特異114514課 作:特異ξ紳士
真夏の太陽が容赦なく照りつける昼下がり。
空はどこまでも青く、蝉の声が耳をつんざくほどに響き渡っている。
鈴木、三浦、木村の三人は、汗だくになりながら極道のアジトへと向かっていた。
「あっっ〜、やめたくなりますよ仕事……」
鈴木がシャツの裾でひたいの汗を拭いながらぼやく。
公安の制服は、すでに汗でびっしょりだ。
三浦は携帯式の扇風機を手に持つが、その微風は暑さに負けてもはやロウリュだ。
「こんな日に外に出るなんて、拷問だゾ……」
木村は地図を片手に黙々と歩き続けるが、彼の髪も汗で輝いていた。
それでも、冷静に道を確認し、アジトの方向へと導く。
「つきましたよ。先輩たち」
……やがて、三人は目的の建物にたどり着いた。
古びた倉庫だ。
外壁は錆と落書きで覆われ、シャッターは歪んで半開きのまま放置されており、静寂の中に不気味な気配が漂っている。
「ここが谷岡のアジトか。暑さで頭おかしくなりそうだな」
鈴木が呟きながら、シャッターを力任せに押し上げる。
ギギギという耳障りな音が響き、埃っぽい風が三人を包んだ。
倉庫の中は薄暗く、熱気がこもってさらに息苦しい。
奥の方から、かすかな呻き声のような音が聞こえてくる。
「気をつけるんだゾ。谷岡は犬の悪魔と契約してるんだから」
三浦が低い声で警告する。
木村が頷き、緊張した面持ちで続ける。
「相手を『わんわん』と言わせて操る能力……。精神支配系でしょうけど、どこまで影響するのかわかりませんからね……」
鈴木が肩をすくめて笑う。
「まあ、なんとかなるだろ。俺たちゃ“先生”に鍛えられたデビルハンターだぜ?」
「修行が厳しすぎて、思い出したくもないゾ……」
三人は身長に奥へと進む。
すると、広い空間に出た。
そこには、残酷にも犬の姿に変えられた人間たちがいた。
首輪をはめられ、這うようにうずくまる彼らは、怯えた目で三人を見つめる。
汗と埃にまみれた体は震え、喉からはかすれた唸り声が漏れている。
「これが……谷岡にやられた奴かゾ」
三浦が呟くと、木村が悲しげに目を細める。
「ひどいですね……。早く、解放してあげないと」
――その時、奥から重い足音が響き、男が姿を現した。
「よう、公安の犬っころデビルハンターども」
リーゼントにきっちりとしたスーツ姿――谷岡である。
口元にニヤリとした笑みを浮かべ、手には冷えた缶ビールを持っている。
「こんなクソ暑い日にわざわざご苦労さんだな」
谷岡の声は低く、嘲るような響きを帯びている。
鈴木が一歩前に出て、睨みつける。
「谷岡、お前をぶっ倒しに来たぜ。覚悟しとけよな〜」
「はっ! お前らみたいな汗臭いガキに俺がやられると思ってんのか? 笑わせんなよ」
三浦が冷たく切り返す。
「舐めるのはアレだけだにしとけゾ」
谷岡はそれを聞くと、ビールを一口飲んでから、缶を床に投げ捨てる。
金属音が倉庫に響き渡った。
「へえ、そうかい。じゃあ、見せてもらおうじゃねえか。お前らの実力ってやつをよ!」
そう言うと、谷岡が手を叩く。
第一ラウンド、開始。
すると、犬の姿の人間たちが一斉に立ち上がり、三人に向かって襲いかかって来た。
鋭い爪を立てて、牙を剥き出しにした彼らの目は虚ろで、操られていることが一目でわかる。
「くそっ、動かされてるのか!」
鈴木が叫ぶ中、木村が素早く反応する。
「『狐の悪魔』!」
木村が「コン」と手を狐の形にすると、長い尻尾が召喚され、襲いくる犬人間たちを優しく包み込んで動きを封じた。
『これ、食べてもいい?』
「ダメです。いけどりにしてるので……その、対価は髪の毛の一部で」
『いいよ、イケメンは好きだ。契約成立だよ』
木村が“狐の悪魔“を召喚し、犬の姿に変えられた人間たちの動きを封じた瞬間、谷岡は嘲るような笑みを深めた。
「へえ、やるじゃねえか。だが、それだけじゃ俺には届かねえよ」
谷岡が指を鳴らすと、倉庫の奥から不気味な気配が這い出て来た。
そう、巨大な“犬の悪魔“その本体だ。
赤い目が爛々と輝き、鋭い牙から滴る涎が床に落ちてジュッと音を立てる。
「こいつが犬の悪魔か……想像よりデカいな」
鈴木が汗を拭いながら呟く。
涎の落ちた先の地面が溶けていることから、これは噛まれたら、ひとたまりもないことが良くわかる。
ワン、ワンワン‼︎
