コングの挑戦   作:マウスブン

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ドイツ戦

先制点を奪われたバスタード・ミュンヘンは、すぐさま反撃に転じた。ノエル・ノアの哲学である『合理性』に基づき、ボールを保持しながら冷静にイングランド守備陣の隙を窺う。その中心には、ブルーロックから参加している潔世一がいた。彼は周囲と連動し、最適なパスコースと動き出しでチャンスを作り出そうと試みる。

 

潔が良いポジションを取り、中央の選手から決定的なパスを引き出そうとした、まさにその瞬間だった。

 

「邪魔だ、道化」

 

冷たい声と共に、ミヒャエル・カイザーが強引に潔の前に割り込み、ボールを要求した。潔の動きを完全に無視した、あまりにも自己中心的なプレー。カイザーはそのままペナルティエリア外から得意の『カイザーインパクト』を狙おうとしたが、体勢が悪く、シュートはイングランドDFにブロックされてしまう。

 

「てめぇ、カイザー!」

 

潔は思わず声を荒らげた。絶好のチャンスを潰された怒りが込み上げる。これが『皇帝』のエゴなのか。ノアの求める合理的なサッカーとは明らかに違う、不協和音。ドイツの攻撃には、どこかぎこちなさが漂い始めていた。

 

そして、その連携の乱れをマンシャイン・シティが見逃すはずがなかった。こぼれたボールを拾ったのは、中盤でフィルターとなっていたアギだ。彼は鋭い読みでボールを奪取すると、一瞬の逡巡もなく前方の御影玲王へとパスを繋いだ。

 

玲王がボールを受けた瞬間、スタジアムの空気が変わる。マンシャイン・シティの選手たちの動きが一斉に加速した。

 

「スイッチ、オン! 行くぞ、スピード&ラッシュだ!」

 

玲王の号令にも似たパスが前線へと供給される。左サイドでは先制点を挙げた千切が再び爆発的なスプリントを開始。中央では凪が独特のトラップでボールを受けようと動き出し、アギもそれに続く。イングランド得意の、嵐のようなカウンター攻撃が始まったのだ。

 

フィールド全体が一気にイングランドの攻撃モードへと切り替わる。その変化に、右サイドバックのコングも本能的に反応した。

 

――イク! 俺も!

 

守備のポジションをかなぐり捨て、コングは右サイドの広大なスペースへと飛び出した。まるで檻から解き放たれた猛獣のように、その巨体からは想像もつかない驚異的なスピードでピッチを駆け上がる。

 

ドッドッドッドッ…!

 

重戦車のような、しかし信じられないほど速いドリブル音(のような足音)がサイドライン際に響く。観客席からは驚きの声とどよめきが起こった。

 

「なんだあれ!?」

「サイドバックがもうあんな位置に!?」

「速すぎるだろ、デカいのに!」

 

クリス・プリンスから与えられた「右サイドの支配」というオーダー。しかし、目の前で展開されるチームのカウンター、ゴールへの渇望、そしてカイザーへの敵愾心。それらがコングの中で混ざり合い、彼を突き動かしていた。彼の規格外のフィジカルが、マンシャイン・シティの「スピード&ラッシュ」に、予測不能な破壊力をもたらそうとしていた。

 

イングランドのカウンターアタックは、ドイツの守備陣形が整う間もなく、圧倒的な速度で敵陣深くまで迫っていく――!

 

 

 

マンシャイン・シティの電光石火のカウンター、「スピード&ラッシュ」がドイツゴールに迫る。玲王から中央のアギへ、アギがヒールで流したボールを、走り込んだ凪がピタリと足元に収める。完璧なトラップ。ドイツDF二人を引き付けながら、凪は独特の間合いからシュートコースを見出した。

 

「もらった」

 

凪が放ったシュートは、ゴール左隅を捉えようとしていた。しかし、そこに立ちはだかったのは、バスタード・ミュンヘンの屈強なセンターバックだった。彼は身を投げ出すように足を伸ばし、執念でボールに触れる。シュートはブロックされ、高く弾かれた。

 

「チッ…めんどくさ…」凪が小さく呟く。

 

こぼれ球を拾ったのはドイツのボランチだった。彼は即座に状況を判断。カウンターに参加していたコングがいた右サイドの広大なスペースが、ぽっかりと空いている。カウンター返しだ!彼は素早く前線の味方へ向けて、そのスペースへとスルーパスを送り込んだ。

