鬼畜戦士ランス、カントー地方に起つ!   作:OTZ

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【本編補完】ウルザ、タマムシへ舞い降りる(上)

「っ……」

 

 日差しによって目が覚めると、そこはどこかの森の中であった。

 しかし、彼女はすぐに場所の変化に気づく。おどろおどろしく、陰鬱で、死の気配すらただよう魔物の森ではなく、新緑の風が薫る清々しい森となっていたためだ。

 

「どうして……。いつの間にこんなところへ」

 

 違和感に気づいたウルザはすぐに持っていたリュックサックから試験中の小型魔法電話を取り出し、部下や、捜査本部、自身が長を務める警察局と通信を試みる。しかしそこからは一切の気配すら感じられず、電話もただのインテリアに化してしまっていた。

 

「ゼスじゃない……。リーザスや自由都市地帯にいるってことかしら……?」

 

 どうにも状況が掴めず、10秒ほど思考した後、彼女はすっくと立ち上がって周囲をとりあえず探索してみようと思いたつ。ホルスターから自身の武器であるボウガンを取り出し、慎重に歩き始める。

 数分ほど経ったであろうか、気配を察し、ボウガンをその方向に構える。構えた先を見据えると、一匹のモンスターがウルザに向かって突進していた。大きな口を開いた、ウツボカズラをそのまま返したような大きな顔と、葉っぱを特徴とするそれはウルザの方にムチを放ち、彼女に危害を加えようとした。

 

「!」

 

 ウルザは考えるよりも先に、正確に狙いを定め、モンスターに(ボルト)を放つ。矢は見事に命中し、ダメージをおったそれはツルをひっこめ、こちらの様子をうかがった。

 だがここでウルザは見たことのないモンスターであると共に、一つの違和感を覚える。

 

『―――おかしい。血が全く出ていない……?』

 

 ウルザはただちに矢入れを開けて、そのストックを確かめる。するとどうしたことか。鏃が全く潰されてしまっている。刺突のダメージではなく、衝撃のダメージしか与えられていない。

 すぐに自身の携帯しているショートソードも抜いて状態を確かめる。こちらも刃を全く潰されており、武器としての機能が半減してしまっていた。

 

『どういうこと……? 刃引きされているなんて、あまりにも……。誰かにすり替えられたってわけでもなさそうね』

 

 自身の服装や荷物に全く乱れのないことから人為的な可能性はすぐに排除し、唐突な刃引きという状況に彼女は思考を続けている。

 そうしていると、更に奥から声が聞こえた。

 

「あーもうウツドンちゃんったらこんなところに……」

 

 一人の少女が、ウツドン――おそらく自らを攻撃しようとしたモンスター。に近寄る。

 

「あら……。なんでこんな所に矢が」

 

 少女がウツドンの付近に落ちていた矢を拾い上げ、不思議そうな顔をしている。

 

「ナツキさん。危ういですわ。指定した区域外にポケモンを出してはいけませんと以前にも注意を」

 

 その更に奥から、思慮の深そうな、凛とした女性の声がする。ウルザは身をかがめ、しばらく様子をうかがった。

 

「すみませんリーダー。野生のスリーパーの攻撃で混乱してしまったようで……」

「そのウツドンはまだ日が浅いとはいえ、行動を予測・制御しきれないのはトレーナーとして戒めるべきことです。もっと日頃から……、あら、随分と珍しいものがありますわね」

 

 その和服を着た、明らかに少女よりも格上のような風格を持っている、リーダーと呼ばれた女性はナツキが拾い上げた矢を確認した。

 

「そうなんですよ。こんなのアニメや漫画でしかみたことないですよね?」

「これは確か、ボウガンと呼ばれる武器の特殊な矢と書物で読んだ覚えがありますわ。しかし、まさか今どきこれを使う人がいるとは」

 

 彼女は少々驚きを隠せないようである。名乗り出るべきか、ウルザは真剣に考えていた。彼女らは冷静に会話しており、敵対的でない可能性も織り込んではいたが、どうしても万が一の事態を捨てられなかった。

 

「そうですよね……。モンスターボールがあるのに、なんで今どき」

「不思議なこともありますわね。さて、そろそろ行きましょうか。皆さんまだ演習の最中ですわよ」

 

 エリカはさりげなく矢を回収しながら言う。

 

「は、はい! なんとか遅れを取り返さなくっちゃ」

 

 リーダーの先導に従って、その少女はボールのようなものを取り出し、モンスターをその中に吸収する。見たこともない光景にウルザは思わず声が出そうになった。

 

