ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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強欲を極めるアウトロー

 

 月の光がそっと射し込む、静寂に包まれた夜。

 

 とある一室には、誰の気配もない。ただ風も音もなく、時の流れすら止まってしまったかのような静けさだけが支配している。

 

 だが、その静寂の中に、確かな異変があった。

 

 ──タンスが、小刻みに揺れていた。

 

 カタ……カタカタ……と。

 

 人の気配など一切ない。家鳴りでもない。風もないのに、明らかに異様な揺れを見せるタンス。

 

 それだけで、空間の温度がひとつ下がったような、不気味な雰囲気が漂っていた。

 

 絶え間なく、規則もなく揺れ続けるタンス。

 

 誰かが開けようなどとは思わない。こんな夜更けに人の姿もなく、常識では説明がつかないその様子に、恐怖だけが募っていく。

 

 ──それじゃあ、一体この揺れは何だろうか?

 

 その疑問に、答えを示そう。

 

「こわ……百人を超える子供たちに銃口を向けられるなんて初めてだ……キヴォトス怖い……最近もっと物騒になった気がする……!」

 

 その声は、タンスの中から響いた。

 

 震えたような、情けないような、しかしどこか真剣な響きを持った声。

 

 ──そう、タンスが揺れていたのは、僕が中に籠って震えていたからだ。

 

 アビドスの市街地から、まるで逃げるように帰宅した僕は、どういう思考の流れかタンスの中へと自ら潜り込み、そのまま深夜を迎えてしまっていた。

 

「地面と接触する前に強欲ムーブに移行して、無傷で居られたところまでは良かったのに……何で数百人を超える子供たちが市街地で争おうとしてるんだ……何で、どうして……?」

 

 理解不能、状況も意味も分からない。

 

 僕はせめてもの対処としてペラを回して身体の時間を止め、あらゆる攻撃を受け付けない状態にした。そこまでは良かった。だが、肝心の周囲が見えなかった。

 

 煙が充満し、視界は白く曇りきっていたのだ。

 

 だから僕は、ペラ回し中にそっと息を吹きかけて、少しでも視界をクリアにしようとしたが……

 

「よりにもよって、なんであんな場所に落下を……!やっぱり神は言ってるのか?僕にくたばれって……!?」

 

 落下した先は、まさに地獄絵図だった。

 

 銃を構えた数百人の生徒たち、先生、銀行を襲ってきた覆面の水着団、さらにはラーメンを楽しそうに食べていた四人組……この世の混沌が詰まったような空間だった。

 

「ヒナが来てくれなかったら僕はどうなってたんだ……?」

 

 震える身体を押さえながら、僕はそう呟いた。

 

 ヒナの登場がなければ、僕は逃げるタイミングを失っていたかもしれない。とはいえ、わざとではないが道路を破壊してしまっていたため、僕は何を言われてしまうのか……それが一番怖かった。

 

 だから、必死の弁明の末、何とか彼女からの粛清は免れた。だが、ヒナから代わりに告げられたのは、僕にとっても初耳のことだった。

 

「……疑似心臓による影響で、身体がほぼ疲れないって、どういうことだよ……」

 

 良いことなのか、悪いことなのか……いや、良いことではあるのか……?いや寄生しているのだから悪いだろ絶対に!いやでも……!

 

 タンスの中、僕は自問自答を繰り返す。

 

 もし疑似心臓のことがバレて、その本質まで知られたら、僕は極刑の可能性もある。罪悪感は凄まじいが、それだけは避けなければならなかった。

 

「その場から必死に逃げて、ようやく帰れると思ったら、どういうわけか小鳥遊ホシノが近付いてくるし……!彼女に何かしたか僕……!?」

 

 ついには頭を抱えて、小さく丸まる。

 

 恐ろしすぎる。僕のキャパシティを遥かに超えている。

 

「誰か……誰か、僕に慈悲を……!」

 

 そんなか細い願いが、タンスの中に響く。

 