「さあ、俺の可愛い犬が相手だ。どうするよ、ガキども?」
第二ラウンド、開始。
犬の悪魔は三人を睨みつけ、地面を蹴って突進してきた。
三浦がその行動を見て、冷静に指示を出した。
「おい、“アレ”の出番だゾ」
鈴木がニヤリと笑う。
まるで、話し合わせたかのような段取りで。
「おっす了解! 俺の“けつ毛“全部が対価だ‼︎ 来い、『ウンコの悪魔』!」
茶色い瘴気がブワッと噴き出し、倉庫の空気を一瞬で汚染する。
現れたのはウンコの悪魔——ドロドロの糞の塊が蠢く異形の姿だ。
真夏の暑さで臭いが倍増し、鼻が曲がるどころか目までシバシバする。
床に落ちたそれが熱で発酵することで、腐臭があたりを支配した。
「ヴォエ‼︎」
谷岡が顔をしかめて後ずさる。
犬の悪魔も花を鳴らし、動きが一瞬止まった。
「今です、三浦先輩!」
木村が叫ぶと、三浦が冷静に頷く。
「知識の悪魔、来いゾ!」
青白い光が三浦を包み、巨大な本が浮かぶ。
ページがパサパサめくれ、文字が宙を舞う。
「犬の悪魔の弱点は何ゾ?」
『犬の悪魔の弱点は、その忠誠力を逆手にとることだ。特に、契約者が弱れば、犬の悪魔は契約者を嫌い、捕食してしまう……。対価は?』
「ポッチャマのIQを1だゾ」
三浦の頭にズキッと痛みが走り、知能が減った瞬間、彼はニヤリと笑う。
「わかったゾ。谷岡を弱らせれば、犬の悪魔が裏切る。三人で、谷岡を気絶させるゾ!」
「おっす、おまたせ。待った?」
鈴木が叫び、ウンコの悪魔をフルスロットル。
茶色い瘴気が渦巻き、谷岡の周りをドロドロの臭気で包む。
暑さで発酵したその臭いは、鼻を通り越して脳まで焼くレベルだ。
「ヴォエッ! 何だこのクソッタレは!」
谷岡が咳き込み、目元を隠しながらよろける。
「木村、今だゾ!」
三浦の声に、木村が「コン!」と手を動かす。
狐の悪魔の尻尾がビュンッと伸び、谷岡の足を絡め取る。
「締め上げてください!」
尻尾がギュッと締まり、谷岡が「うぐっ!」と呻いて膝をつく。
続いて鈴木が追い打ちをかける。
「ウンコの悪魔、顔面直撃だ!」
そして、ドロッとした糞塊が谷岡の顔にバシャッと命中し、耐えきれず「うげぇ…!」と吐き気を催しながら谷岡がぶっ倒れた。
気絶である。
その瞬間、犬の悪魔が「クゥン」と小さく鳴き、赤い目を伏せて尻尾を下げる。
まるで投降するような仕草に、三浦が「終わったかゾ」と呟く。
――だが、次の瞬間。
ワンッ! ガウッ‼︎
第三ラウンド、開始。
犬の悪魔が牙を剥き、涎を滴らせながら三人へ飛びかかってきた!
負けたことで、谷岡を嫌ったその本能が、契約者を捨てて捕食に走らせたのだ。
鋭い爪が空気を切り裂き、床を溶かす涎が飛び散る。
「くそっ、不意打ちか!」
鈴木が叫ぶ中、木村が慌てて「『狐の悪魔』!」と、今度は顔を召喚させ捕食させようとするが、犬の悪魔は素早くかわす。
「ちっ、なかなかしつこいゾ!」
三浦が叫び、頭痛を抑えつつ『知識の悪魔』に再び問う。
「どうやったら倒せるゾ?」
『腹を満たせば動きが鈍る……。対価はIQだ』
ズキっとまた痛みが走るが、三浦は目を光らせた。
そして、邪悪そうな笑みを浮かべると。
「鈴木、ウンコだ! 腹いっぱい食わせろ!」
「……! しょうがねえな〜!」
鈴木がウンコの悪魔を操り、大量の糞を犬の悪魔の口へとブチ込む。
「ホラホラホラ! 食えってんだよ!」
犬の悪魔が苦しそうに咆哮しつつも、強制的に飲み込ませる。
臭い塊が喉を詰まらせ、動きが鈍っていく。
「おい木村ァ、トドメだ!」
「はいっ!」
狐の悪魔の尻尾が犬の悪魔の首をガッチリ締め上げ、グシャッ音を立てて締め潰す。
犬の悪魔は「クゥン……」と最後の鳴き声を上げ、ドサリと倒れた――。
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倉庫の戦いが終わり、汗とウンコの臭いにまみれた三人は、這うようにして街へ戻った。
犬人間たちは解放され、谷岡と犬の悪魔は公安に引き渡された。
暑い昼下がりはようやく静けさを取り戻した。
だが、三人の体は腐臭と汗でベトベトだ。
「くっそ、臭えゾ……」
三浦が顔をしかめながら携帯扇風機を回すも、風が臭いを拡散させるだけだ。
「三浦はんやめてくださいよ、それマジで……」
鈴木がシャツを脱ぎ捨て、汗だくの体を拭う。
