特異114514課 作:特異ξ紳士
場所は東京デビルハンター本部の、空いた一室。
そこには古ぼけたソファーと書類の山、そしてアルコール臭が漂う部屋があった。
「よぉ、お前ら」
岸辺が、酒の瓶を片手に顔を上げる。
疲れたような瞳だが、そこにはいつもの鋭い光が宿っていた。
「今日集まってもらったのは、他でもない……“新宿デビルハンター調教センター”のことで、確かな情報が入ったからだ」
鈴木、三浦、木村の三人は、先日まで銭湯でホクホクしていた余韻も吹き飛び、背筋を伸ばす。
なぜなら岸辺がわざわざ呼び出すということは、よっぽどの案件だという証だ。
「最近、調教センターが絡んでいる“闇オークション”の噂が絶えない。そこでは生きたままの悪魔、あるいは悪魔と契約した人間まで売り買いされているらしい」
「生け捕りの悪魔を……売り買い?」
岸辺がポケットから写真を一枚取り出す。
「犯人はコイツだ」
「……? これって、有名な漫画家じゃないですか」
「違う、よく見てみろ。本物はこんなスケスケの衣装を着ない」
木村からの疑問を、至極真っ当な証拠で握り潰す。
「こいつの名前は“タクヤ”。先の場所を仕切るリーダーだ」
「た、たくや」
間髪入れず岸辺は言葉を続ける。
「コイツが、その“闇オークション”を知っていて黙認しているか、あるいは裏で暗躍している可能性もある。だから、これからお前らには潜入捜査を行ってもらう」
岸辺の声は乾いた抑揚で、必要な情報だけを切り出した。
公安が表立って動けば外部の目を招くが、三人が“勝手に”動けば表向きは事故で済む――それだけの理由で下された指令だ。
「今回はめんどくさそうっすね~。オークションなんて、金持ち連中の巣窟じゃないですか」
「まあいい。上等だゾ。面白そうだし、そういう闇の取引にはロクなものがないから……。“何か情報があるか”探ってみるゾ」
「僕たちが囮になって潜り込む、ってことでしょうか?」
木村が控えめに岸辺へ視線を向けると、岸辺は酒の瓶をテーブルに置いて立ち上がる。
「その通りだ。会場は都内の廃ビル地下。奇妙な招待状がなきゃ入れないが、もう手配は済んである。お前らには“違法契約の客”という体で忍び込んでもらう。しっかり調べて来い。何かヤバい証拠を掴んだら連絡しろ」
岸辺の口調は淡々としており、そこに感情の揺れは一切ない。
“結果だけ持ち帰れ”──無言の圧だけが、簡潔な言葉の行間に漂っていた。
――その日の夜、三人は指定されたビルの外に立っていた。
場所は下町のはずれ、普段は人通りも少ない。
周囲には怪しいチンピラや黒服の男たちがウロウロしており、空気がピリついていた。
「うわぁ、ここめちゃヤバめな感じっすね~。こんな場所が都心にあるとは」
鈴木がけだるげに言う。
「マジで来てるゾ……。あの黒服たち、銃とか持ってそうだし、変なワードを口走ってないかチェックしたいゾ……」
三浦は戦々恐々といった様子だ。
「さぁ、行きましょう。僕らは囮ですからね」
木村が小声で二人に指示を出し、ビルの内部へと入った。
そこには奇妙な受付が用意されており、チェス盤のような床が続いていた。
「招待状は?」
黒服が低い声で三人に問いかける。
自分たちの上司があらかじめ用意してくれていた招待状を恐るおそる出すと、少し疑いの目を向けられたが……なんとか通してもらえた。
「こんな怪しいの、すぐバレるかと思ったけど、意外とザルなんすね~」
「油断するなゾ。相手は何か仕掛けてくるかもしれん……」
やがて地下への階段を降りていくと、そこにはまるで安っぽいキャバレーのような煌びやかなライトがあった。
ただし、そこに集うのは明らかに危険そうな人間ばかり。
息を潜めるようにして、三人は会場を見渡す。
「……あれを見てください、先輩たち」
木村が指差す先には、檻の中で暴れている“暴走した悪魔”がいた。
体の一部が剥き出しで、明らかに普通の悪魔とは違う様子。
恐らく、生け捕りにされた結果、怒っているのだろう。
