「お久しぶりです。ランスさん、まさかこんなところで会えるなんて」
ウルザはランスに微笑みかけている。その隣にはエーフィというかわいらしい容姿をしたポケモンがおり、様子をうかがっていた。
「お、おう……。本当にまさかだな」
「ウルザさんお久しぶりです! アイスフレームで別れて以来……ですよね?」
シィルはウルザに様子を伺うようにして尋ねた。アイスフレームとはゼス国内に存在するレジスタンス組織であり、ウルザはその元リーダー。
「ええ。そうなりますね。お三方ももしかしてあの閃光で……?」
ウルザはランスとシィルに加え、そのすぐ後ろにいるかなみを一瞥しながら尋ねる。
「おう。クエストこなすためにモンスター倒してたら、100万匹目のフリーダムぶっ殺した瞬間に、いつのまにこんなとこに放り込まれたんだ」
ランスはカオスを振り上げながら、誇張した数字でウルザに自慢気に語る。カオスはやれやれとばかりにため息をつく。
「そうですか……。私は事件捜査で魔物領の近くまで捜索してたら、いつのまにかって感じでした」
ランスの大言を流しつつ、ウルザも似たような経緯を話した。
「ところで、ピカチュウが、かなり弱っているみたいですね」
ウルザはシィルの背中に注目した。
「そうなんです! 戦闘で私をかばって、モンスターの攻撃を受けて、あれからぐったりしてしまって……」
シィルは思い出したかのようにピカチュウをおろし、ウルザに見せた。
「ふむ……」
ウルザはピカチュウを観察し、すぐに結論をだす。
「大丈夫ですよ。これはいわゆる瀕死状態。戦えなくなっただけの状態です。適切な処置を施せばすぐに元気になります」
「死んじゃったわけじゃないってこと……?」
かなみは恐る恐るウルザに尋ねた。
「ええ。未だ発光できているということは、生命活動が停止した状態ではありませんから」
「よ、良かったぁ……」
かなみはほっと胸を撫で下ろし、その場で腰を下ろす。
「なんだそりゃ。瀕死と死んでるのってどう違うんだよ?」
「私はまだポケモンの死体というのを見たことがないので直接はわかりかねますが……」
ウルザはピカチュウの腹にそっと手を添えながら続ける。
「我々でいう自発呼吸や心臓が停止した、完全な死と。このような戦闘行為だけできなくなった瀕死状態に明確に別れているみたいなんです」
「そ、それでどうすれば治るんですか?」
シィルはウルザにやや差し迫ったように尋ねる。
「ポケモンセンターで回復してくれる機械があるので、そこを使うのが一番スタンダードなやり方なんですが、皆さんも今すぐ元気になってほしいでしょうし……」
そう言ってウルザはリュックサックから、小物入れを取り出し、その中にある菱形の固形物を取り出した。
「なんだそれ、宝石かなんかか?」
ランスは直感的な感想を言う。
「クスッ……。まあそう見えなくもないですけど、これはげんきのかけら。これを与えると、全快の半分ほどですが元気を取り戻すアイテムなんです」
そう言ってウルザはげんきのかけらをピカチュウにそっと与えた。
するとみるみるとピカチュウは元気を取り戻し、むくりと起き上がった。
「ピカ……?」
「ああっ……よかった、ピカちゃん……! ごめんね、ごめんね、私がちゃんと守ってあげらなかったから」
起き上がると、シィルはすぐピカチュウを抱きかかえ再起を涙ながらに喜んだ。かなみも安堵して微笑みを浮かべ、抱き上げられたピカチュウの頭を優しく撫でてている。
「けっ……。ようやく厄介払いできるかと思ったのによ」
ランスは軽口を叩く。
「ふう。ひとまずは一件落着ですね」
ウルザは小物入れをリュックサックに入れ直し、満足げに頷いた。
「ありがとうございますウルザさん!」
「私達は異世界からたどり着いた、仲間なんですから、このくらい当然ですよ」
ウルザは余裕の態度で、シィルに笑いかける。
