こんだけのガスであんな動き出来るわけないだろ! 作:山崎春のご飯まつり
No Side
3日後
ウォールシーナ東城壁都市
ストヘス区憲兵団支部兵舎のある一室
「ん……」
チュンチュンと、窓の外で囀る鳥たちの声で少女は目が覚める。
気だるげに上体を起こし、自身の状況を把握するかのようにチラチラと周りを眼球のみで理解する
安心し、次に喉の乾きを感じた。
まだ疲れが残っているのか、寝床から離れる素振りは見られない。自身の唾液で気休め程度に潤そうと喉に力を入れると、イガイガとした違和感が喉に残っていたのがわかる。
眉間に皺を少し寄せ、どうにか感じる苦味を耐えて乾きを抑える。
金色の髪は手入れがされていないためかボサボサで至る方向へと向いていた。
その髪の隙間から垣間見える少女の瞳は、触ればすぐに濁ってしまいそうな程に、鈍い青色をしていた。
───
─
「あ、やっと起きて来た~」
ウェーブ巻きの髪をもつ少女──ヒッチが遅れて階段を降りてきたルームメイトに声を掛ける。
「いや~アンタの顔が怖くて中々起こせなかったんだ。ごめんねぇア二?」
「お前は少し弛みすぎだ」
姿勢を真っ直ぐにしながら、おカッパ頭のマルロが注意する。しかしアニはその声に一切動じず、全くの無関心を貫き通していた。
「ね~?も~怒ってんの?もしも~し?」
「愛想のない奴だな」
好き勝手言われるアニに、その隣にいるボリスが口を出す。
「ほっといてやれよ。アニはあのトロスト区から来た唯一の実戦経験者だ。まだ癒えるわけないだろ」
「ふ~ん?何、アンタこの子に気があるんだ?こんなのの何処がいいの?」
「ヒッチ…お前みたいな馬鹿な女がここに入れるなんて一つしか無い」
「……えー何それわかんなーい。言ってみろよ」
その挑発的な侮辱に、ヒッチは喧嘩腰になる。
「よせ、上官が来たぞ」
その声に全員が次の行動を中止し姿勢を正す
一列に立った新兵たちは、すぐ横からコツコツと音を鳴らして歩いてくる無精髭の上官に向けて一斉に敬礼をする
「あ?いらねぇってそんなの」
彼ら新兵の目の前に来た上官は、持っている資料の束をバサバサ振り回して行為を辞めさせる。
マルロ以外は言葉通りに受け取って敬礼を辞め、気だるげな様子で上官の言葉に耳を傾け始める。
「今日はいつもの雑務と違うものをやってもらう。自殺願望たっぷりの調査兵団一行が王都に招集される件だ」
「調査兵団の失墜は知ってるだろ?その馬車が通る道の護送をしてもらう。我々はこの街を通過するまででいい」
「最近面倒臭い連中も現れていることだし、警戒を怠らないように。…あぁ!あとだ!」
話し終わり際に、上官は思い出したかのように血相を変えて話し出す
「特にだ!もし黒のフードを被ったやつは誰であれ理由はなんでもいい、見つけたら必ず捕らえろ!」
急な憤りを感じさせる様な口調に、本人以外は違和感を隠せなかった。一部困惑した奴らに、上官は少し平静な顔で説明し出す
「…コホン。そいつは度々俺達憲兵の金を盗んでは、薄汚い野郎共に渡している極悪犯罪者だ。庶民からの評価は何故か高いらしいが…これは憲兵団の名誉と信頼にも関わることだ、見つけ次第でいい、受け持ちの任務は後回しにしてそいつを優先して捕らえろ、いいな!」
『はっ!』
(…へぇ)
上官の言葉で悪い印象を持たされながらも、アニはその謎の人物にどこか興味をひかれていた。
───
─
マルロ率いる憲兵団新兵達は街の中央を通る河川沿いを歩いていた。
「くそっ!クズ共が!」
あの後、堅苦しさと真面目さが目立ったマルロは上官指名の元、雑務を半ば強制的に押し付けられ、腐敗した権力に自身の無力さを実感した。
「確かにこの組織、想像以上に腐ってた…ねっ!」
ちゃらんぽらんな口調とは裏腹に、近くにあったバケツを強く蹴って憂さ晴らしをする程度にはヒッチも内心イラついていた。
「はぁ……まぁいい、今は与えられた任務の遂行をすることが優先だ。護送馬車は45分後に外門を通過する。現場に着き次第各自持ち場を確認しておけ、いいな?」
「へいへ~い」
「……ん?」