「銭湯行きましょう。先輩たち、臭すぎます」
木村が冷静に提案し、三人はフラフラと近くの銭湯へ向かうのであった。
古びた銭湯「今日もいいお湯」に到着。
脱衣所で制服を脱ぎ捨て、三人は湯船にドボンと飛び込む。
熱い湯が体を包み、汗と臭いがみるみる溶けていく。
「Foo〜^、気持ちい〜!」
鈴木が湯船で仰向けになり、湯気を吸い込む。
「やっと人間に戻った気がするゾ」
三浦が首まで浸かり、目を閉じてリラックス。
「………………」
木村は黙々と、先輩たちの話に耳を傾けながら、よく浸かる。
そして、幾ばくかの時間が経った後、互いに身体がポカポカになったところで、鈴木が「サウナいきませんか〜?」と提案し、三人はタオルを肩にかけ、サウナ室へと向かった。
サウナ室は熱気がムンムンに立ち込め、木の香りが漂う。
三人が並んで座り、汗を流す。
「いや〜、今日も生き残ったな〜」
「IQ減った分、運が良かったゾ」
「次はもっとスマートにやりたいですね……」
三人がだべる。
その時、サウナのドアがガチャリと開いた。
「お前ら、まだ生きてたのか」
低い声が響き、三人が目を丸くする。
それもそのはず。
そこにまさか立っていたのは何と、彼らの上司である“岸辺”と――。
「おっ、こんなところで三人に会うとはなあ」
タオルを腰に巻き、筋骨隆々の体が湯気の中で威圧感を放つ――。
「「「あ、AKYS先生⁉︎」」」
彼ら三人を立派なデビルハンターに育て上げた師匠。
AKYSが堂々と立っていたのだから――。
三人が一斉に叫び、汗だくの顔を上げる。
「な、なんで岸辺さんとAKYS先生が一緒にいらっしゃるんですか?」
木村が慌てて質問すると、岸辺が面倒くさそうに舌打ちする。
「それはお前らなあ〜」
「おい、言わなくていい」
AKYSがニヤリと笑い、嫌そうな顔をする岸辺を遮る。
「コイツと俺が、旧友(ダチ)だからだよ」
「……チッ」
鈴木がタオルを落としそうになり、目を丸くする。
「岸辺隊長と先生が⁉︎」
「マジかゾ⁉︎」
「旧友って……知らなかったです!」
三人ともが背筋を伸ばし、驚愕の声を上げる。
AKYSがドカッとサウナのベンチに座り、太い腕を組む。
「久しぶりの再会だってのに、驚くのそこかよ。まぁ、いい」
——AKYSの経歴はこうだ。
元々は公安のデビルハンターとして名を馳せ、岸辺と肩を並べて数々の悪魔を屠ってきた猛者であった。
しかし、組織の硬直したやり方に嫌気が差し、公安を辞めて日本初の民間デビルハンター会社を設立する。
そして現在は、社長として自由に悪魔を狩りつつ、新世代を育てている……てな感じ。
「でも、先生が岸辺さんと旧友ってのは初耳ですよ〜」
「だゾ。社長やってるのは知ってたけど、こんな繋がりがあったなんて……」
「じゃあ、昔は一緒に戦ってたんですか?」
木村がふとした疑問を零すと、岸辺がフンっと鼻を鳴らして答えた。
「違う。戦ってたなんてもんじゃない。こいつが無茶やって俺が尻拭いしてただけだ」
AKYSが笑い声を上げる。
「はっはっは! でも、それで岸辺の野郎が『民間で好き勝手やれ』って煽ったから、今は民間のデビルハンターの社長やってるんじゃないか。おおぅ?」
槍玉に挙げられた岸辺はまたもや嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。
それに対してAKYSがまたもや大きく笑う「……チッ」舌打ちが二つに増えた。
「はえ〜すっごい。知りませんでした、その経緯は」
「お前らには言ってなかったからな。そう、修行第一!」
AKYSはサウナの板壁を拳でコツンと叩き、湯気の揺らめき越しに三人を見据えた。
途端、鈴木が「うへぇ」と情けない声を漏らす。
「先生の“修行第一”って、真冬に滝行させられたアレっすよね? マジ死ぬかと思いましたよ……」
「IQが減るどころか、脳みそまで流れ出る勢いだったゾ……」
「…………」
三浦は顔に両の手をやって辛い記憶に頭を抱える
木村はタオルで汗を拭きつつ、無言で同意と頷く。
「ま、稽古の思い出話はここまでだ。ところでお前ら……」
三人は思わず背筋を伸ばす。
木の香りと熱気の渦の中、AKYSの瞳が獣のように光った。
――新宿デビルハンター調教センターって知ってるか?