「それにしてもウルザさん……。随分とこの世界知ってるみたいだけど、一体どれくらいここにいるの?」
かなみが顎に手を当てながら尋ねた。
「そうですね……かれこれ半年くらいになりますか。皆さんよりは長くいるかもしれませんね」
「そ……そんなに長く?」
「ランスさんたちはどれくらいになるんですか?」
「今日で2日目だ」
ランスは手短に返答する。
「そうですか……。それは本当に驚かれることばかりでしょうね。それでその……いきなりで申し訳ないのですが、ゼスは。どうなっていますか?」
ウルザの表情は切実なものがあり、隠しきれない焦燥と悲痛さがあった。かなみは、その様子に少々気圧された風に応じる。
「えっ……。少なくともリーザスには特別大きな知らせは入ってないわ」
「そうなのですか……しかし」
「ウルザさんほどの人がもし失踪したなんてなったら、そのへんの人でも知ってるくらいには大ニュースだから……」
かなみは宥めるようにウルザに告げる。ウルザは呼吸を整えて冷静な声色で尋ねる。
「皆さん、転移したのは何月何日でした?」
シィルがウルザに視線を据えながら口を開く。
「LP5年の4月13日……です。クエストの遂行期限がその日で焦ってらっしゃいましたから」
「余計なことを言うんじゃない!! ギリギリになって油断した所で一網打尽にする俺様のハイパー戦略だ!!」
ランスはまたもシィルの頭を殴った。シィルは頭をおさえて痛がる。
「シィルさん……。ありがとうございます。私はLP4年の10月はじめごろです。つまり、私とランスさんたちで約半年のズレがあるわけですね」
「えっ……でも待って」
矛盾に気づいたかなみが下を向きながら考え、しばらく間をあけてウルザの眼を見据えながら訊ねる。
「おかしいじゃない。改めて考えてみても、ゼスの四天王が居なくなったなんて、私そんな事知らないわよ?」
かなみは困惑した表情を浮かべて言う。
「お前がへっぽこなだけだろ」
ランスはかなみを囃すようにニタニタ頬を緩ませながら言った。
「だから、そんなことあったら忍者でなくても、新聞に載るような多くの人が知る大事件なの!!」
かなみは焦りからか、普段の呆れではなく、本気でランスに怒っていた。
「そうですね。自分で言うのもなんですが、さすがに四天王クラスがいなくなったレベルのことを、皆さん誰もご存知ないのはかなりおかしな話です。つまり、高い可能性として一つの仮説があげられます」
「どういうこと……?」
唾を飲み込んだかなみが、ウルザに真剣な眼差しを向ける。
「私が来た世界と、皆さんが来た世界では、時間軸にズレがある……。そういう仮説です」
ウルザはこわばった表情で言う。
「は? なに訳のわからんこと言ってるんだウルザちゃんは」
「そうですね……。シィルさん。ピカチュウの明かりをこちらに」
ウルザは暫し顎をあげて間を置き、自分のすぐ側の地面を指さす。
「は、はい! ピカちゃん」
シィルの指示に従い、目覚めたピカチュウはウルザの足元に行く。エーフィはピカチュウと対になるように同じく足元にゆっくり歩いた。
ウルザは戦闘服の腰についているウェストバッグから一本のマーカーを取り出す。
「いいですか。まずここに一本の線があるとします」
ウルザは5歩ほど、3人と二匹の前に出ると、膝立ちになって、ピカチュウが照らし出している岩肌の真ん中に黒い線を一本引く。
「まず、これが私の生きてきた歴史です。それに対し」
そう言いながら、すぐ下に並行するように同じ色の線を引く。
「これがランスさんたちの生きてきた歴史です」
「同じように見えるけど……」
「ええ。こうしてかなみさんやみなさんと記憶が違わないことからみて、私たちがアイスフレームを拠点に戦ったこと、魔人カミーラを撃退し、ゼスを崩壊の危機から救ったことといったほとんどの事実は共有しているものとみなせるでしょう」
