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潮風漂うあの街で――
『……だからこれからは…お互いに偽装し合いませんか?』
『偽装し合う?』
『この関係性は2人だけの秘密。私が西のスパイだということも、ユーリさんが秘密警察だということも』
『……まさか、都合のいいことだけを共有しあって、それを周りにバレないように演じるって言うことか?』
美しい夕日を背景に彼女はとある提案を促した。
『……もし、本当に私の事が信じられなくなった時は――』
澄んだ碧眼がボクを見上げる。
『容赦なく私を捕縛してください。拷問でも何でも、私が死ぬまで追い詰めてください。』
彼女の力強い声が、真剣な瞳が――
幼い彼女の表情に強い信念を感じた。
ボクたちは――
――共に罪を犯す。
―"morning glory"19話
"sunset"より―
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"morning glory"番外編
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バーリント市内 地下
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「"私が秘密警察に潜入……ですか?"」
とある書類を片手に少女は呟く。
「"ああ。きな臭い事案があってな。"」
魔女のようなつばの広い帽子を被った女性。彼女は得意げに口元に笑みを浮かべた。
「ですがハンドラー。私が秘密警察内部に潜入するのはかなりハイリスクかと。」
「なぜそう思う」
「ユーリ・ブライアとの関係もありますし……それに秘密警察含め外務省職員とも顔見知りの人物たちも居ます。」
「大した問題ではないだろう?」
「……大した問題かと思いますが……」
上司でもある女性の台詞に半ば呆れ顔を浮かべる少女。一体この人は自分のことをなんだと思ってるのだろうか。なんでもミスなく完璧に仕事はしてきたつもりだが与えられる任務の危険度が高ければ高いほどそれなりに心労にもくるものがある。
――まあ、そんな事言ったとて何も変わらないのだが。
「お前は"黄昏"と同じく変装の名人だ。」
「それは…
「違う、そういう事じゃない。」
女性はハッキリと少女に言葉を被せる。
鋭い眼光でジッと見られると反射的に少女も口を閉じた。
「話し方、表情、ちょっとした所作の違い、歩き方……変装した仮想人物のクセ……」
「…………」
「黄昏と同じで見た目だけじゃなく"全てが別人"になれる天才。」
女性は机に肩肘を立て、もう片方の手を突き出すと少女を指さした。
「
そう。"少女"は紛れもなくスパイとして有能だ。
史上最年少で組織の中核を担う人物――
女性――こと"シルヴィア・シャーウッド"
通称
その瞳に期待の念が籠るのが分かる。
「黄昏のやつも多忙でな?秘密警察潜入捜査はお前にしか任せられない。」
シルヴィアは再び少女を強い眼光で見つめ直す。
未だに幼ささえ感じる目の前の少女の名を呼んだ。
「――エージェント"朝顔"。期待しているよ。」
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――午後19時過ぎ
バーリント総合病院――
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花柄のワンピースにベージュのトレンチコートまとう少女がエントランスから現れる。ぱっとその姿を見た者は不思議と目を惹かれていた。
美しい長い金の髪は両サイドから編み込まれ乱れることなくキレイにまとめられていた。
そして美しい青い瞳。
白い肌に溶け込んだ、吸い込まれるようなその青こそが彼女の特徴だった。
「((こっそり昼休憩の時にハンドラーに会いに行って……そこから今の今まで激務……疲れた……))」
その場所で彼女――"ティファニー・ラドナー"は研修医(外科)として働いていた。
それはあくまでも"表向き"の話だ。
"裏の顔"――WISE諜報員
コードネーム"朝顔"
西国の戦争孤児として東国の人身売買組織に攫われてしまった時、朝顔は黄昏に救われた過去を持つ。
それをきっかけにIQの高さなどの才能を認められWISEに所属。ハンドラー曰く、"黄昏と頭脳戦をするならば間違いなく朝顔が圧勝"とも賞賛されるほどだった。
……そんな超人でも疲れを見せることは稀にある。
「((……引き受けるしか選択肢は無かったけど……))」
よろよろと疲れた足取りで帰路に着くティファニー。
