凪誠士郎の神業ゴールによって、スコアは 2-2 の同点。試合は完全に振り出しに戻り、スタジアムのボルテージは最高潮に達していた。この拮抗した状況を打破すべく、ついに両チームの切り札が投入される。
イングランド『マンシャイン・シティ』からは、マスター・ストライカー、クリス・プリンス。
ドイツ『バスタード・ミュンヘン』からは、世界No.1ストライカー、ノエル・ノア。
現代サッカー界の頂点に君臨する二人が、満を持してピッチへと降り立つ。そのオーラだけで、フィールドの空気が張り詰め、他の選手たちの表情にも緊張の色が浮かぶ。観客は、これから始まるであろう最高レベルの戦いに、固唾を飲んで期待を寄せていた。
試合再開のホイッスル。ボールはドイツに渡り、中盤でパスを受けたのはミヒャエル・カイザーだった。そして、まるで運命の悪戯かのように、彼の目の前に立ちはだかったのは、投入されたばかりのクリス・プリンス。新旧の『スター』による、いきなりの1on1が実現した。
カイザーは不敵な笑みを浮かべ、得意のテクニックでクリスを抜きにかかる。鋭く、速いダブルタッチ!DFなら確実に置き去りにされるであろう、ワールドクラスの技だ。
誰もがカイザーが抜いたと思った瞬間――。
クリスの体が、信じられない速度で回転した。高速のスピンターン。まるでフィギュアスケーターのような華麗さで体勢を立て直し、カイザーの進路を塞ぐように再び立ちはだかる。
「まだまだ青いね」
クリスは余裕の笑みを浮かべ、カイザーを一瞥した。その格の違いを見せつけるかのようなプレー。カイザーは一瞬、動きを止められる。
二人がもつれ、ボールがこぼれた瞬間だった。そこに音もなく現れたのは、ノエル・ノア。彼はまるでボールがそこにこぼれることを予知していたかのように、極めて自然な動きでボールを回収し、何事もなかったかのようにドイツボールをキープした。無駄な動きが一切ない、世界最高の合理性。
右サイドにいたコングは、一瞬、目の前で繰り広げられたマスターたちの次元の違う攻防に見入ってしまい、ノアへの寄せが一歩遅れてしまった。
(しまった…!)
しかし、彼はすぐに気を取り直す。敵にボールを持たせている時間はない。コングは野生の瞬発力を解放し、ボールをコントロールするノアへ向かって、猛然とプレスをかけた。巨体が、世界No.1ストライカーに襲いかかる!
ノアは迫りくるコングを一瞥すると、表情一つ変えずに、カイザーが先ほど見せたのと同じように、ダブルタッチを仕掛けた。より洗練され、よりスムーズな、完璧なボールコントロール。コングの巨体を軽々といなし、抜き去ろうとする。
抜かれる――!コングがそう感じた瞬間、彼の脳裏に、ほんの数秒前に見た光景が鮮明にフラッシュバックした。クリス・プリンスが見せた、あの高速スピン。
(あれ…!)
理屈ではない。本能が、体が、即座に反応した。コングは咄嗟に、クリスの動きを真似るように、その巨体を軸にして高速で回転させたのだ!
グォンッ!
重い体が生み出す遠心力。常人ならばバランスを崩すであろう動きを、コングは持ち前の驚異的な体幹と筋力で制御する。そして、ノアが抜き去ろうとした進路上に、再び立ちはだかった!
「ほう」
初めて、ノエル・ノアの表情がわずかに動いた。驚愕の色が浮かんでいる。なんだ、この獣は? 今、見たばかりのプレーを、この巨体で、即座に模倣したというのか…!?