『あれがモンスターボールと呼ばれるもの……? しかもあんな小さなボールにあの生物が入ってしまうの? 信じられない……』

 

 ウルザの当惑をよそに、二人はウルザとは反対方向に消えていった。気配が消えたのを感じたウルザはゆっくりと立ち上がる。

 

「どうやら……。全く知らない世界に迷い込んでしまったようね。信じたくないけれど……」

 

 アイスフレーム時代にランスから聞いた話で、玄武城という異世界に迷い込んでしまったという話を聞いたことがあり、また、自身が警察長官となってからゼス国内で何件かその疑いがある事例を確認していた。しかし、まさか自分がその当事者になるとは夢にも思っていなかった。

 置かれた状況を歩きながら整理し、とにかく手がかりを探さなければと、人の足跡や痕跡を頼りに街を探そうと試みる。

 

――

 

 二時間ほど経過し、ウルザは整備された道をみつけ、それを頼りに街へと静かに歩いていった。

 どうやらボウガンはこの世界では奇異に思われるのを察した彼女は、ホルスターに収納し、旅人のフリをしつつ道を歩いていく。

 口に出さずとも、すれ違う人の様子や見たこともないモンスターを見るたび、ウルザはますます異世界にきた実感を強めていた。

 ふと、視線をあげると、超高層ビルが何軒も林立する光景が、遠くに彼女の目にうつった。案内標識によればたしかあれがタマムシシティと呼ばれているところと思い出していた。

 

『あれが、街だっていうの……?』

 

 彼女のいるゼス王国の都・ラグナロックアークもそれなりに栄えし大都市であり、7~10階程度の建物も珍しくはなかった。しかし、彼女の目にうつるそれはそんなものを遥かに凌駕する、まさに天をつくばかりの巨大なビルがざっと100軒程度存在し、圧倒されるばかりであった。

 彼女はそのあたりを通りがかった、一人の女性に話しかける。

 

「あ、あの。申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」

「は、はいなんですか?」

 

 話しかけられた女性は20代後半くらいの、大人しそうな雰囲気である。

 

「あの……、あそこに見える街が、タマムシシティでしょうか? 何分田舎から出てきてわからないことだらけで」

「ええ。そうですけど。それがなにか?」

 

 女性は全く動じもせず、さも日常な風に返している。

 

「見た所、首都かそれに近い規模だと見受けられましたが、やはりこの国において巨大な都市ということで宜しいですか?」

「ええ……まあ。そうですね。隣のヤマブキシティと連なる形で首都ということになっています」

 

 女性は手短に答える。立ち位置を確認したウルザは女性に礼を言って別れる。

 

「あれがこの国の……首都……。凄まじいわ」

 

 自分の居た世界の常識はまず通じないであろうことを覚悟し、ウルザは拳を握りしめてその方向へ向かっていった。

 

―タマムシシティ 郊外―

 

 タマムシシティの郊外にたどりついた頃には、日は傾き始めていた。道すがら何人かに話しかけて簡単に情報を集め、この世界にはポケモンという特殊な生物がいること、モンスターボールにそれを入れて戦うトレーナーという職業があることなどを理解する。ウルザにとっては未知の世界であったが、とにかく迷い込んだ以上、この世界でとりあえず生きていかなければならないと決心する。

 そして、転移したときの戦闘服のままだと時折、奇異に見られたりすることもあったので、公衆トイレを見つけ、常に持ち歩いているアイスフレーム時代の淡い茶色のジャケットに白いロングスカートの私服に着替える。

 そして今後どうしたものか考えつつ、彼女はタマムシシティを探索しはじめる。町中も驚くことばかりで、鉄の塊で高速に動く車や、人々が所持している通信用と思われる機器の数々、何よりも争いからは程遠い雰囲気を彼女は味わっていた。

 

『なんて……平和なところなのかしら。ゼスはおろか、リーザスでも路上や貧困故の犯罪はつきないというのに……』

 

 ゼス国内はなんとか落ち着きを取り戻したとはいっても、未だ首都の道を少し歩くだけで喧嘩や乞食、売春婦・男娼と思われる立ちっぱなしの若い女性・男性、露店から物を盗む子どもや青年などを見かける為、そういうのを全く見ないというだけで、治安を預かる身として、少なからぬ衝撃を受けていた。リア女王の統治で安定した世界を実現してる大国・リーザス王国ですら完全には手に入れられていない安寧を、この国はさも当然のように享受しているのだ。

 

『マジック様にこのことを教えたら、少しはリア女王にも、もっと気を強く持てるかしら』

 

