し、頭で触る。ボールのコースが変わり、ファーサイドへ。そこへコングが雪崩れ込もうとするが、蟻生が体を張ってブロック!混戦となるゴール前。
こぼれたボール!ペナルティエリアの外、少し距離のある位置でセカンドボールを拾ったのは、U-20のボランチだった。彼は迷わずミドルシュートを放つ!
しかし、これもブルーロックの選手が身を挺してブロック。ボールは再びこぼれ、中盤での激しいボールの奪い合いへと発展する。
攻守が目まぐるしく入れ替わる展開。コーナーキックの際にゴール前に上がっていたコングは、クリアされたのを確認すると、即座に方向転換し、驚くべきスピードで自陣へと戻っていく。
(カウンター…アブナイ…モドル…!)
以前のような攻撃参加後の隙は見せない。冴に求められているのは、攻守に渡る貢献。その意識が、彼のプレーを着実に変化させていた。彼の迅速な帰陣もあり、ブルーロックの速攻は寸断される。
再びボールを保持したU-20は、波状攻撃を仕掛ける。冴が中盤でタクトを振り、サイドの選手が積極的に仕掛け、中央では閃堂が常にゴールを狙っている。何度か惜しいシュートシーンが生まれるが、ブルーロックの守備は崩れない。特に糸師凛のカバーリングと対人守備は際立っており、決定的な場面を作らせない。
前半25分を過ぎ、試合のインテンシティはさらに高まっていく。U-20は何とか同点に追いつきたい。ブルーロックはリードを守りつつ、追加点を狙う。両チームのエゴとプライドが激しくぶつかり合い、ピッチ上の熱気は高まっていった。
前半25分。U-20の波状攻撃は、ブルーロックの粘り強い守備の前に決定機を生み出せない。閃堂が放ったミドルシュートも、DFにブロックされ、勢いを失ったボールをブルーロックの選手が拾う。攻守が入れ替わる。
ブルーロックは慌ててカウンターを仕掛けるのではなく、一度中盤でボールを落ち着かせた。潔世一がボールを受け、顔を上げる。彼の瞳には、ピッチ上の選手たちの位置、スペース、そして最もゴールに近い道筋が見えているかのようだ。
「組み立て直すぞ!」
潔の指示と共に、ブルーロックの選手たちが流動的に動き出す。ボールはブルーロックの左サイドへ展開される。受けたのは千切だ。
「行くぜ!」
千切はその爆発的なスピードを活かし、縦への突破を図る。U-20の右サイドバックが対応するが、千切のスピードについていけない。深い位置までえぐり、ゴール前へ鋭いクロスを供給する!
「コング!」
だが右サイドから絞り中央で待ち構えていたのはコングだった。先ほどの攻撃参加から素早く守備に戻り、危険なスペースを埋めていた。彼はその巨体を投げ出し、千切の高速クロスをヘディングでクリア。ゴール前での仕事をきっちりとこなす。
(アブナイ…ハヤイ…クロス…)
コングは息をつく。ブルーロックの攻撃は多彩だ。フィジカルだけでは止められない。
クリアボールを拾ったのは、再びブルーロック。今度は中央から攻め込む。潔がドリブルで持ち上がり、相手DFを引きつけると、ペナルティエリア手前の凪誠士郎へパス。
凪はまるで重力を無視するかのような、神業的なトラップでボールをピタリと足元に収める。シュートか、パスか。一瞬の駆け引き。凪はゴール前の糸師凛へ、ふわりとしたパスを選択した。
(マズイ、凛がフリーだ!)
U-20のDF陣が一斉に凛へ寄せる。だが、凛はシュートではなく、ダイレクトでヒールパス!完全に意表を突いたプレー。ボールは走り込んできた乙夜の足元へ。
「もらい!」
乙夜はフリーでシュートを放つ!しかし、これはU-20の守護神、GKがファインセーブ!指先でわずかに触り、ボールはクロスバーの上へと逸れた。
「うわー!惜しい!」
ブルーロックベンチから声が上がる。
立て続けにチャンスを作り出すブルーロック。U-20のゴールキックでプレーは途切れたが、試合の流れは再びブルーロックへと傾き始めていた。彼らの個々のエゴと、それを繋ぐ連携プレーが、U-20守備陣に絶え間なくプレッシャーをかける。
コングも、愛空も、そして他のU-20選手たちも、息つく暇がない。前半の終盤に向けて、ブルーロックの猛攻が再び始まりそうな気配が漂っていた。守備陣は集中力を保ち、この難局を乗り越えなければならない。
時計は前半25分を過ぎた。ブルーロックの猛攻を凌いだU-20日本代表は、再びボールを保持し、反撃の機会を窺っていた。ボールは右サイドへ展開される。フィールド中央寄りの右サイドでボールを受けたのは、やはり糸師冴だった。
彼の周辺には、ブルーロックの選手たちが磁石に引き寄せられるように集まってくる。世界レベルのパサーである冴を自由にさせまいと、厳しいプレッシャーをかけようとしているのだ。冴のすぐ後ろ、右サイドバックの位置にはコングがいる。
冴は冷静にボールをコントロールしながら、パスコースを探る。近くの味方と短いパスを交換し、ブルーロックのプレスをいなす。だが、彼の真の狙いは別にあるようだった。ボールを保持しながら、冴は鋭い視線をコングへ送った。
(ン…? マタ…ナニカ…?)