他の選手たちも、信じられないものを見たというように目を見開いている。コング自身も、無我夢中で繰り出した動きに驚いていたが、目の前のノアからボールを奪うことだけに集中していた。
世界最高のストライカー、ノエル・ノアに対し、ジャングル育ちのフィジカルモンスター、コングが食らいつく。マスター投入によって、試合はさらに予測不能な、新たな次元へと突入した。
世界No.1ストライカー、ノエル・ノアに対し、クリス・プリンスの動きを即座に模倣した高速スピンで食らいついたコング。そのありえないプレーに、ノアは一瞬、確かに驚愕の色を見せた。ピッチ上の他の選手たちも、ベンチで見守る者たちも、息をのむ。
しかし、ノアが世界最高峰たる所以は、その動揺のなさ、そして瞬時の状況判断能力にあった。彼はコングの回転の勢いがまだ完全に収まっていないこと、巨体ゆえに次の動き出しに僅かな隙が生まれることを見抜いていた。
ノアは表情を変えず、ボールを引くような最小限のタッチでコングの重心の逆を取る。そして、コングが体勢を立て直すよりも早く、すぐ近くでサポートに入っていたアレクシス・ネスへ、まるで磁石で引き寄せられるかのような、完璧なショートパスを通した。
コングの猛烈なプレスは、世界最高の技術と冷静さによって、巧みにいなされたのだ。ボールは再びドイツに渡り、ノアは悠然と次のプレーへと動き出す。
「チッ…!」コングは悔しさに小さく舌打ちする。あと一歩、届かなかった。
しかし、そのプレーは見ていた者たちに強烈なインパクトを与えていた。
「Bravo! コング!」
クリス・プリンスの声が響く。彼は満足げに拍手をしながら立ち上がっていた。
「素晴らしい模倣(イミテーション)だ! See? やはり君は僕の元でこそ、その才能を最大限に輝かせられるダイヤモンドなのさ!」
その言葉には、コングのポテンシャルへの絶対的な自信が満ち溢れていた。
一方、ドイツ側。カイザーは「フン、猿真似が…付け焼き刃に過ぎん」と吐き捨てながらも、内心ではコングの異常な学習能力に警戒を強めていた。ネスもまた、ノアへのパスコースを確保しながら、あの巨漢の突飛な動きに注意を払わざるを得なかった。
そして、潔世一は背筋に冷たいものを感じていた。
(なんだあいつ…フィジカルだけじゃない…見たものを即座に自分の動きに取り入れるだと…? まるでスポンジのような吸収力…恐ろしい才能だ…!)
コングという存在が、単なるフィジカルの脅威ではなく、予測不能な成長を遂げる危険な変数であることを、潔は改めて認識させられた。
玲王やアギ、千切といったイングランドのチームメイトたちも、コングのプレーに驚き、称賛の視線を送っていた。この未開の才能が、チームに新たな可能性をもたらしてくれるかもしれない、と。
ボールは再びドイツが保持し、攻撃を組み立て始める。ノアとクリス、二人のマスターが加わったピッチは、先ほどまでとは明らかにレベルが違った。パスのスピード、判断の速さ、オフ・ザ・ボールの動き、戦術的な駆け引き…その全てが世界最高水準で展開され、一瞬たりとも目が離せない、濃密な攻防が繰り広げられる。
コングは悔しさを滲ませながらも、すぐに気持ちを切り替え、守備のポジションへと戻る。ノアには逃げられた。だが、クリス・プリンスの技を、ほんの一瞬でも真似ることができた。あの感覚は、まだ体に残っている。
(もっと…もっと!カイザー、ノア、クリス、全部、俺のもの!)
マスター投入後のハイレベルな攻防が続く中、再びボールはノエル・ノアの足元へ渡った。そして必然のように、最も近くにいたクリス・プリンスが彼に立ちはだかる。世界No.1ストライカーと、彼に最も近いとされる男。頂上対決の第二ラウンドが、フィールド中央で始まった。
それは、単なるスピードやパワーのぶつかり合いではなかった。手、腕、肩、腰…互いに体全体を巧みに使い、ボールを相手から隠し、重心を探り合う。ミリ単位のボールタッチ、一瞬のフェイント、相手の呼吸を読むような駆け引き。一瞬でも気を抜けばボールを奪われる、息詰まるような、しかしどこか優雅ささえ感じさせる最高レベルの1on1。ピッチ上の他の選手たちは、まるでその領域に入ることさえ許されないかのように、固唾を飲んで二人を見守るしかなかった。
コングもまた、その光景に釘付けになっていた。先ほど自分が模倣したクリスのスピン。そして、それをいなしたノアの技術。今、目の前で繰り広げられているのは、そのさらに上を行く攻防だ。ボールを奪われないための体の使い方、相手のバランスを崩すための細かなステップ、視線の動き。強いだけじゃない、巧みな技術と駆け引き。コングは、その一挙手一投足を見逃すまいと、野生の集中力で全てを目に焼き付け、吸収しようとしていた。