 普段から会談や親書を送りつけられる度にリーザスとの差でマウントを取られて、虚勢をはりながらも内心では自信をなくしかけているあの若き王女のことを思い出していた。

 そうしていると、数人ほどの困った表情をしている人々を路地に見つける。ウルザはそっと人混みに紛れて聞き耳を立てた。

 

「ロケット団の仕業かなあ」

「しかしあの子が盗まれるなんて……」

 

 ああ、やはりそれでも全く無いわけではないのかと思いつつ、ウルザは会話を聞き続ける。

 どうやら、モンスターボールや家財などを空き巣に入られたようで、心底こまり果てているようだった。この世界に関わるチャンスかもしれないと思ったウルザはゆっくりとその夫婦と一人の子どものところへ近づいた。

 

「すみません。お困りのようですが、なにがあったのでしょうか……?」

「ああ、実は少し旅行で留守をしている間に、ポケモンやお金などを盗まれてしまって……。困り果てているところなんだ」

 

 主人と思われる40代くらいの男性はウルザにさらりと話す。初対面の人間相手にしては警戒心が薄いと思いつつ、ウルザは更に尋ねた。

 

「警察に相談はされたのですか?」

「いえまだ……。何分、この子がトレーナーを目指していましてね」

 

 30代くらいの母親が間にいる8歳くらいの子の頭を撫でながら言う。

 

「すみません、それは一体どういう……」

 

 子どもがトレーナーを目指していることと、警察に届け出ないことの連関を、ウルザは見いだせなかった。父親の方が知らないのかといった表情を一瞬見せつつ、和やかに答える。

 

「実は今回で三度目なんです」

「その……ポケモンを盗まれた事が、でしょうか?」

 

 ウルザはカバンからメモ帳と筆記具を取り出し、ペンを走らせる。未だに言い慣れないワードではあったが、不自然に思われまいと振る舞う。

 

「そうなんです。うちはポケモン向けのサロンというか、毛づくろいをする商売をしてましてね、人様のポケモンを預かる関係上、狙われやすいんですよ」

「なるほど……」

 

 モンスターとそこまで親密な関係を築くのが当たり前なことにも内心驚きつつ、彼女は平静を保つ。

 

「それで、トレーナーになる規則として、12歳未満の子どもが志望する場合は、保護者のポケモン盗難被害が10年以内に3度未満であること、というのがあって……それで」

「えっと……。それはつまり、ポケモンの管理能力という観点でしょうか? お子さんには関係ないと思いますが」

 

 彼女はメモ取りをやめ、店主に視線を合わせる。

 

「モンスターボールがトレーナーとタグ付けされていて、盗まれたポケモンがなにかをすれば、ウチが払わないといけないんです……。その保険の意味合いでって、ご存知ないんですか?」

 

 核心をつく問いかけにウルザは少し動揺しつつ、自然なように口を動かす。

 

「ああ、すみません。この国に来てまだ日が浅いものですから……」

「外国の方でしたか。まあつまりはそういう事情なんです。警察に伝わったらこの子がトレーナーになれなくなってしまうんです」

 

 ウルザは何度か頷きながらメモの内容を頭で整理していた。

 

「でもお父さん。俺のためにそんなことしなくていいよ! 別にトレーナーなんていつでもなれるんだしさ」

「だがなぁ」

 

 そんな親子の会話を聞きつつ、ウルザは筆記具をバッグにしまう。

 

「事情は分かりました……。あの、もしよければその捜索、私に手伝わせてはいただけないでしょうか」

「えっ!? いやしかし……」

「これでも私は故国では警察官だったんです。お役に立てればと思いまして」

 

 ウルザはカバンからゼス王国の警察官であるという職員証を取り出し、詳細を確認されないうちにすばやくしまった。ウルザの内心は情報を引き出すという打算もあったが、なんとか救ってあげたいという本心もある。

 

「お気持ちはありがたいですが、やはりご迷惑をかけるわけには」

「お願いします!!」

 

 父親が断ろうとするも、今まで比較的発言してなかった母親が間に入ってウルザに頭を下げる。

 

「お、お母さん?」

「どうか救い出してください。今回盗まれたのはお客さんのポケモンでして、今度発覚したらどれだけご迷惑をかけてしまうか……」

 

 母親は切実な表情でウルザに訴えかけている。

 

「分かりました。詳しい事情を聞きたいので、お家に伺っても宜しいですか?」

 

 そういうわけで、ウルザはその家族の家へ向かっていった。

 