コングは冴の視線に気づく。先ほどのオーバーラップの指示と同じような、何かを要求する視線。しかし、今回はサイドのスペースを指しているわけではない。コングの前方、タッチライン際はブルーロックの選手にケアされており、有効なスペースは見当たらない。
冴はボールを巧みに動かし、相手のマークを揺さぶりながら、再びコングに視線を送る。そして、今度は視線だけで、フィールドの中央方向、ブルーロックの選手が冴に集中したことでぽっかりと空いているスペースを指し示した。まるで「見ろ、あそこが空いている」とでも言うように。
(…! サイド…ジャナイ…? アソコ… ナカ…ノ…スペース…?)
何度目かの視線のやり取りで、コングはようやく冴の意図を理解した。サイドを駆け上がれ、ではない。あの、中央のスペースへ走り込め、という指示だ。サイドバックが中央へ切れ込んでいく動き――インナーラップ。
今まで教わったサイドバックの動きではない。リスクも高い。だが指示を出しているのは糸師冴だ。彼が言うのなら、そこに勝機があるはずだ。そして、ブルーロックの守備陣形を崩すには、意表を突く動きが必要なのかもしれない。
(ヤル…! サエ…シンジル…!)
コングは決断した。次の瞬間、彼はタッチライン際ではなく、斜め前方のフィールド中央へ向かって、力強く走り出した!その巨躯がインサイドへ切れ込んでいく動きは、ブルーロックの選手たちにとって完全に予想外だった。
「なっ、中に入ってくる!?」
「サイドバックが!?」
マークについていた選手が一瞬戸惑い、対応が遅れる。コングのインナーラップによって、ブルーロックの守備ブロックにズレが生じ、新たなスペースが生まれようとしていた。
ボールを持つ冴は、コングの動き出しを確認すると、わずかに口角を上げた。
(ようやくわかったか…)
パスコースは一瞬で開かれるだろう。U-20の司令塔は、コングという規格外の駒を使った、新たな攻撃の形をピッチ上に描き出そうとしていた。ジャングルの守護神の、予測不能な進撃が始まる。
前半30分。フィールド中央へ斜めに走り込むコングの動きに、ブルーロックの守備陣が一瞬、完全に虚を突かれた。その刹那の隙間を、糸師冴は見逃さない。彼の左足から、ブルーロックDFの間を切り裂く、完璧なスルーパスが供給された。
「!」
インナーラップしたコングの足元へ、ボールは寸分の狂いもなく届く。パスを受けたコングは、もはや誰にも止められない暴走機関車と化していた。持ち前の圧倒的なパワーとスピードで、ペナルティエリア手前まで一直線に突き進む。立ちはだかろうとしたブルーロックのMFを、まるでなぎ倒すかのように弾き飛ばす。
ゴールが見えた。コングは迷わず右足を振り抜いた!ジャングルで獣を仕留めるかのような、野生の本能そのままに。
「グォォォォッ!!」
轟音と共に放たれたシュートは、まさに弾丸。低く、強烈なボールが、ゴール左隅を目掛けて突き進む。観客席が息を呑む。
ブルーロックの守護神、我牙丸が驚異的な反射神経で反応する。横っ飛びで腕を伸ばし、ボールに触れた!しかし、シュートの威力は凄まじく、我牙丸の手を弾き飛ばす。完全にキャッチすることはできない!
「こぼれた!」
ボールは勢いを失い、ペナルティエリア内、ゴール前の危険な位置へ転がる。そこへ両チームの選手たちが殺到する!
