特異114514課 作:特異ξ紳士
東京の夜明け前。
まだ人々が活動をしていない時間に、三人は集っていた。
場所は『Cocoa HABH』
珍しくも、二十四時間営業の珈琲屋である。
彼らは先日の仕事を思い返しながら、ここで一服している。
「はあ〜辞めたくなりますよ仕事〜」
カフェラテを片手にそれを口に愚痴と共に含むのは鈴木。
鈴木は、目の前で投降していた人が殺される、という場面を目撃してしまい意気消沈中であった。
それでもカフェラテは優しく彼を包み込む。
まろやかなミルクに溶け込む、ほろ苦い珈琲の余韻。
柔らかな温もりが、舌の上で静かにほどけた。
「ぷっはあ〜。……おい木村、お前はどうなんだよ」
鈴木に声をかけられる木村。
どう、とは先のマキマの件であろう。
「僕は……その、まあ。仕方がなかったんだと思います」
「仕方ない〜? タクヤは殺されたのにか」
「はい、ですが確かに気持ちのいいものではありませんが……」
「じゃあどういうことだよ」
鈴木は若干八つ当たりのように後輩を詰める。
それでも木村は冷静に応答する。
「マキマさんの仕事……つまり僕たちデビルハンターの仕事は悪魔を狩ること。タクヤさんは人間でしたが悪魔と契約して悪用していた。それは事実です」
「それが納得いかねぇんだよ!」
鈴木の拳がテーブルを叩き、スプーンが跳ねた。
「タクヤさんの件は……マキマさんの“合理性”そのものだった。僕らが正義感で揺らいでも——公安は結果で動く組織です……癪ですが」
三浦は腕を組んだまま、沈黙を貫いている。
彼の目の前にはブラックコーヒーが湯気をあげて鎮座している。
「三浦はん、三浦はんは今回の事どう思ってるんですか?」
鈴木は三人の中で最年長の先輩に声をかけた。
三浦は静かに、目を瞑ったまま神妙に座する。
「……三浦はん?」
「先輩……?」
鈴木と木村は、三浦のことを真剣な表情で眺める。
三浦の目の前に置かれたブラックコーヒーの湯気が揺れる。
そしてその香りが三浦の鼻元を掠めた瞬間――。
「おいちょい砂糖出せ」
「えっ……あ、はい」
「よし、じゃあぶち込んでやるぜ!」
小瓶に入っていた角砂糖をひっくり返すと、全部ブラックコーヒーに溶かし込んだ。
「み、三浦はん?」
鈴木の困惑したような声。
三浦は鈴木の方を向くと……。
「いいゾ^〜これ。甘くて口の中でカフェインが引き締まるゾ」
嬉しそうな顔を浮かべ、ゴクゴクもはや砂糖水を摂取する三浦。
「三浦はん! 話聞いてました⁉︎ 今俺たちすっげえシリアスな話してたんですけど‼︎」
「……? ポッチャマはコーヒーがいい感じの温度になるのを待っていただけゾ?」
「はあ⁉︎ これだから三浦はんは困るんですよね〜肝心なところで役に立たないから」
「あっ、おい待てぃ! 聞き捨てならないゾ、ポッチャマとやる気かゾ? 鈴木ィ」
両者立ち上がり剣呑な雰囲気が流れる。
一触即発なその空気。
木村は慌てて二人のあいだに身を滑り込ませた。
右手で鈴木の胸を押し返し、左手で三浦の肩を制する。
その顔は、怒りでも呆れでもない――ひたすらに、疲れていた。
「いい加減にしてください……もう……」
「ぐっ、KMRァ! お前この喧嘩止めようとしてるだろ」
「なんで喧嘩する必要なんかあるんですか(正論)」
「あっ、そっか……(納得)」
正論で一刀両断され、三浦は黙った。
鈴木も口を尖らせながら椅子に腰を落とす。
しばらく、静けさが店内を包む。