「俺様が車椅子に乗ってうじうじしていたウルザちゃんの初めてを奪って、泣いて頼んできたウルザちゃんが再び立てるようにビシバシと優しく教育してやった事も同じということか。がははは」
ランスの洞窟にこだまする高笑いにウルザはふうとため息をつく。
「……。一部認識に食い違いがありますがまあいいでしょう。そこまでは正しいです」
「茶化さないで真面目に聞きなさいよ!! で、それでどこから……?」
かなみの激昂と関心をよそに、構っていられないとばかりにウルザは説明を続ける。
「問題はここです。この、半年前の時点」
ウルザはもう一本マーカーを取り出し、上の線の中央あたりに、小さく赤いバツ印を書く。
「私はこの時点でゼスより姿を消しました。しかし、それにも関わらずかなみさんの認識では特にそういう騒ぎは起きていないわけですよね?」
「う、うん」
かなみはウルザの言葉を食うようにうなずく。
「つまりそれが、下の線、すなわちランスさんたちが生きてきた世界の時間なのです。その世界での私はきちんと存在していたはずですよ」
「ここ1,2ヶ月はリーザス国内とランスの監視任務ばかりだったからあれだけど……。うん。それは間違いなくいえると思う。仮にそんなことがあったらリア様がゼスに絶対なにか仕掛けるもの……」
少し間をあけて、かなみはどこか遠くを見るような視線で寂しく返す。
「ええ……そうですね。リア女王のご気性ならばきっと……」
ウルザは説明を止め、少しかなみから視線をそらした。
「ウルザさん?」
「いえ……。すみません。説明を続けます。つまり、何者かがこの歴史に生きてきた私と、この下の線での歴史で生きてきたランスさんたちとをそれぞれ取り出し、この世界に送り込んだ。ということです」
ウルザはそう言って説明を締めくくった。彼女はピカチュウに礼をいい、シィルの指示でピカチュウは洞窟全体への照明に切り替えた。
「そんな……とても、信じられないです。そんなこと本当に可能なんですか?」
シィルは怯えたような表情で、ウルザに訴えかけるように尋ねる。
「もちろん。現時点での私の仮説ですからそうでない可能性も……」
「あーもうめんどくせえな。つまりあれだろ。その、ナニモノかをとっちめれば元の世界に帰れるってことなんだろ?」
それまで黙っていたランスは耳穴をほじった後、耳垢をふっと飛ばしながらウルザに言った。
「まあ……。身も蓋もない話ですが、そういうことですね。帰れるかどうかまではわかりませんが、それに近づけるとは思います」
ウルザは目を細めてフッと笑いながら、ランスに応じた。
「ようし、じゃあ今からそいつをぶっ飛ばしにいくぞ。こんな訳のわかんねえ世界に放り込みやがって八つ裂きにしてやる」
ランスは燃えるような目つきで、拳を握りしめながら高らかに宣言する。
「意気込みは素晴らしいですが、今はとにかくこの洞窟を出ることを優先しませんか?」
ウルザは勇んで出ようとするランスに両手をだして落ち着かせようとする。
「そ、そうですよランス様。私たちさっきまでの戦闘でもう……」
「うん。シィルちゃんの言う通り、一刻も早く出て、次の街で少しでも落ち着きたいわ」
二人とも切実な願いであった。この世界に来てよりまったく腰を落ち着けていないため当然の所感であった。
「てめえら何言ってやがる。一刻も早くそいつをだな」
「ランスさん。その核心にせまるためにも一旦はここを出る必要があるんです。お月見山にはその手がかりはありませんから」
「……ちっ。分かった。とにかく出るぞ。こんな辛気臭い洞窟まっぴらだ」
そう言って、ランスはのしのしとやはり先頭を歩いていく。
「そういえば、ウルザさんのあの……ポケモンですか? はじめてみましたけど、なかなか神秘的なかんじがしますね」
シィルはウルザの後ろを静かについていくエーフィを見て、興味を持った目で尋ねた。