 

スタジアムの誰もが、今度はドイツのカウンターが炸裂すると思った。イングランドの右サイドは完全に無防備に見えた。

 

――その瞬間までは。

 

「グォォォォォォォ!!!」

 

地響きのような雄叫びと共に、黒い巨体が信じられないスピードで自陣へと戻ってきた。先ほどまで敵陣の最前線近くまで駆け上がっていたはずの、コングだ!彼の驚異的なスタミナとスピードは、攻守の切り替えにおいても健在だった。

 

ドイツの選手がパスを受け、ドリブルを開始しようとした瞬間、背後からコングが猛然と襲いかかる。まるで獲物を狩る肉食獣のようなプレッシャー。相手選手はなすすべなくボールを奪われ、その衝撃でピッチに倒れ込んだ。ファウルではない、純粋なフィジカルによる、圧倒的なボール奪取。

 

「うおおっ!?」

「戻ってきた!?」

「なんだ今の寄せは!」

 

再びスタジアムがどよめきに包まれる。攻撃参加から一転、瞬時に守備に戻り、決定的なピンチの芽を摘んだのだ。

 

ボールを奪い返したコングは、しかし守備で満足する男ではなかった。ゴールへの渇望が、彼を突き動かす。顔を上げ、ドイツゴールを睨みつけると、ペナルティエリアまでまだ距離があるにも関わらず、右足を力強く振り抜いた!

 

ズドンッ!!

 

強烈なインパクト音と共に、ボールが発射される。観客の視線が、その弾道に釘付けになる。コングの全身全霊を込めたミドルシュート!

 

しかし、ボールは唸りを上げながら、クロスバーの上空へと飛んでいった。力みすぎたのか、あるいはまだシュートの精度が伴っていないのか。完璧なボール奪取からの、あまりにも豪快すぎる枠外シュートだった。

 

「…クソッ!!」

 

コングは悔しそうに地面を蹴りつけ、天を仰いだ。

玲王が駆け寄り、「ナイスディフェンスだ、コング! シュートは惜しかったな!」と声をかける。アギも頷きながらコングの肩を叩いた。

 

ベンチのクリス・プリンスは、興味深そうに顎に手を当てていた。

「…Amazingなフィジカル、そして予測不能なエゴ。だが、シュートはまだまだ改善の余地あり、か。実に磨きがいのある原石だ」

 

コングの規格外のプレーは、成功と失敗の両面を見せながらも、確実に試合の流れに影響を与え始めていた。バスタード・ミュンヘンの選手たちは、あの右サイドの『フィジカルモンスター』への警戒レベルを、さらに一段階引き上げざるを得なかった。

 

 

 

イングランドのカウンターは惜しくもゴールには結びつかず、試合は再び落ち着きを取り戻そうとしていた。ドイツがボールを保持し、中盤でパスを回す中、ミヒャエル・カイザーはゆったりとした動きでアレクシス・ネスに近づいた。

 

「Ness」カイザーは命令的な口調で囁く。

「Spiel ein wenig mit dem Affen dort drüben. Zeit für etwas Disziplin. (ネス。あそこの猿と少し遊んでやれ。躾の時間だ)」

 

「Jawohl, Kaiser. (御意、カイザー)」ネスは恭しく頷き、その瞳に冷たい光を宿した。彼の『魔術』で、あの野獣を飼いならしてみせると。

 

ボールがネスの足元に渡ると、彼は意図的にイングランドの右サイド、コングがいるエリアへとドリブルを開始した。まるでダンスを踊るかのように、軽やかなステップと予測不能なボールタッチ。ダブルタッチ、ルーレット、エラシコ…変幻自在のテクニックで、ネスはコングを翻弄しようと試みる。

 

一度、二度、ネスのフェイントにコングの重心がずれ、突破を許すかと思われた。しかし――。

 

「グンッ!」

 

コングは体勢を崩しかけながらも、驚異的な体幹と瞬発力で即座に立て直し、再びネスに食らいつく。抜かれても、諦めずに追いかける。その人間離れしたスピードとスタミナは、テクニックで相手をいなすことを得意とするネスにとって、意外と厄介なタイプだった。

 

「…チッ!」

 

最初は余裕の笑みを浮かべていたネスの額に、じわりと汗が滲む。何度出し抜いても、すぐに背後に迫ってくるこの巨大な獣。その執拗さに、さすがの『魔術師』も徐々に余裕を失い始めていた。パスコースを探そうにも、コングの長い手足が巧みにそれを塞いでくる。

 

(しつこい…まるで獣だ…! だが、僕(ボク)はカイザーの魔術師…!)

