鴨川の河川敷。
“血域“が崩壊し、鈴木は元いた位置に戻っていた。
「くぅーっ! 中々面倒な相手だったな……」
そして道には、“血域”で見かけた女の子の死体が横たわっている。
「……南無」
アナルアサシンは撃破された。
同時に、血の悪魔も封じ込めた。
しかしなぜだろう、勝った気がしなかった。
左足はいまだ血を滴らせている。
「やっぱり、民間人が犠牲になるのはキツイな……」
――その時だった。
「げほっ……げほっ。うぬの攻撃は最悪じゃのう」
死んだはずの少女の身体が動き出す。
鈴木は「二連戦目かよ……!」と愚痴りながらも姿勢を整える。
だが、それは杞憂だったようで。
「なに、うぬはワシのことをまた糞だらけにする気か?」
「…………何者だ」
鈴木は警戒を強め、死体であった少女に気をゆるさない。
「ふむ、いいだろう! 名乗ってやるのもやぶさかではない。ワシの名前はパワー! 今さっき、うぬと戦っていた者に力を貸し与えていた世界サイキョーの悪魔じゃ!」
つまり状況を整理すると。
先ほど倒した血の悪魔が、死体に乗り移ったというわけだ。
「魔人か」
「そうとも言うのか?」
「魔人だな」
鈴木は考え込んだ。
血の悪魔が少女の死体に乗り移ってしまった。
放置するわけにもいかない。
「おい、パワーって言ったか?」
「様をつけよ人間」
「俺について来い」
「いやじゃ」
「じゃあ、死のうか」
「そ、それはダメじゃ!」
「じゃあついて来い」
「……仕方ないのう」
そういうわけで鈴木は、この少女(魔人)を一旦、連れて帰ることにしたのであった。
京都デビルハンター分室にて。
「かくかくしかじか、これが血の悪魔みたいです」
鈴木は上司であるマキマに報告を行っていた。
紅の髪の上司は、それを淡々と聞き、処遇を判断していた。
「わかりました。では、このパワーちゃんは一旦私が預かりましょう」
「イヤじゃ」
「じゃあ……殺される?」
「それもイヤじゃ!」
マキマとパワーが問答を繰り広げている。
鈴木は間に口を開いた。
「あの〜マキマはん。その娘……は保護してやってください」
「でも、君が殺してもいいんだよ?」
「それは、その……。何というか」
「あっ、ふーん……(察し) 鈴木くん、この娘に“情”が湧いたんだね?」
「そ、そういうわけじゃ!」
こほん、とマキマが咳をつく。
「鈴木くん、君。大事なこと忘れてない?」
「大事なことって一体……」
鈴木は考えを巡らせる。
アナルアサシンは倒した、死体の少女にも悪魔が宿った。
他に見落としていることは……。
「あっ‼︎ 三浦と木村がいない!」
「そうだよ?」
こくりと首を傾げる可愛らしい姿。
だが鈴木はそれどころじゃなかった。
「あいつらまさか……! 俺のこと置いて帰ってたりしてませんよね⁉︎」
もしかすると、自分の姿が消えたあとに特に気にすることもなく、京都でお土産を漁ったあとに、二人仲良く新幹線に乗って先に東京に帰ったんじゃなかろうか。
そんな疑念が鈴木の中で生まれる……しかし。
「いいえ、違います」
鈴木は安堵した。
自分を置いてくなんて薄情な事はなかったのだと安心した。
「よかった……じゃあ、二人はどこに?」
当然の疑問。
「……聞きたい?」
「それは、もちろん」
するとマキマは仏頂面のまま、しかし僅かに微笑みこう答えた。
「現在二人の消息は不明です。ちょうど君がAAと戦い始めてから」
「……消息不明⁉︎ ど、どういうことですか! マキマはん⁉︎」
鈴木はマキマに詰め寄る。
するとマキマは胸ポケットから“とある手紙”を取り出した。
「はい、これ。君宛てのようです」
鈴木は急いでそれを読む。
『二人の身柄は頂いた。返して欲しければ地図に示したところまで来るといい。もちろん、タダというわけにはいかない。制限時間は明日の朝、8時10分まで。条件は、“マキマの死体”を持ってくること。間に合わなければ、二人の命は無い。――平野源五郎より』
「──って、どういうことだよコレぇぇッ!」
鈴木は震える手紙を机に叩きつけた。
インクがにじむ地図には赤×、そして “8 : 10” の手書き。
マキマは肩を竦めると、パワーの角をそっと掴んで横へどかす。
「落ち着いて。まず状況整理だね」
1. 誘拐犯:平野源五郎。
2. 要求:三浦・木村の命と引き換えに、マキマの死体。
3. 期限:明朝8:10、地図に示された場所。
書面はただそれだけだった。
「ふざけやがって……!」
憤怒のあまり、鈴木の顔はまるで仁王のように変化する。
「――で、どうする? 鈴木くん」
静かな声に、鈴木の拳がきしんだ。
---
一方その頃、三浦と木村はというと……。