BGMのジャズ(迫真)が、心地よく反響していた。
「……それにしても」
と、木村が小声でぽつり呟く。
「この店……なんか、妙じゃないですか?」
「はぁ? どこがよ?」
「……気づいてないんですか? 先輩」
木村が控えめにチラチラと目線で視線誘導をする。
その先には、淡いエプロン姿の店主がいた。
「……帯刀してますよ、あの人」
木村の呟きに、鈴木の目が点になる。
「たい、とう……って、おい、刀か⁉︎」
「静かに……! はい。腰の左、エプロンの下から微かに鞘が覗いています」
緊張が高まっていく。
三浦も黙ったまま、カップの縁からそっと視線だけを送る。
たしかに、カウンター奥に立つ店主――その腰には、長物らしき“黒い柄”が、エプロンの隙間からちらりと見えていた。
「飲食店で刃物を持ってるって、包丁の話じゃないだろうな……?」
「いえ、あれは――日本刀ですね」
「……くせぇな」
鈴木が低く唸るように言った。
三浦も同意するように小声で話す。
「一般人が刀を帯びてたら“銃刀法違反”案件だゾ」
木村は頷く。
「歩き方も妙でした。あの人、右足を出すときに、必ず半歩引くクセがある。あれ、居合の構えを身体に染み込ませてる人間の動きです」
「ただの元剣道部とかじゃないのか?」
「で、あればいいのですが……」
――その時、店主がこちらに振り返った。
「……!」
「お客さん、どうかしましたか?」
店主からの言葉、それに鈴木が代表して答えた。
「その……刀が、刀みたいなものがあるんですが。それ何かな〜って?」
すると店主はニコリと笑い、「ああ、これですか」と言うと。
「これはねえ……なんか最近買ってみたんですよ」
「か、カッコいい(適当) すごい、やっぱ振り回してるんですか?」
鈴木からの曖昧な感想にも、嬉しそうな笑みを浮かべると。
「いや、振り回すと捕まっちゃうんで。室内の中でだけですね……」
店主は懐かさと悲しさが混じった顔を浮かべた。
三人は、その表情に言いようのない違和感を覚えた。
笑っているのに、目が笑っていない。
どこか、空っぽな決意のようなものが、そこにはあった。
木村が静かに身構え始めるのを、三浦と鈴木も気配で察する。
店主――いや、“この男”は、確実に何かを隠している。
それは、刀の存在だけではない。
カラン、と厨房の扉が揺れた。
その音に誘われるように、店主はゆっくりとカウンターから出てきた。
「実はね……君たちに、ずっと会いたかったんですよ」
その言葉に、三人は一斉に椅子を引いて立ち上がった。
店内のジャズが、少しだけ音を外した。
まるで、それが“合図”だったかのように。
「鈴木さん、三浦さん、木村くん――でしたよね?」
男は名指しした。
その声音は、優しさすら帯びていた。
けれど、それ以上に――冷たい熱を孕んでいた。
「……誰ゾ、お前」
三浦が低く、短く問いかける。
「蓮……。おじさんはね、タクヤさんの親友なんだ」
その名を聞いた瞬間、空気が変わった。
鈴木が一瞬だけ息を呑む。
膨大な殺意がこちらに向けられている。
「タクヤが死んだって、聞きましたよ」
蓮――かつてのタクヤの親友を名乗る男は、
エプロンの腰帯をほどきながら、静かに言葉を続けた。
「しかも……投降した後に殺された。そんな話を、どこかで耳にしてね」
布が地面に落ちる音がした。
同時に、鞘が露わになる――。
ガシャリ。
蓮の手が、鞘に添えられる。
その刹那、珈琲の香りを引き裂くような、金属の冷たさが漂う。