「彼女はエーフィ。私がこの世界にきてすぐ、タマムシシティというところでちょっとしたやりとりがあって、イーブイというポケモンをいただいたんですけど、ある日の朝にこのような形に進化していました」
「しんか? なんだそりゃ」
ランスは聞き慣れない言葉に反応した。
「私達のいた世界と異なり、この世界のモンスターは、それまでの姿から変化して、より強い姿になることがあるんです。これを進化といいます。上位種と置き換えれば飲み込みやすいと思います」
「へぇ……。そうなんだ。それってひとりでにするものなのかしら?」
かなみが興味を持って尋ねる。
「基本的には経験値を積んで一定のレベルに達することで進化しますが、他にも様々な条件があるようです」
ウルザはエーフィをモンスターボールに戻しながら答えた。ランスに続くように他の3人も歩き始める。
「ほーん。じゃあこいつもガシガシ戦わせまくれば、そのうちなんかに進化して俺様の役にたつようになるのか?」
「ピカチュウは違いますね。いくら戦わせても進化はしません。進化の石という特別なアイテムを与えることで進化するタイプで、この場合は雷の石を与えることでライチュウというポケモンになります」
そう言ってウルザは戦闘服のポケットより小さな図鑑を取り出す。かなり使い古されてはいるが、表紙や角のシミの少なさなどから丁重に扱われていたことはうかがえる装丁である。
「えーっと……、ああ、これです」
そう言ってウルザはランスたちにライチュウの姿を見せる。
「おー! 今よりは頼りになりそうじゃねえか。よし、早速……」
「やめときなさいよ。シィルちゃんが嫌そうな顔してるわ」
かなみが少しだけ表情を曇らせたシィルの顔を見ながら言う。
「え?」
シィルは少し驚いた顔で言う。急に振られるとは思ってなかったようだ。
「あんまりそういう危険なことに、出させたくないんでしょ?」
「うっ……は、はいそうです。元々傷ついた姿でしたし……、ピカちゃんにそういう事は、させたくないです」
シィルは潤んだ目で言った。その言葉には切実な気持ちがある。
「何いってんだ。俺様の役にたたないなら捨てるって」
「今照明役として役に立っているではないですか。戦うだけがポケモンの役目じゃないんですよ?」
ウルザはたしなめるように横に入った。ピカチュウは相変わらず発光しながらついてきており、洞窟内を照らしていた。
「いや、そういうことじゃなくて」
「戦闘ならば私がバックアップします。これまでにそれなりに複数育ててきていますから」
ランスの言葉を遮り、ウルザがいささか強い口調で言う。その言葉にはそれなりの自信がうかがえる。
「そういえばサイコ……なんとかってすごい技使われてましたよね」
シィルが思い出しながら言う。
「サイコキネシスですね。エーフィのようなエスパータイプとよばれる属性のポケモンが用いる上位技です」
「そうなんですね。あれで私たちも助かりましたし、頼もしいです!」
シィルは安心した表情でウルザに微笑みかけた。
「ちっ。ウルザちゃんばっかずりいや。おいシィル。こいつにもなんかすごいのやらせろ」
「うう……」
ランスの威圧に、シィルは少し気圧されて目に涙を浮かべていた。
「だから、この子にはそういうことさせたくないって言ってるんでしょ……。ほんと他人の話聞かないんだから」
かなみは深く息をついて、神経質に前頭部を掻く。
そのような会話を交わしつつ、途中で野生に襲われたりしながら、四人と一匹は進んでいった。
――
しばらくして、四人はお月見山から脱出した。ニビ側とは違う、山がちなところから、東側には水辺も広がり、環境が変化したことを示している。時刻は夕方となっており、上空ではポッポやピジョンたちが帰り支度をすすめていた。
「ふー。やっと出れたか。なっがい洞窟だったな」