「((秘密警察に侵入なんてハードルが高すぎる。そもそも侵入ルートは?))」
脳内では様々な思いや考えを張り巡らせていた。大きく表情には出ていないが明らかに足取りが重そうなのは見てわかるだろう。
「((とりあえず資料は明日、
バーリント総合病院の正面入口を抜けたその瞬間。
目が冴えるほどの大きな声が鼓膜を突破った。
「"ティッフィーーーーーッ!!!"」
辺りの人間たちの視線が一気に"ある男"へと向けられた。ティファニーは疲れもあったせいか反応が大きく遅れてしまいただただその場に目を見開いて立ち尽くすのみ。
"ユーリ・ブライア"
スーツにトレンチコートを羽織り、明らかに彼も仕事帰り姿だということが分かる。
――そんな彼が両手を大きく広げながらこちらに走り駆け……
「……うぐっ!」
「なかなか出てこなかったから残業かと思ったよ!」
人前でも容赦なくティファニーを強く抱擁するユーリ。入口に立つ総合病院の警備員も呆気にとられている様子だった。
ティファニーは彼の体を引き剥がす力もなければただただ静かに口を開いた。
「……いつから待ってたんですか?」
「3時間前!」
「さ、……さんじかん……」
思わずティファニーはギョッと目を開いた。彼の呑気な言動に明らかに"引いている"。対して彼はニコニコと嬉しそうに笑っている。
「……ストーカー」
「なっ!違う!断じてそれは違うぞ!!」
過去にもそんな行動を続けてストーカー認定されてしまったユーリ。前は院内に入り込んでティファニーを訪ねたことによって大事になりかけたがロイドが手を差し伸べてくれた。
相も変わらず学ばない彼の行動。しかし今回は違う。
"2人の関係性が大きく変化していたからだ"
「だ、だ、だっ」
「?」
「だって!俺とお前は"コイビト"だろう!」
ユーリはティファニーから身を引くと両手でしっかりと手を握りしめた。そして腹立たしいほどに"声が大きい"。いつもならそんな彼に張り手をお見舞しているが今はそんな気力さえ残っていなかった。
「……あの、ユーリさん。恥ずかしいので声のボリューム」
「恋人を迎えに来て何が悪い!ストーカーじゃないだろ!」
「でも3時間」
「3時間なんて余裕だよ?そこに生えてたコスモスで花占いしてたし。」
「ユー」
「それと次のデートの日程とか……どこのカフェに行こうかなー?とか?……あ!"バ・バ・バーリント2"の初日映画舞台挨拶とか行きたいなって!ティフィー好きだよね?」
「あの、人のはな」
「ほら!冷えてきたし帰ろう?」
「ねえ、ユー」
「この前まで夏だったのにね?夜になると少し肌寒くなるし――」
話す隙もないままユーリはティファニーの手を引いて歩き始めた。"るんるん♪"だなんてムカつく鼻歌さえ聞こえてくる。……というか花占いって何?花弁を順に取っていくものか?"スキ、キライ、スキ、キライ"……というものなのか?
「今日着てるワンピースも似合ってるね?」
「今日のお昼、素敵なカフェを見つけたんだけど」
「今度の休みは2人でサイクリングでも行こうか?秋の気候って過ごしやすいし――」
「((…………))」
ダメだこの男
完全に舞い上がっている
ティファニーは無言のまま彼の手に引かれるまま道を歩く。そして横断歩道の手前で止まった時、ユーリは慌てた様子で彼女に振り返った。
「……ってごめん!ずっとボクだけが話してたね。」
「いえ。大丈夫です。((いつもの事なので。))」
気づくのが遅すぎるだろう。
しかもいつもの事だ、別に苦痛という程では無い。
むしろ今は喋り続けてくれる方が気がラクかもしれない。
「……」
ユーリは敏感にティファニーの表情を読み取った。微かに微笑んでいるような口元、潤んだ瞳。若干の疲労を感じる様子。
信号が青に変わる。ユーリは再び彼女の手を優しく握り直すとゆっくりとした歩調で横断歩道を歩き始めた。
「ティフィーの話も聞かせて?」
「…ッ……」
優しい声と優しい眼差しだった。
ティファニーはそんな彼と目が合うと再び視線を反対側に泳がすと微かに頬を染める。
無邪気に子供みたいに声を上げていたくせに急に大人になるユーリ。こういう時"彼は自分より歳上だった"なんて改めて考えさせられる。
何だかんだ大人で、優しくて、紳士で――
「今日誰と何を食べたのか。今日誰と話したのか。」
「…え?」
「今日君のそばに1番居た人は?異性に名前を呼ばれた回数は?」
「……あの」
「セクハラ医局長だっけ?何もされてない?小児科医の独身の男の話とかもあったよね?食事に誘われてないよね?」
――前言撤回
「そんなことを把握してどうするんです?」
「否定しないということはやっぱり何かあったんだな?」
何が紳士だ!
