特異114514課 作:特異ξ紳士
――公安のデビルハンター。
その一言に、三人の動きがピタリと止まる。
グラスを持った手が宙で固まり、鈴木の笑顔が一瞬にして消える。
三浦が鋭い目でタクヤを睨み、木村が小さく息を呑む。
「……何?」
鈴木が低い声で聞き返す。
タクヤはグラスをテーブルに置いて、ゆっくりと身を乗り出した。
「ハッ、お前ら公安だって最初から分かってたよぉ~。潜入捜査だろ? 俺、そういう臭いすぐ分かるからさぁ〜」
空気が一瞬にして張り詰める。
会場内の喧騒が遠のき、四人の間に緊張が走った。
三浦が立ち上がり、タクヤを睨みつける。
「最初から知ってたなら、さっきの話は何だゾ? ポッチャマたちを油断させるつもりだったかゾ?」
タクヤが立ち上がり、筋肉質な腕を軽く回しながら答える。
「油断? いやいや、バカじゃねえの? 俺は本気で気に入ったよぉ~。でもさぁ、公安のやつらが俺の庭荒らすってんなら、話は別だよぉ~。ここは俺のルールで動く場所だ。邪魔するなら、潰すしかねえよなぁ~⁉︎」
その言葉と同時に、タクヤの背後から黒い瘴気が噴き出し、『悪魔』が姿を現した。
巨大な筋肉の塊が蠢き、鋭い眼光で三人を捉える。
会場にいた黒服やチンピラたちも一斉に動き出し、武器を手に三人を囲む。
「くそっ、やっぱりこうなるんすね~!」
鈴木が立ち上がり、ウンコの悪魔を呼び出す準備を始める。
茶色い瘴気がチラリと漂い、タクヤが顔をしかめる。
「何だその臭ぇのは! ふざけんなよぉ~!」
「ふざけてねえよ! お前がその気なら、こっちも本気だ!」
鈴木が叫ぶと同時に、三浦が知識の悪魔に問いかける。
「やつの悪魔は何だゾ? そしてその弱点は?」
『筋肉の悪魔だ。持久力が低い。長引けば動きが鈍る』
「おい鈴木、木村ァ! 敵は筋肉の悪魔ゾ! 持久戦だ! 時間稼ぎしろゾ‼︎」
木村が「コン!」と手を動かし印を結び、狐の悪魔の顔を召喚する。
バクンッと出現した顔がタクヤを喰らおうと狙う。
しかし、彼は驚異的な跳躍力でかわし、天井近くまで飛び上がる。
「遅ぇよぉ〜! 俺の筋肉は伊達じゃないんだよぉ〜!」
着地と同時に、筋肉の悪魔が地面を叩き、衝撃波を起こす。
会場が揺れ、檻の中の悪魔や犬人間たちが怯えた声を上げる。
黒服たちが一斉に銃を構え、地下会場は戦場と化した――。
銃声が響き渡り、チンピラたちの怒号が地下会場を埋め尽くす。
タクヤは筋肉の悪魔を操り、三人に向かって猛烈な勢いで突進してきた。
その巨体が地面を揺らし、鋭い爪が空気を切り裂く。
「くそっ、速いっすね~!」
鈴木が叫びながら横に飛び、筋肉の悪魔の拳をかろうじて回避する。
だが、衝撃波が遅れて襲いかかり、彼を壁に叩きつけた。
「ぐっ…!」
「油断するなゾ! 持久戦に持ち込むんだゾ!」
三浦が再度叫びつつ、知識の悪魔を再び呼び出す。
「どうやって持久力を削ぐんだゾ?」
『筋肉の悪魔は過剰な負荷に弱い。動きを制限し、疲弊させれば崩れる』
「動きを封じろゾ! 木村、頼む!」
「はいっ!」
木村が素早く反応し、「コン!」と再度手を動かす。
狐の悪魔の尻尾がビュンッと伸び、筋肉の悪魔の腕を絡め取る。
「締め上げてください!」
尻尾がギュッと締まり、筋肉の悪魔が「グッ!」と唸って動きを鈍らせる。
「いいね~! だけど、それだけで俺を止められると思うなよぉ~!」
タクヤが叫び、筋肉の悪魔に力を込めさせる。
尻尾が引きちぎられたことで、木村が膝をつく。
「くっ…強いです…!」
「木村、ポッチャマが援護するゾ!」
