特異114514課 作:特異ξ紳士
ここは、悪魔が蔓延る――現代日本に似て非なる世界。
デビルハンターという名の職業が存在し、人々はそれに助けられている。
そんな中、呑気に生活を送る三人の姿があった。
――特異114514課。
「ぬわぁああん、疲れもおおおん」
「チカレタ……」
「いやもうきつかったすね今日は」
「あぁもう今日は、すっげえきつかったゾ〜」
「キツイですね……」
鈴木・三浦・木村の三人。
――彼らは公安最恐の、デビルハンターチームである。
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デビルハンター東京本部。
石造りの重厚な建物の玄関に、三人はふらりと戻ってきた。
「お前ら。今日も生きて帰ってきたのか」
そんな彼らに、通路の隅から声を掛けてきたのは、酒臭い男――岸辺だった。
「それで、お前ら。今回は何の悪魔を殺してきた?」
単直的で簡潔。
ぶっきらぼうな問いに、三人は顔を見合わせる。
「そうですね……なんて名前の悪魔だっけ? おい木村、覚えてるか?」
最初に答えたのは鈴木だ……が、木村に丸投げである。
「はい、覚えてます。“牢獄の悪魔”です」
「そうそう。俺たち、記憶の中に閉じ込められちゃって――」
岸辺の視線が「続きを話せ」と促す。
「で、どうやって脱出した?」
木村が代表してそれに答える。
「はい……。最初は、僕たちにも馴染みのある“部室”にいたんです。畳の部屋に、重ねられた布団があり、日光の入ってくる障子のある部屋でした。お風呂もあり、冷蔵庫にはビールも入っている、そんな空間。ですが、そこは出口の扉を開けても、破壊しても、出られなかったんです……。それで、その……」
木村がチラチラと先輩二人組を見る。
「どうした? 続けろ」
岸辺が訝しんで、声をかけた。
何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「わかりました。それでですね、僕たちがした解決方法とは……」
「おっ、待てい! それはポッチャマが言うゾ」
急に三浦が話に割り込んでくる。
「ポッチャマたちは部屋の時が止まって閉じ込められてたゾ。でもお腹は減るし、生理現象は起きたゾ。だからポッチャマたちは、トイレに有りったけのウンコをしたんだゾ。そしたら鈴木のウンコがウンコの中でも一番臭くて……」
「…………」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ」
さらに鈴木が話に割り込んでくる。
「三浦はん、誤解ですよ。あれは昨日、上手いラーメン屋行ったからじゃないですか」
「…………」
岸辺は、どうでもいい話を聞いてしまったとでも言いたげな顔を見せて、沈黙した。
木村が申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「その……続きなんですが」
「いや、いい。もう大体わかった」
文字通りクソみたいな話を聞いた岸辺は、「酒が不味くなった」と言って、ウィスキーの入ったスキットル片手に玄関から去ろうとしていく。
しかし、そんな格好の話し相手――岸辺を彼ら(鈴木・三浦)の二人は逃すまい。
「最後まで話を聞いてくれよな〜」
「そうだよ(同意)」
まず、鈴木がアル中男の退路を塞ぐべく大股で前に出て道を塞いだ。
そして、すぐさま三浦が背後から飛びつき、羽交い締めにしようと腕を回す――。
だが、次の瞬間。
「ふぁっ⁉︎」
「なんゾ⁉︎」
岸辺は腰を低く落として二人の間をすり抜ける。
すれ違いざま、鈴木のみぞおちに軽く肘打ち。
鈴木は声も出せず崩れ落ちた。
振り向いた三浦の足首を岸辺の踵が払う。
三浦は体勢を失い、背中から床へ。
「……俺は帰る」
岸辺は一瞥もせずノールックでコートの裾を整え、建物内部へと歩き出す。
冷たい石の床には、無様に倒れた二人だけが取り残されていた。
鈴木と三浦は、気づいた時にはすでに地面に突っ伏しており、地面からは冷ややかな空気が二人の肌を撫でている。
……最終的に、デビルハンター東京本部入り口には、沈黙だけが残った。
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そして暫くの間が空き。