 そして、その声に呼応するかのように、身体の揺れによってタンスは再びガタガタと揺れ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 市街地での騒動から一夜明け、時刻は太陽が高く昇る昼頃。そんな中、とある道路で一台のトラックが爆走していた。

 

「なんでこうなるのよおおおおおおッッッ!!?」

 

 便利屋68のメンバーの一人である、アルの絶叫がトラックの車内に響き渡る。

 

「あはー、めっちゃ追いかけてきてるねー!」

 

 荷台の窓から顔を出し、楽しげに状況を実況するのは同じくアルの仲間であるムツキ。その手には、いつものように爆弾が握られている。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ……!」

 

 そんなムツキに対してカヨコが顔をしかめ、窓から愛銃を構えて外を窺う。銃声とともに、トラックの後方から弾丸が雨のように降り注いだ。

 

「アル様……!やっぱりここは私が降りて食い止めます!」

 

 運転席のハルカが焦りながら声を上げるが、アルは首を振った。

 

「だめよハルカ!あなたは運転に集中していなさい!ここは私たちに任せておいて!」

 

 そう叫ぶと、アルは助手席の窓を勢いよく開け、体を乗り出す。愛銃であるスナイパーライフルを構え、素早く照準を定めた。

 

 パン、と鋭い発砲音。

 

 直後、背後を走っていた車の一台が爆発音と共に吹き飛び、乗っていたヘルメット姿の生徒たちが宙に舞った。

 

『ぎゃあああああッ!?』

 

 しかし、それで終わりではなかった。次の瞬間、別の車から金属音を伴って声が響く。

 

「おいそこのトラック!そこに積んである金目のものを全てよこせ!今なら痛い目に遭うこともないからよお!」

 

「そんなこと言いながら乱射してきてるのによく言うよ……!」

 

 カヨコが舌打ちしながら反撃の銃弾を放つ。弾は車体に命中し、火花が散った。

 

 事の発端は、便利屋68が事務所の荷物を全てトラックに積み込んで出発したその直後だった。最初は後続の車が多いだけだと思っていたが、一台の車から銃撃を受けたことで、それが完全な敵意であると知ることとなった。

 

「うわー、数がちょっと多いね。これは私の爆弾が持つかどうか……それっ!」

 

 ムツキが手早く鞄から爆弾を取り出し、投げる。爆弾は見事に車の一台へ命中し、爆風と黒煙が上がる。

 

「また一台破壊……でも、状況は変わらない……!」

 

「アル様、積んでいる荷物は……無事なのでしょうか!?」

 

 ハルカが汗をにじませながら問いかける。

 

「分からないわ。でも、こんなに撃たれてると、荷物どころかこのトラックごと爆発するかもしれない……!」

 

 アルが応じたその直後、カヨコが警告する。

 

「社長!あいつら、ずっと荷物を積んでる場所を狙ってるみたいだよ!」

 

 彼女の言う通り、襲撃者たちの目的は便利屋68ではなく、トラックの積み荷そのものらしい。きっと、中の金目の物を盗むつもりなのだろう。

 

「アルちゃーん!ちょっとこの数を捌くのはキツいかもー!」

 

 ムツキが叫びながらも、なおも爆弾を投げ続ける。一台、一台と減らしてはいるが、いかんせん敵の数が多すぎる。

 

「……くっ!」

 

 アルもスナイパーを構え、再び車を狙い撃つ。銃声に混じって、自身の中にあるハードボイルドでアウトローの理想が脳裏を駆け巡る。

 

 真のアウトローは、こんなところで終わらない……!

