劇的な勝ち越しゴールから数分が経過し、時計は後半40分に近づこうとしていた。スコアは4-3。1点を追うブルーロックに残された時間は、ロスタイムも入れてもう10分もない。絶望的な状況の中、ブルーロックベンチが最後の交代カードを切る。カウンターの起点となっていた快足・乙夜影汰に代わり、ピッチに解き放たれたのは"キング"馬狼照英だ。
「俺様が来たからには、もうテメェらの好きにはさせねぇ。ひれ伏せ、凡才ども!」
不遜な態度でピッチに足を踏み入れた馬狼。彼の投入は、ブルーロックに最後の起爆剤となるか。失うものは何もないブルーロックは、文字通り必死の猛攻を開始する。潔が、凛が、凪が、そして馬狼が、個々のエゴを剥き出しにしてU-20ゴールへと襲いかかる。
だが、その猛攻の中心で、まるで不落の要塞のように立ちはだかる存在がいた。ボランチ、コングだ。試合開始から走り続け、攻守にわたって激しいプレーを繰り返してきた彼の体力は、常識的に考えれば限界のはずだった。しかし、彼の動きに衰えは見られない。
「まだだ…! まだ走れる…!」
コングは、残ったスタミナを振り絞るというより、むしろ底なしのエネルギーでブルーロックの選手たちを追い回す。潔がドリブルで仕掛ければ、その進路に立ち塞がり、凪がトラップしようとすれば、背後から強烈なプレッシャーをかける。投入されたばかりの馬狼が、得意の強引な突破で中央をこじ開けようとしても、コングは真正面から受け止め、パワーとパワーのぶつかり合いでキングの進撃を食い止める。
「なんなんだ、コイツは…! 全然バテてねぇ!」
馬狼でさえ、コングの異常なまでのフィジカルとスタミナに驚愕の声を上げる。
コングの存在は、焦るブルーロックにとって大きな障害となっていた。彼を避けようとすればパスコースが限定され、突破しようとすればフィジカルで潰される。それでもブルーロックは諦めない。凛の鋭いパス、玲王のゲームメイク、氷織の冷静な判断、そして潔のゴールへの嗅覚。最後の1秒まで、彼らは同点ゴールを目指し続ける。
ピッチ上では、両チームの選手たちが最後の力を振り絞り、魂と魂がぶつかり合うような激しい攻防が繰り広げられる。残り時間はわずか。U-20が逃げ切るのか、それともブルーロックが土壇場で追いつくのか。勝敗の行方は、まだ誰にも分からない。
後半40分。残された時間はわずか。1点を追うブルーロックは、まさに一気呵成、全選手がゴールへ向かうような、捨て身の猛攻を仕掛けていた。同点への執念が、ピッチ全体を覆う。
中盤でボールを受けたのは、交代出場の氷織羊。彼は土壇場でも冷静さを失わず、最適なパスコースを探る。そして、ペナルティエリア手前でフリーになりかけていた潔世一へ、鋭いグラウンダーのパスを通した!
「潔!」
ボールを受けた潔は、ゴールへと正対する。隣には糸師凛も走り込んでいる。最後のチャンス、二人の連携でこじ開ける!潔は凛の足元へ、同点の願いを込めたパスを出そうとした。
その瞬間だった。
「もらった!」
轟音のような声と共に、潔と凛の間に黒い影が割って入った。馬狼照英!彼は味方である潔のパスを、まるで敵から奪うかのように強引にカットしたのだ!
「馬狼! てめぇ、何しやがる!」
凛が激昂するが、馬狼は聞く耳を持たない。
「決めるのはキングである俺だ!」
馬狼は奪ったボールを自らの支配下に置くと、他の味方を一切無視し、単独でU-20ゴールへと向かってドリブルを開始した。彼の周囲には、驚きと怒りを露わにするブルーロックの選手たち。しかし、キングは止まらない。強引なドリブル、圧倒的なエゴでDFをこじ開けようとする。
DF数人を引きつけながらも、馬狼はペナルティエリア手前まで迫る。シュートコースが見えたか、彼が右足を振り抜こうとした瞬間――。
「サセン!!!」
地鳴りのような声と共に、巨大な影が馬狼の前に立ちはだかった。ボランチの位置から、最後の力を振り絞って戻ってきたコングだ!試合終盤、疲労の色は濃いはずなのに、その眼光は少しも衰えていない。チームを勝利へ導くため、最後の壁となる覚悟が、その全身から発散されている。
キング対怪物。フィールド中央で繰り広げられた激しい攻防が、今、ゴール前で最後の激突を迎えようとしていた。コングが、ゴールを狙う馬狼へ、文字通り襲いかかる!
