こんだけのガスであんな動き出来るわけないだろ! 作:山崎春のご飯まつり
No side
馬の蹄が地面に叩きつけられる音が、夕焼けの荒野に響く
出征の際に行われた陣形──長距離索敵陣形は、帰還時にはその密度を大幅に減らされており、兵団の多大なる犠牲を如実に表していた。
当然、生き残った者も全員が全員無傷で無事という訳では無い。
四肢をもがれた者。親しい者を目の前で食われた、もしくは殺された者。
などなど…今回の新兵を交えた壁外遠征の被害は肉体的にも精神的にも、平常の想定をはるかに超えていたものだった。
そしてその要因の大きな一つ
女型の巨人の襲来だった。
作戦実行時、右翼側から突如として多くの無垢の巨人を連れてやってくる、一際目立つ行動見た目をする巨人。
その見た目は女性を連想させるような体つきで、移動の際は空気抵抗を想定した"人間"のような身の振り方をしていた
発見当時はその異例な状況、行動理念から一括りに奇行種と予想された。
だがその判断は想定していた結果とは大きく違い数多のベテラン兵士のこれまで培った"一般的な奇行種との戦い"という経験がかえって仇となり、慣れない戦いで無残な死に方を余儀なくされた。
そう、
彼らの"奇行種はこれ以上効率的な動きをしないだろう"という固定観念が、女型という知性をもつ存在への適応を阻んだのだ。
それほどまでにその巨人の戦い方は普段の巨人では予想が不可能な動きだったのだ。
女型の出現と同時に右翼の索敵班は壊滅、危機に駆けつけた援軍の猛攻をものともせずに突破。その際の彼らへの殺し方は机上の空論を体現させたようなものだった。
図体に似合わない俊敏かつ精密な動き。巨人固有の莫大な質量に加えた格闘技紛いの戦い方。さらには近距離で放たれた煙弾を見切る反射神経と、それを避ける程の運動能力。
どれを取っても並の兵士ではまず太刀打ちは不可能であり、陣形による戦力の分散をしていなければ全滅の可能性を容易に考えられた程度には、女型の脅威は明らかだった。
では、
そんな強力な敵が何故今まで身を隠し、今となって姿を表し、我々を阻む脅威となったのか?
それは今まで唯一無二と思われていた巨人化が可能な人間の出現、エレン・イェーガーの存在が大きく関係しているとエルヴィン含む上層部は考えている。
女型の巨人は援軍を退け、目的のエレンへの追跡で巨大樹の森で一時的に捕縛に成功する。
だが女型の──右翼側を壊滅させた時に使われたとされる──能力の"叫び"によって十数体の巨人がおびき寄せられ、自身を食わせることで間接的な証拠隠滅を図った。
その直後、エレンの護衛をしていたリヴァイ班に強襲を仕掛けるも、直前に着いた同じ班の新兵セラス・アービスによって初撃の被害を免れ、巨人化での戦闘が勃発。
結果的に彼の尽力とエレン独断による巨人化での介入で半壊滅状態に抑えるが、巨人化の練度と実戦経験の差からエレンは敗北し、拉致。
セラス含むリヴァイ班もまた、重傷のまま女型の呼び寄せた巨人の大群の相手を余儀なくさせられた。
その際に居合わせた新兵ミカサ・アッカーマンの追跡と、兵士長リヴァイの増援によりエレンの奪還に成功。
リヴァイ班の方も奇跡的な生存をし、本隊と合流し今に至る。
そして現在、
補給物資を少量の乗せた荷馬車に、2人の青年が横たわって瞳を閉じている。
一方は頭に包帯を巻かれ、誰かの畳まれたマントを枕として眠っている。
一方は身体中を血に濡らし、心做しか顔は青白くなっていた。
その様子は、それぞれの立ち向かった境遇を容易に想像できるものだった。
「彼、起きませんね…」
そう口にした橙色の髪の女性は、その血濡れた青年の頭を膝に乗せていて、無事な方の手でそっと彼の頬を撫でる。
「あの出血量と怪我で生きてるだけ上々だ。それ以上は自分を壊すぞ、ペトラ」
「…兵長」
事実、セラスにはまだ息がある。
それはここにいる皆がわかる事だが、それでも焦りを覚えるリヴァイ班の面々。
馬で並走しているリヴァイがそう声をかけ、言いたいことを何となく理解するペトラ
「そうだぜ。あんなバカみたいな無茶したんだ、気を失わねぇ方がおかしいってもんだ」
共感しながら荷台の背もたれに寄りかかって肩をひそめるオルオだが、平静を装っているようでも、内心は穏やかではなかった。
「まぁ…心配するのも無理はない。糸が切れたみたいに倒れたからな」
エルドは話題の中心人物──セラスに視線を向ける。