「ずっと考えてたんです。……公安ってのは、そういうもんなんですかね」
静かな語り口だった。
けれど、その声音の底には――煮え立つような怒りが潜んでいた。
「正義とか、任務とか、合理性とか……あんたらの言い訳、ひと通り聞いて、頭では理解したんです。でもね――」
刀の柄を、ギリ、と握る蓮。
「――心は理解を拒んだままなんですわぁ!」
ギャリィッと音を立てて、刀が一寸、鞘から抜ける。
その音に、鈴木が反射的に指を鳴らし、警戒態勢に入る。
蓮は口角を上げたまま、だが目は血のように赤く染まっていた。
「怒らしちゃったねぇ! 俺の事ねぇ! おじさんの事本気で怒らせちゃったねぇ‼︎」
声が裏返る。
喉の奥から、怒りと喪失と狂気が一気に噴き出した。
鈴木が覚悟を決め、静かに問う。
「珈琲の代金は……」
ニヤリと蓮は笑う。
憎しみと狂気のまま。
「命‼︎ あんたらには命で支払ってもらおうかなァ!」
銀閃。
抜刀一閃。
鈴木がとっさにカウンターを蹴り飛ばして防ぐが、木端微塵に弾け飛ぶ。
「なっ⁉︎ こいつマジだ‼︎」
「全員構えろゾ! こいつ、相当な手練だゾ‼︎」
「はい……!」
三人は即座に散開した。
公安デビルハンターとしての本能が、戦闘の幕開けを告げていた。
蓮の一撃――。
抜刀からの斬撃は、鈴木の頬をかすめてカウンターの奥を薙ぎ払った。
棚ごと吹き飛び、グラスが木っ端微塵に砕ける。
コーヒー豆の袋が破れ、店内に焙煎の香りが一斉に舞った。
「クッソ、やべえゾこいつ!」
「当たり前ですよ、真剣持って突っ込んできてんですから!」
蓮は二の太刀を振り抜く。
刃が空を裂き、ついさっきまで三浦が座っていた椅子の背を斜めに断ち割った。
木屑が飛散――その向こう、鈴木が拳を固めて踏み込む。
「喰らええッ‼︎」
渾身のボディブロー。
蓮は左肘で受け止めたが、肉に鈍い衝撃が走る。
その瞬間、木村が側面へ跳び込み、テーブルの脚で蓮の膝裏を払う。
「っ……!」
僅かにぐらつく足腰。
そこへ三浦のアッパーが刃の下から突き上げられた。
鉄槌のような拳――。
しかし蓮は首を捻り、肩で受け流すと同時に鞘で三浦のこめかみを殴打する。
「ぐはッ!」
三浦が大きく横転した。
その間に蓮は体勢を整え、再び真剣を構え直す。
息は荒いが、殺気はむしろ鋭さを増していた。
「三人がかりでその程度か…! 友を失った痛み――お前らじゃ測れねえ!!」
蓮の足が床を蹴り、滑るように接近してくる。
突きの初動を読んだ鈴木がカウンターを狙い拳を振るが、刀身がわずかに軌道を逸らし、鈴木の腕に血線を刻む。
「ちッ…!」
燦と血が吹き出すが、鈴木はそれを気にせず次の攻撃へと移る。
「おらよっと!」
鈴木が肘で刃を押し下げつつ膝蹴りを浴びせた。
蓮は刀の鍔元で受け止めたものの、胸に衝撃が残る。
からの追撃の前蹴り――追いの木村、加速します。
「はっ、そりゃ‼︎」
木村の体術は無駄がない。
つま先が蓮の右脇を抉るが、蓮は痛覚を抑え込み、木村の足首を掴んで投げた。
ガッシャン!
木村が棚を割って転倒する。
それでもすぐ起き上がり、割れた受け皿を逆手に取った。
ひゅん、と木村が皿の破片を投げつけ、蓮の視界を奪おうとする。
目を保護するために一時的に腕で顔を隠した蓮に隙が生まれた。
「今だゾ‼︎」
機を見計らっていた三浦が突進を敢行する。
拳ではない、両腕でのフルタックル。
蓮の上体が大きく仰反る。
からの刀が振り下ろされる――前に、鈴木が飛び膝蹴りを叩き込んだ。
ゴッ!
