「Welcome to Manshine City, 未来のスターたち! 特に、今日から合流するニューフェイスには盛大な歓迎を!」
ネオ・エゴイストリーグが熱狂の渦を巻き起こす中、イングランド『マンシャイン・シティ』のトレーニング施設には、選ばれたエゴイストたちが集結していた。マスター・ストライカーであるクリス・プリンスが、ガラス張りの近代的な部屋の中央で、選手たちを前に両手を広げた。
クリスの視線は、部屋の隅でやや戸惑ったように立っている大柄な青年に注がれた。ジャングルで育った異色の経歴を持つ、コングだ。彼もチーム選択にてこのチームを選んでいた。凪、玲王、千切、そしてアギといった既存のイングランドのメンバーも、その規格外の存在感に注目していた。
クリスは優雅な足取りでコングに近づくと、値踏みするようにその全身を眺め回した。そして、ためらうことなくコングの腕や胸の筋肉に触れる。
「Oh... My GOD! なんだこの肉体(フィジカル)は! まさに神(GOD)の造形美! 完璧(パーフェクト)だ! ファンタスティック!」
クリスは恍惚とした表情で、まるで芸術品を鑑賞するようにコングの身体をチェックしていく。
「だが、コング。君はまだ原石だ。僕の最新科学に基づいたトレーニングメソッドがあれば、君のその『神の肉体』は、さらに輝きを増すことになる! 僕が君を、世界一の『作品』に仕上げてみせるよ!」
自信たっぷりに語るクリスに対し、コングは力強く頷いた。まだ日本語は流暢ではないが、その瞳には強い意志が宿っている。
「トレーニング、任せろ。やる。」
「Good Boy! その意気だ」クリスは満足げに微笑むと、人差し指をコングに向けた。
「では、君の『理想(Ideal)』は何だい? この僕、クリス・プリンスに教えてごらん? 君がピッチで体現したい、最高のエゴイズムを」
『理想』という言葉に、コングは一瞬考え込むような仕草を見せた。具体的な言葉でそれを表現するのは、まだ難しいようだった。しかし、彼は自分の言葉で、懸命に伝えようとする。
「リソウ…? わからない。でも…俺、走る。ずっと走る。全部、走る。」
コングは自分の胸をドン、と叩く。
「ボール、取る。相手、止める。ぶっ飛ばす。」
そして、力強く拳を握る。
「俺、ゴール、決める。点、取る。でも、相手の点、取らせない。ゴール、絶対、守る。」
攻めて、守って、走り続ける。フィールドの全てに関与し、勝利に必要な全てを体現する。それが、コングの純粋で根源的なエゴイズムだった。
クリスはその答えを聞き、口角を上げた。
「フッ…実にワイルドで、プリミティブ。だが、悪くない。悪くないぞ、コング! ピッチの全てを支配する…そういうことだろう? 面白いじゃないか! その未開の『理想』、このマンシャイン・シティで、僕が洗練させ、磨き上げてみせる! 世界に見せつけようじゃないか、君という『神の肉体』とそのエゴを!」
クリスの言葉に、コングは獰猛な笑みを浮かべた。マンシャイン・シティでの、新たな進化への期待が、その全身から溢れ出ていた。凪や玲王、千切たちも、この未開の才能がチームに何をもたらすのか、それぞれの思いで見つめていた。
クリス・プリンスによる『理想(Ideal)』の問いかけから数日後。マンシャイン・シティのトレーニング施設では、コングが他のメンバーとは明らかに異なる、特別なメニューに取り組んでいた。クリス直々に設計された、まさに「コング専用」のスペシャルプログラムだ。
「いいかい、コング。これは君の『神の肉体』をさらに進化させるための、科学的根拠(エビデンス)に基づいたメニューだ」
クリスはタブレットを操作し、コングの筋力、持久力、瞬発力に関する様々なデータを表示させる。心拍数や乳酸値の変化までリアルタイムでモニタリングされ、負荷が最適化されていく。
「君のポテンシャルは計り知れない。だが、それはまだ原石。磨かなければ、ただの石ころだ」
コングはクリスの言葉一つ一つに真剣に耳を傾け、こくこくと頷く。そして、渡されたメニューに黙々と取り組み始めた。