マルロの眼前に停滞している貨物を載せた船舶、そこに乗せられた多くの木箱には憲兵団のマークが付いていた。
「ふあぁ~~いったぁ!ううっ…ちょっとぉ!」
前方で停滞していたマルロの背中にぶつかり、痛めた鼻をさする仕草で文句を垂れ流すヒッチ。
「って何あれ?うちの備品じゃん」
「内地に運ぶんだろ」
「だとしても、商会が介入するのはおかしい…一体何やって───」
その時彼らが目にしたのは、憲兵の上官と思しき2人の男が、商人の内ポケットから出てきた小袋の中の硬貨を取り出し、じっくりと確かめてから元に戻す場面だった
「くっ……官給品を横流ししてるって訳か。くそっ…」
汚い言葉を吐き捨て、その取引現場に歩み寄るマルロ
「おいおい任務はどうすんだよ」
「やっべぇあいつほんとに本物じゃん…」
「はぁ…まぁ幸か不幸か…時間はあるんだ。せいぜい楽しませてもらおうぜ」
そしてそれを遠くから娯楽のように眺めるヒッチ達
「さぁて、一杯いくか!……ん?」
「あ?なんだ新兵か。何の用だ?」
「……か、官給品の横領は…犯罪です」
彼は震える声でそう言い放った。だが、上官の二人は要領を得ない様子で、首をかしげながら言い返してきた。
「それで?」
「えっ?し、官給品とは、つまり、民の血税によって賄われたものであり、従って…「ふっ…はははははは!」っ!」
「いやはや…新兵にして上官に恐喝するとは。お前さんの将来が楽しみだよ」
そう言い、おもむろに先程貰った小袋の中から硬貨を一枚取り出し、マルロのポッケの中に入れる
「女でも買ってすっきりしてきな」
「なっ…!ま、待て!」
遠回しに娼婦のもとへ行けと言い放たれたマルロは、怒りを覚え、背を向けて立ち去ろうとする上官の一人の肩をつかんだ。
「うぉっ!」
「官給品の横領は!──っぅぼぁ!!」
無理やり呼び止められた事が上官の癇に障ったようで、手持ちの狩猟銃で殴られる。
「うぉらっ!」
「がっっはぁ…!」
そしてそれは一度きりでは終わらず、さらに追い打ちをかけられたマルロは、前のめりに力なく座り込んだ。
「あっ、がっあっぁ……」
その彼の様子を見下ろす2人は、続いて三発目を腹に蹴るように打ち込む。
「ふんっ!」
「おっごぉっ!!」
四発目、五発目、そして六、七、八と、絶え間なく拳が振るわれ、力のこもった掛け声とうめき声が場を支配していった。
「おらよっ!」
「ぅばっ!!」
新兵たちの中には、あまりの光景に耐えきれず、視線を逸らしたり手で顔を隠したりする者もいた。だが、ただ一人──アニだけは、その場に踏み込もうと静かに前へ歩み出ていた。
「ふぁ~あ」
「ふん、お前を上官への反逆罪で逮捕する」
一人の上官は、もう一人が暴力をふるう様子をあくび混じりに眺めているだけだった。暴行している方は、自分の権限を振りかざそうとしていた。
「ふ…ふざけるな!そんな無法が「許されるんだよ」っ!」
人を正すための権限が、今目の前で、良い事をした自分に向けて使われていることに、マルロは憤りと絶望を同時に感じた
「ここではオレたちがルールだ、覚えておくんだな新兵。ま、当然豚箱の中でn───っぼほぉっっ!!」
マルロへと振り下ろされた銃身は、本人の元へ届かなかった。代わりに、殴られた上官のうめき声が風のようにすれ違い、遠ざかっていく音だけが全員の耳に残った。
「なっ!」「っ…!」
その場に残っていたのはアニ───ではなく、黒フードもとい装束を身にまとった人物。顔は奇妙なお面で隠されていた。
新兵たちにとって、その目の前の姿は、ついさきほど脳裏にイメージしたものと酷似しているのだった。
「お、お前!例の黒フードの!この件を暴行及び公務執行妨害で連こ──ごふぅっっ!!」
震えながらも罪状込みの法を盾に言葉で降伏させようとしたが、その途中、黒装束の拳が腹に突き刺さり、先ほどの上官と同じく河川の手すりまで吹っ飛ばされた。
スタスタと黒装束に近づくアニ。その顔は真っ青で、冷や汗をかきながらも務めて平静な声で話しかける。
「…ね、ねぇ…アンタもしかし──ま、待ってよ」
「………」