数秒間の濃密な駆け引き。しかし、ノアはどこまでも合理的だった。クリスを完全に抜き去るにはリスクが伴うと判断したのか、彼は不意に1on1を中断した。一瞬の視野確保から、中盤でフリーになっていた潔世一へ、イングランドDFラインの間を通す、鋭く低いグラウンダーのパスを選択した。クリスとの消耗戦を避け、より確実なチャンスメイクを選ぶ。それが世界No.1たる所以だった。
ボールは潔の足元へ正確に届く。その瞬間、最も近くにいたコングが、まるで獲物を見つけた豹のように猛然とプレスをかけた!再び、潔 vs コングのマッチアップ。
潔は冷静だった。メタビジョンが、コングのプレスコースと、その裏に生まれるスペースを正確に映し出している。前回と同じように、コングの動き出しの逆を取るように、体を反転させて裏へ抜け出そうとする。
「読めてるぞ、デカブツ!」
しかし、コングの反応は前回とは違った。潔が動き出したのを「見てから」、驚くべき速さで反応。コングはすぐさまターンすると、潔が進もうとするコースへ、長い腕をまるで蛇のように、巧みにねじ込んできた!それは、ノアやクリスが見せたような、ボールではなく相手の体、進路そのものをコントロールしようとする、ファウルにならない絶妙な体の使い方だった。
「なっ!?」
潔は内心で叫んだ。読んだはずの動き。しかし、目の前にはコングの鋼のような腕が進路を塞いでいる。強引に突破しようと、腕を振りほどこうとするが、コングのフィジカルはそれを許さない。まるで壁にぶつかったかのように、潔は前へ進むことができなかった。ボールをキープするのが精一杯だ。
(こいつ…見てから反応した? しかも、この腕の使い方は…さっきのノアとクリスの…!?)
潔は驚愕と焦りを感じていた。目の前の野生児が、試合の中で、トッププレイヤーたちの技術を見て、恐るべきスピードで吸収し、進化している。ただのフィジカルモンスターではない、底知れぬ可能性を秘めた存在。
潔はボールを奪われまいと必死にコングの動きを読みキープする。コングもボールを奪いきれはしないが、潔の自由を完全に奪い、前進を阻んでいる。
潔世一とコングのボール際の競り合いは、異様な熱気を帯びていた。潔が誇るメタビジョンとテクニック、それを真正面から受け止め、反応速度とフィジカルで対抗するコング。もはやそれは、洗練されたサッカーの攻防というより、互いの意地と能力をむき出しでぶつけ合う、異種格闘技のような様相を呈していた。
潔はひたすら裏を付き続け巧みなボールコントロールとボディフェイクでコングを剥がそうとする。しかし、コングは前回とは違い、予測で動かない。潔の動きを「見てから」、長い手足と強靭な体幹を使い、まるで柔道家が相手の体勢を崩すかのように、あるいはレスラーが相手を組み伏せるかのように、潔の進路とバランスを的確に奪っていく。腕が絡み、肩がぶつかり、足が交錯する。ボールは二人の間で激しく動き、審判も容易には笛を吹けない、極めてフィジカルな、しかしファウルすれすれの攻防が続いた。
「くそっ…!離れろ!」
潔は焦りを感じながらも必死にボールをキープしようとするが、コングの執拗なプレッシャーは緩まない。まるで巨大な壁、あるいは逃れられない檻に捕らえられたかのように、潔の自由は完全に奪われていた。
そして、数秒間の激しい攻防の末、ついに決着の時が訪れる。コングが体勢を崩さずに潔の体を押さえ込むような形でプレッシャーをかけ続けた結果、バランスを完全に失った潔の足からボールがこぼれ、タッチラインを割ってしまったのだ。
ピィッ! 主審の笛が鳴り、イングランドボールのスローインが指示される。
コングは「フンッ」と鼻を鳴らし、小さくガッツポーズを見せた。メタビジョンを持つ相手から、力と学習能力でボールを奪い返した事実に、確かな手応えを感じていた。一方、潔は悔しそうに顔を歪め、芝生を睨みつける。自分の読みと技術が、あの野生児の成長速度とフィジカルに上回られたという現実を受け入れがたい様子だった。
プレーが切れ、選手たちがポジションを取り直そうとした、まさにそのタイミングだった。クリス・プリンスの声が響いた。
「コング! ポジションチェンジだ! 中盤へ上がれ! MFだ!潔を任せた」
クリスはコングに向かって明確な指示を送る。突然の指示に、コングだけでなく、周囲の選手たちも驚きの表情を見せた。サイドバックからミッドフィルダーへ? この試合の、このタイミングで?