ただの激重ストーカーでは無いのか!?
「誰だそいつ。名前は。」
ピタリと足を止めるユーリ。
「いや……なんで名前?」
「年齢は?どこの大学の出身?住まいは?」
「え、」
「そいつの家族構成は?」
「ちょっと!信号!赤になりますから!」
横断歩道のど真ん中で立ち止まる彼の言葉は止まらない。チカチカと点滅する信号にティファニーは慌てて彼の手を引いて走り出す。
ぜえぜえと息を切らす仕草を見せるティファニーをよそに、傍らではユーリがムッと頬を膨らませていた。
「ティフィーに近づいたら容赦なく"しょ…"」
"しょ"という言葉の後を言うことなく我に返るユーリ。
それをジト目で見据えるティファニー。
「((処刑って言おうとしたよね、この人。))」
「((危ない危ない。ついいつものクセが。こんな街中で処刑だなんて…))」
……なんだか疲れも遠くに吹き飛んでしまった。
疲れに滑稽が深く覆いかぶさられるとこんな気分になるんだろう。
なんだか"どうでも良くなった"。そんな感じだ。
「ふっ……ふふっ!」
ティファニーは口元に手を添え、堪えられない笑いを漏らした。
「なっなんだ!」
「くくっ……ふふふっ!…」
「笑うな!バカにしてるだろう!」
"やめろーー!"とわざとらしく顔を赤く染めるユーリ。
可愛らしいカップルの姿に道行く人々もつられて笑みをこぼしていた。
微笑ましい光景。
手を握りあって見つめ合うふたり。
「ユーリさん」
「ん?」
ティファニーはその場で背伸びをするとユーリの耳元で甘く囁く。
「好きですよ。あなたのこと。」
「ッ!!!!!!!!」
突然の囁きにさらに顔を赤く染めるユーリ。
ケタケタと笑う彼女は可愛くて仕方がなかった。
「"騙し合い"……悪くないですね?」
「……ははっ。そうだな?」
再び手を絡め合い道を歩き始める。
スパイと秘密警察。
彼らは互いの秘密を共有し合っていたのだった。
「ユーリさん。晩御飯は最近できた三番街のレストランがいいです。もちろんユーリさんの奢りで。」
「はぁ!?」
「いいじゃないですか?"副業"で稼いでますよね?」
「それはお前もだろう?ティフィー。」
美しい夜の街に2人の姿が溶け込んでいく。
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――3日後
秘密警察本部にて――
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薄暗い地下施設。
真新しい制服を纏った"女性"が上官の前で姿勢よく敬礼を見せた。
「"本日より着任。ステラ・アン・ジャーヴィスです。"」
切れ長の目元。長い黒髪は後ろでひとつにまとめられており飾り気は一切ない。
少女ではなく明らかに女性という見た目。
年齢は若いがそれ以上に歳上にも見える美しい女性だった。
「売国野郎をこの手で処罰いたします。この国を脅かす全ての脅威をこの手で払い除けます!」
ステラと名乗る女性はさらに強い口調で上官に敬意を示した。その勇ましさからは強い気迫を感じる。
――"演じやすい人選で良かった"
"少女"は胸中でホッと胸をなでおろしたのだった。
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日は溯り……
――潜入捜査2日前
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バーリント総合病院の精神科の階にて。
ティファニーの恩師でもある黄昏――ことロイド・フォージャーの部屋へと訪れた。
「とある機密文書の奪取……ハンドラーもなかなか無理な任務をお前に与えるようになったな?」
白衣姿のロイドは封筒に入っている資料に一通り目を通すと小さくため息を漏らした。
机を隔てた先に同じく座るティファニー。彼女も同じく白衣を纏っており、ポケットからキャンディを取り出すと口に放り込む。
「秘密警察内部に侵入だなんて……私の標的でもあるユーリ・ブライアがいる場所でもあるのになかなか厳しいですよね?」
「まあ総合的に見てお前が適任だろうな。」
「先生も容赦ないじゃないですか。」
「俺もハンドラーもお前の力を認めてるってことだ。」
ロイドは期待混じりの笑みを向ける。
難しい任務ではあるが彼女であれば難なく遂行できるという自信があった。
「本物のステラ・アン・ジャーヴィスには暫く旅行に行ってもらっているとか。」
「旅行?そんな都合よく行動を制限出来るんですか?」
「
ステラという女性――今回新たに支部から本部に異動となった秘密警察職員だった。