――

 

 話していたのは店舗の入っているビルのすぐ前であり、ウルザはそのまま二階部分へ誘導される。二階が住居となっているようだった。

 リビングに通されたウルザはテーブルで向かい合って事件の仔細を聞き取っていた。

 

「被害はポケモンの入ったモンスターボールが4個、ここ一週間の売上金、従業員用の食料や奥様やご主人のアクセサリーですか……なるほど」

「ええ。どれも価値があるものばかりで……。少々迂闊でした」

 

 父親であり店主のその男はすっかり意気消沈としている。

 

「賊は定休日の今日を狙って窓ガラスを割って店内に侵入し、それらを奪った後に裏口から出ていった。それで間違いありませんね?」

「はい。登る前に軽く説明したとおりです。足跡がそのまま残っていましたよね」

「こんな白昼堂々の犯行に加え、ゲソこ……、靴の痕をしっかりと残していくとは、あまり手慣れた犯行とはいえませんね」

 

 ウルザはメモを書き加えながら結論付ける。ゼスでも珍しくない、明らかに素人のこそ泥によるものであることは明白だった。

 

「盗まれたポケモンはいずれも明日お返しする予定の子たちばかりで……、特にブルーちゃんに関してはお得意様なだけに盗まれたとあっては、もう想像するだけで」

 

 母親であり、副店長である彼女はガタガタと身を震わせている。

 

「心中お察しいたします。それと、一つ腑に落ちない点があるのですが宜しいでしょうか」

「は、はい。なんでも」

 

 店主は落ち着かない様子で答える。

 

「どうにも犯人の目的がわかりません。食欲と金銭欲を満たすためというのは分かりますが、モンスターボールまでわざわざ盗む必要性はあるのですか?」

 

 食欲は食料、金銭欲はアクセサリーで説明がついたが、彼女にとってはそこが説明がつかなかった。

 

「さあ……私にはわかりません。ポケモンってそう簡単に手なづけられるものじゃないですし。飼い主がいるならば尚更です」

 

 母親の説明の後に、父親がハッとした表情でウルザを見る。

 

「もしかしたら」

「なにか心当たりでも」

「サロン協会とタマムシ警察の注意喚起で、ここ最近トレーナーやペットのポケモンを買い取る怪しい業者が出てきていて、管理に気をつけるよう通達が出ていたんです」

 

 父親は書棚から一枚のチラシをウルザに提出する。

 

「もう、だからジムの方にお願いして、旅行中だけでも預かってもらったらって言ったのに」

「何言ってるんだ。顧客のポケモンを守るのは俺達の仕事だ。エリカさんに任せることじゃない」

 

 父親は強い口調で否定した。

 

「すみません。ジムというのは……」

「ああ。こういう事が起きたときに、ポケモンジムが営業時間外に一定期間預かってくれるんですよ。ただ、ジムというのはただでさえ色々な仕事があるのに、うちらの為なんかにそんなことまでさせるのは気が引けてね……」

 

 とはいえ、盗まれてしまった結果は結果であるため、父親の方には後悔の念も少し映っている。

 

「そうですか……。そういうことを、ジムがしているんですか」

 

 ウルザの方は今一腑に落ちなかったものの、深く聞くのも違うかと考え、話を戻そうとする。

 すると、膝に違和感を覚えてウルザは視線を下にやる。すると、一匹のかわいらしい生物が乗っていた。

 

「あら……? これは」

「あ、イーブイちゃんたら、お客さんの膝がお気に召したみたいね」

 

 母親の方はそれを目を細めて見ている。

 

「むー。なんだよこいつ。俺には全然なつかなかったくせに」

 

 脇の方で携帯ゲーム機で遊んでいた息子がイーブイに怒りの視線をなげかけた。

 

「お前は乱暴すぎるんだよ。言うこと聞かないからって、叩きまくってたらそら怯えるよ」

 

 父親は妬いている息子に対して、呆れた表情で返した。

 

「だってこいつ生意気で……」

「あーもう。いいからさっさと部屋に行ってなさい。お父さんは大事な話をしているんだ」

 

 息子は父親の言葉に渋々従って、部屋に戻っていった。

 

「あの、すみません。これはどういう」

 

 ウルザは困惑した声で言う。

 

「すみませんねぇ。その子は息子がトレーナーになるにあたって、その事前準備で知り合いから譲り受けたポケモンなんですけど、どーにも懐かなくて……」

「まあ、あれだけ色々やってたらそら嫌われるよ。しかし、どうやらあなたのほうは気に入ったようだ」

 