その人物は、アニの呼びかけを無視するように一言も発さず、倒れ込んだ憲兵たちへと無言で歩み寄り、拳を振り下ろす。
「……ぇ?やっ…やめr─ぼへっ!!おごっ、やべっ、ぼぉっ!!ぶぉっ!…や…べっ…で………」
頬、顎、
顔をかばおうとした手さえ間に合わず、赤い液体にまみれたまま白目をむき、ついには動かなくなった
「くそっ…テメェやりやがったな…憲兵に、しかもその上官様に逆らったんだ……殺しちまっても…仕方ねぇよなぁ!」
もう片方の上官は、先ほど殴られた際に落とした狩猟銃を拾い上げると、そのまま黒装束に銃口を向けた。
「死ねyぶっふぉぉ!!」
だが湧き上がる恨みを言葉と行動で表現する前に、黒装束の鋭いハイキックで銃も顎も諸共吹き飛ばされる。
そしてそのまま吹き飛ばされた方向に走り出し、落下と同時に馬乗りになって血で滲んでる左拳を振り上げる。
「ま、待ってくれ!さっきのは言葉の綾ってやつだ。な?!何が欲しいんだ!言ってみろ!女か?!金か?!」
命乞いをするように懇願する上官。黒装束も、まるで耳を傾けているかのようなそぶりを見せたことで、上官はさらに必死になり、下卑た要求を次々と並べ立てた。
その姿に、憲兵としての誇りも、上官としての威厳も、もはや微塵も残っていなかった。
『……お前みたいな筋金入りのクズがいない世界』
静かに、しかし響くような低い、殺意の籠った男性の声が、今この瞬間だけ場を支配した。異を唱えることが出来ない、逆らったら同じ目に合う、と。
「待て!話をぶへぇっ!!話せば分かっぼぇ!だのぶほぉっお!!」
ゴブッ!グシャッ!ゴリッ!バキッ!ボゴッ!
顔のパーツが少しずつ変形していく、目を背けたくなるような光景を直視していたのは、ほんの一握りの庶民だけだった。
他の者たちは、自分の役目も忘れ、ただその場から目を逸らすことに意識を奪われていた。
そして、最後の一発を叩き込むために振り上げられる皮の剥がれた拳は───落ちることはなかった。
細くはあっても鍛え抜かれた、ある女性の手によって、確かに受け止められていた。
「……もうそいつ、気失ってるよ」
『……そ』
これ以上は無駄だと遠回しに伝えるアニに、血で所々濡れたお面を被る黒装束の男は関心が無さそうに返答する。
「…この手。やっぱりアンタ『離せ』…っ…悪かった…よ…」
投げかけられた言葉にゆっくりと手を離す。心做しか顔が暗くなり、瞳も微かに揺れていた。
まるでお通夜明けの少女の様子が見えてないのか、テキパキと気を失った上官の上着を
「あそこだ!即刻捕らえろ!!」
事件を伝えるかのように大きな声で報告する一人の憲兵。その後に複数の足音がアニ達の方面へと近づいていく。
『……今回は意外と早いな。じゃあな、アニ』
「っ、セラ──」
脳裏に浮かぶのは、間接的とはいえ彼を殺しかけた過去の自分の姿。
そんな自分に、果たして彼を引き留める資格が本当にあるのだろうか。
もし次があるとして——そのときは、本当にこの手で殺すことが出来る覚悟が…あるのだろうか。
そんな、何もかもが中途半端なままの彼女にとって、後に浴びせられるであろう億劫な質問攻めに憂う余裕すらなかったのだった。
おまけ
「…アンタの手、あったかいね」
「それに対してアニはヒンヤリしてんね」
「冷え性なんだよ…暫くこうさせて」
「最近寒いもんね、好きなだけ握っていいよ。そういや巷では手が冷たい人は心が暖かいとかよく言うらしいね」
「?それがどうしたんだい?」
「現状のアニと解釈一致してるからその通りだなーって」
「……はぁ、私の何処が優しいんだよ。アンタもほんと物好きだね」
「そう?思いの外周りを見てるじゃん。この前飯当番で指切った時さりげなく包帯置いていってくれた事あったし」
「あ、あれは…アンタだからってのも…って今のなし」
「うえ?ごめん、隣でコニーが奇声あげたせいで聞こえなかったわ。もう1回言ってくんない?」
「二度と言わない」
「そすか…」
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