ランスはやれやれといった様子で背伸びをした。
「やっぱり外の空気はおいしいですね! 清々しいです」
「しかし結構遅い時間になってしまいましたね……。どうしますか? 近隣のハナダシティまではもう少しありますが……」
ウルザがランスに今後の予定を尋ねる。
「さすがに近くに街あんのに2日連続野宿ってのもな……。さっさと行くか」
ランスは東に向かってさっさと先導していった。
「はい。分かりました」
ウルザは背後に居るかなみやシィルのやや疲れた表情を見て、野宿を進言すべきか悩んだかのように間を置いたが、言っても聞くわけがないとばかりに、口には出さなかった。
「そういえばさっきウルザさんが出してた……、真ん中に宝石のあるポケモン、強かったけど、あれも育てたの?」
道中でズバッドとゴルバッドの大群に襲われたが、ウルザのスターミーによるこれまたサイコキネシスで一掃している。
「ええ、まあ。他にもキュウコンという美しいキツネのようなポケモンや、カイリューという私達の世界で言うドラゴンのような種族のポケモンが私のパーティーです。頼もしいですよ」
ウルザは自信を持った口ぶりで話しながら、少女のような笑顔をする。
「ウルザちゃんがそういう顔するのって……、結構珍しいな」
ランスは少し意外そうな表情をして言う。
「そうですか? まあ確かに……、ゼスにいたころはどうも四天王の職務に追われて、職業的な仕草ばかり板についてしまって。こうして心の底から感情を表現できる機会っていうのは言われてみれば本当に久しぶりかもしれません」
ウルザは本当に心の底からこの世界を楽しんでいた。そうしていると彼女は思いついたように、一つのことを言い始める。
「そうだ……。皆さん、歩かなくてもいいですよ」
「え?」
三人の当惑をよそにウルザは少しだけ、自慢にも似た表情でモンスターボールを差し出し、一体のポケモンを繰り出す。
「うわ……でっけえ」
「こ、これが、もしかしてこの世界のドラゴン……?」
ランスとかなみがそれぞれ息を呑んだ後に言う。
その姿はこの場の誰もよりも大きく、巨体を誇っていた。しかしその威風堂々たる体格とは別に、その目はどこか優しく、かわいらしさを垣間見せている。
出るや否や、カイリューは頭をウルザの方にやって、胴体にすりよる。
「あっ! この野郎。俺のウルザちゃんになんて」
そうランスが横槍を入れようとしたのもつかの間、ドラゴンの長い尻尾で思い切り洞窟の壁にランスは叩きつけられる。
「ラ、ランス様!!」
シィルは急いで壁の方に駆け寄り、ランスの様子をうかがう。
「いつつつ……。たくなんちゅー馬鹿力だこいつ」
「ふっ。たまにはいい薬ね」
ランスに聞こえないような小さな声で、かなみは小さく笑った。
「おー。よしよし。地上探索が長く、出してあげられませんでしたからね……。さて、この子がカイリューです。本来はかなり限られた人しか持つことのない、強力なポケモンなのですが、私はなんとか良いめぐり合わせでこのように育て上げられました」
ウルザは嬉しさと、少しだけ我が子を褒め称えるようなニュアンスをこめた声色で言う。
「で、これでどうするんだ?」
頭を掻きながら、ウルザの前に戻ったランスが尋ねる。
「これで空を飛ぶんですよ。カイリューはこの通り大きいですし、皆さんくらいならば一気に運べると思います。これでハナダシティまでひとっ飛びです」
「……そんな使い道もあるのか。もう、なんでもありだな。俺等の世界と違いすぎてなんか逆に吹っ切れてきたぞ」
ランスは半分くらいヤケクソになって笑っている。
「私たちからすれば、モンスターをそんな風に使役することなんて、思いもよらないことだけど……」
「そうですね。私もこの世界に来たときは中々に戸惑った記憶があります……。さて、それではハナダまで」
ウルザが先導してカイリューに乗ろうとしたその時、ランスが先に動く。