 イーブイと呼ばれる生物はすやすやと寝息を立てていた。しかし、毛並みの乱れや、少し乱れた息遣いに、それは自分に気を許しているというよりは、緊急避難でやってきたという印象をウルザは受けた。

 

「そう……ですか」

 

 ウルザは思わず、子どもから辛く当たられていたという境遇に同情して、イーブイの頭を優しく撫でる。その柔らかな毛並みになんともいえない安堵を覚えていた。

 

「そうだ。お姉さんは、ポケモンの方は……」

 

 父親は思いついたかのようにウルザに尋ねる。

 

「いえ。私の国ではあまりそういうのは浸透していなくて。恥ずかしながら」

 

 ウルザはとっさに言い繕う。

 

「でしたら、試しに連れて行ってはどうですか? この子はまだモンスターボールには入れていないですし……。丸腰で、その細い体だけでは如何にも心もとない」

 

 武器類は全て背後に背負っているリュックサックと入れ物に隠している。

 

「えっ!? しかし、それではあまりにも悪いです。それに、一応心得くらいはありますから」

「いいんですよ。タチの悪い連中に絡まれるかもしれないですし、ポケモンの一匹くらい居たほうが、心強いですって、ねえお父さん」

 

 母親の言葉に、父親はうんうんとうなずいた。

 

「し、しかし。私はいただく謂れがありませんよ」

「だったらこうしましょう。今回の事件を解決してくださったら、その子はあなたに差し上げます。なあに、どうせこの子は息子には全く懐いちゃいない。きにすることないですよ」

 

 父親ははっはっはと笑いながら言う。ウルザ自身も立ち去り際のあの少年の目を見た限りでは愛着はなさそうに思っていた。

 ウルザはおとがいに手を当ててしばらく考えた後、結論を出した。

 

「すみません、正直なところ、このポケモンという生物、私にはまだよくわからないところが多くて……。ですが分かりました。護身用ということで、事件が解決するまでお預かりしましょう」

 

 ウルザにとって、この子は世界を理解する上での手がかりになるかもしれないという打算もあったが、この生物に懐かれて特に悪い気はしなかったというのが大きかった。

 

――

 

 その後、ウルザは早めの夕食をあの一家からいただいた後、被害にあった店舗を今一度調査。その眼で詳細を把握した。軽く周囲で聞き込みも行い、近所の人の目撃証言などから盗まれたのは家族が帰る3時間ほど前であることも判明する。

 とりあえず足取りを追うため、ウルザは再度タマムシの町中に出た。

 

『自分から絡んだこととはいえ、まさかこの世界でも捜査をするなんてね……』

 

 内心皮肉なめぐり合わせに笑いながら、ウルザはメモに書いた内容を再度見直す。裏口を出て、犯人は裏路地をたどったことが伺えるが、どこに向かったかが定かではない。

 ポケモンを買い取る業者がいるならば、その線であたってみようと、街の行く、事情を知ってそうなあたりをつけた人に聞き込みを行う。

 

「うーん……。噂には聞いたことあるけど、詳しいところはわからんなあ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 これで4人目だったが、この会社帰りの20代前半のリーマンからはやはりめぼしい情報は得られなかった。連れ添っていたイーブイは気持ち悲しそうな顔をした。なんとなく気が引けて、まだモンスターボールには入れていない。

 

「あ、でも確かそのあたりの情報なら、この街のジムにいけば教えてくれるんじゃないか? この前、ウチの設備が壊された時に壊し屋の仕業と見抜いてくれたのあそこだったじゃないか」

 

 隣りにいた彼の同僚と思われる男が、思いついたかのように言う。

 

「ジム……ですか」

 

 家でも聞いたそのワードにウルザは注意を向ける。どうやらよほど地域社会から信頼を得ているようだと彼女は考えていた。

 

「おうそうだな。ポケモン関連の面倒事は大体あそこが把握してるし……、男子禁制だから俺たちゃ無理だが、お嬢さん綺麗だし、きっと快く応じてくれるよ」

「ありがとうございます! 有益な情報を得られました」

 

 ウルザは二人に深々と頭を下げて立ち去ろうとする。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。まだなにか思い出せる情報がある気がする……」

「え? 本当ですか」

 

 ウルザはリーマンに再度近づく。

 

「お、おおそうだそうだ、俺もなにかその組織のことで……。お嬢さん、ちょっとそこの飲み屋で話聞いてくれないかい? まだ何かあるきが」

 

 片方のリーマンが同僚の意図を察したようにウルザを誘った。

 