U-20は閃堂やその他FWたち、そしてシュートを打ったコング自身も詰めている。ブルーロックは糸師凛、蟻生、烏らが必死に戻り、体を張ってボールを奪いに行く。ゴール前の狭いエリアで、激しい肉弾戦が繰り広げられる。ボールは目まぐるしく持ち主を変え、誰もがシュートを狙おうとするが、相手の必死のブロックに阻まれる。まさにカオス。
「押し込め!」
「クリアしろ!」
両チームの叫び声が交錯する混戦の中、誰かが懸命にクリアしようとしたボールが、高く、そしてPAの外へと弾き出された。
落下点は、ペナルティエリアのわずかに外、中央やや右寄りのスペース。そこに、まるで未来を読んでいたかのように、静かに走り込んできた選手がいた。
糸師冴。
彼は一連の攻撃の起点となりながら、常に状況を冷静に観察していた。混戦の中からボールがこぼれてくる可能性を予測し、完璧なポジションを取っていたのだ。
落下してくるボールに対し、冴は助走もほとんど取らず、右足を振り抜いた。ダイレクトボレーシュート!ボールの芯を的確に捉えた一撃は、美しい放物線を描きながら、ブルーロックゴールへと飛んでいく。ボールには強烈な縦回転がかかっており、GK我牙丸の手前で鋭く落ちる。
我牙丸も必死に反応しようとするが、もう届かない。ボールはクロスバーの内側を叩き、ゴールネットへと突き刺さった!
「ゴォォォォォォォォォォル!!!!!」
スタジアムが大歓声に包まれる!糸師冴の、全てを計算し尽くしたかのようなスーパーゴール!ついにU-20日本代表が同点に追いついた!スコアは1-1!
クールな表情を崩さない冴に対し、U-20の選手たちが駆け寄り、歓喜の輪を作る。起点となったコングも、興奮した様子で吠えている。一方、ブルーロックの選手たちは愕然としている。特にGK我牙丸は、コングのシュートは弾いたものの、その後の混戦からの失点に悔しさを滲ませていた。
試合は振り出しに戻った。冴のスーパーゴールが、停滞しかけていたU-20に再び火をつけた。前半残り時間、そして後半に向けて、試合はさらに激しさを増していくことだろう。
前半35分。糸師冴のスーパーゴールで試合が振り出しに戻り、ピッチ上のボルテージは最高潮に達していた。両チームの選手たちは、一歩も引くことなく、中盤で激しいボールの奪い合いを繰り広げる。球際の攻防はさらに激しさを増し、まさに死闘と呼ぶにふさわしいインテンシティだ。
U-20がボールを保持する場面。司令塔の冴は、同点ゴールの起点となった右サイドに意識的にポジションを取り、近くにいるコングとの連携を再び匂わせる。U20は勢いに乗り前のめりになっている。その動きにブルーロックの守備陣も警戒を強め、やや右サイドへ重心を寄せる。
(冴…またコングを使う気か…?大分右に偏ってるな…)
その瞬間、ブルーロックのMF、烏旅人が鋭いタックルでボールを奪取!こぼれたボールを拾ったのは、近くにいた潔世一だった。
潔が顔を上げた瞬間、彼の脳内にはピッチ上の情報が瞬時に流れ込み、最適解が導き出される。冴とコングが右サイドで脅威となっている。だからこそ、U-20の意識と守備陣形はそちらへ偏っている。その結果、生まれているのは――広大な逆サイドのスペース!
(見える…! 左サイド、千切がフリーだ!)
潔が、フィールドの弱点を明確に捉えていた。彼は迷わず、右足でボールを大きく蹴り出した。フィールドを斜めに横断する、壮大なサイドチェンジのロングパス!ボールは、U-20の選手たちの頭上を越え、まるで計算されたかのように、左サイドで走り出していた千切の足元へと吸い込まれていく。
「ナイスパス、潔!」
フリーでボールを受けた千切は、その言葉を口にする間もなく、既にトップスピードに乗っていた。彼の最大の武器である、爆発的なスピード。コングと逆のU-20の左サイドバック蛇来が慌てて対応しようとするが、もう遅い。赤いユニフォームの残像だけを残し、千切は一瞬で置き去りにする。
タッチライン際を疾風のように駆け上がり、千切はあっという間にペナルティエリア近くまで侵入する。ブルーロック、再び絶好のチャンス!潔の完璧な戦術眼とパス、そして千切の圧倒的なスピードが、U-20守備陣の綻びを突き、再びゴールへと迫る!