「そーいうことならさっさと行くぞ。おいこらはよ動けこのデカブツ」
ランスはカイリューの背後をとって登ろうとするも、すぐに振り落とされ、地面の音が大きく響き渡る。
「いつつ……。くそお。なんなんだこいつ! ご主人様のご主人様が行けっていってんだぞいうことき――」
「誰がご主人様ですか。やはり、ジムで説明された通りですね……。資格を持たない人はそもそもポケモンが乗るのを拒否すると」
ウルザは少し不機嫌になったカイリューの顎を撫でながら、なんとか宥めすかす。
「資格……? そういうのがあるの?」
「ええ。詳細は省きますが、この地方にあるポケモンジムのリーダーを倒すことで、ジムバッジというものが貰え、その取得数でこのそらをとぶをはじめ、様々な秘伝技を使うことができます」
「ふーん……。まあ当然ランスはそんなのもってないからこうなるってこと」
かなみはランスを見下ろしながらウルザに返す。
「リーダー……。なんかどっかで聞いたな」
ランスはパッパと尻の砂埃を払いながら立ち上がった。
「もしかして、ニビで会ったきれいな和装の……」
かなみも印象に残っていたのかそう付け加えた。
「おーそうだ。エリカちゃんだ。情報集めようとしたのに、かなみが邪魔して口説きそこねたやつ」
ランスは思い出してがははと笑う。
「なに適当なこと言ってるのよ! あれはランスがちょっかいをかけて揉め事が起きかけたのを助けてあげたんでしょうが!」
かなみは懸命にウルザに対して、違う違うと言わんばかりの視線を投げている。
「大丈夫ですよかなみさん。察しはつきますから……。にしてもそうですか、エリカさんに会われていたんですね」
ウルザは嬉しそうにクスりと思い出し笑いをした。
「ウルザさん、エリカさんのことご存知なんですか?」
シィルがウルザに尋ねた。
「ええ。彼女はタマムシシティのジムリーダーですから。対戦してバッジをいただいています」
「いただいたって……。あんな化物みたいなの相手に勝ったってのか?」
ランスは当時のことを思い出しながら、顎に手をやり、疑いの視線を向ける。
「ふう……。なら、証拠を見せたほうが早いですね」
ウルザはそう言って、小さな箱を取り出し、トレーナーカードとその下の仕切りにあるジムバッジの一つを取り出した。レインボーバッジ。エリカと対戦して、勝利した証であった。
「わあ……、きれいですね。他のバッジも色々な形があって、おしゃれです」
シィルはレインボーバッジとその他ウルザが集めてきたバッジを見て、年頃の女子らしい反応を示す。
「え、待って。もしかして……、8枚中7枚もってるの? ウルザさん」
かなみがバッジケースを見てその事実に気づく。彼女のケースにはグリーンバッジ以外の全てのバッジが収められており、コンプリートする直前であった。
「ええ、まあ……。世界に帰る手がかりを見つけ、情報収集するにはやはり実力者であり、その地域の核であるジムリーダーと接触する機会を持つのが一番手っ取り早いと思って進めたらいつの間に」
「すごい……、たった半年で」
トレーナーとしての感覚はなくとも、ニビシティで見たウツボットの力は明らかにそのへんのトレーナーとは格が違っていたことを本能でかなみは理解していた。
「けっ。そんな駆け出しのウルザちゃんに負けるようじゃジムリーダーってのも大したことねえんだな。俺様がかかれば全員ポケモンなんぞ使わなくても一掃できんじゃねえか?」
ランスは意固地になって、あくまで反抗を続ける。
「ランスさん。あまり無用な対立を産むような真似は謹んでください。はっきりいいますが、ジムリーダーが本気でかかったら、私達なんてひとたまりもないですよ。その上にはポケモンリーグという地方単位の上位施設の四天王やチャンピオンというのもいるようですし」
ウルザが真剣な声色で警告する。
