特異114514課   作:特異ξ紳士

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9話:デスリミット

「――お前らを助けにきてやった」

 

 岸辺の低い声が静まり返った分室に落ちる。

 鈴木は固まった拳をゆるめ、ゆっくりと振り向いた。

 

「岸辺はん……!」

「騒ぐな。まず状況を整理するぞ」

 

 京都分室の執務室。

 蛍光灯の下、ホワイトボードに岸辺が殴り書きする。

 

8:10 → 決戦ポイント

人質 → 三浦/木村

要求 → マキマの“死体”

敵  → 平野源五郎+正体不明の能力

 

「残り約7時間。解決方法は……“コイツ“だ」

 

 岸辺が空気になっていた少女、いや“血の魔人“を指差す。

 

「な、なんじゃうぬら……。こっちを見おって」

 

 角を揺らしながら血の魔人……パワーがふてぶてしく腕を組む。

 その隣でマキマが静かに微笑を深めた。

 

「なるほど」

「ああ、そういうことだ」

 

 マキマが納得し、岸辺が同意する。

 鈴木は焦るように上司たちの顔を伺った。

 

「ど、どういうことですかお二人とも」

「“こ↑こ↓”を使うんだ”」

 

 岸辺は己の頭をとんとんと指で鳴らした。

 

「おい、血の魔人。お前の能力を使う」

「お前とは失敬なジジイじゃのう! 様をつけよ様を!」

 

 マキマがパワーと向き合う。

 

「パワーちゃん。君は、血の悪魔だよね?」

「あったりまえじゃ‼」

「じゃあ、何でもできるよね?」

「うむ! ワシはなんでもできる!」

「なら、その力を借りたいな?」

「イヤじゃ!」

「じゃあ、死ぬ?」

「そ、それは嫌じゃ……!」

「なら、手伝おうね?」

「わ、わかった。仕方ないのう……」

 

 パワーが少し怯えたような表情で渋々同意する。

 

「マキマはん。一体何を……?」

 

 鈴木はパワーの赤い角と、微笑むマキマを交互に見比べた。

 

「それはね、鈴木くん……“本物にしか見えない私の首”を作るの」

 

 マキマは指で自分の喉をなぞりながら穏やかに言った。

 鈴木の背筋が固まる。 

 

「……え? ええ!? 首って、首ですか!?」

「そう。パワーちゃんの血を素材に、質感も温度も生体反応も再現した“偽首”を成形する。敵は私の死体を求めている。だったら“限りなく本物に近い死体 “を渡せばいい――」

 

 鈴木はパワーの方を縋るように見た。

 

「そんなこと可能なのか? 血の魔人」

「ワシに不可能は、ナイっ‼︎」

 

 

---

 

 

 一方その頃――。

 

 閉ざされた部室の空気は、時間の流れを忘れさせるほど重く淀んでいた。

 三浦と木村は畳まれた布団を背に寄りかかり、膝の上で腕を組んでいる。

 

「おいKMRァ! お前さっきから俺のことチラチラ見てただろ」

「見てないですよ」

「あっ、そっか……」

 

 三浦は立ち上がり、腰に手を当てて部屋をぐるりと見回した。

 窓の外は相変わらず障子から漏れ出す灰色の光だけ。

 時計はぴたりと 1:14 で止まったまま――すべてが前回と寸分違わず再現されている。

 

「……KMR、思い出すゾ。前に閉じ込められたときは“物理破壊”も“契約”もダメだった」

「はい。最後は鈴木先輩の――その、えげつない臭気で部屋が崩れました」

「てことは今回も“臭い”で行けるかもしれんゾ!」

 

 木村は即座に首を振る。

 

「先輩、前回は量も質も鈴木先輩のパワープレイだったからこそです。僕らだけで再現するのは――」

「それでもやるしかないゾ。木村、腹を括るゾ!」

 

 言うなり三浦は冷蔵庫を開けた。

 そして中に入っていた期限切れ牛乳と中身が分離したチルドシチューを取り出す。

 さらに木村は震える手で賞味期限が二年前の納豆を追加。

 鍋に全部をぶち込んで弱火にかけ、悪魔でも尻尾を巻く発酵スープの出来上がりだ。

 