三浦が知識の悪魔をフル稼働させ、青白い光が彼を包む。
「筋肉の悪魔の動きを予測しろゾ!」
ページがパサパサとめくれ、タクヤの次の行動が頭に流れ込む。
「右から来るゾ! 鈴木、迎え撃て!」
「おっす、了解~!」
鈴木が立ち上がり、茶色い瘴気をブワッと噴き出す。
「『ウンコの悪魔』、フルスロットルだ!」
ドロドロの糞の塊が筋肉の悪魔の右腕に直撃し、動きを一瞬止める。
「ヴォエッ! 何だこのクソッタレ!」
タクヤが顔をしかめ、鼻をつまむ。
攻撃をたたみかけるチャンスが生まれた——。
だが、その隙を突いて黒服たちが銃を乱射。
弾丸が三人を襲い、木村が咄嗟に狐の悪魔の尻尾で防御壁を作る。
「先輩たち、危ないです!」
銃弾が咄嗟に倒した机に弾かれ、会場に火花が散る。
「くそっ、数が多いゾ! タクヤだけじゃなくこいつらも厄介ゾ!」
三浦が舌打ちしつつ、頭をフル回転させる。
「鈴木、黒服どもを混乱させろゾ! 木村はタクヤを足止めだ!」
「了解! ウンコの悪魔、範囲攻撃だ!」
鈴木が叫ぶと、茶色い瘴気が会場全体に広がり、腐臭がチンピラたちを包む。
「うげぇ! 何だこの臭い!」
「目が、目がぁ!」
黒服たちが咳き込み、動きが鈍る。
その間に、木村が再び狐の悪魔を動かす。
「もう一度、締め上げます! 『狐の悪魔』」
『また尻尾だね……対価は脇毛全部だよ』
俊敏な動きで尻尾が筋肉の悪魔の足を絡め取り、地面に引きずり下ろす。
「今です、三浦先輩!」
「よし、知識の悪魔、次の一手だゾ!」
三浦が悪魔との対価による頭痛(IQ低下)を堪えつつ問いかける。
「筋肉の悪魔を完全に疲弊させる方法は?」
『過剰な負荷と酸欠だ。空気を汚し、動きを封じればいずれ限界を超える……』
ズキッと痛みが走るが、三浦はニヤリと笑う。
「鈴木、空気を汚せゾ! 酸欠に持ち込むゾ!」
「……っ! 任せろ! ウンコの悪魔、最大出力だ!」
鈴木が叫び、瘴気がさらに濃密に会場を覆う。
熱気と腐臭が混ざり合い、息苦しい空気が広がる。
すると筋肉の悪魔が「グオオ…!」と喘ぎ、動きが明らかに鈍くなる。
「何⁉︎ 俺の筋肉が…効かねえだとぉ~‼︎」
タクヤが焦りを見せ、筋肉の悪魔に無理やり突進を命じる。
だが、その巨体はよろめき、木村の狐の悪魔の尻尾に完全に絡め取られる。
「締め上げてください、徹底的に!」
グシャッと音を立てて、筋肉の悪魔が膝をつく。
「今だゾ! 鈴木、トドメだ!」
三浦が叫ぶと、鈴木がニヤリと笑う。
「ウンコの悪魔、顔面直撃だ!」
ドロッとした糞の塊が筋肉の悪魔の顔にバシャッと命中。
耐えきれず、「グ…オ…!」と呻きながら悪魔が倒れ、瘴気とともに消滅した。
「ヲ!ヲ!ヲ!ヲ! 俺の筋肉が……!」
タクヤが膝をつき、呆然と立ち尽くす。
悪魔との契約が断ち切られたのか、プシューッと蒸気を上げながら、そのギリシャ彫刻のような身体が、割り箸のように貧弱な様に変化していく。
黒服たちも臭気と混乱で戦意を失い、武器を落として逃げ出した――。
「終わりだゾ、タクヤ。観念しろ」
三浦が息を整えながら近づくと、タクヤは苦笑いを浮かべる。
「ハッ…やられたよぉ~。お前ら、すげぇな…。こんな臭ぇ戦い方で勝つなんて、想像もしてなかったよぉ~」
鈴木が肩をすくめて笑う。
「俺らの得意技っすからね。で、どうする? 大人しく公安に引き渡される?」
タクヤがしばらく黙り込んだ後、タンクトップを軽く叩いて立ち上がる。
「しょうがねえなぁ~。俺の負けだ。好きにしろよぉ~」
木村が少し驚いた顔でタクヤを見つめる。