キング・馬狼照英と、最後の壁・コング。ゴール前での壮絶な1対1が始まった。馬狼は得意の強引なドリブルで、コングの巨体をこじ開けようとする。左右への揺さぶり、強引な突破。対するコングは、もう満身創痍のはずだった。だが、チームを勝利に導くという執念だけで、その巨体を動かしていた。
キング・馬狼照英と、最後の壁・コング。ゴール前での壮絶な1対1が始まった。馬狼は得意の強引なドリブルで、コングの巨体をこじ開けようとする。左右への揺さぶり、強引な突破。対するコングは、もう満身創痍のはずだった。だが、チームを勝利に導くという執念だけで、その巨体を動かしていた。
「どけぇ!」
「カエレ!」
激しいフィジカルコンタクト。火花が散るようなぶつかり合い。コングは必死に食らいつく。馬狼のフェイントに喰らいつき、パワーにはパワーで対抗する。そして、馬狼がシュートを打とうとわずかにボールが足元から離れた瞬間、コングは最後の力を振り絞って足を伸ばした!
ガッ!
鈍い音が響き、ボールは馬狼のコントロールを離れ、横へと弾かれた。コングが、土壇場でキングの独走を止めたのだ!
しかし、コングも限界が近かった。ボールを弾いた反動で体勢を大きく崩し、すぐには起き上がれない。弾かれたボールは、誰のものでもなく、ペナルティエリア手前で転々と転がっていた。
そのルーズボールに、影のように、いや、怒りの炎をまとったかのように猛然と走り込んできた選手がいた。糸師凛だ。彼は先ほどの馬狼の自分勝手なプレーに、内心ぶちぎれていた。その怒りが、彼の反応速度を極限まで高めていた。
凛は誰よりも早くルーズボールに到達し、かっさらうように足元に収める。そして、彼は周りを見なかった。味方も敵も関係ない。ただ、目の前のゴールだけを見据え、怒りとエゴを燃やしながら、U-20ゴールへと切り込んでいく!
鋭く、切れるようなドリブル。そのスピードは、疲労困憊のU-20DF陣を翻弄する。試合終了間際、土壇場で、ブルーロックに最後の、そして最大の同点チャンスが訪れた!
怒りのエゴを燃やし、糸師凛はU-20ゴールへと突き進む。そのドリブルは鋭く、DFを置き去りにするかに見えた。しかし、U-20の最終ラインには、鉄壁のキャプテン、オリヴァ・愛空が冷静に待ち構えていた。さらに、誰もが予想しなかった動きで、FWであるはずの龍聖士道が驚異的なスピードでプレスバック!愛空と士道が、まるで挟み撃ちにするかのように凛へと迫る!
「させるか!」
「終わりだ!」
シュートコースはほとんどない。角度もない。絶望的な状況。だが、凛の瞳から闘志の炎は消えていなかった。彼は二人に挟まれながらも、もはや執念だけで必死に右足を振り抜いた!
ボールはDFの股間を抜けるようにしてゴールへ向かう!U-20のGKが懸命に反応し、伸ばした指先がボールを掠めた!コースが変わる!ゴールへ…!
カァンッ!!
無情な金属音が響き渡り、糸師凛の執念のシュートはゴールポストに弾かれた!跳ね返ったボールは、ゴール前の混戦地帯へと転がる!試合終了間際、最後の、最後のチャンスになるかもしれないボールへ、二人の選手が同時に突っ込んだ!
ブルーロックの心臓、潔世一!
U-20の頭脳、糸師冴!