「いえ……。お気持ちはありがたいですが。私はジムに向かいたいのでここで失礼させて」

「いいじゃないのよ。ちょっとくらい、お姉さんと飲みたいんだよぉ」

 

 元から半信半疑だったが、この言葉で本音が出たなとウルザは見透かす。

 

「すみません。先を急ぎますので」

 

 ウルザは踵を返して、立ち去ろうとするが、リーマンが腕をつかんだ。

 

「なにもそこまで邪険にすることないだろ? ほら、もう暗いしお兄さんたちが」

「情報をいただいたことには感謝していますが、そこまで厄介になるいわれはありませんから」

 

 ウルザは手を振り払おうとするが、外れそうにない。

 

『しつこい人たち……。こうなったらランスさんにやったみたいに』

 

 ウルザは自由な方の拳を握り、リーマンの頭に見舞おうとするが、それよりも一瞬早く、イーブイが飛びかかった。リーマンの胸に体当たりを行い、突き飛ばしたのである。リーマンはバランスを崩し、ウルザから手を放すと共に尻もちをついた。

 

「こ、この野郎。やりがったな」

 

 リーマンはゆっくり立ち上がって、イーブイに相対する。

 

「ブイ」

 

 イーブイは一歩も引かずに、ウルザとリーマンの間に立って、本能的に彼女を守ろうと態勢を取った。

 

「ちっ……。白けたぜ。行こう」

 

 リーマンは恐れをなしたのか、本当に興味を失ったのか、同僚をつれて、雑踏に消えていく。

 

「ありがとう。……、イーブイ」

 

 男を振り払ったウルザは、その身を屈め、イーブイに視線を合わせて、礼を言う。イーブイの方はこくりと一度頷いた。応じたつもりなのだろう。ウルザはなんとなく、ここまですれ違った多くの人がモンスターを連れていることの意味を理解する。

 

『なるほど……。確かにこれは、仲間に抱く感情だわ』

 

 ウルザはそれを深く実感して思わず両手で胸を押さえる。その後、イーブイを抱きかかえ、そして静かに歩き始めた。

 

「よく聞いて。イーブイ。私は、ウルザ・プラナアイス。信じられないかもしれないけど……、私はあなたとは異なる世界からきたの」

 

 ウルザはイーブイだけにしか聞こえない小さな声で語りかける。イーブイは理解しているような、していないような。しかしそれでも主の言葉を聞こうと真剣にその長い耳を立てていた。

 

「私は、元の世界に帰らないといけない。そのときに、あなたも連れていけるかどうかは。わからないの……。それでも、いいのかしら?」

 

 イーブイはこくりと一度うなずく。あの乱暴な子どもから離れたいというのもあるだろうが、ウルザという新しい主になるかもしれない女性につき、信頼の芽がイーブイの心中に生え始めているかのようだ。

 

「そう……。それならば、いいわ。しばらく宜しく頼むわ。イーブイ」

 

 ウルザはそう言いながら、イーブイを地表に戻す。ウルザはとりあえず、この世界にいる間。小さな生物を相棒にこれから歩んでいくことを決意した。

 

――

 

 ウルザは家でもらったタマムシの地図を頼りにジムへ向かい、中に入った。

 

「こんばんわ。ようこそタマムシジムへ。挑戦、でしょうか?」

 

 ジムに入ると、出迎えた一人の少女がそばにいるイーブイを見た後に尋ねる。

 

「いえ。少々このジムでお伺いしたいことがあってやってきました。私はこういうものです」

 

 ウルザはまたも職員証を出し、名前だけ読み取ったと判断して、速やかにカバンにしまった。組織名よりも、写真と名前が大きく印字されていることに彼女はひとまず感謝している。

 

「ウルザ……、プラナアイスさんですか?」

「はい、そうです」

「当ジムでお聞きしたいこととはなんでしょうか?」

 

 少女は改まった姿勢と声でウルザに聞き返した。

 

「それが、近頃ポケモンを売買する組織があると聞き及びまして、このジムならば情報を掴んでいると」

 

 ウルザは簡潔かつ要点のみを説明する。

 

「分かりました。少々お待ちくださいませ」

 

 そう言うと、少女は奥の方へ引っ込んでいってしまった。ジムの内装はさながら植物園といったところで、様々な花の芳香がウルザの鼻腔を刺激した。

 

『入口だけでここまで色々な草花があるなんて……。本当にここがジムなのかしら』

 

 そんな事を考えていると、やがて先程の少女が戻って来る。イーブイはクンクンと、花の近くによって匂いを嗅いでいる。

 