「なんだ。この世界にも四天王ってのがいるのか」
「ええ。奇妙な偶然ですよね……。チャンピオンの前にいるジムリーダーよりも実力のある人々を指すのだそうです。おそらくこの世界における屈指の人々ですね」
「けっ。いくら上だからって、俺様が剣で殴れば済むことだ……。そういえばウルザちゃん、ボウガンはどうしたんだ?」
ランスはふと思い出して尋ねた。ウルザは本来、三連ボウガンが主な使用武器である。
「一応このバッグに入ってはいますけどね……。
ウルザは自身が背負っているもうひとつの大きい、緑色のバッグに視線をやっている。
「ウルザさんもなんだ……。実は私も手裏剣とか、クナイとかが刃を潰されてるの」
「俺様もな。ま、剣として使えんでも、殴って使えばいいし、大したことじゃねえけど」
かなみとランスがそれぞれ状況を説明した。
「お二人もだったんですか。なるほど……、どうやら外から持ち込んだ殺傷武器は全てそうして無力化されてるようですね。この世界にもナイフやはさみなどはありますが、そちらは特にされてません。普通に使えます」
そう言ってウルザは腰のポーチからサバイバル用の十徳ナイフを出し、刃を振り出す。たしかにこちらは刃引きがされてないようだ。
「どういうこっちゃ……。そいつだって人殺せるだろ」
「外部からっていうのが重要なのだと思います。意図したものかはわかりませんが、この世界における前提、常識・理屈を持たない別世界の人々が転移した時だけ、この世界にそぐわないものの殺傷力を削られる……そう解釈しています」
ウルザは冷静な声色でそう説明した。そうしていると、ウルザがカイリューの視線に気づき、目を合わせる。そろそろ行かないのかとうかがっているような目であった。
「おっと……。随分と話し込んでしまいましたね。ではそろそろハナダへ向かいましょうか。あ、先に言っておきますけど、ランスさん」
「なんだ」
「私の後ろに乗ったからって、おかしなことしたら上空だろうと容赦なく叩き落としますからね?」
ウルザはにっこりとした、しかしどこか怖れを感じさせる笑みを浮かべる。
「おお……ちょっと怖い」
こうして一行は夕暮れの空に飛び立ち、ハナダシティへと向かう。
――
4人と1匹を載せたカイリューはハナダシティの入口付近に降り立つ。
ウルザは礼を言ってカイリューをモンスターボールに戻す。
「ふう。たどり着きましたね」
「ちっ……。ちょっとしたスキンシップなのに本気で何発もげんこつしやがって……」
案の定ランスは後ろからウルザの胸や尻を触ろうとしたが、何度も鉄拳制裁を食らっていた。頭には何個もたんこぶができている。
「本当に叩き落とさなかっただけ、少しは感謝してくださいね?」
ウルザは全く躊躇のない笑みを浮かべている。
「いつつ……くそお。この世界にいるうちに絶対10発は犯してやる……」
そう胸に固く誓うランスであった。
「すごく楽しかったですね、かなみさん」
「うん! 空から街をながめるのが、あんなにも心が動くものだったなんて、ちょっと感動しちゃった」
「ピカピカピ!」
シィルとかなみは二人でそう笑い合っていた。ピカチュウもその間で同じようにはしゃいでいる。
「クソ。人の気もしらんであんなきゃいきゃい騒ぎやがって……。まあいいや、もう遅いし、とりあえず宿と飯だ」
「え……。でもお金もないのにどうするの?」
かなみが純粋な疑問をぶつける。
「んなもんお前、適当なやつから巻き上げて……」
「無用に対立を招く真似はやめましょう、って言いませんでした?」
ウルザは相変わらずの態度のランスにため息をつきながら言う。
「じゃあどうすんだよ」
「街には旅館もありますし、私が皆さんを泊めてもいいのですが……、この際ですし、今日はポケモンセンターに宿泊しましょう」
「えっ、あそこってポケモンを回復させてくれる施設じゃ……」