「こんな汚い場所より、トイレでウンコしてたほうがマシですよ。俺、ああいう檻の中にだけは入りたくない……」
さらに会場の奥へ進むと、舞台の上には奇妙なショーが始まっていた。
見世物にされているのは、身体を異常に改造された人間。
競りのような事がされており「50!」「60!」など数字が叫ばれていた。
「やっぱり……生きた人間をオークションにかけてるみたいだゾ。これ、絶対にヤバいやつゾ」
三浦の言葉に、鈴木も木村もうなずく。
既に彼らには迷いはない。「ここをぶち壊すしかない」と、三人とも拳を握りしめた。
その時――。
ギリシャ彫刻のような肉体美を持った男――タクヤが、彼らの前に突如として現れた。
「おいおいおい、こんなところで何してんだよぉ~、お前ら」
タクヤの声は低く、どこか挑発的な響きを帯びていた。
ジャニ系の整った顔立ちに、鍛え上げられた上半身が際立つタンクトップ姿。
しかし、その下半身は異様に細く、まるで筋肉が抜け落ちたかのように貧弱だ。
鈴木が一瞬たじろぎながらも、ニヤリと笑って応じる。
「いや〜俺たちこのオークション初めてで、緊張してるんです」
「そ、そうだよ(同意)」
「はい、そうなんです」
「緊張してる? ハッ、初々しいねぇ~。お前らみたいなのが来ると、場が和むよぉ」
タクヤがニヤリと笑いながら、肩を軽く叩くような仕草を見せる。
その動きは意外と気さくで、三人は一瞬戸惑いつつも、場の空気が少し和らいだように感じた。
「いや~、タクヤさん結構いい人なんですね。こんなヤバい場所仕切ってるのに」
鈴木が軽い調子で言うと、タクヤは目を細めて笑う。
「いい人? そう思うなら嬉しいねぇ~。俺だってさぁ、ただ筋肉バカやってるわけじゃないよぉ~? ここはなぁ、俺なりに守りたいもんがあってやってる場所なんだよ〜」
三浦が首を傾げつつ、探るように言葉を返す。
「守りたいもの? このオークションで何を守っているんだゾ?」
タクヤは一瞬黙り、視線を遠くにやってから口を開く。
「まぁ、そうだな……。ここに集まる奴ら、みんなくそみてえな人生送ってきてるからよぉ~。悪魔と契約して這い上がろうとする奴、家族のために命売る奴……。俺はそいつらにチャンスを与えてるだけ。お前らだって、そういう奴ら見たことあるだろ〜?」
木村が少し驚いた顔でタクヤを見つめる。
「それは……確かに、そういう人もいるかもしれないです。でも、人を改造したり、悪魔を檻に閉じ込めたりするのは……ちょっと」
「必要悪ってやつだよぉ~」
タクヤが肩をすくめて返すと、鈴木が気軽に笑いながら続ける。
「必要悪かぁ~。なんかカッコいいっすね、それ。俺らも似たような仕事してるから、ちょっと分かるかもしれません」
タクヤが目を光らせ、三人を見回す。
「仕事ねぇ~。お前ら、結構タフそうだし、悪魔狩りでもやってんのか? 俺らと組んだら面白そうだなぁ~。どうだ、一杯奢るから話でもしてみね?」
「奢り!? やりますねぇ~! 俺、酒なら大歓迎っすよ!」
鈴木が目を輝かせ、三浦も「まぁ、悪くないゾ」と頷く。
木村は少し警戒しつつも、「先輩たちが言うなら……」と小さく同意する。
タクヤが笑いながら近くのテーブルを指すと、彼らは自然とそこに腰を下ろした。
会場内の喧騒が遠くに感じられる中。
タクヤが黒服に合図して酒を持ってくるように指示する。
やがて冷えたビールがテーブルに並び、四人はグラスを手に取った。
「じゃあ、乾杯だねぇ~。お前らみたいな面白い奴らに会えた縁に!」
タクヤがグラスを掲げ、三人もそれに応じる。
カチン、とグラスが軽快に鳴り、四人は一気にビールを煽る。
冷たい液体が喉を流れ、生暑い地下の空気が少し和らいだ。
「いや~、タクヤさんマジでいい人っすね。こんな場所でもさぁ、仲間意識持ってる感じっていうんすかね? それが、めっちゃいいっすよ」
鈴木が上機嫌で言うと、タクヤがニヤッと笑う。
「仲間意識かぁ~。お前らも仲間想いそうだねぇ~。だって――“公安のデビルハンター”って、そういう絆が大事なんでしょ?」
「「「…………」」」
三人に、緊張が走る——!