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『な、なんですかこの人は……!?』
アコが目を見開き、信じられないものを見たような声を上げる。その視線の先に立っていたのは、突如として空から降ってきた男、レグルス・コルニアス。
そのようになるのも無理はない。その場にいた全員が、先ほどの光景を目の当たりにしていたのだから。空から突如として現れ、アスファルトが砕け散るほどの勢いで、地面にクレーターを刻みながら着地したレグルスの姿を。
「"なぜ彼は空から……!?"」
先生もまた、驚きを隠しきれず声を漏らす。
数日前に見た彼の姿……無数の戦車を吹き飛ばしたという信じがたい光景。銀行で、ホシノたちが壁を破壊したと同時に人を吹き飛ばしてしまったと報告を受ける。その時は見た目の特徴しか聞いておらず、『まさか……?』とは思っていたが……
そして、今度は空から現れるという常識外の登場。
もはや困惑以外の感情を持つ余地などなかった。
「ま、またあの人……!?」
「わあ、また会いましたね☆」
「ん、そういえば名前初めて知った」
『そ、そんなこと言ってる場合じゃ……!』
対策委員会のメンバーも、驚き、興味、そして恐慌といったそれぞれのリアクションを見せる。
レグルスはそんな空気を一切意に介さず、落ち着いた表情で言葉を発する。
「──さて。改めて、ここにいる全員に聞くとするよ……何人か、僕の顔見知りもいるみたいだけど。まさか君たち、こんな市街地のど真ん中で無差別に弾丸を飛ばし合うつもりじゃないだろうね?」
レグルスの視線がまず向いたのは、先生とその周囲の生徒たちだった。
視線が交わると、生徒たちは一瞬だけ身をすくめる……だが、一人は目を輝かせてレグルスを見つめ、もう一人は少し楽しげに見守っていた。その近くにいた二人は、ため息を吐いたり、明らかに動揺したりと反応はまちまちだった。
それに対して、この時のレグルスは特に気にした様子もなく、視野をさらに広げるように周囲を見渡す。
そして、彼の視界に飛び込んできたのは……
『……』
──百人を超える生徒たちが、一斉に銃口をレグルスへと向けている光景だった。
「……なるほど。それが君たちの答えというわけだね」
そんな光景に、レグルスはため息を吐く。
「あのさあ、僕はただ当たり前の質問をしているだけなのに、どうして銃口を向けられなきゃいけないのかな? 周囲の状況も見ず、感情だけで引き金を引こうとするその程度の判断力しかない君たちは、武器なんて持たない方が良いとおもおおおおおおおおおおおッッッ!!?」
突如、彼の近くにいたイオリが素早く接近し、強烈な蹴りをレグルスの腹部に叩き込む。
レグルスは声を上げながら吹き飛び、近くにあった廃車に叩きつけられた。
『イオリ!? いきなり何をやってるんですか!? 相手は私たちと違って一般人の方ですよ!?彼もそう言っていたじゃないですか!』
アコが思わずイオリに叫ぶ。
廃車との衝突で煙が上がる中、イオリは叫び返す。
「いや、一般人が空から落ちてきて道路を抉るとか普通できないだろ!どう考えてもおかしいし、怪しいじゃん!」
この時ばかりは、場にいた誰もが内心で『確かに』と頷いていた。
しかし、次の瞬間。
「──うわあ!?」
「ひゃあ!?」
──廃車が突如として空へ吹き飛ばされた。
風紀委員会の面々が驚き、慌てて銃口をその方向へ向ける。その煙の中から、頭を押さえているレグルスがゆっくりと姿を現した。
「あのさあ!いくら怪しいからって、人が喋ってる最中に蹴りかかるなんてどんな教育を受けてきたの?それって僕の喋る権利の侵害だと思うんだよね!」
その背後、空高く飛んでいた廃車が落下し、アスファルトと接触して大爆発を起こす。
「な、なんで無傷なんだ……!?」
イオリが思わず声を漏らす。レグルスは構わず続けた。
「僕は君たちに何一つ危害を加えていないというのに、こうして無駄に警戒だけされるなんて、まるで悪人扱いそのものだ。涙が溢れ出そうな気分だよ。むしろ、こっちがこの場所の異常性に対して警戒したいくらいなんだけどね。何しろ僕は、つい先程まで食事をしていただけで爆発に巻き込まれた被害者なんだ。その被害者に向かって銃を向けるだなんて……君たちの常識は一体どこに置いてきたのかな?」