「おいKMRァ! 起きろゾ‼︎」
「……うーんむにゃむにゃ。何で起きる必要があるんですか(眠り声)」
謎の部屋に閉じ込められていた二人の内、先に意識を復活させていた三浦が、後輩の木村を起こそうと必死になっていた。
「いいから起きろゾ! ――プッ! よし、これできっと目覚めるゾ」
「ん? 何を……ってく、くっさっ――!」
「もう一発いくかゾ。――ブッ!」
「ちょ先輩! 何してるんですか⁉︎ やめてくださいよ!」
木村は半ば咳き込みながら上体を起こし、周囲を見回した。
「ここは……まさか」
「そう、そのまさかだゾ」
――畳敷きの床、壁は年月で黄ばみが増した薄茶色の板張り、壁際には布団が三つ、乱雑に積まれていたここは、“過去”に汗を流した懐かしの。
「……これ、僕たちの“部室”じゃないですか」
「そうだよ(同意)」
木村はハッとすると、手を狐の形にしてみた……が。
「契約が……繋がらない」
「ポッチャマもだゾ。これは完全に閉じ込められているゾ〜これ」
「そんな呑気にしている場合じゃ……」
と――部屋の奥の方から扉が、何者かによって開けられた。
「起きたようだね、二人とも」
「「なっ……!」」
「私の名前は平野源五郎。君たちを攫ったのだよ」
平野源五郎。
声は柔らかいが、吊り上がった口角が薄く嗜虐の色を滲ませていた。
彼は部屋へ一歩踏み込み、懐から小ぶりな懐中時計を取り出す。
「午前1時14分。――“鍵”となる君たちが無事で何よりだ」
「テメェ……俺らをどうするつもりだゾ」
三浦が低く唸る。
「どうもしないさ。ただ待ってもらうだけだよ。鈴木くんが“正しい土産”――マキマの首をここへ届ける、その刻限までね」
そして平野は微笑だけを残し、障子の向こうへ消えた。
再び閉ざされた室内で、二人は薄い呼気を重ねる。
「……どうします、先輩」
「決まってるゾ。ここから脱出する策、捻り出すゾ」
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――で、どうする? 鈴木くん。
マキマの問いは淡々と落ち着いていた。
けれど鈴木の胸を打つ鼓動は、耳鳴りのようにうるさかった。
時計を見れば時刻は午前1時14分。タイムリミットの “8:10” まで、残りは七時間半しかない。
「二人を見捨てるなんて出来ねぇ。でもマキマはんを殺すなんて――」
思考が空回りし、拳は震えたまま机を握りしめる。
すると、マキマは人差し指を口元に当て、いたずらっぽく微笑んだ。
「殺せないんだ、仲間のためなのに」
拳がきしんだ――その瞬間、鈴木は机上の書類押さえる、ずしりと重い真鍮の塊を無意識に掴み上げていた。
肉厚の金属塊。
中央には公安デビルハンターの紋章が彫り込まれている。
脳裏を灼くのは「三浦」「木村」の二つの名前だけ。
思考より先に脚が動き、金属を握った右腕が振りかぶられる。
殺して奪うしかない。
床板を蹴った瞬間、世界の色が一段濃く沈んだ。
マキマは正面を向いたまま小首を傾げている。
鈴木は二歩で目の前により、振り下ろす――はずだった。
――が。
がしり、と腕が途中で止まった。
いいや止められた、との表現が適切かもしれない。
心臓が一拍遅れて脳天を叩き、視界が脈打つ。
「鈴木、マキマを殺すのは今じゃない」
その声に振り向くと、そこには――。
「き、岸辺はん……」
「その気概は嫌いじゃない」
最強のデビルハンター、岸辺が鈴木の腕を掴み立っていた。
真鍮塊を握った鈴木の腕を、岸辺のごつい指がぎゅっと挟み込む。
爪が食い込み、骨まで冷えるほどの握力――その一瞬で殺気が宙へ抜けた。
「落ち着け。お前は今、冷静さを欠いている」
蛍光灯が一瞬だけチカ、と瞬いて静まる。
深夜の分室は窓の向こうで降り始めた小雨の音を吸って、しんと冷えていた。
岸辺は鈴木の手首からそっと力をゆるめ、掌の真鍮を机に戻させると、ポケットからスキットルを取り出した。
蓋を開ける金属音がやけに大きく響く。
「飲むか?」
「……いりません」
鈴木は乾いた声で断る。
拳を握り直すたび、汗がにじむのを鈴木は感じていた。
岸辺は一口だけアルコールをあおり、喉を鳴らす。
「どうして……岸辺はんが京都に?」
鈴木はようやく落ち着いてきた脳みそから言葉を搾り出す。
「酒を飲んでいると、急に旅行に行きたくなる時がある」
「は、はぁ」
「アルコールは頭のネジを緩めるのに丁度いい」
「そ、それで……?」
「歳を取ると情が湧く……」
岸辺の言葉は支離滅裂だ。
鈴木は岸辺が何を言っているかよくわかっていない。
だが一つ確かなのは……。
「――お前らを助けにきてやった」