蓮の手から刀がこぼれる。
銀色の軌跡が床へと突き刺さった。
しかし蓮は倒れない。
鼻から流れる血を袖で拭い、鬼火のような眼で三人をにらみつけた。
「真ん中来いよ、えぇ!? 真ん中来いよ!!」
叫びと同時、彼は床を蹴り――。
あえて刀を拾わず、“拳一つ”で中央へ突っ込んで来た。
鈴木が構えて踏み込む。
右の振り抜きと蓮のストレートがぶつかり、鈍い衝撃音――鈴木は半歩退きつつ、すかさず左ショートアッパーを顎先へ滑り込ませると、蓮の首が跳ねる。
と同時に、鈴木の身体は遠く床に投げ飛ばされる。
「チッ……!」
続いで木村が低い姿勢のまま滑り込み、胴回し蹴りを放つ。
乾いた骨鳴りとともに蓮の肋骨がきしむ音がする。
しかし蓮は蹴り足を抱え込み、逆足のカーフキックを木村の脛へ叩き込んだ。
木村が肩から転倒し、「がはっ……!」着地の瞬間。
木村は反射的に転がったテーブル破片をつかみ、蓮の脛へ突き立てた。
「ぐあっ⁉︎」
木の棘が肉に食い込み、蓮が短く呻いた。
再び三浦が猛然と距離を詰めていく。
それは三浦の硬い骨を使った頭突きである。
前傾姿勢から鋭く鈍い一撃を喰らわさんとする。
「興奮させてくれるねぇ!」
蓮は前腕で頭突きを受けた。
だが三浦はそのまま組み付き、押し潰さんばかりに体重を預ける。
そしてそのままタックルで蓮を抱え込み、カウンターへ叩きつけた。
割れた食器が跳ねる。
意識が一瞬混同して動かぬ間に、木村と三浦は蓮の身体を押さえ込む。
蓮の激しい抵抗が訪れるかその瞬間――鈴木が現れ……。
ゴンっ!
みぞおちに一発、マッハの勢いで拳を蓮の腹にめり込ませた。
ビクリと蓮の身体が一瞬痙攣する。
と同時に、ぐったりと肉体はぐったりと抵抗を失った。
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「やりましたね……やりますやります……」
「意識は失ったみたいだゾ」
「これで一件落着ですね……」
三人とも、制服は一部裂けたり、肌は血で滲んでいる。
息をぜえぜえとついており、いかに今回の戦いが大変だったかを物語る。
店内は破損した棚や椅子やテーブルに皿でいっぱいだ。
「で、“コレ”どうします?」
鈴木はぐにゃあと身体を弛緩させている蓮の方を指差した。
「どうもこうも、公安に引き渡すしかないゾ」
「でも悪魔使いではないですよね? この場合は警察なのでは?」
三浦と木村がどちらに蓮の身を引き渡すか考えている。
――その時だった。
チリンチリンと鐘が鳴る。
「ふぉっふぉっ……蓮がやられるとは、大したものよ」
突如謎の人物が入ってきて、三人の元に近づいてきた。
そして三人の誰もが気付かぬ間に、不意にすっと顔を近づけてくると。
「ふむ……公安のデビルハンターくんたちはがわ“い”い“な”ぁ“」
そんな奇妙なことを口走ってくる。
三人が困惑していると。
「ふぁっ⁉︎」
「いつの間にゾ⁉︎」
「……‼︎」
ほんの瞬きの間、視界がコートの裾で遮られ──。
その刹那、蓮の姿が消えていた。
「ワシの名前は平野源五郎、また会う日があれば幸いじゃな。若き公安のデビルハンターくんたち。さらばじゃ、次に相まみえる時は……敵じゃなければいいのう」
平野と名乗る謎の人物は、そう言い遺すと、影ごと輪郭を失い――店から掻き消えた。
開きっぱなしのドアが、夜明け前の風にきい、と軋む。
冷えた珈琲の匂いの中、三人はその風が背を押すまで動けなかった。
マキマがラスボスなのか、平野店長がラスボスなのか……もうこれ分かんねえなあ?
助けてチェンソーマン!