 

ネスは内心で毒づきながらも、その思考は常に皇帝へと繋がっている。コングのプレッシャーを受け、体勢を崩しかけながらも、彼はカイザーの位置を正確に把握していた。そして、一瞬の隙を見逃さなかった。コングの重心がわずかに前に傾いた瞬間、ネスはボールを右足から左足へ素早く通し、コングの股下を抜くような、意表を突くスルーパスを放った!

 

そのパスは、ペナルティエリア手前でフリーになっていたカイザーの足元へと、寸分の狂いもなく吸い込まれる。

 

「Kaiser!!」

 

カイザーはボールを受けると同時に、ゴールへと体を向けた。すぐさまアギが猛然とブロックに飛び込んでくる。巨体が壁のように立ちはだかり、シュートコースを消そうとする。

 

だが、『皇帝』は冷静だった。コングが足を伸ばしてくるタイミングを完璧に見極め、ボールをわずかに右へ持ち出す。コングの伸ばした足の、ほんの数センチ脇をボールが通り抜ける。そして、間髪入れずに右足が振り抜かれた!

 

ドッゴォォン!!!

 

空気を切り裂くような轟音と共に、ボールが一直線にゴールへと突き進む。イングランドGKも反応したが、あまりにも速く、そして強烈なシュートは、その手を弾き飛ばし、ゴールネットを激しく揺らした。

 

これぞ『皇帝』の必殺シュート、カイザーインパクト!

 

ゴォォォォォル!!!

 

静まり返っていたドイツ側のスタンドが、一気に爆発的な歓声に包まれる。スコアは 1 - 1。カイザーはゴールを決めると、コーナーフラッグ付近まで走り、観客を煽るように両手を広げるパフォーマンスを見せた。ネスは肩で息をしながらも、カイザーへの完璧なアシストを果たしたことに満足げな表情を浮かべている。

 

一方、コングは膝に手をつき、悔しさに顔を歪めていた。あと一歩、届かなかった。あの皇帝に、ゴールを許してしまった。彼の闘争心は、この失点によって、さらに激しく燃え上がっていく。

 

試合は振り出しに戻った。千切の先制点、そしてカイザーの同点弾。両チームのエースが結果を出し、スタジアムのボルテージは上がっていった。

 

 

 

ゴールの歓喜に沸くドイツ側と、失点のショックに静まるイングランド側。その対照的な雰囲気の中、コングはピッチに膝をついたまま、揺れるゴールネットを睨みつけていた。指の関節が白くなるほど強く拳を握りしめる。悔しい。あと一歩で止められたはずだ。あの傲慢な『皇帝』に、ゴールをこじ開けられた。

 

しかし、彼の心を満たしていたのは、単なる悔しさだけではなかった。怒りとともに、強い興味が鎌首をもたげていた。視線は自然と、ゴールパフォーマンスを終えて自陣へ戻ろうとするカイザーの後ろ姿に吸い寄せられる。

 

(シュート…カイザーインパクト…)

 

コングの脳内で、失点の瞬間が何度も、何度もスローモーションで再生され始めた。言葉で理解するのではない。ジャングルで獲物の動きを目で追い、狩りの技術を体で覚えてきたように、彼の野生的な感覚が、カイザーの動きを分析し、吸収しようとしていた。

 

パスを受ける瞬間のポジショニング。

ボールをコントロールした柔らかいタッチ。

ブロックに来た自分(コング)の動きを見極め、わずかにボールをずらした絶妙なタイミング。

そして、シュートモーション。強く踏み込まれた軸足。腰の鋭い回転。全身のバネを使って生み出される、爆発的なパワー。インパクトの瞬間の、ボールを正確に捉える足の角度…。

 

(速い…強い…)

 

コングは自分の右足を無意識に動かし、カイザーの動きをなぞるように空中で小さく振ってみる。

 

(俺なら…もっと…!)

 

コングの全身の筋肉が、疼くように反応する。自分には、あの皇帝以上のパワーがある。スタミナもある。あの動きの『形』を覚えれば、もっと速く、もっと破壊的なシュートを放てるのではないか?