 

 そう決意すると、彼女は意を決してドアに手を掛けた。

 

「アル様!?まさか──!」

 

 ハルカが驚きの声を上げる。

 

「安心なさい。少しだけ、ボディの上に乗って反撃するだけよ」

 

 冷静な口調でそう言ったが、それは明らかに無謀な行動だ。敵の狙いがアル自身に向けば、いくらアルとはいえどただでは済まないだろう。

 

「──大丈夫よ!ハードボイルドでアウトローな私に、不可能はないわ!」

 

 叫びと共にドアを開けようとした──その瞬間。

 

「うわ、何だおまえ!?」

 

「何で車の上に……!?うわああああッ!?」

 

 後方から、断末魔のような叫び声が上がった。

 

「……へっ?」

 

 アルが思わず声を漏らす。振り返ると、追撃していた最後尾の車が、突然不規則な動きを見せ、そのまま盛大に横転していた。

 

「一体……何が……?」

 

 カヨコが呟いたその時、ムツキが声を上げる。

 

「あっ!みんな、あれ見て!」

 

「ムツキ、いったい何を……えっ!?」

 

 アルの目にも飛び込んできたその光景に、彼女は言葉を失った。

 

 視界に映ったのは、白髪が風を裂き、宙を舞っているその姿。幾台もの車を踏み台にし、確実に横転させ、滑るように飛び跳ねるその姿。

 

「あの白いお兄さんが、車を踏み台にして跳んでるー!」

 

 ムツキが愉快そうに笑いながら言った。

 

 そう、そこにいたのは──

 

「──レグルス!?」

 

 アルは驚き、目を輝かせる。

 

 かつて銀行で邂逅を果たし、市街地で圧倒的な存在感と共にアウトローを見せつけた人物。そんな彼が、便利屋68のところに再び現れ、風のごとく駆けていた。

 

 レグルスは、宙を舞った勢いそのままに、一台の車の屋根の上に軽やかに着地した。

 

「おいコラお前!よくも私たちの仲間をやってくれたな!」

 

「なんてことしやがるんだッ!」

 

 車内から、怒鳴り声が上がる。左右の窓から、二人のヘルメットを被った生徒が顔を出してレグルスに向かって文句を投げつけていた。

 

 その言葉を聞いたレグルスは、はあっ、と長いため息を吐き出し、細めた目で二人を見下ろした。

 

「あのさあ!文句を言うのは君たち個人の勝手だけどさ、そもそも先に僕に手を出したのは間違いなく君たちの方だよねえ!?」

 

 声音は怒気を含みながらも、どこか抑えたような調子だった。

 

「僕はね、交通ルールを守って、青信号になってから横断歩道を渡っていた。それなのに君たちはその信号を無視して、車で突っ込んできた。僕という一個人を、君たちは轢いたんだよッ!?これって、交通ルールを作った人の善意を踏みにじってるし、何より、それを律儀に守った僕の権利を侵害してるってことになるんだよね!」

 

 言い終えた直後、レグルスは右手を大きく薙ぎ払った。

 

 次の瞬間、二輪のタイヤが破裂する音とともに木っ端微塵に砕け、車体はバランスを失った。

 

「うわっ!?」

 

「制御が……!」

 

 彼女たちが叫ぶ間にも車体は大きく蛇行し、そのまま横転。

 

 衝撃音と共に地面を転がっていった。

 

 だがレグルスは、その寸前に再び高く跳び上がり、別の車の屋根にすでに着地していた。

 

「ひい!?」

 

「ぶ、武器を用意しろ!」

 

 別の二人が叫び、慌てて銃を取り出そうとする。その姿を見たレグルスは冷笑を浮かべた。

 

「それなのに数の暴力ってやつで、律儀に信号を守っていた前方のトラックを襲撃してる。いやあ、さすがだね。法律よりも自分たちの身勝手な感情が優先されるだなんて……この文明社会に相応しくない、ただの猿の群れだよ君たちは!ルールを守って出直してくるといい!」

 

 そう言い放つと、レグルスは爪先で車体の屋根をコンと軽く叩いた。

 

 その一撃だけで、屋根が凹み、内部から圧がかかったタイヤが同時に爆ぜた。

 

『ぎゃああああああああッ!!?』

 