クリスは不敵な笑みを浮かべていた。彼の思考は明確だった。
(潔世一のメタビジョン…ドイツの攻撃の心臓部になりつつある。厄介だ。だがあのコングのフィジカルと、あの異常なまでの学習能力、そして潔への対応力を見れば…答えは一つ。フィールドの中央、一番厄介な場所で、あのモンスターを直接ぶつける!)
それは、潔の戦術眼を、コングの予測不能なフィジカルと成長力で潰そうという、クリスらしい大胆かつ攻撃的な采配だった。
コングは一瞬戸惑ったものの、すぐにクリスの意図を理解した。
(潔…俺、潰す!)
そして、新たな役割への期待感も湧き上がってくる。サイドバックよりも、フィールドの中央。より多くの敵とぶつかり、より多くのボールに絡み、そして、よりゴールに近い場所で暴れられるかもしれない。
「オウ!」
力強く頷き、コングはMFの位置へと移動を開始する。その足取りは力強く、瞳には新たな闘争心の炎が燃え盛っていた。スローインで試合が再開される。MFの位置に入ったコングは、早速、すぐ近くにいた潔世一を、獰猛な笑みを浮かべて睨みつけた。
潔もまた、MFに上がってきたコングの姿を捉え、警戒心を最大限に高める。ピッチ中央での、二人の新たな戦いが始まろうとしていた。クリスのこの采配が、試合の流れをどう変えるのか。誰もが固唾を飲んで、次のプレーを見守っていた。
MFの位置に入ったコングは、水を得た魚のように躍動し始めた。持ち前のフィジカルを活かしたボール奪取で中盤のフィルターとなり、時には強引なドリブルで攻撃の起点にもなろうとする。イングランドはコングという新たなエンジンを得て、再び攻勢を強めていった。
そして、チャンスはクリス・プリンスに訪れる。ペナルティエリア手前で味方からのパスを受けると、マークに来たドイツDFを華麗なステップでかわし、右足を振り抜くスペースを作り出した。
「見せてあげよう、本物の輝きを!」
クリスの右足から放たれたボールは、回転を完全に失い、不規則に揺れながらゴールマウスへと襲いかかる。彼の得意技の一つ、予測不能な軌道を描く無回転シュート!スタジアムの誰もが息をのむ、必殺の一撃だ。
しかし、そのシュートコースに立ちはだかったのは、またしてもこの男、潔世一だった。彼はGKに命令を出すと、自分はメタビジョンでボールの到達点を予測していたのか、あるいは驚異的な反応速度か、完璧なタイミングでシュートコースに体を投げ出した。ボールは潔の体に当たり、大きく弾かれる!
「またか!」
コングは思わず呟く。クリスの無回転シュートの威力と、それを止めた潔の反応。その両方を、彼は食い入るように観察し、記憶に刻み込もうとしていた。
(フォーム…足の角度…腕…。潔の命令と動き…)
潔がブロックしたボールは、幸運にも彼自身の足元へ転がった。そして、休む間もなくドイツの高速カウンターが開始される!潔が自らドリブルで持ち上がり、イングランド陣内へと侵入。すぐさま右サイドを駆け上がる黒名蘭世へパスを送る。黒名は爆発的なスピードでボールを受け、縦へ突破を図る。中央では、世界最高のストライカー、ノエル・ノアが静かに、しかし確実にゴールへと向かって走り込んでいる。潔、黒名、ノア。ドイツが誇るトライアングルによる、危険極まりないカウンターアタックだ!