「お待たせいたしました。リーダーのエリカが話を伺うということですが、現在、挑戦を受けております」

「そうですか……。では終わるまでここで」

「もしよければ、観戦されますか? リーダー、久々に本気で戦っているので見どころですよ」

 

 少女の勧めに従い、これも世界を知るうえで必要かもしれない。と、ウルザは後方で観戦することにした。

 観戦する場所にたどりつくと、そこでウルザが目にしたのはポケモン同士で戦わせるバトルである。ポケモンは仲間という意識が芽生えはじめていた彼女にとってそれを使役させ、戦わせるというのは衝撃があった。

 

「モジャンボ! 地震!」

 

 地面が揺らぎ、相手のポケモンに大きなダメージを与える。エリカと対に立っている、長髪でミステリアスな雰囲気の女性は物怖じせずに続けて指示を下した。

 

「フーディン。リフレクターを張り直して」

 

 モジャンボと対抗に立っているフーディンと呼ばれたポケモンは、再度リフレクターと呼ばれる壁を貼り直し、自らの前に結界を作った。見るからにひ弱そうだったが、これでダメージを防いでいたようである。

 

「モジャンボ、戻りなさい」

 

 エリカはしばらく考えた後、モジャンボを一旦モンスターボールに戻した。

 

「あら、エリカ。もう降参かしら?」

 

 女性は不敵に笑って見せる。

 

「いいえ。まだまだですわ。おいでなさい、ダーテング!」

 

 エリカは毅然と返して、次にダーテングと呼ばれる白い体毛と、長い鼻を特徴とするポケモンを繰り出した。

 

「悪タイプか……。厄介なの出してきたわね。フーディン、きあいだま!」

 

 フーディンは両手のスプーンで巨大な球体を作り出し、それをダーテングにめがけて打ち出す。しかし、それは難なく避けられてしまった。

 

「ダーテング! そのまま不意打ちです!」

 

 避けてそのままフーディンの背後に周り、ダーテングは彼に痛恨の一撃を食らわす。フーディンはひとたまりもなく倒れてしまった。

 

「くっ……。やるわね。それじゃあ……、行きなさい、メタグロス!」

 

 そんな戦いの模様を、ウルザはずっと見ていた。

 

『これが……この世界における戦闘というものなのかしら。私のいた世界とはまた違った、凄まじいパワーと知略の応酬が要みたいね』

 

 バトルを観戦している、エリカというこの施設の長の門下生と思われる少女たちは歓声をあげながらその模様を見ていた。

 

『なるほど。この様子を見るに、彼女と……、おそらくその対戦相手も相当な実力者というわけね。ジムリーダーというのはこの世界でも有数な力をもった存在ということかしら』

 

 ウルザは再度メモ帳を取り出し、気になったことや、バトルの様子などを自分なりにまとめている。足元にいたイーブイはウルザのその様子をじっと見上げている。

 

――

 

 戦闘はそれから30分ほど続き、ナツメがエリカの手持ちを全て倒して終わった。

 

「参りましたわ。やはりナツメさんは、お強いですわね」

 

 バトルが終わり、エリカがナツメのもとに近づいて声をかける。

 

「エリカこそ。相変わらずタイプの割には善戦してたわ。何度もヒヤヒヤしちゃった」

 

 お互いに健闘を称え合い、バトルは締めくくられた。

 

「あと……、エリカ、気付いた? メモを取りながらこちらを真剣に観察してる人がいたけど」

「え? あぁ……。確かにいらっしゃいましたわね。まるでポケモンバトルを見るのが初めてのような、食い入るように見ていらした気がしますわ」

 

 エリカは一度頷いてそれに応じた。ナツメはエリカに手招きして顔を近づかせ、耳打ちをした。

 

「合間に超能力を使って彼女調べたけど……、あの子、わたしたちとは違うわ」

「はい? それは一体どういう」

「なんていったらいいのかしらね……。私達とは全く異なる世界や倫理観のところから突然来訪してきたというか。念の為用心はしておいたほうがいいわよ」

 

 ナツメは声を低くして、エリカに警告をする。

 

「そうなのですか……。こうして見た限りですと、特におかしな様子もない、落ち着いた雰囲気の御方だと思いますが」

 

 エリカは再度、未だにメモを取り続けているその観察者の容姿を一瞥して言った。

 

「たしかにね。悪い子ではない……、それどころか、一廉の人物ではあるみたいだけど」

「それも超能力ですか?」

「うん……。ここに来るまでに、想像もつかないような体験と経験をしてきたみたい」

「まあ……」

 