ウェイトトレーニングでは、他の選手たちが悲鳴を上げるような重量のバーベルを、コングはまるで重さを感じていないかのように軽々と持ち上げる。唸り声と共に凄まじいパワーが発揮され、トレーニングルームに重低音が響く。その光景に、近くで調整していた選手たちが思わず息を飲んだ。
「おいおい、マジかよ…」
「人間じゃねぇ…」
持久系のトレーニングでも、コングのスタミナは底なしだった。特殊なマスクを装着し、心肺機能に極限まで負荷をかけるメニューでも、定められた時間を平然と走り続ける。汗は滝のように流れているが、その足取りは少しも衰えない。
「ヘイ、ルーキー」
不意に声をかけたのは、同じくフィジカルに絶対的な自信を持つストライカー、アギだった。彼は隣のランニングマシンで、コングに負けじとペースを上げていた。
「パワーとスタミナは認める。だが、それだけじゃフィールドでは生き残れないぞ」
アギは汗を拭いながら、コングの動きを鋭く観察する。
「もっとボディバランス、体幹の使い方を意識しろ。ただ力が強いだけじゃ、動きが硬くなる」
コングはアギの言葉に、動きを止めて考え込む。
「バランス…タイカン…? わかった。やってみる」
素直にアドバイスを受け入れようとするコングに、アギは少し驚きつつも、フッと口元を緩めた。この未開の才能を持つ後輩に、ライバル心と同時に、わずかながらの興味も抱き始めていた。
その様子を少し離れた場所から見ていたのは、玲王と凪、そして千切だった。
玲王が感嘆の声を漏らす。
「すげぇパワーとスタミナだな、コングのやつ」
「あのフィジカルをどうやって俺たちのサッカーに組み込むか…パスの精度、連携のタイミング…考えることは山積みだ」
千切は、コングのランニングデータを見て目を丸くしていた。
「なんだこのスピード…しかも全然落ちてねぇ…持久力もバケモノかよ。」
もちろん、コングも全てを完璧にこなせているわけではない。クリスが課す、繊細なボールコントロールや、コンマ数秒の判断を要求されるアジリティトレーニングでは、その規格外のパワーが裏目に出ることもあった。ボールタッチが強すぎたり、細かなステップワークに手間取ったりして、「グゴゴ…」と唸り声を上げることもしばしばだ。
そんなコングの姿を見て、クリスは満足げにタブレットを確認する。
「フッ、伸び代しかない、ということさ。荒削りだが、それこそがダイヤモンドの原石。心配ない、コング。僕の完璧な指導(ティーチング)があれば、君は必ず輝く!」
クリスは新たな調整を加えたメニューをコングに提示する。コングは少し悔しそうな表情を見せながらも、すぐに闘志を燃やし、再びトレーニングに没頭していく。
トレーニング後、コングは大量の汗を流し、全身の筋肉が悲鳴を上げていたが、その表情は不思議と充実感に満ちていた。言葉はまだ拙いが、サッカーへの渇望、そして強さへの純粋な欲求が、彼を突き動かしている。マンシャイン・シティでの特訓は、ジャングルの野生児を、洗練された『フィジカルモンスター』へと変貌させていく序章に過ぎなかった。
世界中の注目が集まるネオ・エゴイストリーグ、その初戦の幕が切って落とされた。最新鋭のスタジアムは熱狂的なサポーターで埋め尽くされ、地鳴りのような歓声がピッチに降り注ぐ。光と影が交錯するフィールドに、選ばれしエゴイストたちが姿を現した。イングランド代表『マンシャイン・シティ』と、ドイツ代表『バスタード・ミュンヘン』の激突だ。
マンシャイン・シティのフォーメーションは4-2-1-3。その右サイドバックの位置には、他の選手たちとは一線を画す、野性的なオーラを放つ大柄な選手が立っていた。コングだ。彼の抜擢は多くの者を驚かせたが、マスターであるクリス・プリンスには明確な狙いがあった。
試合前のロッカールーム。クリスはコングの肩に手を置き、自信に満ちた声で告げていた。
「コング、君のポジションは右サイドバックだ。ジャングルを出てから、ディフェンダーとしての経験が数年はあると言っていたね? そのフィジカルなら、どんなアタッカーも封じ込める盾になるはずだ」
クリスはピッチの模型図を指さす。
「だが、焦る必要はない。まずはこのピッチの右半分…そうだ、君のサイドを完全に支配してみせろ。それが今日の君への最初のオーダーだ。フィールドの全てを欲するのは、それからでいい」
そして、クリスはアギと玲王に向き直った。