イングランドの選手たちは慌てて自陣へと戻る。しかし一瞬の迷いが致命傷になりかねない、緊迫した状況。DFラインは混乱しかけていた。
その時だった。フィールドの中央、MFの位置からピッチ全体を見渡していたコングが、腹の底から響くような野太い声で叫んだ!片言ではあるが、その指示は明確だった。
「レオ! チギリ! クロナ!!」
スピードのある黒名には、玲王と千切の二人で対応しろ、という指示だ。
「クリス!ノア、頼む!!」
相手の最大戦力であるノアには、こちらもマスターであるクリスがつけ、と。
そして、コングは力強く自分の胸を叩き、カウンターの起点となった潔を睨みつけながら叫んだ。
「俺! イサギ潰す!!」
その場の状況を瞬時に判断し、最も効果的と思われるマークの分担を、コングが自ら宣言したのだ。それは、チームメイトへの信頼と、自らの役割への強い意志表示。まさに、彼のエゴが発露した瞬間だった。
マスターであるクリス・プリンスは、コングからの突然の指示(にも似た役割分担の宣言)に、一瞬、驚きで目を見開いた。しかし次の瞬間には、彼の口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。指示の内容は的確だ。そして何より、この野生児が見せる、試合の中での急成長と、臆することなく状況を動かそうとする強いエゴ。それこそが、クリスが求めているものだった。
「OK, コング!」
クリスは力強く応えた。
「Show me what you got!(やってみせろ!)」
マークは決まった。玲王と千切が黒名へ、クリスがノアへ、そしてコングが潔へ。イングランドは明確な役割分担を持って、ドイツの高速カウンターを迎え撃つ態勢を整えた。ピッチ上の緊張感が、一気に最高潮へと達する。次の瞬間、それぞれの場所で、激しいマッチアップが始まろうとしていた――!
ドイツの高速カウンターがイングランドを襲う。中央を爆走する黒名蘭世に対し、玲王と千切が連携して必死に対応にあたる。中央では潔世一がパスを受ける最適なポジションを探し、さらにその奥ではノエル・ノアが決定的な仕事をすべくゴール前へと走り込んでいる。マンマークは確定した。それぞれの選手が、己の役割を果たすべく動き出す。
コングは一度潔にプレスをかけると躱されるが、クイックターンから潔に追いつく。そして彼が選択したのは、原始的な、彼ならではのマーキング方法だった。
潔の後ろにポジションを取りながら、コングはファウルにならないよう細心の注意を払い、右の手のひらを軽く潔の背中に触れさせていた。それは相手を掴むでもなく、押すでもない、ただ「触れている」だけの状態。しかし、その視線は潔本人には向けられていなかった。コングの目は、ボールを持つ黒名、周囲のスペース、そして最も危険な存在であるノアの動きを、広く捉え続けていたのだ。
(なんだ…こいつ…)
潔は背中に常に感じるコングの手の存在に、言いようのない不快感とやりにくさを覚えていた。視線は感じないのに、常に背後から気配と圧力が伝わってくる。まるで、見えない鎖で繋がれているかのような感覚。
(だが、俺を見ていないなら…チャンスはある!)
潔はコングの視線が外れていることを利点と考え、黒名からのパスを呼び込む動きを見せる。黒名も、玲王と千切のプレッシャーを受けながら、中央の潔へパスを出すのが最善と判断。右足で、DFの間を通すグラウンダーのパスを送り出した。
ボールが黒名の足から離れる。潔がパスを受けるため、僅かに体の向きを変え、筋肉を収縮させる。
その瞬間だった。
コングの背中に触れていた右手が、潔の微細な予備動作を敏感に捉えた。同時に、彼の目は黒名のキックモーションとボールの軌道を正確に捉えていた。触覚からの情報(潔の動き出し)と、視覚からの情報(ボールの動き)が、コングの野生的な脳内で瞬時に統合され、一つの答えを導き出す。
(――そこ!!)
潔とコングの間には、1メートルほどの距離があった。パスを受け、次のプレーに移るには十分な間合いに見えたかもしれない。だが相手はコングだった。パスが出た瞬間、コングはその1メートルの距離を、まるで存在しないかのように一瞬で踏み潰した。
そして、潔がボールに触れようとした、まさにその寸前。コングの長い足が、地面を擦るように伸びてきた。足先が、ボールの側面にわずかに触れる。
カツン、という軽い音。
ボールは潔の足元には収まらず、予期せぬ方向へと弾かれた。ドイツの決定的なカウンターのチャンスは、コングの原始的なディフェンスによって寸断された。
「なっ…!?」
潔は信じられないという表情で、ボールが逸れていくのを見送るしかなかった。背中の感触で動きを読まれ、見ていないはずの相手に、完璧なタイミングでインターセプトされた。黒名も、まさかあのパスがカットされるとは思わず、驚きに目を見開いている。
イングランドの選手たちからは、「ナイスカット、コング!」と称賛の声が飛ぶ。コングは、再び「フンッ」と鼻を鳴らし、すぐに次のプレーへと意識を切り替えた。彼の規格外のフィジカルと、試合の中で恐るべき速度で進化していく学習能力・応用力が、ドイツの誇る戦術眼(メタビジョン)を、少しだが上回った瞬間だった。