 

それは、論理的な思考というより、本能的な確信に近いものだった。まるで、より強い獣の戦い方を観察し、自分のものにしようとするように、コングのエゴはカイザーインパクトという新たな『武器』を欲し始めていた。

 

「コング、しっかりしろ!まだ前半だ!」

 

玲王の声で、コングはハッと我に返る。試合は再開されようとしていた。彼は立ち上がり、右サイドバックの定位置へと戻る。しかし、彼の意識は明らかに変化していた。守備への集中はそのままに、その視線は鋭くカイザーを捉え続けている。そして、自らの足元にも意識を向ける。

 

(ボール奪う。試す。俺のインパクト!)

 

カイザーへの対抗心と、新たなシュートへの渇望。コングの中で、二つの強烈なエゴが渦を巻き始めていた。この試合中に、彼はカイザーインパクトを模倣し、そして超えようとするだろう。その挑戦が吉と出るか、凶と出るか、まだ誰にも分からない。しかし、コングという『フィジカルモンスター』が、新たな進化の扉を開けようとしていることだけは確かだった。

 

 

 

 

カイザーの同点弾で試合は振り出しに戻り、両チームのプライドが激しくぶつかり合う展開となった。一進一退の攻防が続く中、フィールド中央でボールを持った潔世一の纏う雰囲気が、明らかに変化した。

 

彼の瞳が、まるでピッチ全体を俯瞰するかのように、静かな輝きを放ち始める。選手たちの位置、動き出す方向、パスコース、空いたスペース、そして数秒後の未来――その全てが、潔の頭脳の中に流れ込んでくる。メタビジョン、発動。

 

「――見える」

 

潔は小さく呟くと、最も効率的で、最もゴールに近い道筋を描き出し、実行に移し始めた。

 

右サイドで守備位置についていたコングも、その変化を本能的に感じ取っていた。言葉では説明できないが、ピッチ全体の空気が変わった。特に、あの潔を中心として、ドイツの攻撃に明確な意図と危険な『流れ』が生まれ始めている。

 

(なんだ? ヤバい!)

 

コングは右サイドバックというポジションに縛られず、自然と中央寄りに体を動かし、潔の動きを警戒する。

 

そのコングの動きすらも、潔のメタビジョンは捉えていた。

(デカブツも来たか…だが、関係ない!)

 

潔は、近くにいた黒名とアイコンタクトを交わす。潔と黒名は、まるで一つの生き物のように連動し、高速かつ正確なパス交換でイングランドの中盤を切り裂きにかかる。

 

コングは潔の動きを読み、その進路上に立ちはだかる。しかし、潔と黒名のワンツーパスはコングの予測をわずかに上回り、一度はその脇をすり抜けた。

 

「Noo!」

 

抜かれた瞬間、コングは爆発的な加速力で反転し、再び潔と黒名の前に立ちはだかる。その驚異的なリカバリー能力に、黒名は一瞬驚きの表情を見せたが、潔は冷静だった。

 

(しつこい…! なら、もう一段階!)

 

潔はさらに思考を加速させ、黒名との連携をより複雑化させる。ダイレクトパス、ヒールパス、オフ・ザ・ボールの動き…コングはそのスピードとパワーで必死に食らいつくが、まるで熟練の闘牛士にあしらわれる猛牛のように、徐々に翻弄されていく。再び、パスワークによってコングは置き去りにされた。

 

それでも、コングは諦めなかった。ゴールを守るという本能が、彼を突き動かす。三度、彼は驚異的なスピードで二人を追走し、ペナルティエリア手前で追いつこうとする。

 

「防ぐ!!」

 

ゴール前で決定的な動きをしそうな潔に、コングは最後の力を振り絞って飛び込んだ。しかし、その動きはカバーリングに入ろうとしていたイングランドのセンターバックと完全に重なってしまった。

 

ドゴォンッ!!!

 

「ぐぉっ!?」

「うわっ!?」

 

二つの巨体が激しく衝突し、コングは味方を引き倒す。急な動きに対応しきれなかった、痛恨の連携ミスだった。

 

頭と体を打ち付けた衝撃と痛みの中、コングが顔を上げる。目の前で起こっていることが、すぐには理解できなかった。歓喜に沸くドイツの選手たち。呆然とするイングランドのチームメイト。そして、電光掲示板に映し出された無情なスコア。

 

イングランド 1 - 2 ドイツ

 

逆転。味方との衝突という、最悪の形で奪われたゴール。コングは、ただ呆然と、その現実を見つめるしかなかった。

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