千切豹馬の爆発的なスピードによって、U-20の左サイドは完全に切り裂かれた。ペナルティエリア横の深い位置まで侵入した千切は、ゴール前へと鋭いグラウンダーのクロスを送り込む!
「凛!」
ニアサイドへ走り込む糸師凛。迎え撃つのはU-20主将、オリヴァ・愛空。ゴール前、最高のポジションを巡り、世代トップクラスの二人が激しく衝突する!互いの肩がぶつかり合い、火花が散るような激しい競り合い。凛は強引に足を出してボールに触ろうとし、愛空は体を張ってそれを阻止しようとする。
「うぉっ!」
「どけ!」
二人の意地とプライドがぶつかり合った結果、ボールはどちらの支配下にも収まらず、予測不能な回転をしながらゴール前のスペースへとこぼれた。混戦かと思われた、その瞬間。
まるで最初からボールがそこへこぼれてくることを知っていたかのように、凪誠士郎がふわりと現れた。転々とするボールに対し、彼は信じられない動きを見せる。
空中で一回転するかのようなアクロバティックな動き。伸ばした足の裏、あるいは踵あたりで、不規則に跳ねるボールをピタリと吸い付かせたのだ。まるでボールが彼の足の一部になったかのような、時が止まるような「曲芸トラップ」。ボールの勢いは完全に殺され、凪のコントロール下に置かれた。
「なっ!?」
その神業に、近くにいたコングが反応し、ボールを奪おうと巨体を寄せる。だが、凪はトラップの一連の流れの中で、コングが突っ込んでくることすら織り込み済みだった。ボールをトラップした足とは逆の足で軽くステップを踏み、ボールを引くと同時に体を反転させる。コングはその勢いのまま凪のいたスペースに突っ込み、バランスを崩して無様に体勢を崩した。巨体が、凪の華麗な技術の前に「転がされた」のだ。
(あ…)
コングは地面に手をつきながら、信じられないものを見る目で凪を見上げる。
完全にフリーになった凪は、ゴールに対して冷静だった。目の前にはGKがいるだけ。彼は慌てることなく、空いたコースへ正確にボールを流し込んだ。
GKも反応する間がない。ボールは静かにゴールネットを揺らした。
「……。」
ゴールの瞬間、スタジアムが一瞬静まり返り、次の瞬間、ブルーロックサポーターからの大歓声が爆発した。凪誠士郎、天才的なトラップからの、あまりにも鮮やかな勝ち越しゴール!スコアは1-2。前半終了間際に、再びブルーロックがリードを奪った。
ゴールを決めた凪は、「あー、めんどくさかった」とでも言いたげな、いつものマイペースな表情でチームメイトからの祝福を受ける。一方、U-20側は大きなショックを受けていた。競り合いに負けた愛空、そして凪の技術の前に転がされたコングは、ピッチに膝をつき、悔しさに顔を歪めていた。
ジャングルのフィジカルモンスターも、日本の至宝と呼ばれるDFも、ブルーロックの予測不能なエゴと才能の前には、為す術がない場面がある。前半終了を前に、試合は再び大きく動いた。残り時間はあとわずか。U-20は、このまま前半を終えるわけにはいかない。
前半45分。アディショナルタイムが表示され、前半終了の笛がいつ吹かれてもおかしくない時間帯。スコアは1-2、リードされているU-20日本代表は、最後の力を振り絞って同点ゴールを目指す。何としてもこのまま前半を終わりたくない。その焦りが、しかしプレーに硬さを生んでいた。
中盤でボールを繋ごうとするが、パスがずれる。強引にドリブルで突破しようとした選手が、ブルーロックの選手に囲まれ、あっさりとボールを奪われてしまった。
「カウンター!」
ボールを奪ったのは潔世一。彼は即座に前を向き、ブルーロックのカウンターが発動する。千切が左サイドを駆け上がり、蜂楽が中央をドリブルで持ち上がる。U-20の選手たちは必死に戻るが、カウンターのスピードに追いつけない。
潔からのスルーパスが、PA(ペナルティエリア)内へ走り込んだ蜂楽へと通る!