かなみが少し戸惑った表情でウルザに言った。
「あそこは回復施設であると同時に、宿泊施設でもあるんです。このカードを提示すれば無料で泊めてくれるんですよ」
ウルザはそう言ってトレーナーカードを提示した。
「そういえばウルザさん、いつの間にそんなカード……」
「主要な街にあるポケモンリーグの支部に申請すれば、簡単な審査でもらえるんですよ。私は身分の証明になるものを持っていないので不安でしたが、この世界ではあまり気にしないで、様式と、あとは簡単な面接と試験さえ通れば渡してくれるそうです」
「そうなんだ……。なんというか、かなりアバウトな世界なのね……」
かなみはそう直感で思ったことを言った。
「もしかしたらなんですけど、この世界の人たちって、私達のいた世界よりも基本いい人なのかもしれませんね。ウルザさんがこうして受け入れられているの見ると……」
「ロケット団みたいなのがいるのにか?」
シィルの言葉にランスが突っ込んだ。
「うう……それは、確かにそうなんですけど」
「シィルさんの言う通りかもしれません。このカードのことといい、年端のいかない子どもたちがこうして冒険に多く出ていることといい、かなり人の善性に信頼をおいて社会やシステムが構築されてるのは大いにあると思います。悪の組織も確かにありますが、それはそれで割り切っているというか」
「本当にそうだったら……うらやましいなあ。ちょっと帰りたくなくなっちゃうかも」
かなみは純粋に心からの感想をいった。魔人や魔物に脅かされ、人の間では陰謀や裏切り、戦争が絶えず発生している。かなみは忍者として活動している分、特にそういうある種の疲れを抱いているようだ。
「けっ。冗談じゃないわ。好き勝手に女を抱くことも、暴れまわることも、モンスターや気に食わん奴らを切り刻むこともできやしねえ。窮屈でしょうがねえわ」
ランスは即座に反発し、世界を否定する。
「ランスは十分この世界でも暴れまわってると思うけどね……」
「ふふ……。まあとりあえず、ポケモンセンターへ向かいましょうか。みなさん疲れているでしょうし」
そう言って一行はポケモンセンターへ向かった。
――
ポケモンセンターにたどりつき、ウルザが宿泊の手続きを済ませると、手前のフロアで今後の指針を話し合う運びと成った。
「再度、ここではっきりさせたいことがあります。皆さんはもとの世界に帰りたいですよね」
席についたウルザは単刀直入に言う。
「あたりめーだろ。さっさと帰って俺様のまだ抱いてない女どもを犯してやらねばならんのだ。がははは」
ランスは良くも悪くも変わっていない。
「うん……。正直この世界は魅力あるけど、それでも、私はリア様の為にもっと尽くして、忍者として仕事はしたいから」
かなみはやや迷いがありながらも、それでも強くその意思を持っている。
「ランス様の行かれるところが、私の居る所ですから」
シィルもシィルなりに信念を持っていた。
「私もこの世界に来てかなりの時間が経ってしまいましたが、それでも私には私の果たさなければならない使命があります。だからなんとかして、帰れる方法がないかとほうぼう手を尽くして探し回りました。そこでグレンタウンという街で、ポケモン研究所に行き色々な資料を漁った所興味深いことがわかりました」
そう言いながらウルザは1冊のノートを取り出す。これまで彼女が調べてきたことを克明に記してきた、努力の証であった。
「そこで、何が分かったのウルザさん」
緊張した面持ちでかなみはウルザに尋ねる。
「元の世界に帰れる、確実な方法というわけではありませんが、大きな鍵を握るであろうポケモンがいることが分かったのです」
「ほう。なんなんだそれは」
ランスは尊大な態度で聞く。
「――ミュウツー。人の手により生み出された、超常的な力を持つポケモン。私は、彼こそが帰還するための要であると考えています」
―つづく―