今回の一件で彼らはセラスの心の内を少し理解出来たと思えていた。行動目的の根幹も、曖昧だが輪郭は見えてきたと言えるだろうし、確実に心の距離というのも縮まっただろう。
そして当然のように、彼の行動の核には"特定の人物に対する執拗なまでの幸福を求める"という思考がこびりついているというのもわかってしまったに違いない。
森でオルオに言った言葉も、聞いた時は気恥しさで上手く思考を巡らせれなかったが、冷静になった今なら分かるだろう
あれがどれだけ異常な主張なのかを
一見まともで仲間思いな意見だと思えるその発言は、セラスの行動が伴えば話が変わってくる。
血反吐を吐き、動かすほどに血の染みが大きくなっていくその姿、それはまるで自分を壊す動きだった。
全てを出し切り、後悔がないように、一つ一つに命を懸けて、確実に、殺すために
皆わかっていた。
だからこそ、その危険な思考は止めるべきなのに、その危険な思考のおかげで今の自分たちがいる。
恋人に、家族に、祖父母に、父に、再会できると。
だが、それを振り切って否定すれば、自分たちは死んだ方が彼の為になると暗に示しているようなもの。
それは彼に報いるどころか、ドブに捨てる行為に値する。
ただそれ以上の苦悩を前に、仮に言ったとして彼が素直に従うとは到底思えないのが、班全員の共通認識であり最も悩ませる点なのは言うまでもない。
頬に付いている血を手のひらで拭いながら、ものあり気な顔のまま指でそっと撫でる。
「…こんな大きな置き土産を残してくなんて…ほんと、手のかかる子…」
そんな気苦労を当の本人は知る由もなく、ゆっくりと4人分のため息をつく音のみが残る。
しばらく馬を走らせ森から遠く離れる。
辺りが見える平地で一時的に部隊が止まり、死体の整理や遺品の管理、休憩が行われていた。
手が空いている各々が粗布に包まれた死体を、次々と運んでいく。
「こればっかりは、慣れねぇな…」
「…誰だってそうだよ」
運んでいる人の中にはジャンとアルミンもいて、2人も同様に1つの荷馬車に複数の死体を運んでいた。
「仲間がどんなふうに死ぬのか、自分がどう死ぬのか。そんなことばっかり考えちまう…」
横に積まれていく仲間達を見ながら、そう呟く。
「僕は…考えないようにしてるんだ。自分の最期なんて想像したら──多分、戦えなくなるから」
俯きながら、自身の情けなさに嫌気をさすように。そしてこの残酷な状況で、自身を鼓舞するかのように、微笑みながら話す。
「…………そうだな、お前の言う通りだな」
その言葉にジャンは、否定も軽蔑もしない。
それは弱者にとって、現状を生き抜く手段のひとつだと、理解しているから。
そしてそれは、自身もその弱者の1人だと自覚しているから。
「…セラスとエレンの容態はどうだ?」
弱者という言葉に、ジャンの中でその対称的な人物であるセラスとエレンを思い浮かべる
「エレンは…おそらく大丈夫だろうね、手足もちゃんあるし、目立った傷もない。頭を怪我してるから…包帯を巻いたぐらいで、あとは意識が戻ればだけど。彼は…」
先程の顔とは打って変わり、下唇を噛むように目を大きく開く。
そのアルミンの変わり様に、それほどまでにセラスの容態が酷いことをジャンは理解した。
「…生きてるのか?」
「うん…前回ほどではないけど、かなりの重傷だったよ…」
前回
つまり約1ヶ月前の出来事だ。
胸と四肢の指含め、全ての骨が折れており、それに付随する筋肉もちぎれている、類を見ない程の怪我だった。
当時様子を見に空き時間に病室に入ったジャンの目に映ったのは、治療から数日経ったのにも関わらず血が染みていた包帯を巻かれていた痛ましい姿だった。
すぐ隣には血液が入った複数の瓶と、瓶からゴムチューブがセラスの体の様々な部位へと繋がっている様子が
そんな痛ましい仲間の光景を思い出し、顔を顰めて思考を巡らす。
「馬鹿かもしくはわざとなのか…いよいよ分からなくなってきたな、あの死体一歩手前野郎は……」
よく一緒にいたジャンでも、曖昧で現実味のない動機を未だに掴めないでいた。
「分からない。だけど…彼は昔から体を壊しやすい体質だったから…深い理由はないと思うんだ、多分…」
自分に言い聞かせるように淡々と述べる。
「けど託された以上は…頼られた以上は、彼から貰った分は返済しなくちゃいけない。でないと僕は、セラスと…対等な友人でいられなくなるから」