「させない!」
蜂楽の前には、巨躯の壁が立ちはだかった。コングだ。先ほどの失点に絡み、凪に翻弄された悔しさが、彼の全身から溢れている。ここで止めなければ、前半は絶望的な状況で終わってしまう。その思いが、コングをゴール前の最後の砦として奮い立たせていた。
PA内、ゴールまで至近距離での1対1。蜂楽はニヤリと笑う。
「ゴリラさん、また会ったね。今度は捕まえられるかな?」
蜂楽は独特のリズムでドリブルを開始する。小刻みなステップ、予測不能なボールタッチ。右へ行くかと思えば左へ、縦へ抜けるかと思えば急停止。コングは必死に食らいつく。その巨体からは想像もつかない俊敏さで対応しようとするが、蜂楽の動きはそれを上回る幻惑的だ。
(マズイ…マタ…ヌカレル…!)
焦りがコングの判断を鈍らせる。蜂楽が大きく右へ切り返すフェイントを見せた瞬間、コングはそれに過剰に反応してしまった。重心が完全に逆を取られ、体勢を崩しながらも、必死に足を出してしまう。
しかし、それは蜂楽の罠だった。蜂楽は切り返すフリをしただけで、ボールはまだ彼の足元にある。コングの伸ばした足が、巧みにコントロールされたボールではなく、蜂楽の足に引っかかった。
「あっ!」
蜂楽はバランスを崩してPA内で倒れ込む。
ピィィィーーッ!
鋭いホイッスルが鳴り響く。主審は一瞬の躊躇もなく、ペナルティスポットを指さした。ブルーロックにPK(ペナルティキック)!
「ウソ…」
コングは呆然と立ち尽くす。ファウルを犯してしまった事実に、頭が真っ白になる。やってしまった。取り返しのつかないミスを。彼は思わず頭を抱え、ピッチに膝をつきそうになった。
U-20の選手たちは主審に詰め寄るが、判定は覆らない。一方、ブルーロックの選手たちは蜂楽に駆け寄り、PK獲得を喜ぶ。
前半終了間際、あまりにも痛恨のPK献上。リードを広げる絶好のチャンスを得たブルーロック。絶望的な状況に追い込まれたU-20。スタジアムは異様な緊張感に包まれた。
スタジアム全体が息を呑んで見守る中、ペナルティスポットにはブルーロックのエース、糸師凛が静かにボールをセットしていた。前半終了間際に訪れた、リードを2点に広げる絶好のチャンス。その重圧が、彼の肩にのしかかっているはずだった。しかし、凛の表情は普段と変わらず、冷徹なまでに落ち着き払っている。
対峙するのはU-20日本代表のゴールキーパー。何とかこのPKを止め、望みを繋ぎたい。彼の目には強い決意が宿っている。
主審の笛が鳴る。凛は短い助走から、淀みなく右足を振り抜いた。
ボールはゴール左隅へ、鋭く、そして正確に突き刺さる。GKはコースを読んで飛びついたが、ボールは彼の伸ばした手のわずか先を通り抜け、ゴールネットを激しく揺らした。完璧なPK。
「ゴォォォォォル!!!」
ブルーロック側のスタンドが再び歓喜に沸く!糸師凛、プレッシャーをものともせず、冷静にPKを沈めた!スコアは1-3。ブルーロックがリードを決定的なものへと広げる。
ゴールを決めた凛は、軽く息を吐くだけで、特に喜びを表すそぶりは見せない。それが彼のスタイルだ。駆け寄るチームメイトたちと淡々とハイタッチを交わす。
一方、U-20側はさらなる絶望の淵に突き落とされた。痛恨のPKを与えてしまったコングは、ゴールが決まった瞬間、がっくりと肩を落とし、顔を覆った。自分のミスが、チームをここまで追い詰めてしまった。その罪悪感が、彼の巨躯を押し潰さんばかりだった。
そして、リスタートの準備がされる間もなく、主審が長いホイッスルを吹いた。
「ピーーーーッ!」
前半終了。
非情な笛の音が、スタジアムに響き渡る。
歓声を上げながら、自信に満ちた表情でロッカールームへと引き上げていくブルーロックの選手たち。彼らは個々のエゴを爆発させ、見事にU-20を圧倒してみせた。
対照的に、U-20の選手たちの足取りは重い。誰もが俯き、言葉少なだ。特にコングは、チームメイトに励まされながら、放心したような状態でピッチを後にした。彼の規格外のパワーとポテンシャルは、時に輝きを見せたが、同時に経験不足と精神的な脆さも露呈してしまった。
1-3。圧倒的な力の差を見せつけられた前半。U-20日本代表は、この絶望的な状況から後半に巻き返すことができるのか。重苦しい雰囲気の中、運命のハーフタイムが始まった。サッカースタジアムは、後半への期待と不安が入り混じった空気に包まれていた。
後半は明日