「アギ、レオ。君たちには中盤の支配を任せる。流動的に動き、ゲームをコントロールしろ。そして…」クリスは凪とコングに視線を送り、悪戯っぽく笑う。「まだ磨かれていないダイヤモンドたち…凪とコングを導いてやれ。これは試合であり、同時に最高の教育(レッスン)の時間でもあるのだから」
左ウイングに配置された千切は、そのスピードを最大限に活かすため、コングとは最も遠いサイドで牙を研いでいた。
ホイッスルが鳴り響き、ドイツボールでキックオフ。バスタード・ミュンヘンは、マスターであるノエル・ノアが標榜する『合理性』に基づき、冷静かつ正確なパスワークでボールを動かし始める。中盤での細かいパス交換から、イングランド陣内の右サイド、つまりコングのいるサイドへとボールが展開された。
「来た…!」
コングは全身の筋肉を躍動させ、猛然と相手ウイングに襲いかかる。そのスピードと圧力は、まさに猛獣のそれだ。相手選手は一瞬怯んだが、巧みなボールコントロールでコングの突進をかわそうとする。
「甘い!」
コングは驚異的な反応速度とパワーで強引に体をねじ込み、ボールを奪い取った。激しいショルダーチャージに、相手選手はたまらずバランスを崩す。ファウルギリギリのプレーだったが、主審の笛は鳴らない。スタジアムがどっと沸く。
しかし、奪ったボールをすぐに味方に繋げようとしたところで、わずかにパスがずれる。近くにいた玲王が素早くフォローに入り、事なきを得たが、コングのプレーにはまだ粗削りな部分が垣間見えた。
「コング! 周りを見ろ! 慌てるな!」
玲王が冷静な声で指示を送る。アギも中盤でボールを受け、巧みなキープ力でドイツのプレスをいなしながら、前線の凪やサイドの千切が動き出すスペースとタイミングを窺っている。クリスの指示通り、二人はゲームをコントロールしながら、コングと凪のプレーを注意深く見守っていた。
コングは玲王の言葉に頷き、改めて自分のポジションと周囲を確認する。右サイドを支配する――クリスの言葉が頭の中で反響する。目の前の相手を潰すだけでなく、この広大なエリア全てを自分の縄張りとするのだ。彼の野生の本能が、フットボールという新たな狩場で、その戦い方を学び始めていた。
時計は前半5分を指そうとしている。まだスコアボードは0-0のまま。しかし、ピッチ上では両チームのエゴが激しくぶつかり合い、火花を散らし始めていた。特にマンシャイン・シティの右サイドで異様な存在感を放つコングのプレーは、バスタード・ミュンヘンの『皇帝』ミヒャエル・カイザーの注意を引き始めていた――。
前半5分過ぎ、試合は早くも激しさを増していた。コングの荒々しいディフェンスは、バスタード・ミュンヘンの左サイドの攻撃を確実に停滞させ始めていたが、そのプレーはまだ不安定さを伴っていた。そんな中、プレーがファウルで一時中断し、ドイツボールのスローインとなる。選手たちがポジションを取り直す、束の間の静寂。その隙を突くように、一人の選手が悠然とコングに近づいてきた。青い薔薇のタトゥーを首筋に覗かせる、バスタード・ミュンヘンの『皇帝』、ミヒャエル・カイザーだ。
カイザーはわざとらしくコングの巨体を眺め上げると、嘲るような笑みを浮かべた。
「Na, was haben wir denn hier? Ein Gorilla im Fußballtrikot? (おやおや、これは何だ? サッカーユニフォームを着たゴリラか?)」
芝居がかったドイツ語での問いかけ。コングはその言葉の正確な意味を理解できなかったが、カイザーの表情や口調から、それが侮辱的なものであることは明らかだった。コングは眉間に皺を寄せ、カイザーを睨みつける。
カイザーは面白そうに続ける。
「Kannst du überhaupt verstehen, was der große Kaiser sagt? Oder kommunizierst du nur durch Brusttrommeln? (この偉大なるカイザーの言葉が理解できるのか? それとも胸を叩いてコミュニケーションするタイプかな?)」
揶揄するように、自分の胸を軽く叩くジェスチャーまでしてみせる。その挑発的な態度は、明らかにコングの神経を逆撫でするためのものだった。