「い、いきますよ……!」

「漢を見せるゾ!」

 

――数分後、トイレから地獄のラッパのような音と共に刺激臭が部室に噴き出した。

 

「ヴォエッ……! 自分でも失神しそうです!」

「よし、この調子だゾ!」

 

 しかし、扉も窓も揺れもしない。

 前回は臭いがピークを越えた瞬間に空間が崩れた。

 だが今回は、ただひたすら臭いだけだ。

 

 そして暫くの時間が経ち――二人は。

 

「再現ムリだゾ……」

「だめみたいですね……」

 

――諦めていた!

 

 

---

 

 

 京都分室の裏手――午前2時52分。

 

 搬入口に冷蔵車が横付けされ、白い布に包まれた“荷物”が担架ごと降ろされる。

 タグに記された名前は消され、代わりに赤スタンプで 「供試体・即処分可」。

 

「女の死刑囚だ。身長も骨格もマキマとほぼ同じらしい」

 

 岸辺が書類を一枚ひらひらさせ、鈴木へ突き出した。

 

「解剖許可も火葬許可も全部ついてる。要は“誰にも探されない死体”ってことだ」

 

 理屈はこれで十分――公安の超法規的段取りである。

 

「じゃあパワーちゃん、“始めて“」

「うむ、わしに任せよ!」

 

 パワーは自分の腕を裂き、溢れ出す真紅を死体の頸動脈へと押し込む。

 血はたちまち脈を失った血管壁を逆流し、骨髄まで染めあげていく。

 パワーいわく、血とは“情報を運ぶ媒介”だという。

 

「ワシがこうなれと思えば、かように変わるわ!」

 

――その一喝とともに。

 死体の皮膚は雪のように白み、頬の稜線が滑らかな曲線へと書き換えられた。

 髪はいとも容易くワインレッドに転じ、瞳孔は琥珀を溶かしたような赤銅色で停止する。

 そして……五分も経たぬうちに、そこに横たわるのは――息をしない、しかし触れれば体温が残る“マキマそのもの”が創り出されていた。

 

「すごい……こんなんでホントに……」

 

 鈴木の呟きに、パワーが鼻で笑う。

 

「どうじゃ! 凄いじゃろう? 匂いも皮膚の温度も、完全にコピーした!」

 

 すると岸辺が鈴木にさっと、短剣を渡してきた。

 

「こ、これは……?」

 

 鈴木の手の中で、短剣の重量がやけに確かだった。

 鍔もない旧式のコンバットナイフ――黒く曇った刃が、蛍光灯の下で鈍く光る。

 

「切り口は一発で決めろ。ぐずぐずしてると温度が下がって硬直がズレる」

 

 岸辺が低く告げ、桐箱の蓋を開け広げて見せる。

 内部は氷嚢と脱酸素剤がすでに配置され、中央に“首が収まる窪み”が彫られていた。

 

 床にはベッドの上に横たわる偽マキマ。

 胸は上下せず、しかし皮膚の下を血液が循環している。

 そのため、ほんのりと人肌の温度がある。

 

 パワーは腕を組み、角を誇らしげに揺らせている。

 

「さあ、人間よ。ワシの芸術に最後の仕上げを施すがよい!」

 

 刃の先が喉元へ近づく。

 マキマと同じ、白磁のように滑らかな肌。今にも目を開きそうな睫毛。

 

 鈴木の息が浅くなる。指先が汗ばみ、柄が滑りかけた。

 

「……ホントに、やるんすか」

「なんだ、怖気付いたか」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 すると本物の生きたマキマが微笑む。

 

「鈴木くんは、私のこと……好き?」

「いや、それは特に……」

「じゃあ、気にしなくていいよ。思いっきり、ザックリと」

「マキマはん……」

 

 岸辺は無表情のまま煙草を咥え、火は点けずにくわえ直す。

 それが合図でもあった。

 