ボール際で、二人の体が激しくぶつかる!冴は勝利のために、潔の体勢を崩すべく、軽くショルダータックルを見舞った!
「ぐっ…!」
潔の体は大きくぐらつき、バランスを失う。ボールは目の前にある。GKもまだ完全な体勢ではない。だが、この崩れた体勢では、動いているボールへのダイレクトシュートは打てない!万事休すか…!潔の脳裏に絶望がよぎる。
だが奇跡は起きた。ポストから勢いよく跳ね返ってきたはずのボールが、試合終盤の激闘で荒れたゴール前の芝に捕まり、まるで意志を失ったかのように、その場でピタリと止まったのだ!
「!?」
予期せぬボールの停止に、タックルを仕掛けた冴も、周りの選手たちも、一瞬反応が遅れる。
しかし、潔は見逃さなかった。体勢は崩れている。だが、目の前には、止まったボールと、がら空きのゴール。彼は最後の力を振り絞り、倒れ込みながらも右足を伸ばした。
ただ、ゴールへ向けて。
止まったボールを、潔はゴールへと確実に蹴り込んだ。
ボールはゆっくりとゴールラインを越え、ネットを揺らす。
ゴォォォォォォォォォォル!!!!!!!!!
信じられない幕切れ!試合終了、まさにその瞬間!潔世一の執念と、ピッチの女神の悪戯が生んだ、劇的な、劇的な同点ゴール!スコアは4-4!
ゴールが決まった瞬間、長く、鋭いホイッスルがスタジアムに鳴り響いた。
ピ――――――――――――ッ!!!
試合終了。
ピッチに倒れ込んだままの潔は、信じられないといった表情でゴールネットを見つめ、そして、ゆっくりと空を仰いだ。生き残ったベンチのブルーロックの選手たちが、歓喜の雄叫びを上げながら潔のもとへ駆け寄る。観客席は、歓喜と興奮のるつぼと化した。
一方、U-20の選手たちは、言葉を失っていた。勝利を目前にしながら、あまりにも劇的な形で追いつかれた。ショルダータックルで潔を止めきれなかった冴は、ピッチに膝をつき、荒れた芝を睨みつけていた。激闘の末の、残酷な結末。
スコア4-4。U-20日本代表対ブルーロック選抜。歴史に残るであろう死闘は、両者譲らず、壮絶な引き分けという形で幕を閉じたのだった。ピッチには、燃え尽きた選手たちの姿だけが残されていた。
試合終了を告げる長いホイッスルが、熱狂の残るスタジアムに響き渡る。ピッチ上では、両チームの選手たちが、それぞれの形で激闘の終わりを受け止めていた。ある者は天を仰ぎ、ある者は膝に手をつき、またある者は、出し尽くしてピッチに倒れ込んだまま動けない。スコアは4-4。壮絶な死闘は、痛み分けという形で幕を閉じた。
ブルーロックの選手たちは、劇的な同点劇に沸いた直後の興奮から醒め、複雑な表情を浮かべていた。だがスタメンとしてピッチに立ち続けた者たちの多くは、安堵よりも、むしろ勝てなかったことへの悔しさを色濃くにじませていた。
「…引き分け、か」
潔は、まだ息を切らしながら立ち上がり、絞り出すように呟いた。最後のゴールは執念だったが、目指していたのは勝利だ。
「チッ…結局、勝てねぇのかよ」
凛は忌々しげに舌打ちし、誰に言うともなく吐き捨てる。彼のプライドは、引き分けという結果を許さない。凪も、蜂楽も、馬狼も、他の主力選手たちも、口には出さずとも、その表情には同様の「飢え」が見て取れた。ブルーロック(青い監獄)で叩き込まれたエゴイズムは、勝利以外の結果を良しとはしないのだ。
一方、U-20日本代表の選手たちは、勝利を目前で逃した悔しさと共に、極度の疲労困憊に襲われていた。キャプテンの愛空は、両膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。閃堂も、士道も、ピッチに座り込み、なかなか立ち上がれない。そして、ボランチとして後半、獅子奮迅の活躍を見せたコングは、大の字になってピッチに倒れたまま、完全に燃え尽きたように空を見つめていた。彼の体力は、常人離れしてはいたが、無限ではなかったのだ。