「…ゴリラ、違う」
コングは低い声で、片言の日本語で返した。ジャングルで育った彼にとって、その手の揶揄は聞き慣れているのかもしれないが、不快であることに変わりはない。
「俺、コングだ」
「ほう、コング、ねぇ…」カイザーは興味深そうに顎に手を当てる。
「だが、ここは文明社会のピッチだ。野生動物(ヴィルト・ティア)の居場所じゃない。さっさとジャングルにお帰り願おうか?」
カイザーはわざとコングの肩に軽くぶつかるようにして、その場を離れようとする。その瞬間、コングの全身から、抑えきれない闘争心が沸き上がるのが分かった。野生の本能が、この傲慢な『皇帝』を敵と認識したのだ。
「おい、カイザー。うちの新入りにちょっかい出すのはやめておけ」
声の主は、近くにいた玲王だった。彼は冷静な表情でカイザーを牽制する。アギもまた、鋭い視線をカイザーに向けていた。マンシャイン・シティの選手たちは、この厄介な『皇帝』のやり口を警戒していた。
カイザーは玲王を一瞥すると、肩をすくめて不敵に笑った。
「フン、ただの挨拶代わりだ。躾のなっていないペットの面倒を見るのは大変だな、御曹司?」
そう言い残し、カイザーは自分のポジションへと戻っていく。スローインが再開され、ボールがピッチを動き出す。コングはカイザーの後ろ姿を鋭く睨みつけていた。怒り、そして、より一層強くなった闘争心。カイザーの挑発は、コングという未開の才能が持つ、危険な起爆スイッチに触れてしまったのかもしれない。クリスが与えた「右サイドの支配」というオーダーに加え、コングの中には「あの皇帝を潰す」という新たな、そして極めて個人的なエゴが芽生え始めていた。
カイザーの挑発を受け、コングの闘争心に火が付いた直後だった。バスタード・ミュンヘンの攻撃の波をイングランドの中盤が断ち切る。ボールを拾ったのは玲王だ。彼は一瞬でピッチ全体を見渡し、最適な選択肢を探る。そして、寸分の狂いもないロングパスを左サイドの広大なスペースへと送り込んだ。
そのパスの先には、赤い髪をなびかせ、スタートの合図を待ち構えていたかのようなスピードスター、千切豹馬がいた。
ボールが足元に収まるや否や、千切はトップスピードへと加速する。まるで赤い豹が獲物を追うように、タッチライン際を疾走する。対峙したドイツのサイドバックは、その圧倒的な速度差に為す術なく置き去りにされた。
「速っ…!」ドイツのベンチから驚きの声が漏れる。
カバーリングに入ろうとしたセンターバックも、ボランチの選手も、千切の予測不能なステップと急加速にはついていけない。鋭いカットインで二人目のDFをかわし、さらにギアを上げる。三人目のDFが必死に食らいつこうとするが、それすらも振り切り、千切はペナルティエリア左の角、得意な位置へと侵入する。
ドイツのゴールキーパーが慌ててシュートコースを消そうと飛び出してくる。だが、それよりも早く、千切の右足がコンパクトに、しかし鋭く振り抜かれた。
放たれたシュートは、GKの手がわずかに届かない、ゴール右隅の完璧なコースへと突き刺さる!
ゴォォォォォォォォル!!!!
スタジアムが揺れるほどの大歓声が爆発した。先制点はマンシャイン・シティ!
千切は右拳を突き上げ、雄叫びを上げる。すぐに玲王、アギ、そして珍しく少し表情を動かした凪が駆け寄り、ハイタッチを交わす。クリス・プリンスがベンチで満足げに頷き、拍手を送っているのが見えた。
「チギリ…すげぇ…」
右サイド、最も遠い位置からその光景を見ていたコングは、思わず呟いた。あのスピード、そしてゴールを決めるという結果。自分も早くフィールドを駆け回り、相手をねじ伏せ、そしてゴールという形で結果を出したい。千切のゴールは、コングのエゴをさらに強く刺激した。
一方、失点を喫したドイツ側。カイザーは忌々しげに舌打ちし、ピッチに唾を吐いた。ノエル・ノアは表情一つ変えず、ただ冷静にピッチ全体を見渡し、思考を巡らせているようだった。
電光掲示板のスコアが「イングランド 1 - 0 ドイツ」に変わる。千切豹馬の鮮やかな一撃が、試合の均衡を破った。リードを得たマンシャイン・シティ。しかし、バスタード・ミュンヘンがこのまま黙っているはずがない。試合は新たな局面へと突入した。