天啓とは、脳内における電位の変化と神経伝達物質の受け渡し、シナプスの発火に過ぎず、思い付きや気の迷いを大げさに換言したものに過ぎない。思い付きを天啓とし、思い立ったが吉日、それをもってして預言者を自認するには、並外れた自信と桁外れの意志力が必要だ。
早い話が私は預言者の器ではなかった。電車を乗り継いで河童の生息地に向かううちに、疑念が、意図的に無視していた疑問が次第に輪郭を得て、重く圧し掛かってきたのだ。
春河童某を運良く見つけられたとしよう。
それで、どうする?
難題だった。私は嫌でも正気と向き合わなければならなかった。まったく、河童狩りを高らかに宣言する預言者がいれば、それはもう狂人ですよ。
思うに、自らの制御を手放してただ何かに乗って運ばれる状態は人を正気に戻し、人の正気を保つ働きをもつ。公共交通機関というものは、現代人を発狂から遠ざける装置なのではないだろうか。我々は屠殺場に運ばれる家畜である。ばかばかしい。
無論、牧羊犬に追われる彼ら家畜のように、勢いに身を任せて無為に飛び出してきたわけではない。彼女の住まいについては見当がついていた。
作家という生き物は性根が捻じ曲がっていて嘘ばかり、本心を明らかにすることなどないと相場が決まっていても、好物や酒癖など身の回りの生活に関する癖については、微笑ましいほどに馬鹿正直なところがある。
春河童某も、人間であるかどうかは別として作家の例に漏れず、エッセイなどの著作から行動範囲を割り出し、注意を払って経路を緻密に辿れば、町村や最寄り駅を絞ることは難しくはなかった。
この興信所めいた執拗さ。我が身の河童への入れ込みようが窺えるというものだ。さらに嘆息する。むしろ無策のままに天啓の法悦に身を委ね、大路を裸で走っていた方が、まだ救いがあったのかもしれない。心当たりがあったせいで、こうして彼女の本拠地にまで辿り着いてしまったのだから。
河童の最新の生息地は、かつてのトレンドであった東北や九州を離れて、関東、東京近郊だ。河童イントーキョーである。湧水地の近くに住んでいることが、かえって言い訳がましく思えるくらいだった。
最寄り駅に降りる頃には、すっかり私の脳内は発火を終え、くすぶり、冷静になってしまっていた。
それで、どうする?
春河童某の相貌は存じ上げない。しからば、この町中で人に化けた河童を見つけ出す必要があるのだが、河童と人を見分ける方法を考えていなかった。
にわかに仕入れた知識を動員して、思いついた苦肉の策は次のふたつ。
ひとつ。河童は頭の皿に貯めた水を妖力の源としているため、相撲を挑まれた際には会釈をして、皿の水をこぼすように仕向けるとよいらしい。逆説的に、河童は妖力を維持するために首を傾けることを避けるであろうから、首の向きや身体運びが不自然な人物を探すのは、どうだろう。
ふたつ。伝承によると、河童は両腕が体内で繋がっているそうだ。腕を引っ張るとゴムのように伸び、もう片方の腕が代わりに縮んで、身体に潜るというのだ。この形質は河童が陰陽師、安倍晴明の式神であったという説に由来するもので、さらに遡ると、中国の人形に類する妖怪にも同じ機構があったとされる。
式神かどうかはさておき、なにかのはずみで腕や脚や指が外れてしまい、拾得者に返してくれと懇願する逸話も多く、この特徴も良さそうな線だ。
ただ、だからといって初対面の人間の腕を無理に引っ張るなど、私には到底できそうもない。そんな度胸があれば、私は木端の三文文士に落ち着いていられるわけがないのだから。
だいたいにおいて、それで本当に腕が伸びて引っこ抜けてしまったら、いったいどうすればよいのだろうか。腕が外れるなど、怪談を通り越してもはやスプラッターの領域であり、私の趣味ではない。
河童の逸話を書に残した昔日の人々も、どうして肉片がそこらに転がっている異常な事態を、さも平然と受け入れていたのだろうか。河童は妖怪であるとはいえ、その姿形は人間にほど近く、したがって身体の一部も人間に似ているはずだ。
道端に落ちていた指や腕をためらいなく拾い上げるばかりでなく、家にまで持って帰ってしまう人間は、人間ではなくしてケダモノである。身体の一部をネコババした挙句、証文を要求するなど、どちらが妖怪かわかったものじゃない。
とにかく、姿勢の悪い人間を見つけて、隙があれば、腕をちょちょいと引っ張ってみる。それが私の作戦だった。この陳腐な作戦が仮に、万が一、功を奏したとしよう。しかし。
それで、どうする?