レグルスは、冷たい視線を風紀委員会の生徒たち……その中で、特にイオリに向ける。
「爆発に巻き込まれたって……まさか……?」
セリカが小さな声で呟く。
そして、その目が勢いよく便利屋68の面々へと向けられた時だった。
「あっ、わ、わ……」
さきほど目を輝かせていたアルが、突如として身体が震えだしていた。
「──」
ハルカは、無言でショットガンの銃口を自らのこめかみに当てていた。
そして、その二人を懸命に宥めているムツキとカヨコ。その周囲だけ、もはやカオスの渦だった。
「………………」
レグルスはその様子に気付き、目を細めて無言で彼女たちを見つめる。すると……
『この度は、イオリが勝手な真似をしてすみません』
レグルスの前に、ホログラムが浮かび上がる。映し出されていたのは、決意を滲ませた表情のアコだった。
それを見たレグルスはため息を吐き、便利屋68へ向けていた視線をようやく外す。
「全くだよ。初対面の相手に蹴りを入れるなんて、礼節も常識も吹き飛ばした所業とも言えるよね……僕を蹴った銀髪の子、ゲヘナ学園の風紀委員会の子だよね?少なくとも僕の知る風紀委員会は、一般人に対して挨拶代わりに物理攻撃をお見舞いするような組織じゃなかったと思うんだけど……丁度良い。風紀委員の代わりに、君がそれについてどういうことか説明できるのかな?」
呆れ混じりにレグルスが言うと、アコはすぐさま応じた。
『……まず、あなたの発言に一つ訂正を。私は彼女たちと同じ風紀委員会に所属しており、その中でも行政官を務めている、天雨アコと申します』
「あのさあ、人の話聞いてた?自己紹介をするのは大切なことで、君は僕が特に指摘しなくてもその行為をした。それは立派なことだ。だけどさ、いま僕が聞いているのは、どういうことか説明できるのかって……いや待て。君が、風紀委員会だって?」
レグルスはアコの姿を一目見て、硬直した。
信じられないという表情を浮かべたまま、ホログラムのアコを凝視する。
『……?』
白くてピッタリした素材の制服は、左右の脇から大胆に肌を露出させ、まるで『どうぞ横乳見てください』と言わんばかり。
しかも鎖で繋がれた手枷が手首に巻かれており、首元にはカウベルがぶら下がっているという、レグルスもびっくりの変態スレスレの格好だった。
その姿にレグルスは笑いすらできず、ただ静かに、しかし確実に言葉を放った。
「君さあ……その服装、僕の中でいろいろツッコミどころが大渋滞してるんだけど。君のような行政官を務める生徒が、横乳全開で手枷とカウベルって、もはや風紀関係なしに本能の擬人化そのものじゃない?君が持つわずかな理性はどこに置いてきたのかな?」
レグルスの言い分に、アコは口をへの字に曲げて睨み返した。
『……これは私の普段着です。勝手なことを言わないでもらえますか?』
アコはぴくりと口元を震わせた。その微かな動きに、抑えきれぬ苛立ちが滲んでいた。
レグルスは一歩前へ出て、手を顎に当てながら真剣な顔で言葉を続ける。
「……ああ、君はその服装じゃないといけないそれ相応の理由があるのかな?そうじゃなきゃ、そんな服装で堂々とみんなの前でこうして話せるはずもないよね。そうだ、ここは僕が当ててあげよう……君はあれだ、そうしてその部分を露出していないと呼吸がしづらくなってしまい、生命維持に支障をきたす……そんな感じかな?」
「──プフッ」
チナツが少し吹いた。
アコはレグルスに一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
『誰が露出依存症ですかっ!?私は正常に呼吸できますから!服装の問題で生命維持に支障が出るような人間じゃありませんっ!!』
誰も露出依存症とは言っていない。
レグルスの言い分に、やや早口で叫ぶアコ。その際に、ホログラムからカウベルがカランと悲しげに鳴る。
レグルスは思わずため息を漏らすと、にこやかに手を広げた。
「まあ、誰にだって服装の自由はある。それは誰にでも持つ当然の権利で、僕はその点を理解してあげられる。だけどね、そういう格好は風紀委員会としてでなく、基本的にプライベートでするものだと思うんだ。今の君は僕が思うに、節度や慎みを持つ風紀委員の権利の侵害でしかないんだよね」