そんな中、ただ一人、涼しい顔をしている男がいた。糸師冴だ。激闘の中心でゲームをコントロールし続けたにも関わらず、彼の息はほとんど乱れていない。冴を除いて、ピッチ上の誰もが疲れ果てているというのに、彼はまるで観客のように、周りの選手たちの様子を冷静に、どこか面白そうに眺めているだけだった。その体力、精神力は、やはり別格だった。
やがて、両チームの選手たちは、互いの健闘を称え、握手を交わし始める。悔しさ、疲労、安堵、そして次への渇望。様々な感情が渦巻く中、選手たちは重い足取りで、それぞれのロッカールームへと引き上げていく。日本のサッカー史に残るであろう激闘は終わった。しかし、彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。この試合で得たもの、失ったものを胸に、彼らはさらなる高みを目指していくのだろう。その目は、既に未来を見据えていた。
激闘の熱気が冷めやらぬピッチ。選手たちが互いの健闘を称え合い、あるいは悔しさを噛み締めながら、ロッカールームへと引き上げていく。その中で、コングはまだピッチに座り込み、動けずにいた。全身を襲う疲労感と、試合の結末に対する様々な感情が、彼の思考を鈍らせていた。
そのコングの前に、すっと影が差した。見上げると、そこには糸師冴が、相変わらず涼しい顔で立っていた。
「…サエ…」
コングは掠れた声で、司令塔の名を呼ぶ。
冴は、疲れ切ったコングを見下ろし、しばしの沈黙の後、静かに口を開いた。
「おい、デカブツ」
「…?」
「今日のテメェのプレーだが…」
冴は言葉を区切り、コングの反応を窺うように続ける。
「…まあ、ひどいもんだったな」
予想通りの辛辣な言葉に、コングの肩がわずかに落ちる。
「ポジショニングはガバガバ、戦術理解もゼロ。追いつけるから良いってもんじゃない。そして状況判断も致命的に遅い。前半のあのPK献上なんざ、論外だ。ボランチに置いても、ただ走り回ってるだけ。あのロングシュートも、ただのまぐれ当たりだろう」
正しくも厳しい評価が続く。だが、冴の言葉はそこで終わらなかった。
「だが…」
冴は少し間を置き、続ける。
「…言われたことだけは、犬みてぇに忠実にやったな。あの無駄なスタミナと、指示通りに最後まで走り切った点は評価してやる。あと、3点目のコーナーの折り返し…あれは悪くなかった」
ほんのわずかだが、肯定的な言葉。そして、最後のアシストへの言及。コングは、はっとしたように冴を見上げた。
冴はフンと鼻を鳴らす。
「勘違いするな。100点満点で言えば、せいぜい…30点だ。まだまだ不良品には変わりねぇ」
だが、その言葉とは裏腹に、冴の口元には、ほんのわずかに笑みが浮かんでいるようにも見えた。あるいは、新たなオモチャを見つけたような、そんな好奇の色が。
コングは、冴の言葉の意味を全て理解できたわけではないだろう。しかし、厳しい評価の中に、ほんの少しの「認められた」という感覚と、そして圧倒的な「足りなさ」を突きつけられたことで、彼の心に新たな火が灯った。
「ウ…オス…!」
コングは、疲れ切った体で、それでも力強く頷いた。
「ツギ…モット…ガンバル…! 50テン…メザス…!」
その片言の返事に、冴はもう一度フンと鼻を鳴らすと、興味を失ったかのようにコングに背を向け、悠然とピッチを後にした。
一人残されたコングは、深呼吸を一つすると、両手で地面を押し、ゆっくりと立ち上がろうとする。体は鉛のように重い。だが、心は不思議と軽かった。司令塔からの厳しい評価と、ほんの少しの期待。それが、ジャングルの怪物を再び突き動かす、新たな燃料となったのだ。彼の戦いは、まだ終わらない。もっと強く、もっと上手く。その決意を胸に、コングもまた、ゆっくりと歩き始めた。