 そんな会話をしていると、ジムの配下にいる少女が駆け寄ってきた。

 

「お二人ともお疲れさまでした。それでその、先ほども申した通り、エリカさんに一人、お客様が。ウルザ・プラナアイスという御方らしいですが」

「おっと。それじゃあ私はジムに帰るわ。エリカ、またね」

 

 エリカの返礼を聞き、ナツメは自分のジムへ戻っていく。

 

「ユキコさん。その方をこちらにお通ししてください。こちらからも2,3お伺いしたいことがあります。それと、ナツキさんにあれをもってこさせてください」

 

 エリカは襟を正し、少しだけ真に迫ったような声でジムトレーナーに言う。

 

――

 

 ウルザはジムトレーナーの導きに従い、ジムリーダーのエリカに対面した。

 

「お初にお目にかかります。私はウルザ・プラナアイス。最近この街で発生している事件について個人的に調べています」

 

 ウルザは職員証をエリカに見せ、即座にしまおうとした。

 

「お待ち下さい。その身分証、詳しく見せていただけないでしょうか」

「えっ……しかし」

 

 ウルザは流石に躊躇する。この世界には存在しないであろう国家の身分証など見せたところで、不信を買う結果にしかならないであろうことは理解している。

 

「何か、お見せできない事情でも、おありなのですか?」

「わ、分かりました。それでは」

 

 ウルザは覚悟を決めて、職員証を手渡した。

 

「ゼス王国 警察長官……。ほう」

 

 しかし、ウルザの予想に反して、彼女は興味深くそれを手にとって、しげしげと眺めていた。

 

「失礼いたしました。私はこのタマムシシティでジムリーダーをしております、エリカと申しますわ。以後、お見知りおきを」

 

 ウルザに身分証を返しながら、エリカは自己紹介を行う。

 

「あ、あの。エリカさん」

「何でしょうか」

「その……。私のこと、不審に思わないのですか。ゼス王国は架空の……。国家だと思われますが」

 

 自分の生きてきた国だというのに、架空と言わねばならないことに、ウルザは内心苦痛を感じていた。

 

「ふふ。先程戦った御方、隣町のヤマブキシティで同じジムリーダーを務めるナツメさんとおっしゃるのですが、エスパー少女なんですよ。貴女のことを不思議に思ったのか、超能力で軽く調べたようなのです」

「えっ……!? それはつまり思考や記憶を読み取れるということでしょうか……?」

 

 彼女のいた世界でも魔法の中に、人の記憶を読み取る能力が存在する。しかし、行われた者にも感知できないような高度な力を人が操れるなど、ウルザにとっては信じがたいことであった。

 

「ええ。ですからあなたがいわゆる異世界から来たと……、正直私もにわかには信じられませんでしたが、その身分証で少々確度があがりましたわ。あと、もう一つお尋ねしたいことがあります」

 

 タイミングよく、ナツキが一つの物を持ち込んできた。エリカは礼を言って下がらせる。包をほどいて、エリカはそれをウルザに見せる。

 

「これは……」

「この矢。あなたの持ち物ではないですか?」

 

 言うまでもなく、それは世界に転移したばかりのころにウルザが放ったボウガンの矢であった。

 

「そ……そうです。すみません、知らぬこととはいえ、そちらのポケモンに危害を……」

「ナツキさんから聞いた話から、身を守る為のやむを得ない行動というのはわかっていますわ。なるほど……。そういうことですか」

 

 エリカは2,3度うんうんとうなずいた。その顔はとても興味深そうである。足元にいるイーブイは二人の顔を見ながら少々心配そうに様子をうかがっている。

 ここまできては言い逃れはできない。それに、彼女ならば理解もしてくれるかもしれないと思い、ウルザは思い切った様子で切り出す。

 

「正直に申し上げます。私は今日、こことは違う世界から突然に転移致しました。それで、この世界を知る足がかりにならないかと、この事件に関わった次第です」

 

 ウルザの話をエリカは特に非難する様子も、疑う様子もなく、真剣に受け止めている。

 

「お話くださり、安心しましたわ。率直に申し上げれば、私自身も、受け止めきれないところはありますけれど、ひとまずはその話、信じることに致しますわ。その身分証から、貴女がそういう話に関わるのも納得がいきますし……。ここではなんですから、落ち着いた場所でお話しませんか」

 

 和やかなエリカの勧めに従い、ウルザはイーブイを連れて、バトル用のフィールドから応接スペースへと移動する。

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