そう、万一、河童だと明らかになった場合にどうするのか?さっぱりだった。
ここで私が先祖代々の山伏やら陰陽師やら祈祷師やらの末裔で、まじないで妖怪を調伏する力を持っていれば、この対決は宿命であり、この物語は現代奇譚として格好もつくのだが、あいにくのところ、私はなんの力も持ち合わせていない。
それどころから、生まれてこの方、信仰心に篤かった時期も、霊感に気付いたこともなく、超常的なシロモノとは縁の無い生活を送ってきた。
相撲をやっておくべきだったかなと後悔してもとうに遅い。河童の前に私は無力だった。
春河童某は実のところ、本当に河童である。と吹聴するのも論外であろう。
改まって何を言い出すのかと思えばと嘲笑されるのが落ちで、それならばまだよくて、「あの野郎、嫉妬に狂ってとうとう行き詰まったな」と哀れなる人の烙印を押されれば、三文であれど文士の号まで失いかねない。恐るべきは河童にあらず、人の評判であるかな。
そうやって捕らぬ狸もとい河童の皮算用に煩悶としながら、見知らぬ町を散策する。きゅうりでも水かきでも皿でも構わないから、河童がいることを示すサインでもあればよいのだが、都合良く見つかるはずもない。河童がいる町が、河童がいることをわざわざ喧伝する必要などないのだから、当然だ。
人の背格好はともかく、特に姿勢を気にしたことはなかったものの、東京の人間は皆姿勢が良いらしい。田舎上がりの私の方がおかしな歩き方に思えるほどだった。
どうも、河童がいそうなわけがないや。
霊感乏しい私のことだ、河童が人混みに紛れていたとしても、気付ける道理がない。それどころか、この町の連中全員が河童だとしても、私は気付かないだろう。試しに転ぶのを装って道行く人の袖を引いてみようかとも思ったが、思っただけだった。
他には、何か、そうだ。河童の天敵は猿だそうだ。
猿が馬の疫病を防ぐという信仰は大陸から伝わったもので歴史も長く、古くは厩で猿が一緒に飼育されていたとのこと。その謂れが転じて、馬の守護神である猿は河童にとって不倶戴天の仇であるという。とはいうものの、まさか猿を連れてくるわけにもいかない。
厩から本物の猿が去ってからも、厩猿と呼ばれるシンボルとして今でも東北などでは猿の意匠を加えられた置物や猿の頭蓋骨が祀られているのだとか。であるならば、猿をモチーフにした何かグッズでも見つかればと店を覗いてみるが、これもまた都合良くは見つからない。
そもそも猿と河童が本当に不仲なのかも疑わしい。河童の容姿は人あるいは猿に似たものとして描かれることが多く、顔が赤いと付言された逸話も散見される。悪戯好きで手癖が悪く、しかし人語に理解を示すといった数々の共通する特徴も認められる。河童は猿の見間違えである、あたらずといえども遠からずではないだろうか。
河童の実在が確認できたとすれば、真っ先にDNAを採取すべきである。きっと河童は猿の近縁であり、つまるところ人間の近縁でもあるとの結果が出て、大変な騒ぎになるに違いない。ただ春河童某に「貴方の遺伝子を提供して頂きたい」と頼む役目はごめんだね。私よりも度胸があって熱意溢れる後続が出てくることに期待したい。
どうもばからしくて、仕様がない。
いくら本人が河童を自称していたとしても、河童なわけがないのだ。
読者だって、河童が実在していると本気で信じているわけではないのだ。
河童が散文を書いていたって別にいいじゃないか。妖怪の書物が売れる世相、結構なことだ。そんな太平楽が許されている世の中の方が、河童のDNAを採取しようと血眼で追い回す世の中よりも、良いに決まっている。
正体を明かしてやろうなど、ヤボなことを考えたものだ。人が書いてようが河童が書いてようが同じこと。
町内をあらかた歩き終えた頃には辺りはとっぷりと暗くなっていた。
収穫は何もなかった。河童はおろか春河童らしき人物も見つけることができず、くたびれ儲けそのものであるが、私は安堵していた。隠し立ての必要なんてない。もう河童だのなんだの、考えるのはこりごりなのだから。