些細なことでも自身の存在を認めてくれた。最初から横にいていいと思わせてくれた初めての友人。
周囲と比べて劣等感を強く感じていた時に出来たその関係性は、アルミンにとって既に切り離したくないものへとなっていた。
「そ、そうか……」
その様子にある種の恐怖を感じたジャンは、相槌を打つことしか出来なかった。
─────
───
─
休息や準備が終わった兵団は馬を走らせ、再び壁への撤退を開始した。
積まれた死体はその重量ゆえ最後列に位置しており、速度もいまいち劣るため隊全体はそれらの荷馬車に合わせていた。
「っ、おい!あれを見ろ!」
後列の馬車に乗っている調査兵が声を張り上げ、隊列から外れた遠く後ろの存在を指さした。
そこに居たのは脱力した人間を背負いながら馬を走らせている2人の調査兵と、それを追いかける巨人の姿だった。
「バカがっ…!」
その調査兵の班長が焦りを感じながら真上に赤い信煙弾を放つ。
「後列に巨人の大群接近中!」
「全速で移動!!」
エルヴィンがそう指示をし、隊列全体の速度が上がっていく。
「周りに目立った木もなければ、建物もない。思うように戦えねぇな…」
「…壁まで走った方が早い」
「…ッチ!」
エルヴィンの考えを察し、舌打ちをしながら後列へと下がって行くリヴァイ
巨人を引き寄せたその調査兵は、背負っていた死体を落とし、相方の調査兵が巨人に捕まったため戦闘を開始する。
「このままでは追いつかれるっ!」
「戦うしかねぇのか…!」
巨人が迫っていることに焦りを覚えるジャンと、眉を顰ませ、周囲を見るアルミン
「平地での立体機動には限界がある、アンカーを用いない立体機動術もガスの消耗が激しい…それに後ろを見てよ、…キリがない」
後ろには様々な体勢のまま横並びに走ってくる数々の巨人。仮に戦ったとしても勝敗は目に見えていた
「っ…じゃあ、どうすりゃいいってんだ…」
「……それは…」
後ろの荷馬車に積まれた死体を意味深に見つめるアルミン。
「ダメだ!追いつかれる!」
「俺があいつの後ろに回る!その隙に「やめておけ」っ!リヴァイ兵長!」
死体の積まれた荷馬車に乗っかる調査兵2人にストップをかけたリヴァイ
「それより遺体を捨てろ、追いつかれるぞ」
「は…し、しかし!」
「遺体を持ち帰れなかった連中は過去にごまんといる。そいつらだけが特別な訳じゃない」
「っ……」
冷や汗をかきながら、非情な選択を任せられ膠着状態となってしまう上官。
「やるんですか?!…本当に、やるんですか?!」
死体にしがみつきながら、気が動転して指示を急かす部下。
その姿を見た上官は再び後方の、徐々に距離を縮めてくる巨人を一目する
「……っクソ…」
対するリヴァイは、先程女型との戦いの際に負傷した左足を抑え、無力さを味わう
「…………くっ!……やるしかn───っっっっっ!」
決断するその瞬間
突如として身に降り注ぐ莫大なプレッシャー
この場にいる兵のほとんどが、行方の知らない圧力に滝の汗を流す。
ただ1人、
中列付近の馬車から立ち上がり、汗の代わりに大量の血液を零す青年を除いて。
Side ジャン
巨人が、止まった。
理由は分からない。
ただ、本能が言っている。「これはやばい」と
敵が止まって、一安心できるはずなのに、息ができない。
目の奥が焼けるように痛む。
肺が膨らまず、喉が詰まる。
汗腺が広がり、毛が逆立つ。
脳が、身体に警報を鳴らしている。
馬は何も変わらずこれまでの動作を継続している。少しずつ感覚を取り戻して、振り落とされないことに集中する。
「な、にが…はぁ、はぁ……おき、た……?」
精一杯振り絞って出た末のカスカスの声。
隣のアルミンに向けての意味でもあったが、一向に返答が来ない。
そちらの方向を見ると、大量の汗で顔面がテカテカのまま正面を向いていた。目を大きく見開き、あまりの開き具合に飛び出すのではと疑ってしまう。
「アルミン!」
「っっっ!!あ、あぁ…ジャン…ごめん、助かったよ」
どうやら意識が戻ってきたらしい。片方の袖で顔を拭き、後ろの巨人を見る。
「………止まって、いる、ここから見える全ての巨人が……」
信じられないような形相で何かを考える仕草をし始める、この際アルミンの思考は深読みはしないでおこう。
「どうなってやがるんだ…」
ドサっと、中列付近の馬車から人が倒れるような音が聞こえた。
(あそこら辺は確か…セラスとエレンのとこだったか。あの死に急ぎ野郎…何かしたのか?)