『ちょっと待ってください!なんで私が風紀委員の権利を侵害してることになるんですか!? むしろ私は、委員長の次に皆さんよりも先んじて風紀と向き合ってるんですけど!?』
アコが額に青筋を浮かべ、頬は赤く染まる。
カウベルがカランカランと、ホログラムから無駄に主張するように鳴り響いた。
そして、レグルスはトドメの一言を投げかけた。
「……なるほどなるほど。君の場合は、風紀というのを露出という名の肉体そのもので体現しているんだね。いやあ、革命的すぎて、逆に尊敬してしまったよ。この通り、君に敬意を示して頭を下げよう」
『それのどこが敬意なんですかあああああッ!!?』
「あっ、怒っちゃった」
カヨコが、怒り狂ったアコを見ながら小さくそう呟いた。
そんな中、怒り状態のアコはレグルスを睨みつけたまま、ふと思い出したように指を突きつけた。
『──あ、あああッ!思い出しましたよ!』
声がひときわ高くなる。その顔には、驚愕と困惑と、少しばかりの羞恥が入り混じっていた。
『つい先程チナツさんが書いた報告書を確認した際に記載されていた……戦車を何もせずに複数台も薙ぎ倒したという男、レグルス・コルニアスですね!?道理でチナツさんが名前を口にしたとき、何となく聞き覚えがあると思ったんですよ……!』
アコは唸り、肩を震わせながらレグルスを指差した。
「いやだから確認するのが遅すぎません!?」
チナツが叫んだ。半ば泣きそうな声だった。
シャーレの件も、レグルス・コルニアスのことも、どちらもチナツは詳細に報告書にまとめていた。にもかかわらず、この行政官は今になってようやく情報を繋げたようだ。
『先生が担当している超法規的な部活シャーレ……そして、ゲマトリアという詳細不明な組織に所属しているというレグルス・コルニアス……!どちらも怪しい匂いしかしません!』
『──不確定要素として、両名とも……こちらで確保させていただきますッ!!』
「ア、アコちゃん……!?」
あまりの唐突な宣言に、イオリが声を上げた。だがアコはもう誰の声も耳に入っていない。
『風紀委員会、再び攻撃を開始してくださいッ!アビドス対策委員会、便利屋68を制圧、先生は安全第一に!そして、あの男は──どのような手段を使ってでも確保しなさいッ!』
怒号が場を震わせた。
再び銃を構え始める風紀委員たち。かつてレグルスによって一度阻止された彼女たちが、数百人を超える規模で、再びこちらに攻め寄せようとしていた。
その様子を見て、レグルスは深いため息を吐いた。そして、静かに言葉を紡ぐ。
「私怨が混じるほど、視野が狭くなって指揮も疎かになるものだ。君はもう少し、行政官として落ち着いた対応をするといい。僕のように、常に冷静で理性的な判断を心がけるべきだと思うからさ」
レグルスはアコを見つめながら呟き、ゆっくりと身を翻して先生のいる方向へと歩を進めた。
「"ど、どうしたのかな、レグルス?"」
先生が僅かに後ずさりながらも、大人としての矜持をもって、レグルスの視線を受け止める。
レグルスは、先生、そしてその背後に立つアビドス対策委員会や便利屋68の面々を順に見渡した。そして、薄く口角を上げる。
「──君たちは、実に運が良い」
全員の肩が、ピクリと跳ねた。
「君たちは、彼女たちの手によって作り出されたこの状況、そう定まってしまった運命……そして、僕の寛大な心に感謝するといい」
レグルスはそう言って、ふたたびアコへと向き直る。
『いったい何を……?』
アヤネが疑問を漏らす。その視線の先、レグルスはアコを真っ直ぐに見据えていた。
「さて、君たちは……四つ、過ちを犯したね」
『……はい?』
アコが怪訝そうに眉をひそめた。
レグルスは小さくため息をつき、そっと瞼を閉じた。
「一つ目は、一般人が住むこの市街地で、容赦なく暴れようとしたこと」
これは、アビドス対策委員会や便利屋68の面々にも言えることだ。ただ、風紀委員会はあまりにも規模が違いすぎた。
「二つ目は、僕というか弱い存在に対して、銃口を向けたこと」
『どの口が……!』
「三つ目は、風紀委員としてあるまじき、全体的に目に余る行動をしたこと」
そして、レグルスは片足を静かに持ち上げる。その動きは、舞踏のように優雅でいて──破壊の予兆をはらんでいた。