 ついに、鈴木は歯を食いしばり、左手で肩口を押さえつけた。

 研ぎ澄まされた刃が皮膚を割く感触――。

 粘りのない血が静かに溢れ、硬化しながら刃を導く。

 気泡一つなく成型された頸椎は脆いロウ細工のよう。

 骨の抵抗は想像よりも軽かった。

 

 ゴリ、と刃が奥歯を噛むような手応えを告げ、次の瞬間、頭部はころり地面に流れる。

 偽造とはいえ、生温い重量がずしりとぶら下がり、胸の奥で氷が弾けたように痛む。

 

「そうだ、それでいい」

 

 岸辺が肩越しに言い、氷の敷かれた桐箱を差し出す。

 鈴木は小さく息を吐き、赤銅色の髪を乱さぬよう慎重に頭部を沈めた。

 氷嚢に触れた途端、血で成形された皮膚がみるみる冷え、死後硬直が始まった。

 

「…………」

 

 鈴木は短剣を布で拭い、鞘代わりの工具箱へ投げ入れた。

 刃先の温度が下がるにつれ、動悸もようやく落ち着いていく――いや、落ち着いたふりをしただけだ。ハンドルを握る手のひらには、まだ刃の感触が残っている。

 

 岸辺が背中を軽く叩いた――。

 

「殺してこい」

 

 

---

 

 

――午前4時54分。

 

 闇がわずかに褪せた竹の海に、ぽつりと灯る常夜燈が一つきり。

 鈴木は車を林の縁に止め、桐箱を抱えて足を踏み入れた。

 どこまでも同じ情景が続くはずの竹の列が、ある一点だけ不自然な影を落としている。そこに、待ち人はいた。

 

 背丈より長い影を引く長身――平野源五郎。燕尾服の胸元に白手袋を添え、例の芝居がかった笑みを浮かべる。

 

「お早い到着、感心感心。さて、品物は?」

 

 鈴木は答えず、箱の蓋を開けて“首”を取り出した。

 氷気が立ちのぼり、赤銅の髪が霧に映える。

 

「ふむ、確かにマキマの顔のように見えるのう……」

 

 敵は――平野源五郎は、がしっと偽マキマの首を、髪の毛を掴み持ち上げて吟味した。

 これが本物なのか、偽物なのか。

 しっかりと疑い、確認し、そして笑顔を見せた。

 

「ふぉっふぉっ、よくやってくれたデビルハンター君」

「そりゃあどうも――それで、二人は」

 

 鈴木の問いを合図にしたように、平野は小さく指を弾いた。

 竹の葉擦れがひときわ強く揺れ、周囲の闇がざわめく。

 

 そして――足元の土が畳へと変わった。

 

「ッ!?」

 

 視界が暗転したのは一瞬だった。

 次に鈴木が息を吸った時、鼻を刺すのは青竹でも夜露でもなく、昔馴染みの埃と湿気の匂い、蛍光灯の白光が真上から降り注ぎ、黄ばんだ板張りの壁に影を落とす。

 

 ――部室だ。

 

 畳の隅には布団が三つ、乱雑に積み重なっている。

 壁際には見覚えのある冷蔵庫。

 

 そして中央で呆然と立ち尽くす二人――三浦と木村の姿があった。

 

「お前ら⁉︎ 無事か‼︎」

「す、鈴木が来たゾ」

「先輩! 助けに来てくれたんですね……‼︎」

 

 背後の空間がぐにゃりと歪む。

 障子のような枠が幾枚も重なり合い、最後にぴたりと閉じた。

 出口が消えたのだ。

 

「ちっィ――やられた!」

 

 油断をしていたのかもしれない。

 すると障子越しに、あの芝居がかった低音が響く。

 

「約束は守っただろう? ――ほら、君たちは無事再開できた」

「平野ッ、お前……!」

 

 鈴木が拳を壁に叩きつける。

 乾いた音だけで、板は傷一つない。

 

「裏切ったな!」

「裏切り? いやいや、私は言ったはずだ。『二人の元に会わせてやろう』と。交渉はここで終了――あとは“部室”で仲良く過ごすといい。君らの記憶は居心地がいいじゃろう?」

 

 

 くぐもった笑い声が遠ざかり、完全な静寂が落ちた。

 

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