されど見知らぬ町を訪ねて、逃げ帰るだけも忍びない。社会の矯正装置たる電車に収容される前に、どこかで一杯引っ掛けよう。朦朧とした頭であたりを見回すと、ちょうど赤提灯が目に入り、滑るように吸い込まれた。
店名をよく確認しなかったが、中に入ると串焼き屋のようだった。細長い店内にはカウンターが数席と小上がりのみ。串焼きなんて煙が出るものだから店内は煤けているのが常であるのに、狭いがやけに明るくて小奇麗で、東京ってのはどこもこんなものかねと感心する。
寡黙そうなオヤジがひとり懸命に串打ちに勤しんでおり、先客は店の奥の方、カウンターの端に座った、やたらと美人なオネエさんひとりだけだった。まだ開店したばかりなのだろうか、しかしオネエさんはとろんとした目をしていて既に酒が随分と進んでいるようだった。
こっくりこっくりしているのに、器用にも握られたビールのグラスは微動だにしていない。よく見ると肉感的な肢体に着物を見事に着こなしていて、ただ者ではなさそうだ。豪傑揃いの作家の町であるとも聞くし、このオネエちゃんも豪傑のひとりなのかもしれない。
ビールと串のおすすめを頼んで、カウンターにどっかりと腰を落ち着ける。そうか、モツか。モツ焼きの店だった。部位の名前しか書いていないから何のモツかはわからなかったが、豚か鶏だろう。ただ歩いただけだったが、やけに疲れた。肉と酒が、ありがたい。
オヤジがキレイに注がれたビールをカウンターに置く。私が一口目を飲み切らないうちに、
「どこからいらしたので」
口を開いた。普段の私ならば「どこからとはいきなりじゃないか」と食ってかかったかもしれないが、ここは江戸のお膝元。江戸っ子節は先方に一日の長がある。また、いかにも職人気質で寡黙そうなオヤジが口火を切ったことに驚いたし、何より疲れ果てた私はここから鉄火場に持って行く元気が残されていなかった。
「南の、隣の県からですよ」
「ヘエ、隣の県から、それはわざわざ」
そうとも、わざわざなのだ。が、ある作家のストーキングのために遠路はるばるやってきて、歩いただけとは言いようがなかった。
ほどなくして串焼きのお任せが顔をみせる。
ハツやらシロやら、レバーやら。どれがどの部位だかは判然としなかったが、焼き鳥と違って大ぶりで、肉ではないのに噛みしめるたびに肉の旨味と脂がじわりじわりと広がり、しみわたる。今まで食べたどの串焼きよりもうまく感じた。
「なにかおさがしだったんですか」
「河童をね、探していたんですよ」
串を半分ほど食べたところに再び声をかけられて、つい口が滑った。こうやって話すことは得意ではないが、疲れていたし、モツが美味くて良い気分になっていたのだ。捨て鉢を通り越して投げやりである。後は野となれ山となれ、旅の恥は掻き捨て。
「ヘエ、河童ですか」
大の大人が頓珍漢なことを言い出したのにも関わらす、オヤジは相変わらず抑揚のない返事でこたえた。笑われたり、驚かれたりすることを期待していたのに、私は面白くなかった。
「作家を自称する河童を見つけ出してですな、正体を明かしてやろうかと」
「ヘエ、それはまた」
オヤジは串に専念して伏せていた目を初めて上げて、こちらをちらりと一瞥した。少し濁ったような目つきであった。そのままオヤジはオネエさんの方に向かう。
「焼き物はいったんあがりましたよ」
「ありがとうございます~」
美人のオネエさんは声もまた美人だった。高くも低くもなく澄んでいて、明るくて楽し気で、わずか一言でも耳が心地よい。
オネエさんは皿に残っていた串を豪快にひとくちで平らげると、ビールのグラスを持ったままじわりとカウンターを移動してきた。
先ほどまであれほどこの町の住人の化けの皮を剥がしてやると息巻いていた私であったが、美人のこの行動にはぎょっとした。酒席で女性に絡むとロクなことがない。絡まれるのも同様だ。しかし、そのオネエさんは何やら話を聞きたがっているようだった。