「投降するんですか? 意外とあっさりですね…」
「ハッ、筋肉がやられたら俺の勝ち目はねえよぉ~。それに、お前らと戦って少し楽しかったしな。とっとと連れてけよな~」
タクヤが両手を差し出し、三浦が手錠をかけた――。
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会場は静まり返り、檻の中の悪魔や人間たちが解放される準備が始まった。
鈴木がタクヤの背中を軽く叩きながら言う。
「まぁ、悪くないおじさんでしたね。また会えたら、酒でも奢ってくれよな~頼むよ〜」
すると、タクヤは一瞬目を見開き、ニヤリと笑いながらも、どこかムッとした表情で反論した。
「おじ↑さん↓だとふざけんじゃねぇよお前! お兄さんだろォ⁉︎」
その強い口調に、三人は思わず笑い声を上げた。
「「「ははは」」」
「ちぇっ、まあいいか。あぁ、約束だよぉ~。次は臭くねえ場所でな!」
——その時、地下会場の入り口から複数の足音が響き渡った。
公安の制服に身を包んだデビルハンターたちがゾロゾロと現れ、状況を掌握し始める。
そして、その中心に立つのは――マキマだった。
「三人とも、お疲れ様。よくやってくれたね」
マキマの声は穏やかだが、どこか不気味な響きを帯びている。
彼女はゆっくりとタクヤに近づき、彼を見下ろすように立つ。
「それで、君がタクヤくんか。随分と面倒なことをしてくれたね」
タクヤが苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「ハッ、俺の負けだよぉ~。好きに――」
バンッ!
言葉を言い終える前に、鋭い銃声が地下会場に響き渡った。
マキマが手に持った拳銃から煙が立ち上り、タクヤの額に開いた穴から血が流れ落ちる。
彼の体は一瞬硬直し、そのままドサリと地面に倒れた。
「……え?」
鈴木が呆然と声を漏らし、三浦と木村も目を見開いて固まる。
タクヤの死体から広がる血だまりが、冷たいコンクリートに染み込んでいく。
マキマは拳銃を手に持ったまま、淡々とした表情で呟く。
「これで虫は消えたね。邪魔なものは早めに片付けるのが一番だよ」
彼女は銃を制服のポケットにしまい、振り返って三人を見た。
その瞳はまるで感情が欠落したかのように冷たく、三人は背筋に寒気を感じる。
「マ、マキマはん…! 何⁉︎ 何すかそれ⁉︎」
鈴木が声を震わせながら叫ぶが、マキマは小さく首を傾げるだけだ。
「何って、掃除だよ。君たちのおかげでここを潰せたんだから、あとは私が締めるだけ。問題ないよね?」
「問題しかないゾ! 投降した奴を……殺すなんて…!」
三浦が拳を握りしめて抗議するが、マキマの表情は変わらない。
「悪魔と契約した人間は、いつ裏切るかわからない。リスクは排除するのが私の仕事だよ。君たちもデビルハンターなら……分かるよね?」
木村が震える声で呟く。
「でも……こんなのって、ひどすぎます……」
マキマは三人を見つめ、穏やかに、しかし冷酷に微笑んだ。
「ひどいかどうかは関係ないよ。結果が全て。これで新宿デビルハンター調教センターの脅威はなくなった。君たちはよくやった。それでいいよね?」
三人は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。
タクヤの死体を横に、公安の隊員たちが淡々と後片付けを進めていく。
マキマは踵を返し、出口へと歩き出す。
「さあ、帰ろうか。美味しいラーメンでも食べに行こっ」
その微笑みは、恐ろしいほどに美しかった――。