現状唯一巨人関係で密接の強いエレンに疑惑の念が向く。
(ならなんでミカサが動かねぇんだ….)
嫌という程に見てきたミカサのエレンにのみ発動する心配性、もしエレン関係だったら真っ先に行くはずなのに、見つけたミカサも少しの動揺を隠せず周囲を見渡していた。
(…………まさかな)
有り得もしない可能性が浮かんだ。
しかも今は意識は戻ってないはずだから、できるはずがない。
理解できない感性をもつためか、潜在的に恐れているのかもしれない。
「だが……二度と感じたくない体験だ…願わくばな」
その原因も正体を知らないまま、未だに止まり続ける巨人から距離を離し、この場を退避していく。
No side
事が起こる少し前、
セラスらが乗っている馬車にて
「っ!なんで止まらないのよ!」
そう声を張り上げながら片手で不器用に止血を試みる女性─ペトラは、目の前に横たわっている青年の容態の悪化に焦っていた。
突如として体外への出血が酷くなり、今まで無かった部分からも血液が滲んでいって最早彼付近の木材の上は血の池と化していた。
「何故急に容態が!」
「とりあえず片っ端から止血だ!」
「おい!目を覚ませセラス!」
他の面々も、その異常事態に動揺を隠せないでいる。
ゴフッ
口から血を吐き出し、空中を血しぶきが舞う。
その一部がペトラの頬にも付き、場の雰囲気はより絶望に満ちたものとなる。
「お願い…!死なないでよ!まだ何も…何も、返せてないのに!!」
必死の懇願も虚しく、頭の支えがなくなり少し横に傾き、その際粘性を帯びた赤黒い液体が口からポトポトと出ていく。
その様子に助かる見込みが薄いと思ったその時、ピクリと指が微かに動いた。だがその変化に周りは誰も気づかない。
次に目を開き、腹筋に力を入れ上体を起こし始めてようやく周りが気づき始めた。
「っ!…せ、セラス?…大丈夫なの?」
その疑問に、彼は何も答えない。
心配そうに彼の裾を握り制止をかけるペトラの手は振り払われ、呆然としてる彼女の前でゆっくりと立ち上がる。
依然として出血は止まらず、ポタポタと指や顎から血が滴り落ちる。
顔を上げ、巨人と目が合う。
その時、それは起こった。
「「「──っっっっ!!!」」」
リヴァイ班の全員が違和感に気づいた。
『動いてはいけない』
そんな強迫観念を押し付けられる感覚に陥る。
原因は分からない。理由も、理屈も。
ただわかることは漠然に、『動いてはいけない』と本能的に従ってしまうことだった。
理性はある、思考も無事。
だがその本能だけには逆らえない。
代わりに鳥肌といった生理的反応でしか、この現象を表現出来ないことに恐怖を覚える。
ドゴッ
瞬間
隣で大きな物音をたてて倒れる青年を合図に、体の自由を取り戻した。
4人は周囲を見る。他の調査兵も同じ反応をしてることを確認し、後ろの迫ってくるはずの巨人の方に視線を向ける。
「…………ありえない」
彼らの目に映るのは、今の今まで見ることはなかった巨人の行動、明後日の方向を見つめ、何もせずにただ直立不動でいた。
他の巨人もそうだった。
奇怪なフォームでの走行も一変し、なんの特徴も変哲もないただの直立へと変わっていた。
精鋭リヴァイ班としての経験値を持ってしても、それらに説明のいく体験と考察は持ち合わせていなく、ただ直面する物事に困惑するだけだった。
「…………あ、セラス!!」
隣に倒れ伏す青年の存在を再認識し、急ぎ手当と意識確認に徹するリヴァイ班の面々
止血の続きをするように身体の状態を見ると、再び驚愕する
「おい……これはどうなってるんだ」
「あぁ、有り得ねぇ」
「彼の体には…何が起きてるの?」
セラスの体は既に、血の1滴すら出てこず、止血されていたのだから。
この先物語の根幹に関わってくるものが増えてくるので、思った通りの感想の返信ができないかもなんでよろです
感想評価よろしくお願いします。
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