その人物に成り代わって欺きながら任務を遂行する。なかなかハードだがやりがいはありそうな内容だ。
「期間は2週間……別のチームにステラ・アン・ジャーヴィスの監視はさせてるらしいし、鉢合わせることはないだろう。」
「はい。……それと彼女の性格や話し方。今朝出勤前にハンドラーの元にデータを見に行きました。」
「演じられそうか?」
「はい。バッチリです。」
ティファニーは自信満々に言葉を返す。
演じることは容易い。
しかし一番の難題が待ち受けているとは知らず――
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時は再び戻り秘密警察内部にて。
ティファニーは書類などを片手に廊下を静かに歩いていた。
「((初日はこのままやり過ごそう。同僚や上官の名前と顔は覚えてるし。あとは任務の計画――))」
廊下の突き当たりに差し掛かったその時。
勢いよく飛び出してきた人物に接触してしまう。
「ッ……」
「おっと…ごめん!」
「申し訳ございません。私がよそ見――」
ぶつかった反動で床に落ちる書類たち。
拾い上げながらぶつかった相手を見上げると……
「((ユーリさん!))」
紛れもなくユーリだったのだ。
制服をいつものように着こなし、いつもと違う雰囲気を漂わせている。
傍から見れば恐ろしい秘密警察職員。
いつもの陽気な姿は想像すらつかないほど別人だった。
「ん?君は?」
「失礼いたしました!御無礼をお許しください。」
「ただぶつかっただけだよ?それにボクからね。謝るべきはボクだ。」
ぶつかったことを詫びるティファニー。
ここでは彼は少尉という階級。上官だ。
「……ユーリ・ブライア少尉。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。」
拾い上げた書類を胸に抱きながら彼に視線を向け今を下げる。
「私は本日から…」
「君は確か……ルーベック支部の?」
「はい!ステラ・アン・ジャーヴィスです!」
「話は聞いてるよ?若くして外務省国際法局の局員に抜擢されたとか。すごいね?」
「そんな……光栄です。」
……もっと冷たくあしらわれると思ったが案外優しいものだった。さすが少尉というべきか?新人の名前、経歴には目を通しているらしい。
「……ん?君の目……」
「……あ、……目ですか?」
ユーリはふと彼女の顔を見つめるとある事に気づく。
「右は青くて左は薄い茶色だ。虹彩異色症?」
「少尉、よくご存知ですね?」
「オッドアイってやつかな?珍しいんだよね?」
カラーコンタクトの消費をできるだけ抑えたい……
だなんて軽い理由だ。
そもそも本物のステラの目の色まで本部の人間はそこまで把握していないはず。ステラが戻ってきたときにステラ本人が突っ込まれたとて潜入捜査を終えてしまえば"自分には関係ない"のだから。
リスクか経費か……ティファニーは経費を優先した(ギャグ)
「…………」
「((……まずい……バレた???))」
じいっと見つめられるとティファニーも焦りを見せる。
目は口ほどに物を言う、という言葉もある。
彼の鋭い視線に思わず危険を察知した。
「……じゃ!これからよろしくね」
「はっ、はい!」
"失礼します"と頭を下げるとユーリは自分の横を通り過ぎて行った。疑念も何も無い様子。確実に気づいていない。
「((バレてない……))」
ホっと胸を撫で下ろした。
久しぶりの緊張感に疲れが一気に押し寄せる気がする。
あくまでもここは秘密警察――WISEの宿敵の本拠地だ。
ユーリはティファニーの正体を知っているものの"WISEの諜報員"であることは知らない。
万が一ここでバレてしまえば面倒だ。
それに任務失敗する恐れもある。
「((……慎重に。できるだけ関わらないように。自分はこの組織では言わば平社員というところ。役職もないしユーリさんに関わることは無い。))」
……そう。関わることは……
「"ユーリ。ジャービスの新人教育を頼んだぞ。"」
中尉の指示。
「"いいなー!僕も新人さんの教育してみたいです!"」
碧眼の男が羨ましそうにユーリとティファニーを交互に見る。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「ッ……((マズイマズイマズイマズイマズイマズイ))」
……ハンドラー、先生、フィオナ先輩。
この任務……達成できる気がしません。
つづく。
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