「河童を探して、どうするつもりだったんですかあ?」
若干ろれつの回っていない状態で、オネエさんがいう。
「正直言って、わからなくなりましたよ。見つけた後が思いつかなくて」
「それは残念でしたねえ」
オネエさんはビールをぐっと仰いで飲み干した。
「で、見つけたらどうします?」
河童なんて突拍子もない話なのに、やけに突っかかってくるな。だが、三文文士の告解を正直に明かすわけにもいかなかった。自分でもヤボだと思っていることを更に口頭で説明するのは、勘弁願いたい。そこで、
「作家の河童がいるそうなんで、その河童の腕を頂戴して、食っちまおうかと」
とんでもないことが口から滑り出した。河童の腕が抜けるとか、馬を食ってるとか、色々な話がごちゃごちゃに混ざって、私の方が怪人のような返答になってしまった。絵師の界隈では神絵師の腕を食うと画力が向上するのだと医食同源の亜種のような話が定番の冗談ではあるが、作家もそうだろうか。にしても唐突過ぎたと、私は後悔した。
「こわーい。それはこわい話ですねえ」
当然の反応だった。だが、それでもオネエさんは呆けたような表情で笑っているようだった。しかし、しかしなぜか、私が気付いた時には彼女の目はとろんとした眠気ではなく、どろりと濁った、どこか人間とは思えない目をしていた。
「マスター、お勘定!この人の分も!」
「ヘエ」
「ちょっと待ってください、いったいどういう」
どのような風の吹き回しか。驚いて反応が遅れたが、この怪しげな雰囲気のオネエさんはやにわに凄いことを言い出した。
「いいのいいの」
私が止める間もなく、オネエさんはオヤジに金を手渡すと、千鳥足で席を立つ。
何が何やらわからない私は彼女の様子にくぎ付けになりながら、その一挙手一投足を見つめていた。足元はふらついているのに、姿勢は崩れもしない。何か違和感があった。
彼女はそのまま私の後ろを通り過ぎようとした。その瞬間
「ここ、何のお肉を出しているのか知ってる?」
「は?豚とか鶏でしょう?」
「そうかもね、でもここは河童のためのお店なんだよ」
「はっ?河童?」
言い終わらないうちにオネエさんは戸を開いて、首を曲げずに器用に膝を落とすながら、のれんをくぐった。
その瞬間、のれんに頭を通す瞬間に、何かが、彼女クリーム色の髪に隠れて、何か白いものが見えた。光の加減、見間違いには思えなかった。
「まさか?」
頭の中には今日見たもの全てが一気に去来した。やたらと姿勢の良い人々、猿のいない町、何の肉かわからないモツ屋。それらが意味するのは。もしかしたら。
私はたまらずに立ち上がった。胃がこみあげるようだった。
オヤジはオネエさんがみせたものと同じドロリとした目でこちらを見ている。
私は寒気がして挨拶もせずに店を飛び出した。慌てて彼女を探す。
既に店の前から離れていた彼女は待ち構えるようにしてこちらを向いていた。慌てた私の姿を認めると、小さく舌を出して、頭の髪を無造作にかきあげてみせた。遠目であったが、頭皮があるべき部分には白い皿が、見えた。
その後、私はどうしたのか覚えていない。とにかく走って走って、電車に飛び乗って逃げたに違いない。この河童の町から一刻も早く逃げ出したかった。
電車の作用は、効き目がなかった。正気に戻れようはずもない。あの町から遠ざかってもなお、私の心臓は跳ねて跳ねて、口から飛び出してしまいそうだった。
河童は実在するのだ。それも人知れず、町を占拠するほどに。
河童狩りどころか、返り討ちに遭い、つまり私は河童に化かされたのだった。
私がその町に二度と近付かなかったこと、河童について金輪際触れなくなったのは、言うまでもないことだ。この手記も、誰の目にも付かないように封印するつもりだ。
あの河童の真実が明らかになった時、私は本当に尻子玉を、モツを全摘出されてしまうのは確実なのだろうから。
(河童狩り 終)