二人の先輩をたしなめる後輩が一人。
「先輩たち……岸辺さんを怒らせないでくださいよ……」
「(怒らせて)ないです」
「おっ、そうだな(適当)」
それでも二人は地面に横たわったまま、微塵も反省していなかった。
まあいつものことだ。
二人の先輩たちに呆れつつ、木村は「今度岸辺さんに会ったら謝ろう」と考えていた。
「それにしても、あれは傑作だったよなあ?」
「鈴木のウンコが臭すぎて最悪だっただけだゾ……」
「いや〜まさかトイレ流した瞬間に、悪魔のヤツが『三人とも。ちょうどいいところにいるね』おっ?」
――その時、一人の女性が現れた。
公安対魔特異4課のリーダー・マキマ。
公安の制服に身を包んだ、端正な肢体。
整った冷たくも魅力的な顔立ちに、人の心を見透かすかの瞳。
血のように艶やかな髪色が、三つ編みにまとめられている。
役職は、内閣府官房長官直属のデビルハンター。
つまるところ……とても偉い、彼らの上司に当たる人物である。
「さっきの話、私にも聞かせてもらえるかな」
マキマの妖艶な上目遣い。
それは、見てしまった者の心を奪い取ってしまう、甘い瞳。
通常であれば男女問わず、彼女の言うことを聞いてしまう魔性の魅力。
し・か・し。
「ピンキリ、ですよね」
「ポッチャマも、もう忘れたゾ」
「せ、先輩たち……」
彼らはそんな、自身の美しい上司のお願いを聞かなかった――。
なぜなら、彼らは男以外には興味がない……いわゆる漢(ホモ)だから。
同じ話を二度もするなんて、面倒なことは決してしないのである。
「そっか、残念。ところで……この後少し時間ある?」
首を傾げて、「どうしようか」とでも言いたげなマキマの様子。
ころりと首肯してしまいそうになる、魅力的な愛らしい姿。
だが……。
「ないです」
またしても、彼らは拒否した。
マキマはそんな彼らの自由奔放な姿に微笑むと。
目つきを変え、再度同じ質問を挟んでから……。
「“命令です。時間があると言いなさい”」
ちょっと“強引な方法”で、お願いしてみるのだ。
「ないです」(二回目)
「そうだよ」
「ナオキです」
でも、どうやら彼らには効果がなかったようだ。
ゆえに、マキマは方法を変えてみる。
「……残念だな? この後、美味しいラーメン屋さんに一緒に行こうと思ったのに」
………。
………。
………。
「やりますねえ! やります行きます!」
「上手いラーメン屋なら当たり前だよなあ?」
「そ、その。僕も先輩たちがいくなら……」
即落ち二コマ。
マキマは三人組からの答えに微笑む。
「じゃっ、行こっか」
こうして、彼女の“お願い”は成功し、マキマと三人は下町へと駆け出し、「美味しいラーメン屋さん」とやらに、赴くのであった。
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天上天下一品。
コッテリスープが特徴的で、それが麺に丁度よく絡みつく。
熱々の汁に、丁度よく設計された太さの麺。
また、パリパリさが特徴的な羽のついた餃子。
三人はドロドロの濃い液体ごと完飲し、包まれた熱々の肉も完食すると。
「「「ご馳走様です‼︎」」」
「ん。三人とも“話”良かったよ。まるで映画みたいな話だね」
鈴木、三浦、木村の三人組は自身の上司に頭を下げる。
その姿に、マキマは涼しい顔のまま、わずかに口角を上げて頷く。
「そうなんですよ〜マキマはん。こいつら、俺のおかげで脱出できた……悪魔が死んだとか言ってますけど、これって実質、悪口ですよね?」
鈴木が少し不満げに口を開いた。
隣で三浦が「フン」と鼻を鳴らし、木村が「まあまあ」と仲裁するように小さく笑う。
「そうだね……でも、悪口かどうかは置いておいて。結果的に勝ったんだから、そこはあまり気にしなくても、良いんじゃないかな?」
マキマはそう言って、柔らかく微笑んだ。
彼女の声は穏やかで、どこか人を引き込むような響きを持っている。
鈴木はそれでも納得いかない顔で、「まあ、確かに勝ったのは事実ですけどね」と呟く。
「でも、次はもっとスマートに倒したいもんですよ」
鈴木が丼を軽く叩きながら言うと、三浦が即座に反応した。
「スマートに倒すって、鈴木にできるのかゾ?」
「三浦さん、それはちょっと……」