「そして、四つ目が……」
閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。金色の瞳が、アコとイオリを射抜いた。
「──僕に、直接危害を加えたことだ」
もはや、レグルスにとってはこの理由が全てだ。
地を踏みしめるように、振り下ろされた足。
次の瞬間、空気が爆ぜるような音が響いた。
──突如として、辺りに激しい突風が吹き荒れた。
「わっ……!?」
「んっ!?」
皆が目を押さえ、思わずよろける。その中で、シロコがレグルスの方を見た。
「──ぅ……ぇ?」
「──ん!?」
その目に映ったのは、イオリが膝を折り、そのまま地面に崩れ落ちていく姿だった。
それに驚いて目を見開くシロコ。
しかし同時に、シロコの背後から何か異変を感じ、その場で後ろを振り向いた。
「──の、うが、ゆれ……」
「──な、にが?」
後方にいた風紀委員たちが、一人、また一人と膝をつき、地面に倒れていく。
『──っ!?』
シロコだけでなく、先生、アビドス対策委員会、便利屋68は、見開いたままの目で、数百人を超える風紀委員が抗うことなく、まるで人形のように崩れていくその光景をただ呆然と見つめていた。
「──い、いったい何が、どうしてこんなことに……!?」
チナツの声が震える。
彼女の視線の先には──無数の風紀委員たちが、地に伏していた。
風紀委員会の生徒たちは、まるで命を抜かれたかのように静かに倒れている。
誰一人、呻き声ひとつ漏らさず、ただ眠るように。
風紀委員会が誇る、統制の象徴とも言うべき集団が、たった一人の男の前に沈黙していた。
『な、にを……何をしたんですか!?レグルス・コルニアス!』
震える声で、アコが叫ぶ。怒りと恐怖と混乱の混じった、純粋な問いだった。
だが──
「安心しなよ」
レグルスは、その中心に立ち、まるで舞台に立つ俳優のように微笑んだ。
「僕は銃や爆弾で話を終わらせようとする野蛮な連中とは違うからさ。ほんの少し、彼女たちに脳震盪を与えただけに過ぎない。痛みなんて微々たるもので、きっと何が起きたかも分からずに、優雅に、静かに、夢の中へ沈んでいったことだろうね」
その声は静かで、優しさすら滲ませていた。しかし、その奥に潜む異質な何かが、アコの背筋をぞわりと這い上がらせる。
「……し、信じられません、ね☆」
「銀行で会った時も、なんか雰囲気がすごい人だったけど……柴関ラーメン食べに来てたお客さんが、まさかこんな……」
ノノミとセリカがぽつりと呟く。
軽口のようでいて、そこには確かな恐れがあった。
風に揺れる髪、制服の裾、規律を象徴する風紀委員の腕章が、無数に地面へと打ち捨てられ、足元に散っている。
その中で、立ち上がっている者は──レグルスただ一人。
「たった一人で、あの人数を一瞬で……!やっぱり、彼は孤高を極めるアウトローだったんだわ……!」
アル、君は命拾いしたことを感謝した方が良い。それと、彼が極めているのは孤高ではなく強欲だ。最も、極めざるを得ないが正しいが。
『──くっ……!』
アコは脳をフル回転させる。
これ以上、ここで派手にやってしまえば──委員長にバレてしまう。そうなれば、反省文を書くことになる。
あくまで理性を保ちつつも、脳裏では冷や汗が止まらない。
彼がいる限り、この戦力差では勝てる未来が見えない。
──撤退するしかない。
『チナツさん!とにかくここは一旦引いて──』
「──すごい音が聞こえたと思ったら……何でここで皆倒れてるの?」
突如聞こえたその声は、少女のものだった。
だが、その声の響きには、場を支配する力があった。
空気が張りつめる。市街地に響き渡るその声に、アコが目を見開く。
『えっ……委員長!?何故ここに!?』
この場に現れた少女は、小柄だった。だが、その背に漂う威圧感は、レグルスと同様に凄まじいものを放っていた。
「──やあ、ヒナ。久しぶりだね。君とこうして直接会って会話するのは……約二年ぶりだったかな?」
レグルスの声が響く。
いつものような声とは違い、どこか懐かしさを含んでいた。
その声に気付いたヒナが、ゆっくりとレグルスの方を向く。
「……レグルス?」
紫の瞳が、まっすぐにレグルスを射抜いた。