 悲鳴が響く中、またしても車は横転。レグルスはその混乱から悠々と跳び、また次の車へと飛び移る。

 

「──さあて……どうやら君たちが最後のようだね」

 

 冷酷な笑みを浮かべるレグルスの前で、最後の二人が顔を真っ青にして震えていた。

 

「ひっ!?」

 

「あ……あ……!?」

 

「僕は君たちに対してはまだ何もしていないのに、そんなに怯えられるとちょっと傷つくなあ。でも、安心しなよ。君たちには、僕なりの優しさを込めてあげ──」

 

『うわああああッ!!?』

 

 二人は同時に叫び、車のドアを開けて道路へと飛び出していった。

 

 車の上に立ち尽くすレグルス。その眼下に残っているのは、ただ一台の車と、前方のトラックを走らせていた便利屋68のトラックのみとなった。

 

「た、助かったの……?」

 

 カヨコが窓から顔を出し、震える声で後方を見る。

 

「くふふー!やっぱりお兄さん最高だね!アルちゃんが憧れるのも分かるかも!」

 

 続いてムツキが顔を出し、腕を上げて笑顔でそう言った。

 

「たった一人であの数を相手にいとも容易く蹂躙するなんて……!やっぱり彼は私とは別の孤高を極めるアウトローだったのね……!」

 

 アルの目は興奮に輝き、頬は紅潮していた。

 

 だがアル、君に再び強調しておこう。彼が極めているのは孤高ではない。彼は、どこまでいっても強欲を極めるしかないのだ。

 

「──っ!?ア、アル様!前方に赤信号が!」

 

 そんな中、ハルカの声が跳ねる。

 

「な、なんですって!?」

 

 アルがようやく視線をレグルスから外し、前方を見ると、確かに信号は赤を示していた。

 

「ルール一つも守れないアウトローは、アウトローを名乗る資格はないわ。ハルカ、今すぐにブレーキを!」

 

「はいアル様!」

 

 ハルカは足を持ち上げ、アクセルからブレーキへとペダルを移す。

 

「ちょ、今ブレーキ踏んだら彼が衝突してしま──うわっ!?」

 

 カヨコの制止も虚しく、ハルカはブレーキを踏み込む。車体が大きく揺れた。

 

「まったく……この程度のルールすら守れないとは、驚きを通り越して、もはや呆れの領域だよね」

 

 レグルスは後ろを向いたまま、後方で横転していく複数の車と生徒たちを見下ろしていた。

 

「信号の色の意味も理解できず、交通ルールの基本すら身についていない。これが道路を走る車の姿だとは、さすがに笑い話にもならないよね。義務教育というものがここまで欠落してしまうと、もはやそれは人災だ。君たちが好き勝手に走り回るせいで、僕の神聖なる予定が台無しになりかけるところだったんだからさあ」

 

 長々と文句を垂れているその瞬間──

 

「──ん?」

 

 レグルスが後方を見つめていると、前方から耳に鋭く刺さるような、タイヤがアスファルトを擦る鋭い悲鳴が聞こえてきた。

 

 その異常な音を聞いたレグルスは何事かと思い、前方に顔を向けた。

 

「──んあ?」

 

 目の前の光景を見たレグルスの表情が固まる。

 

 ──これは当たり前の事だが、ハルカは急ブレーキをした。それによって、トラックは急停止することになる。

 

 そして、レグルスが屋根の上に乗っている車は、すでに運転手が居ないため、ブレーキペダルを踏まない限り、そのまま真っ直ぐに進み続けていることになる。

 

 ──つまりこの状況は、前方からトラックが迫り、そこにレグルスが自ら突っ込んでいく形になるわけであって。

 

「んなぁぁぁああああああああごへぇぇッッッ!!?」

 

 唐突な事に咄嗟に跳躍して避けることもできず。

 

 車とトラックの荷台が衝突し、盛大な音と共にレグルスは宙を舞い、今度はレグルス自らが道路へと横転していくことになるのだった。

 

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