木村が慌ててフォローに入るが、鈴木はすでにムッとした顔で三浦を睨んでいる。
「頭に来ますよ……!」
店内に響く三人のやり取りは、まるでいつもの日常の一幕だ。
だが、マキマはその騒がしさを楽しむように目を細めると、静かに箸を置いた。
――彼女の手がテーブルに軽く触れると、場の空気がわずかに変わる。
まるで、彼女がその場の流れを掌握したかのように。
「さて、楽しい話はここまでにして、ちょっと真面目な話にしようか」
マキマの声が静かに響き、三人は一斉に彼女の方を向いた。
鈴木は眉を上げ、三浦は腕を組み、木村は少し緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
店内の喧騒が遠のき、彼女の言葉だけが鮮明に耳に届く。
「実は、君たちに頼みたいことがあるんだ」
「頼み?」
鈴木が疑問を呈すると、マキマが胸元のポケットからスッと一枚の写真を取り出した。
「はい、これ」
そこには、リーゼントの髪型をした柄の悪い、黒塗りの高級車に乗る男が写っていた。
マキマは有無を言わさずに言葉を続ける。
「これは、極道の谷岡という男。彼を、殺して来てほしいの」
その言葉に、店内の空気が一瞬凍りついた。
鈴木が最初に口を開く。
「極道のTNOK? そいつはどんな奴なんですか?」
マキマは目を細め、穏やかだがどこか冷たい口調で答えた。
「谷岡は“犬の悪魔“と契約している極道で、相手を、『わんわん』と言わせ、従わせることができる能力を持っている。なかなか厄介な人だよ」
三浦が首を傾げ、訝しげに尋ねる。
「犬の悪魔……。相手を『わんわん』って言わせるなんて、どんな能力だゾ?」
「おそらく、精神から肉体を操る系の能力なんでしょうね」
木村が冷静に分析を加えると、マキマは小さく頷いた。
「そう、その通り。谷岡はその悪魔の力を使って、多くの人を操り、悪事を働いている。だから、君たちに倒してほしいんだ」
マキマの言葉が静かに店内に響くと、鈴木、三浦、木村の三人は一瞬顔を見合わせた。
「クゥーン……ピンキリ、ですよね」
「報酬はいくら貰えるんだゾ?」
「どうします……先輩たち?」
彼らは公安のデビルハンター。
“上”からの依頼であれば基本は何でも受ける……のが普通。
ただ、彼ら三人組は特殊だ。
特異114514課を動かすには大金が求められる―――。
「ふふっ、じゃあこれでどう?」
マキマは人差し指と中指をあげて、Vの形を作った。
「20万円。今回の依頼には、一人当たりこれだけ出そうと思います」
それに対し鈴木は、三人の中で最年長である三浦に判断を仰いだ。
「三浦はん。20、悪くないんじゃないっすか?」
「……待てぃ! 肝心なところを洗い忘れているゾ」
鈴木からの問い対し、冷静な表情で「待て」をする三浦。
それを見たマキマは微笑みながら疑問を口にする。
「20じゃ少なかったかな?」
「否、違うゾ」
「……どういうことか、説明して貰えるかな?」
誰もが見落としており、だが三浦にはお見通しな欠陥。
それは――。
「手取りで20万、それが条件ゾ」
「……はっ! 確かに⁉︎ 額面で20だと、実際の手取りは16くらいに落とされる可能性がありますねえ‼︎」
マキマはふふっと笑うと、ニコリ笑みを浮かべる。
「ご名答、流石だね。“智将”の三浦くん」
「フン……」
「ま、マキマはん! 騙すようなことしないでくださいよ!」
「べ、べつに僕は……」
三人の表情はそれぞれだ。
細い目でマキマを睨む三浦。
少し怒った様子の鈴木。
困惑したような顔の木村。
「正解とお詫びに……なら、これでどうかな?」
マキマは先ほどのVに薬指を一本加えた。
「一人当たりの成功報酬は手取りで30万円にします」
……。
……。
……。
「いいゾ〜これ」
「粋すぎい!」
「そうですね」
三人は依頼を受けるのに同意するような声をあげた。
マキマは三人の反応に小さく頷き、穏やかに微笑む。
「ありがとう。じゃあ、詳しいことは後で伝えるね。今はゆっくり休んで、明日に備えておいて」
彼女はそう言って席を立ち、三人もそれに倣った。
天上天下一品の店内から外へ出ると、夜の冷たい風が彼らを迎えた。
鈴木がポケットに手を突っ込み、軽く呟く。
「極道の谷岡か。どんな奴か楽しみだな――」